悔悟の告白 5



 トウゴがなにを求めているのか。八年前の事件当時から、サハヤも気づいてはいた。魔力の真名が読める者をサハヤ以外にも欲していて、しかも聖家に生まれてくれれば、サハヤのように都合よく利用できると考えていると。


 しかしどうやらこの八年で、その執拗さは減るどころか増していたようだ。サハヤが左足を失い、当主の座に就いたため、魄魔を捕縛する方法が限られたがゆえの、それはすでに妄執なのかもしれない。


 だが、なおさら賛同などできるはずもなく。


「私たちは道具ではない!」


 サハヤは剣を翳しトウゴへと打ち込んだ。けれど瞬時に剣を抜いたトウゴにより、あっさりと受け流される。それでもサハヤは動きを止めず、続けざまに剣を揮う。


「動きが軽いな、サハヤ。この日のために隠していたということか!」


 切り結んだ剣をお互いが撥ね退け、距離を置いて睨み合う。


「父と、同じ轍を踏まないためです」


 サハヤは剣の切っ先をトウゴに向け宣告する。


「私は父のように寛大にはなれません。ですから、覚悟してください」


 サハヤが見せた迷いのない太刀筋から、もう二度と自分の手足とは成り得ないとトウゴも悟ったのだろう。


「フウエン! サハヤを拘束しろ!」


 トウゴが叫ぶのと同時に、サハヤは背後に降り立った風精から羽交い締めにされていた。

 青年の姿を取った風精は痩身ではあったが、その拘束力から、サハヤはそうそうに抵抗を諦める。しかしサハヤは冷静で、トウゴの失態にも敏感に気づいていた。


 トウゴは使精の名を口にするべきではなかったのだ。


「……やはり、そうなのですね」


 複雑な想いで、サハヤはトウゴを見る。


「叔父上。フウエンは誰の使精ですか?」


 その端的な指摘ひとつで、トウゴの顔色が明らかに変わった。

 それを見てサハヤは確信する。


「ほかの誰が気づかずとも、私には判ります。フウエンからは、かすかですが父の力を感じる。あなたはずっと、父の使精を自らのそれと偽り使い続けてきた。そして現在も変わらず、父の使精はあなたに仕えている。そうですね、叔父上」

「……兄は死んだ。死んだ者の使精がどうなるのか、お前も知っているだろう」

「多くは箱庭へと還ります。ですが父の使精は違った。げんに叔父上のそばに——」

「黙れ! それがいかな屈辱だったか……。精霊使の能力を持たずして生まれた私に使精を押しつけ、常に劣等感を忘れさせなかった兄を、私がどれほど憎み生きてきたか——。誰にも理解できまい!」


 怨嗟を吐き出し取り乱すトウゴに、サハヤは冷めた視線を送る。


「叔父上。サユの許に使精が戻っているのにお気づきですか」

「それがどうした」

「精霊とはそういうものなのです。どんなに愚かで救いようのない者でも、ひとたび愛してしまえば、命が尽きるまで寄り添おうとする」


 サハヤの言葉を聞いたトウゴの顔が、哀れにも感じる笑みで歪む。その双眸には孤独が垣間見えた。


「いいか、サハヤ。私は精霊という不確かな存在を信用したことなど、一度たりともない」

「……風炎ふうえん。これでもまだ、叔父を護るというのですか?」


 サハヤから真名を呼ばれ怯んだのか。風炎の拘束が緩んだ、その一瞬の隙。風炎の手から逃れたサハヤの剣が、トウゴの右腕にひと太刀を浴びせた。







 それは、ファイスとともにあらかたの月魄を切り伏せたのち、情勢を確認しようとサユが周囲を見渡していたときだった。


 剣を手に対峙するサハヤとトウゴの姿が視界に入り、サユは驚く。知らなかったからだ。サハヤが実戦でも通用する技量を現在まで維持していたことを。剣技に長けているトウゴを相手に、サハヤは義足だという不利と違和を少しも感じさせなかった。

 そしてサハヤが真に復讐しようとしていた相手が誰なのか。まさかと思いながらもサユは悟る。


 なおのこと止めなければ。


 仲裁を決意し、ふたりに近づこうとしたサユの目前。右腕を負傷しながらも反撃に転じたトウゴの剣が、サハヤの胸を狙う。


「…………兄さま!」


 悲鳴に近い声がサユの喉から漏れた。

 わざとだと、即座に判った。サハヤはトウゴの剣をなすこともできたのに、それをしなかった。


 もがくように走るサユのまえで、トウゴの剣がサハヤの胸部を貫く。


 永遠にも感じた時の流れがゆっくりと動き出す。体を貫いた剣が抜かれ、支えを失ったサハヤは崩れ落ち、地に両膝をついた。そのまま意思のない人形のように、まえのめりに倒れ込む。


「至天! 治療をっ!」


 サユは叫び、突っ伏して動かないサハヤの許へと急いで駆け寄った。


 至天の手で仰向けにされたサハヤの瞼がわずかに上がる。サユは、それを立ったまま見下ろしていた。なりり構わず縋りつきそうになるのを必死にこらえ、拳を握り、サユはサハヤに告げる。


「魄魔を不当に拘束し操り、護るべき人間にまで損害をもたらした咎で、兄さまとトウゴ叔父さまを当主会にかけます。ですから——。そのまえに命を捨てるなど、私は絶対に許しません!」


 声が届いたのか、サハヤの顔が苦しげに歪んだ。その視線はサユを通り越し、背後の木立に向けられていた。


「……これで、サユの潔白は証明されたはずです」

「兄さま? なにを言って……」


 訊ねかけ、サユは気づく。複数の者に囲まれていると。その者たちに一部始終を検分されていたのだと。


「当主会の、査問官……。兄さまが呼んだのですか?」


 返答の代わりか、サハヤは弱々しく微笑んだ。


「サユ。あなたはもっと、楽に生きな……さ……」

「……兄さま?」


 サユの呼びかけには応えず、静かに瞳を閉じたサハヤの顔は、どこか安らいで見えた。

 目のはしには、トウゴが傷口を押さえながら地に胡座あぐらをかく姿が映る。


「終わりだ。なにもかも——。思い知ればいい。生計のかてを失い、立ちゆかなくなってからでは遅いということを」


 トウゴの渇いた笑声が、古森に虚しく吸い込まれていった。

 サユは苦々しさを噛み締め、サハヤの横に座り込む。


「そうなったとしても。大切な家族を永遠に失うよりはいい……」


 サハヤの手を一心に握り締め、消え入りそうな声でサユは願った。





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