手作り兵器カレーライス

坂神京平

1:兵器概要

 蓮水はすみ理乃りのにとって、俺こと日渡ひわたり透弥とうやは十一番目の恋人らしい。


 以前、インターネットの婚活関連記事で、結婚までの間に交際した異性の人数の調査結果を、何度か見掛けたことがある。

 正確な数字まではハッキリ覚えていないし、そういうデータは回答者層によってもわりとバラつきがあったので、どの程度信用できる数値なのかはわからない。

 男女共に平均は四人から五人の間とするアンケート結果もあれば、いやいやそれはあくまで中央値の数字であって、実際は二人か三人程度で結婚する人が一番多く、一人しか交際経験はないがそのままゴールインしたという「純愛派」の人だって少数ながら居る……というようなリサーチも存在していた。


 理乃と俺は、互いに十九歳。

 理乃にとっての初カレは、十五歳のときに告白された幼馴染の男子だという。

 仮に二十五歳までのあいだに、四人と交際して結婚したケースを想定してみても、理乃は都合四年ほどの期間で、比較的頻繁に恋人を取り替えてきたと言えるのではないだろうか。

 少なくとも、毎年平均で三人弱の新しい恋人が居たことになる。


 しかも理乃は、ただの一度も自分から異性に告白したことはなく、常に相手の男から好きだと言い寄られて交際に至っている、という。

 つまり、四年間で実に十一回以上、理乃は異性から告白されたことがあるのだ。

 厳密なところを言うと、純粋に告白された回数だけなら十六回に上る。そのうち五回は相手の申し出を、彼女の方から「ごめんなさい」させて頂いているのだった。

 これは一般的な感覚からすると、かなり長期間の「モテ期」ということになるだろう。


 いや、それだけモテ続けていれば、いっそ「モテ期」という期間限定的な状態を示す単語は、蓮水理乃にとって相応しくないのかもしれない。

 理乃は、この四年間いつだってモテモテだったんだ。


 少なくとも、理乃は十一人の恋人との関係が最も長く続いた例でさえ、一番最初に交際した幼馴染の半年間ほどといったところで、残りの相手は皆三ヶ月未満だった。

 だが、一人身になるたび新たな異性からコンスタントに告白されて、現在の恋人通算人数に達している。


     ○  ○  ○


 さて、それでは果たして、理乃が異性から四年間でこれほど何度も告白されることができた要因は、どこにあるのか。

 これには、ちょっとした秘密がある。


 ここで改めて、俺の恋人である蓮水理乃について紹介しよう。

 理乃は、身長一五〇センチ台前半の小柄な女の子で、体つきはよく言えばスレンダー、悪く言えば中学生みたいで色気がない。面立ちもどちらかというと童顔で、ロングヘアは黒くて染めたりしたこともなく、服装など含めて見ても目立つ容姿とは言い難かった。

 むしろ、地味な女の子と言えるだろう。


 そして、理乃はもうずっと長いこと、学校にも通わず無職だ。

 ぶっちゃけて言えば、平日は半引き篭もりのニート生活を送っている。

 実家暮らしで、両親から毎月一万円ほどの小遣いを貰いつつ、少女漫画を単行本で買い揃えたりするのが、ささやかな趣味らしかった。


 どうしてそんな子が、四年間に十一人もの恋人を作ることができたのか。

 たぶん、普通の人ならますます不思議に思えてならないだろう。



 実は、理乃には少しだけ他人より長じている特技があって、それがこの四年間に何度も相手の男の口から、告白の言葉を引き出してきたのである。


 その特技とは、料理を作ることだ。


 なんだ、たかが料理スキルかと侮ってはいけない。

 男という生き物は、つくづく女の子の手料理に弱いものなのである。


 俺は、同じ大学に通う一人暮らしの男の友人たちが、大学入学以来のこの一年間だけに絞っても、学内やバイト先で知り合った女性から手料理をご馳走され、そのたび次々と撃墜されていった姿を何度も目撃している。


 料理上手な女子というのは、戦場で言えば優秀なパイロットで、彼女らの手から生み出される手料理というのは、例外なく高性能の戦闘機だ。

 男というのは大抵、太平洋戦争のゼロ戦あたりからろくろく精神的進歩のない、時代遅れのプロペラ動力で飛んでいる連中なので、高性能の対空ミサイルでロックオンされたら、あとは為す術もなく撃ち落とされるしかないのである。


 そう、それで女性はどうせ撃墜を試みるなら、使用する武器はカレーライスあたりがいい。


 肉じゃがを王道とする人間もいまだ根強いだろうが、ここはあえてカレーライスを推したい。

 きっと本場インドのそれとはかけ離れているが、日本家庭の食卓に出されるカレーライスは、いまや我が国の誇る国民食だ。

 これを嫌う男子などいない。いるはずがない。



 とにかく、俺が何を言いたいかというと、男という生き物はすべからく料理の上手い女子に弱くて、特にカレーライスの破壊力は抜群だということだ。

 美味いカレーライスを作る女の子、まったく本当に最高だな。


 その点からいって、蓮水理乃のモテ要素はズバ抜けており、およそ俺は生まれてこの方、彼女より美味いカレーを作る女の子に出会ったことがない。

 軍隊風に言えば、理乃はカレーライス界の撃墜王エースだった。

 いや、この場合は撃墜女王クイーンか。


 いずれにせよ、理乃の手作りカレーライスが、異性から四年間で十人以上の男を撃墜してきた事実は間違いない。


 だから、そこの貴女も、もし一定期間ごと、身近な異性から愛の告白を受けたいとお望みであれば。


 すぐにでもカレーライスの研究に取り組むことを、俺はオススメしたいと思う。

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