44 「教育に、そういった理屈は通りませんからね」

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 観光地でもある伊河市はテレビの旅番組などで、たまに取り上げられたりする。テレビの効果は大きく、それなりの反響や影響があるものだ。

 しかし、今回の場合……アニメの影響は独特なものだった。


 伊河市役所のサイトへのアクセス数は、美湯を公開した時よりも遥かに多くなり、一時的にサイトが接続し難くなったりもした。


 これは、パクリ疑惑で様々な情報サイトや個人ブログ、そしてSNSなどと様々なネット媒体で数多く取り上げて貰ったからであろうと、あとで志郎が推察していた。


 そして宇宙姉妹がネット配信していたというのも、大きな理由でもあった。


 インターネットが接続されているのなら、日本もとより海外の世界中の人たちが観ることができる。前述の通り、様々なサイトで取り上げられたついでに、配信動画へのリンクも貼られていたのもあり、大本のアニメを観て、美湯のことを知るというサイクルが出来ていた。


 アニメを観る人が増えれば、美湯のことを知る人も増えていく。そして本物の美湯を観たい……美湯の特設サイトを観たいという要望が増えていったのである。


 ちなみに宇宙姉妹に出ていた美湯似のキャラクターは、まったく声を発しないキャラクターだった。フリップボードに文字を書いて、主人公たちと意思疎通をしていた。


 その愛らしい仕草もキャラ人気の一因でもあったが、声のイメージについても大いに盛り上がっていた。これが美湯の特設サイトを観覧したいという理由にもなっていた。


 それは、特設サイトには伊吹まどかの声……美湯の声が視聴出来ていた時に、特設サイトに来て美湯の声を聴いた人が、とても合っていたと吹聴してくれていたこともあり、観覧欲を煽ってくれていたのであった。


 ところで、なぜ美湯似キャラクターが声を発しなかったのは、ストーリーを大幅に変更した為に、声優を起用する予算や余裕が無かったから。だと、後日志郎から聞かさられた。


 人気アニメで美湯似キャラクターが登場、パクリ疑惑騒動、美湯の特設サイトの非公開の真相、ネット配信……様々な要因が絡み合い、また海外からの問い合わせも有ったりして、美湯関係の対応に幸一たち観光課の通常業務に支障を来たすほどだった。


 無視出来ない盛り上がりに、村井茂雄を始め、他の年長たちも考えを見直せることになり、美湯の特設サイトの再公開に向けて討議することになった。


 大勢の状況により、美湯の特設サイトの再公開は前向きに進められていったが、大きな難関の壁が残されていた。


「残すは、教育委員会の説得ですね」


 稲尾がそう呟いた。

 休憩室ではなく、伊河市役所でもっとも高級でキチンと整理されている場所……市長室に幸一が訪れていた。


 美湯の特設サイトが公開停止になった要因である教育委員会をどう説得させるか、幸一と稲尾が相談していたのである。


「村井課長や他の課長たちからも、美湯の公開を認めて貰いましたが……。やっぱり、教育委員会に再公開についての説明と納得をしなければなりません」


 流石の豪腕市長である稲尾も、教委委員会を無視して推し進めるというのは難しかった。


「さて、どうするか。高野くん、何か考えはありますか?」


「今の所、内外からの特設サイトの公開を望む声や、美湯のお陰で伊河市の注目度が高まっている、といったようなことを説明しようと考えておりますが……」


「んー……。教育委員会の根谷さんたちを説得させるのに、市の未来や利益をどう説明したとしても意味が無いでしょう。教育に、そういった理屈は通りませんからね」


 公開停止となった一番の要因……伊吹まどかである。正確には、声だけでも伊吹が公序良俗に反したゲームに出演したから。


 その伊吹の声を使用しなければ、説得も再公開も容易ではあろうが、そこは幸一たちが譲れない要点であった。


 伊吹まどかとMAKAは全く関係無い、と供述したとなら……。

 だが、事実は同一人物。

 もし嘘だとバレれば、市役所の信頼は失墜させてしまう。


 調べれば簡単に調べ尽くすことが出来てしまう情報社会の世で、嘘を言うのは、とても危険なことであった。


 ふと稲尾は、八方塞がりの状況に悩み溢れた表情を浮かべている幸一の瞳に何か秘めた思いを感じ取った。


「高野くん、なにか隠していませんか?」


 突然の問いに、自分の心臓を直に殴られたような衝撃が襲う。


「いえね……。そもそも、伊吹さんを推挙したのは、高野くん……とのことでしたよね?」


「あ、は、はい……」


「私も声優とかは詳しくないのですが、見たところ高野くんもそんなに声優は詳しくはないタイプですよね」


「え……あ、その……」


 稲尾は優しい表情を浮かべ、問い質してきた。


「その辺りを詳しく話してくれませんか? もしかしたら、そこにキッカケとなるものがあるかも知れません」


 幸一の額に、汗がうかぶ。

 伊吹まどかを起用した事には、恣意的な思いが無かったとは言えない。何かしらの処罰、最悪、今の職を辞することになるかも知れなかった。


 誤魔化そうとも考えたが、相手は長年会社の社長を勤めてきた社会の強者である。稲尾の真剣な眼差しは、まるでギャンブラーのように、こちらの考えが全てを見透かされるようだった。


 幸一は観念し、伊吹まどかを推挙した経緯と理由を話す覚悟を決めた。


「実は……」

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