*クラウ・ソラスの輝き

 アキトと出会って数ヶ月後、ダグラスはイタリアでベリルと再会した。

 イタリア共和国──サンマリノとヴァチカンの領土を取り囲んでいる、南ヨーロッパに位置する共和制国家だ。

 首都ローマから東にあるプーリア州の州都バーリで落ち合う事になっている。

 今回、ダグラスはベリルから直接の要請を受けた。それは一人前だと認めたうえでの事なのか、ダグラスには図りかねた。

「ベリル!」

 軽く手を挙げて応えるベリルの姿が、酷く懐かしく感じられた。出会った時となに一つ変わらない姿に、心は自然と安心する。

 ソフトデニムのジーンズに黒いインナースーツ、その上にクリーム色の前開きの半袖シャツを合わせた恰好だ。

 下はカーゴパンツだが、ベリルの影響でダグラスも似たような恰好をしてしまう。

 思えばダグラスは現在二十六歳、外見だけならベリルをすでに通り越していた。ダグラスの身長は、最終的に百七十八センチまでになった。

 時々、同じ仕事になるベリルを見下ろして少しの優越感を覚えるが、ベリルの存在感にはどうしたって敵いそうにない。

 ベリルは駆け寄るダグラスに目を細めた。五年間ではあったが、人の成長というものをこれほど長く間近で見ていた事はない。

 取り残されていく感覚をベリルが初めて感じたのはいつだったろうか。本来ならば、それは衝撃的で耐え難い感情を生み出すものだろう。

 しかし、彼はやはりただ冷静にそれを受け入れていた。

 そんなベリルを見ていれば、自然と周囲もそれが普通なのだと思うようになる。あり得ない事なのに、当り前のように思えるのは不思議だ。

「あれ?」

 ダグラスが視線を落とすと、ベリルのそばに栗色の髪をした十歳ほどの少年が立っていた。ベリルの上着の裾を握りしめ、青い瞳がダグラスをいぶかしげに見上げている。

「この子は?」

「案内役だ」

 テロリストが潜伏しているとイタリア警察に情報が入り、その調査をしていた警察は有力な情報をこの少年から聞く事が出来た。

 少年の安全確保もあり、こうして同行させている。

 ベリルにこの件の依頼要請が来たのは、テロリストの一人が厄介な相手という理由だった。

「ナイトウォーカー?」

「ハンセン・モーゼル。以前に一度、会った事がある」

 盗賊の俗称をナイトウォーカーと言い、義賊はリリパットと呼ばれる。テロリストの中に、その盗賊がいるというのだ。

「へえ」

 ダグラスは渡された資料に目を通す。添付されている写真の顔立ちは、短くカールしたブラウンの髪と浅黒い肌にくぼんだ黒い目が挑戦的にも見える。

 テロリストの潜伏先は路地裏のアパートらしく、土地勘のある警察官たちでも確実に捕まえられる保証はない。

「入り組んでるからねえ」

 ダグラスは潜伏場所とされる地図を見やり肩をすくめた。そして、ベリルの足下にいる少年を見つめる。かなり懐いているようでベリルの服を離さない。

「なんだよ」

 少年は、じっと見つめるダグラスに睨みを利かせた。

「俺はダグラス。よろしく」

 ベリルにしがみつく少年に笑顔を浮かべ、その少年が少し羨ましく思えた。

 そんな風に、何も考えずにすがりつけていたならば──そう思うと、嫌がらせをしたくなる。

「言っておくけど、彼は男だからね」

「あったりまえじゃん。なに言ってんの」

 目線に合わせ、かがんで発したダグラスに少年は呆れた声をあげる。ダグラスは、待ってましたとばかりに口の端をつり上げた。

「でも、彼氏がいるよ」

「エッ!?」

「何を吹き込んでいる」

 聞こえた会話に、相変わらず何を言っているのだとベリルは顔をしかめる。

「ホントに?」

「生憎だが、恋人は男女共におらんよ」

 マジマジと見上げて問いかける少年に小さく笑う。それに見とれている少年にダグラスは、ピッと右の人差し指を立て、やや真剣な面持ちを向けた。

「だから、今が狙いどき」

「ダグ……」

「アッハッハッハッ」

 困惑するベリルの顔が嬉しくておかしくて、ダグラスは大きく笑った。


 ──そうして全員が集まったと確認し、バーリから西の反対側、車でおよそ三時間二十分ほどにあるカンパニア州サレルノ県、アマルフィに移動した。

 アマルフィ海岸の中央部に位置していて、断崖にへばりつくように密集する建物が特徴だ。中世にはアマルフィ公国(共和国)として海洋国家が栄えていた。

 外敵の侵入を妨げるためもあったため、階段で造られた路地が複雑に入り組んでいる。

「こりゃあ大変だ」

 それで素早く身軽な連中を揃えたんだなと、改めて今回のメンバーを見回す。新人もいるようだが、十人ほどの仲間は細身が多い。この中の何人かはリリパットだろうなと予想した。

 それからダグラスは、街を見渡せる高台で現地警察と話し合いをしているベリルを少し離れた場所から他の仲間たちと眺めていた。

「あ」

 ふと、その姿に小さく声を上げる。雲の間から差し込んだ陽の光がベリルの短い金色の髪を照らし、それがなんとも神々しく見えたのだ。

「クラウ……ソラス」

 ぼそりと聞こえた言葉に振り返る。仲間の一人が羨望の眼差しでベリルを見つめていた。ダグラスよりも若干、若いように感じられた。青年の顔立ちからして、北欧の人間かもしれない。

 まさか、同じことを考える奴がいたなんてと含み笑いを浮かべる。

 クラウ・ソラスとは、ケルト神話のダーナ神族、ヌアザ王の剣の名である。鞘から抜くとその輝きに目がくらみ、敵を両断するという不敗の剣だ。

 ベリルがまさにその、黄金に輝くつるぎのように見えた。

 仲間たちはそう成るために、そう在るために戦い続けているのかもしれない。そこには善か悪かじゃなく、ただ命があるだけだ。

 理不尽に蹂躙じゅうりんしていく者から、その命を守るために自らを剣と成す。その中で一際ひときわ、輝きを放つ光の剣をみんなは目指す。

 ダグラスもそう成れるようにとベリルの背中を追いかけていく。永遠に輝き続ける光の剣に手を伸ばす。

 どれが善か悪かなんて、俺には解らない。だから、自らの信じるものに従う他は無いんだ。

 戦いは人の心を無惨に砕く。その中で、正気を保っていられるようにするのは至難の業だ。例え砕かれた者がいたとしても、それを責める事は出来ない。

「ダグ」

 呼ばれてハッとした。

「行くぞ」

「うん」

 頷いて街を見下ろす。人々の営みが、なんだか目にしみた。

「彼らを守れるのなら、俺も上出来じゃないか」

 口の中で発し、ベリルを追いかける。


 ──俺には三人の父がいる。

 十五歳まで育ててくれた名うての傭兵だった、ハミル・リンデンローブ。殺されかけたけど、それまで愛してくれた記憶は忘れない。

 一度も会った事は無いけれど、流浪の天使と呼ばれた俺の本当の父、クリア・セシエル。ベリルの盟友であり強い絆は決して断ち切れない。

 そして、全てを受け入れることを教えてくれた素晴らしき傭兵、ベリル・レジデント。存在する事を拒もうとした俺を導いてくれた。

 暗闇だった道の先。ともすれば、足を踏み外しそうになる俺に優しく手をさしのべる。

 ベリルにはまた、新しい名が付けられるのだろう。

『クラウ・ソラス』

 輝く神の剣──人は、その心のままに突き進むことは難しい。ベリルはその輝きで、俺たちを導き続けてくれるだろうか。

 俺たちも、その輝きに成れるように少しずつでも、より良くしていかなければならない。

 簡単なことじゃない。でも、出来ない訳じゃない。出来ない訳がない。人の可能性を信じれば、出来ないことじゃないだろう。

「無理だ」とあざ笑う奴がいても構わない。陽の光に背を向けていたって、まばゆい光は目に差し込んでくるのだから。

 ──輝く剣に導かれ、ダグラスは多くの人を救っていく事だろう。彼もまた、その輝きを受け継ぎ、若き者たちを導いていく。


「ベリル」

「ん?」

 振り返ったベリルに口角をつりあげる。

「ベリルなら性別どころか、どんな年齢差だって許されると思うよ」

「どういう意味だ」

「アッハッハッハッ!」

 どこまでも晴れ渡る空に、ダグラスの笑い声が響き渡った。




 Fin

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クラウ・ソラスの輝き 河野 る宇 @ruukouno

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