第四十二話:戦う意志を

 トラヴィート国内を我が物顔で歩く機兵たちを、トラヴィートの民たちは不愉快を隠そうともせずに見送っていた。

 帝国がエネスレイクと戦争状態に突入するという情報は、トラヴィート国内をすさまじい速さで駆け抜けた。

 国民たちは狙われたのはエネスレイクの王機兵とその乗り手だという情報に、エネスレイクの民以上に激高し、ほとんどの者が帝国との再度の戦争を決意したという。

 トラヴィートの国民は、大襲来から王子たちとトラヴィートという国を護った王機兵に心から感謝していた。

 だが、国王ケオストスは派兵をしないと明言。国内の復興が終わっていないことを理由に、手出しを禁じたのだ。

 王弟レイアルフもその判断を支持。エネスレイクはトラヴィートを対帝国の盾にするつもりはないとの事前連絡を公表し、過激な行動に出ることなく自重することを求めた。

 偉大なる砂王レフの思いを継いだ二人の言葉に、トラヴィートの国民たちは一度は矛を収めた。恩人に対する感謝が誰よりも強いのは二人であることも理解していたからだ。

 現在、トラヴィート王国の復興はこれまで以上の急ピッチで進められていた。それこそ、戦争が始まる前より格段の早さで。

 工場はフル稼働で機兵の生産を始めている。来るべきときに敬愛する隣人たちの力になるために。







『……助力は不要と言うのだね? ルナ』

「ええ、お兄様。エネスレイクはその独力で帝国の軍勢を撃滅しますわ」


 通信の間で、ルナルドーレはソルナート大公に満面の笑みで応じていた。


『しかし、ミリスから聞いたよ。そちらの王機兵は現在修繕中だと言うじゃないか。帝国は間違いなく三機の王機兵を出している。勝ち目があるとは思えないのだがね』

「王機兵だけで戦争の結果が決まるならば、グロウィリアは既に大陸の覇者であったはずです。何しろ、大陸史の中にはベルフォースだけが稼働していた時代もあったのですから」

『……確かにな。だが、そうか。ディナスはひとりの為に国民を犠牲にする道を選んだか。……賢くはない選択だ』

「では、お兄様はもし同じ状況になりましたら、ミリスを帝国に差し出しますか?」

『……さあな。その時になってみなければ』


 ルナルドーレの反問に、ソルナートは即答しなかった。

 策士気取りでありながら、そのどこかに保身が含まれるソルナートの言に、ルナルドーレは苦笑を漏らす。


「まあ、それは良いでしょう。とにかく、エネスレイクは助力を必要としません。公国は来るべき攻勢に向けて国力を高めておいてくださいね」

『ふん。……伝説の神兵とやらか。王機兵が存在する以上、その実在に異を唱えるつもりはないが……私の代で奴らが現れるとは思えんのだがな』

「姉様の予測に異を唱えるというのであればご自由に」

『そうは言っていないだろう! ……まったく、私の周りの女性はどうしてこう』


 ぶつぶつと不満を漏らしながら、ソルナートは通信を終えた。

 ルナルドーレは変わらぬ兄の様子に苦笑を漏らしつつも、視線を最初の戦地になるだろう南方に向けた。


「さて、エイジ様。御手並を拝見させていただきますね」


 策謀にかけては並ぶ者なしと謳われる、エイジ・エント・グランニール。永く戦のなかったエネスレイクにおいて、その頭脳は概ね内政と外交に割かれていたが、ついにその真価が問われることとなる。

 最近重用している新しい謀臣もいる。エネスレイク王国の緒戦、その結果を注視する国は多い。先日まで帝国を相手に戦っていたリーングリーン・ザイン四領連合もそうだし、入れ替わるように対帝国の最前線となり果てた商業国家ラポルトもまた。

 ラポルトはその資金力にモノを言わせ、廃墟と化したタウラントに巨大な砦を築いている途中だという。

 ルナルドーレは羽扇を口元に当てて小さく微笑んだ。

 ラポルトは勝てないだろう。だが、エネスレイクは勝つ。たとえアルカシードという王機兵がなくとも。

 そう信じさせる何かが、エネスレイクにはあるのだ。






 対帝国における最前線の基地となったスーデリオン大砦。

 流狼はアカグマの中で小さく溜息をついた。


『どうしたんだい、マスター?』

『やっぱり戦争は怖いかしら、ルロウさん?』

「いや。……前にここに来たときのことを覚えているか、アル?」

『覚えているよ。あの時も戒厳令の中だったね』


 砦の南面――つまりはぞろぞろと集う帝国軍を眺められる位置――に立って、一度だけ街だった場所を振り返る。


「スーデリオンの人たちに、綺麗になった街を見に来てくれって言われていたんだけどなあ」

『……戦争を終わらせれば、できるよ』


 ただし、勝てればという注釈がつく。

 流狼もまた、その程度のことは言われなくても分かっていた。


「そうだな」


 帝国軍の機兵は多い。

 その多くがエネスレイクとの貿易で得たものだが、今はそれが敵に回っている。


「サイアーは」

『山を哨戒中だよ。あちらに敵影はないようだ。緒戦はこちらになるね』


 険峻であるリバシオン山系だが、しかしその一部には高くない山も存在する。その一部を道として、一気にエネスレイク国内に侵入してくる兵団があってもおかしくない。

 サイアーをはじめとした多くの兵士が哨戒に回っているが、今のところそういった動きはないようだ。


『……さすがに、緒戦は大事だと考えているようだね』

「あれは……熱王機とか言ったっけ」

『うん。熱王機ヤイナスカ。凍王機クレフィーンと二機揃わないと安全装置が働いて全力を発揮できない。……まあ、もともと正規の乗り手が乗ってないんだから、王機兵としてはまともに運用できないんだけど』


 集まった機兵たちの中心にいるのはヤイナスカだ。他に特別な姿の機兵は見えないから、先鋒はヤイナスカを指揮官とした部隊なのだろう。


「緒戦の相手としてはちょうど良い、ってところかな」

『そうだね。……まあ、今回のボク達は餌みたいなものだし。気楽にいこうよ、マスター』


 アルの言葉はことさら軽い。

 戦争の直接の原因は流狼とアルカシードだ。決断したのがディナスであろうと、それは変わらない。

 流狼とアルカシードの為に、多くの者が血を流し倒れる。それをどれだけ削るかがエイジの立てた戦術であり、今ここに流狼とアカグマがいる理由だ。

 自身はすでに覚悟を決めているが、アルはそれでもマスターである自分を気遣ってくれているのだ。内心で感謝を呟きつつ、流狼はまっすぐにヤイナスカを見つめた。


「さあて、緒戦だなアル。適当に叩きのめして、さっさと下がるか」

『いこう、マスター!』


 接敵の時は、近い。






 見回してもアルカシードの姿がないことに、ヤイナスカの乗り手であるシー・グは顎鬚を撫でて小さく呻いた。


「いないな。修理中ってぇ話は嘘じゃないのかねえ。……だとしたら、どいつがヤロウか」


 最前線の指揮官として戦場に足を踏み入れたシー・グは、じろじろとエネスレイクの砦を注視する。

 目が合った、と感じた。

 帝国の機兵たちの中にあって、ヤイナスカの見た目は異様だ。帝国謹製の杖を持っているとはいえ、頭ひとつ大きく、デザインも違う機兵は無論目立つ。だが、それは相手も同じで。


「……奴か。色まで似せてやがる」


 砦の外に出ている数少ない機兵たちのなかで、ひときわ目を惹く赤い機兵。

 大きさは周囲と変わらないが、明らかにデザインが普通とは違う。腕が太く、杖も握っていないから確定だろう。

 シー・グは音声の対象を外部に向けると、大声を張り上げた。


「エネスレイク国民に告ぐ! 貴様らの王は、王機兵とその乗り手をもって、我らが皇帝陛下のお命を狙った! だが、寛大な皇帝陛下は貴様らの罪を望まぬ! 陛下はただその首謀者であるエネスレイクの王族、ならびに王機兵の乗り手を差し出すだけで良いと仰せられた! 心あるエネスレイクの民よ、我らに誠意を見せれば、この杖が貴様らを焼くことはないと約定しよう! さあ、返答はいかに!」


 自分でも失笑を漏らしかねないほどの言い分ではあるが、しかし堂々と言い放つことでそれが真実であると思えるようになってくるから不思議だ。

 と、エネスレイクの砦から返答があった。


「笑わせるな、帝国の王機兵! お前たちは我らが乗り手殿と機体の力が恐ろしくなったから恫喝してきただけではないか! 聞いているぞ、お前は天魔大教会で、あのおぞましい神兵に手も足も出なかったそうだな! 無様にも敵国である四領連合の王機兵殿に護っていただいたそうではないか! そんな無様な乗り手ごときがここで我らの乗り手殿を差し出せとは! 帝国ではあれか、恥知らずほど王機兵の乗り手に選ばれるのかな?」


 頭の中で、何かが音を立てて千切れるのが分かった。

 視界が真っ赤に染まる。


「殺せぇぇぇぇっ!」


 杖を振りかざすや、機兵たちが次々とエネスレイクの砦に向かって走り出す。

 攻性魔術による遠距離攻撃は、砦を攻めるには不得手だからだ。

 四領連合との広い戦場での野戦とは勝手が違う。まず帝国軍は拠点を確保しなければならない。

 だが、突撃を指示したのはそういった戦略的観点ではなく、怒りだった。ただ怒りだけでシー・グは突撃を指示し、実際に周囲が止める間もなく飛び出したのだった。

 杖を構え、新機軸の魔術である貫通衝撃が届くだけの距離まで詰める。

 こと戦闘においては、シー・グは天性の勘を持ち合わせている男だった。視線の先に立っているのは、指揮官機と思しき機兵と、赤い特異な機兵。

 どちらに当たっても良いと、杖を振りかざして意識を集中したところで。


『悪いが、そういうのは見過ごせないな』


 一瞬で距離を詰めてきた赤い機体が、杖そのものを殴り飛ばしたのだった。






 平野部で川までの見通しが良いグランニール領スーデリオン近郊は、トラヴィートとの交易路として発達した以上に、周辺に人里が少ないという特徴があった。

 スーデリオンは交易商たちの中継地点として発達したため、周囲に食糧を生産する穀倉地帯を必要とせず、また平時に人が入らず、盗賊の根城になりかねない砦なども建設が許されなかったのだ。

 結果として、帝国軍はまず兵士たちの拠点を自分たちで作るか、エネスレイクから奪取するかの選択を迫られることとなった。

 トラヴィートは今回早々に中立を宣言した。国内を通ることは出来るが、食料の徴発などは許されていないし、指揮官たちも強くそれを禁じた。そうした途端、帝国軍は挟み撃ちを受ける羽目になるからだ。

 先鋒をシー・グに任せたアルズベックは、通信兵から受けた報告に形ばかりの渋面を作った。


「シー・グが動いたか。……それで、ヤイナスカと同じほどの大きさの機兵はなかったのだな?」

「はっ! シー・グ将軍閣下の攻勢は凄まじく、エネスレイク軍はほどなく砦を放棄して後退するものと予想されます!」

「商都と名高いスーデリオンが失陥すれば、エネスレイクの士気にヒビを入れることも出来るか……。良い。独断の咎は砦を確保した功績との相殺とする。そう伝えよ」

「はっ!」


 兵士はそこに言及しなかったが、シー・グの感情の烈しさを知るアルズベックは、彼が間違いなく敵の挑発に乗ったのだと確信している。

 しかし、王機兵かその乗り手を釣り出すには良いかとその独断先行も見越して先鋒を任せたので、その辺りはアルズベックの思惑通りといえた。

 通信が途絶えたところで、アルズベックは口角を持ち上げる。


「やはり私の判断は間違ってはいなかったようだな」


 エネスレイクの王機兵は戦場に存在してしない。

 これは、アルズベックにとっては賭けに勝ったことを意味していた。


「まずはスーデリオンを押さえ、そこから北に向けて徐々に攻め潰していけば良い」

「御意」


 転移陣を設置し、そこから帝国の軍勢を引き込むのが先鋒たる彼らの使命だ。

 トラヴィート領内を通過したのはその一部に過ぎない。アルズベックが率いる本隊は、今も帝国領内で転移陣の設置を待っている。

 トラヴィートを何度も通ることは、当初からアルズベックは考えていなかった。

 彼らの気質を伝えてきていたダミア・コロネルの言葉を信じるならば、トラヴィート国民は今もエネスレイクを友邦としている。帝国との終戦については、国に住む者たちを護るためだと理解してはいるが、決して本心からではないとも。

 エネスレイクと帝国が戦争になった時点で、トラヴィートによる条約の破棄を帝国上層部は見越していた。その場合は電撃戦か再生産の始まった飛翔機兵を利用するしかないとまで覚悟していたのだ。

 しかし、奇妙な腰の重さをもって、トラヴィートは静観を選んだ。

 好都合ではあるが、同時に気味が悪くもある。


「まったく、ままならないものだな」


 誰も彼も思った通りの動きをしてくれない世の中だ。

 アルズベックは幕舎の中で小さく呻くのだった。






 打撃の衝撃で取り落とさせた杖を、機体の左足で踏みつけて圧し折る。

 浸透衝撃にしろ、通常の魔術にしろ、使わせないに越したことはない。


『ちぃっ! てめぇ、やはり王機兵の乗り手かっ!』


 短絡的な決めつけだが、流狼はその言葉を無視して次の打撃を繰り出す。ヤイナスカの外装を痛打した拳は、しかし奇妙な反発をもって衝撃を打ち返してきた。


「妙な感触だな」

『破壊されると困るからね。正規の乗り手がいなくても、ある程度の防御力は維持してる』

「ふむ……この場で倒すのは無理か」

『出来なくはないよ。でもまあ、ここは戦場だからね』

「そうだな」


 流狼は頷くと、そのまま反転して自陣に駆け戻った。

 包囲を始めようとしていた機兵たちが呆気にとられたように一瞬動きを止めるが、気にする必要もない。


『ルウ殿!』

「戻りました。……ご心配かけて申し訳ないです」

『ああ、いえ。杖だけへし折って戻られるとは、中々しゃれた挑発ですね』


 この軍を指揮している、騎士団のオルバーレが感嘆の声を漏らす。先ほどのヤイナスカの乗り手と言い合いをしていたのは彼で、随分と胸がすく思いだった。

 流狼は小さく息を吐くと、こちらに向かってくる機兵たちに視線をやった。


「では、後は手はず通りに」

『ええ、ご期待しております』


 砦の上から機兵たちが魔術を放ち始める。流狼とオルバーレは壁沿いに機兵を立たせ、その魔術の雨を通り抜けようとしてくる機兵がいないかを観察し、潜り抜けてきた機兵を始末する役だ。

 何しろ、自爆覚悟で砦の外壁を破壊しようとした工作員がいたのだ。エネスレイクの者たちは、先年の工作をトラヴィートの手によるものだとは思っていない。


「……来ないな」

『そうだね。先鋒としての部隊とはいえ、向こうはそれなりに数が多いから無理する必要も策を弄する必要もないから。それに、彼らは堅牢な拠点が欲しいはずさ』

「なるほど」


 城壁の上の機兵が、少しずつ倒れていく。多くは後ろに倒れていくが、一部は外壁から落下して目の前の地面に叩きつけられている。

 今も流狼の立っている位置からすぐ近くに、青い外装の機兵が墜落してきたところだ。


「……こりゃきついな」

『マスター、悪いけど』

「わかってるさ。助ける余裕なんてないってことはな」


 じわじわと、包囲の枠は狭められている。

 青い機兵の残骸から、もぞもぞと人影が這い出てきた。折れたか痛めたか、肩を押さえながらふらふらと砦の方に歩いてくる。


『……マスター』

「ああ!」


 彼をこの門が受け入れることは出来ない。完全に封鎖された門は、既に壁と一緒だ。本人もそれは分かっているらしく、強い視線をこちらに向けてきている。

 流狼はアカグマを駆けさせた。乗り手の彼を助ける為ではなく――


「帝国の王機兵っていうのは、本当に品性のなってない奴が多いんだな」

『ちいっ、また貴様か!』


 その彼に向けて非道にも杖を向けたヤイナスカを殴り飛ばす為だった。

 折った杖とは違うものを使っているから、予備があったのか近くの部下から借りたのか。


『マスター!』

「危ないな」


 杖から放たれる殺意。不可視の魔術の類だろうが、流狼はだだ漏れの殺意を目印にそれを避ける。

 三条の魔術が通り過ぎたのを確認したところで、ヤイナスカの腹部にアカグマが拳を叩き込んだ。


「十歩無音」

『痛ぅっ!』


 間合いを一瞬で詰めて打ち込まれた拳は、勢いのままにヤイナスカを薙ぎ倒したが中にいる男はどこかに体をぶつけた程度だ。痛がっているが、残念なことに大したけがではないようだ。


『囲んで殺せ! こいつが殿下のご所望する王機兵の乗り手だ!』


 根拠もないのによく言うと思うが、流狼は再びそれを無視した。

 くるりと帝国の機兵たちに背を向け、再び足に力を入れる。


「十歩無音」

『なっ!?』


 囲む余裕すら与えずに、砦の前まで駆け戻るアカグマ。

 空気を切って突風が巻き起こる中、オルバーレが通信を入れてくる。


『そろそろ良いでしょう。中へ、お早く!』

「応!」


 勢いそのままに、アカグマを跳ねさせる。

 空いた機兵の列の隙間から砦の外壁に飛び乗り、くるりと振り返る。


『流石はルウ殿だ!』

『よし、砦に戻るぞ、壁の上の者たちは援護だ!』


 指示を受けた機兵たちがそれぞれの行動に移る。

 地上の機兵たちは砦に戻るべく走り出し、砦の上に立つ機兵たちは今まで以上に苛烈な勢いで魔術を撃ち込む。

 オルバーレは最後尾で、その手には近くまで歩いてきていた乗り手を抱えていた。


「オルバーレ殿が遅れているか」

『マスターはヤイナスカにだけ注意していて。あの乗り手は中々に馬鹿だけど、戦闘に関する勘は侮れないね』


 見ると、ヤイナスカは三度杖を構えていた。狙う先は見なくても分かる。

 流狼は周囲に視線を遣ると、近場に放置されていた大きな鋼板を持ち上げる。帝国軍の魔術が直撃して壊された機兵用の防御壁だ。


「せいっ」


 投げ落とした鋼板が、何かに激突されてひしゃげて吹き飛ぶ。ヤイナスカの放った魔術だろう。

 流狼はその結果を目で追うことなく、もうひとつ拾っていたもの――魔術の直撃を受けて破損した砦の瓦礫の一部を投げつけた。

 ヤイナスカの頭部に直撃し、頭がズレる。

 こちらを睨む視線を感じ、流狼は笑みを浮かべた。その間にオルバーレが安全な場所まで逃げおおせたのを確認できたからだ。

 相変わらず魔術は大量に飛んでくる。


『ルウ殿!』


 砦の中に戻ってきたオルバーレが流狼を呼ぶ。アカグマは砦の内側に飛び降りると、準備されていた転移陣に乗り込む。


『手の空いた者は怪我した者を連れて行け! 生き残りをこの場所に残すなよ!』


 オルバーレの声を背に、流狼は転移陣を起動させたのだった。






 第二スーデリオン。

 かつてのスーデリオンの住民たちが私財をなげうって作り上げたもうひとつの商都であり、同時に最初から城塞都市として設計された。

 王都リエネスや各地の砦とは大型の転移陣で直通しており、連携しての商売や移動、避難を可能とする。

 一年と少ししか時間がなかったためにまだ内部の施設は完成していないが、取り敢えず城壁を積み上げただけの旧スーデリオンと比べ、防御性能や居住性は段違いに高い。


「……まずは先鋒の労に感謝を。オルバーレ、よくこれだけの兵士を生かしてくれた」

「ありがとうございます、閣下!」


 最前線での大将を務めるオルギオが言えば、オルバーレは目に涙を浮かべて頭を下げた。


「よし、では先鋒を務めた者たちは順次休息を取るように。奴らがあの場所に根を下ろしたところで第二陣は出立するぞ」

「山中に潜ませた者たちの報告によれば、山道を通ってくる部隊はまだないようです。スーデリオンを得れば、山道をわざわざ通ってくる必要性はありませんからね。出来れば一網打尽にしたいところですが、さすがに彼らも私が居る以上は策を疑うでしょうから」


 頭を下げて会議室から走り去る将軍と部隊長たち。

 参謀を務めるエイジがオルギオの隣で笑みを浮かべる。

 エイジの立てた策を聞いて複雑な顔をしていた流狼は、既にこの場にはいない。会議が始まる前に、スーデリオンの代表たちに招かれて行ったからだ。今頃、彼らの歓待を受けつつ、説得を受けていることだろう。

 スーデリオンの民は、今回の策を歓迎したのだ。自分たちを政争の道具にしようとした、そして自分たちを守ってくれた王機兵の乗り手を今度は害そうとした。帝国に対する彼らの憤りは深く強い。


「ルウ殿も驚くでしょうね。第二スーデリオンの街中を見れば」

「あいつは最後まで賛成しませんでしたからなあ。……ありがたいというか、何というか」


 オルギオも頬を掻きつつ、その口調は嬉しそうだ。


「スーデリオンの皆さんが、何を活力としてこの街を築いたか。それを見て納得できないルウ殿ではありませんよ」

「……ですな。本当に姫様の夫とするにはこれ以上ない人物ですとも」

「オルギオ殿。それは今回の戦が終わった後のことですよ」

「でしたな。……よし!」


 エイジとのやり取りを終えたオルギオは、会議室のドアを開けた。

 見下ろすと、広場には整然と整列する機兵と、歩兵たち。強く頷きながら、居並ぶ将兵たちに向けて声を張り上げる。


「誇り高きエネスレイクの戦士たちよ! 今回の戦では、帝国にこの国の何も奪わせないと心しろ!」

「御意!」

「スーデリオンは、エイジ様の策を完成させる犠牲となる! スーデリオンを発展させてきた商人たちの努力と此度の献身に感謝を示せ!」

「御意!」

「そしてスーデリオンはここに新生した! その為の労苦を惜しまなかった旧スーデリオンの民の尽力に感謝し、誓え! この偉大なる砦都、第二スーデリオンを死守することを!」

「御意!」

「心配するな! 我らと共に、ルウ殿は戦ってくださる! 我らは必ず勝つ……なぜならば!」


 オルギオは確信をもって断言した。


「我らだけの力では足りなかったとしても、時間を稼げばよいのだ。復活した王機兵殿の力があれば、帝国など恐れるに足りん」

「おおっ!」

「だが、それに頼っていてはエネスレイク軍の沽券にかかわる、そうだろう?」

「おお!」

「我らの力だけで勝とう。そして、このエネスレイクは、ルウ殿が安心して暮らせる国だと示そうではないか!」

「おおおっ!」


 あちこちから同意の声が上がる。

 頷いて、右手を振る。


「では勝ってくるとしよう! 総員、出陣!」


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