第四十一話:戦火の広がる先は

 雨が降る。

 さあさあと降りしきる雨が、滅びの日を迎えたタウラント鉱山都市を覆う。

 フニルグニルはタウラントを囲む山々のひとつ、その中腹に座っている。ルースは、フニルグニルの頭部に座って、街の様子を目に焼き付けていた。


『……勝ち名乗りを上げなくて良いのか?』

「仇討ちは済んださ」

『お前がいいならいいんだが』


 イージエルドが乗っていた機体は、彼を追っていたラポルトの機兵たちによって回収されていった。

 その時にはフニルグニルはもうだいぶ距離を空けていたし、雨もあったから気づかれることはなかった。

 何やら言い争っているようだった。大方、誰の魔術が当たったのと騒ぎ立てていたのだろう。

 廃墟の中央に運ばれる機体を確認して、ルースはフニルグニルに乗り込んだ。


『もういいのか?』

「ああ。映像は残っているよな?」

『もちろんだ。少しは気が晴れると良いな』

「彼らの心が少しでも安らげばな」


 踵を返し、山奥へと消えていくフニルグニル。

 街中で上がる歓声に興味を持つことはなかった。






 エネスレイク王国の軍部は慌ただしく動き始めた。

 流狼とアルを引き渡せという帝国の圧力は瞬く間に国じゅうに伝えられ、国民はその横暴に怒り、その圧力に屈しなかった王家を称え、王機兵とその乗り手を護るのだと団結した。

 中でも砦都と名を変えたスーデリオンの住民たちは大いに意気を上げた。帝国は、間違いなくトラヴィート側を通ってくると思われたからだ。最前線はスーデリオン。これは間違いのないことだった。

 スーデリオンの市長は、北方に建造の始まっていた『第二スーデリオン』への住民の移住を決断。グランニール領からの軍勢が代わりに砦都へと駐屯することになる。


「ルーロウ。君も前線に来るとは思わなかったよ」

「そうか? 俺も一応、近衛の一員だからな。アルカシードを出せないのは申し訳ないが」

「アルカシードが万全だったら、ルーロウが単独で帝国に乗り込めば片がつくと思うのだけれど」

『それはその通りだね。……でも、それはマスターを虐殺者にすることと等しい。ボクはあまりマスターにそれを推奨したくはないなあ』

「……まあ、僕らだって君だけにそれを押し付けようとは思わないよ。ごめん、嫌なことを言ってしまった。忘れてくれ」

「構わないさ」


 流狼はフィリアの護衛、サイアーは前線の偵察。

 役割は違うが、どちらもすでにエネスレイク軍にとって欠かせない存在となっていた。今は流狼はフィリアと別れ、帝国との戦線で最前線になるであろうスーデリオンの街に来ている。

 サイアーの体つきも随分としっかりしてきた。流狼との修練の成果だが、一言多いのは変わらない。


「エリケ・ドが僕のことを心配して泣くんだ。……これ以上心配させないためにも、リエネスを戦場にするわけにはいかない。なあルーロウ、リーングリーン・ザイン四領連合とは手を携えられないのかな」

「さてね。その辺りはディナスさんやエイジさんがやることさ。俺にはよくわからないな」

『すぐには声をかけないだろうね。一度も戦わずに声をかければ、普通に考えれば策を疑うものだよ。それに、何より』

「何より?」

『こないだルースが来た時には断っておいて、帝国と仲が悪くなった途端に声をかけるとか、さすがにちょっと恥ずかしくないかな?』

「……確かに」


 会話を引き継いだアルの言葉に唸るサイアー。

 流狼は後ろを振り返る。最近のアルは定位置となっていた肩には座らず、ラナと一緒に流狼の後ろについて歩くのだ。なんとなくいつもの重量がなくて寂しい。


「で、アル。今回からはラナも一緒に乗り込むって?」

『うん。フィリアのエネスリリアに乗ったらどうかってボクもラナもフィリアに言ったんだけどね。『前線に出ない自分よりルロウの助けになってやってくれ』って言われたらさ』

「そうか……フィリアさんがなぁ」

『普段のサポートはボクが。機体の魔術的防御機構はラナが担当することになるね。アルカシードと比べたらアカグマの対魔術能力は決して高くないから、かなり助かるのは確かだよ』

『エナさんからも断られたの。『私が精霊を共にするならエリオッタだけです』って』

「俺は助かるばかりだが、いいのか? ラナはその……女性だろ?」


 アル謹製の機体で、女性が乗るのはエネスリリアとナルエトスの二機だけだ。ラナの人格パターンは女性のものなので、流狼と同じ機体に乗るのはストレスにならないだろうか。

 そう思って聞くのだが、ラナはその問いを軽く笑い飛ばした。


『ふふっ。ルロウさんはアルのマスターなのでしょう? だったら私とアルの子供みたいなものだもの』

「……そりゃまた」


 アルも照れたように頭を掻いている。流狼はアルが自分を子供のように扱っていたのかと何となく納得しつつ、壁の方に視線をやった。


「さて、手伝うことはあるかね」


 壁の向こうでは、工兵たちが川沿いに防壁を建造している最中だ。

 王都では帝国の外交官たちが帰国を始めている。天魔大教会領を通じての帰国経路は、非常に価値のある時間をエネスレイクに与えてくれていた。

 流狼は荷物運びの手伝いくらいは出来るだろうと、アルとラナを連れてアカグマに乗り込むのだった。






 ラポルトの軍人たちは、自分たちの戦果に酔いしれていた。

 帝国軍の殲滅と、皇太子イージエルド・レオス・ダウザーの討ち取り。周辺国家――特にリーングリーン・ザイン四領連合に対しての大きな実績を誇れるとして、それを成し遂げた軍部だけでなく議会もまた浮かれていたのである。

 一部の反対を押し切って、ラポルト議会は周辺国家にこう喧伝した。


『タウラントを破壊した飛翔機兵と、それを指揮していたイージエルド・レオス・ダウザーをラポルト軍が討ち取った』


 と。

 一部の反対派のひとりであったウルイルは、その翌日には軍に辞表を提出した。

 軍部に強硬に反対したのは彼だけではなかったのだが、少なくともこれまで覚えめでたかった上司たちから冷たい視線を向けられるようになる程には、ウルイルは頑なな態度を崩さなかった。

 同じく辞表を叩きつけた副官のデビローが、荷物を片付けていたウルイルに聞く。


「隊長はこれからどうされるので?」

「逃げるさ。ラポルトはもう終わりだからな」

「……それは、先日の発表で、ですか」

「ああ。馬鹿な真似をしたもんだ。上は戦争というものがわかっちゃいない」

「ご家族は……」

「妻と娘は理解してくれたが、兄貴と親父は無理だった。一応パイプを残しておくつもりではいるがね、きっと間に合わないだろう」


 ウルイルは力なく首を振った。ウルイルの部隊のメンバーは、ほぼ全員が除隊を選択した。隊長であるウルイルの言葉に納得したからだ。


「空を飛ぶ機兵を、俺たちはあの後一度も見なかった。誰かが殲滅したのであれば、それは誰で、どこでやったんだ?」


 本当に殲滅できたのかすらも分かっていない。帝国軍を殲滅した後、彼らは飛翔機兵を数日にわたり坑道で待ち受けたが、結局タウラントを後にするまで飛翔機兵は一度も現れなかった。

 それに。


「イージエルドにしたってそうさ。木々の生えた山道をしゃにむに逃げる機兵に追いつくなんて、うちの機兵じゃ絶対に無理だ。ということは、あの時、あの場所に、誰かがいたことになる」

「誰か、とは」

「……王機兵だ。おそらく、四領連合の」


 ウルイルは四領連合の王機兵がどれ程の力を秘めているのかをかなり高く見積もって想定していた。

 南北に長い両国の戦線を、数と質に劣る四領連合軍が維持している現実。帝国との戦力差を埋めるだけのポテンシャルを王機兵が持っているのであれば。

 その予想は、議会や上層部からは一笑に付された。無理もないとは思ったが、ウルイルが確信するに至ったのは、イージエルドの機体が負っていた傷にあった。


「上には馬鹿にされたがね。イージエルドの機体は、肉弾戦で破壊されている。足を折られた傷も、操縦席を破壊された場所も、魔術による痕はなかったんだぜ」


 イージエルドを追って出た機兵乗りたちもまた、こぞって自分の放った魔術がイージエルドを討ち果たしたと言い張った。

 もしも四領連合の王機兵が本当に来ていて、飛翔機兵とイージエルドを討ち果たしたというのなら、それを自分たちの功績として発表してしまったラポルトは、もはや四領連合に参入できる目はないだろう。

 そして、皇太子イージエルドを喪った帝国が最優先の攻撃目標をどこにするか。火を見るよりも明らかだ。


「隊長は、どちらへ?」

「南東だな。四領連合を壁にして、しばらくは間違いなく安泰なあたりだ。まあ、ラポルトが落とされると、そこから南下してくるかもしれないが……」

「しばらくは無事、と?」

「ラポルトが落ちれば次は自分たちだからな、こぞって四領連合に参入するんじゃないかな」


 その時には自分はもう軍人ではないから大丈夫、とウルイルは笑う。

 自分と妻と娘だけなら、どうとでも流れることができるさ、と。


「私は伝手もあるので、四領連合へ。こいつらも連れていくつもりですが……」

「俺はしばらくゆっくりするよ。四領連合に行くことがあったら、連絡するさ」

「お待ちしています。隊長!」


 敬礼してくる元部下たちにひらひらと手を振って。


「四領連合に行っても、軍人なんざしばらくやるなよ」


 そんな言葉を贈るのだった。




 ラポルト軍は大いに意気を上げ、入隊希望者も殺到した。機兵の配備も進み、短期間で一大戦力を得るに至る。

 しかし、ウルイルの予想どおり、四領連合はラポルトの参入を認めなかった。

 四領連合に連合参入の打診に向かったラポルトの議長は、戻ってくるや否や軍部の上層部と議員たちを集めてこう叫んだと言う。


「四領連合の王機兵が、帝国の飛翔機兵も、イージエルドも討ち果たしたという映像を見せられた! 救出されたというタウラント市長の家族までもがその場に同席していた! 我々は四領連合に全ての面で後れをとり、その実績を盗んだということではないか! お前たちはなんということをしてくれたのだ⁉」


 しかし、今更喧伝した内容を取り下げることなどできるはずもなかった。

 議長が言うには、四領連合の窓口であるナフティオルト・ザインは終始にこやかだったという。救出したタウラント市長の娘――父は爆撃で亡くなり、祖父は怪我と疲れで今も治療中だという――を隣に座らせ、笑顔で言ったそうだ。


「我々の代わりに、帝国の敵意を引き受けてくれて感謝する」


 と。そして、帝国との停戦の準備が進んでいること、この状況ではラポルトを招き入れることはできないと丁重に、だが断固として断られたのだとか。

 議長も随分と粘ったのだが、ナフティオルトは決して前向きな言葉は言わなかったという。

 議長の表情は絶望に彩られていた。


「我々は、帝国と自分たちの戦力だけで戦わなくてはならない。終わりだ、ラポルトはもう終わりだ!」


 激怒した帝国は、当たり前のことだがラポルトに宣戦布告をしていた。

 議長はその場で職を辞し、家に帰るやいずこかへと姿を消した。どこかへ亡命したとも、自ら命を絶ったとも噂された。

 浮かれる国内とは別に、議会と軍上層部は冷や水を浴びせられたような緊張状態の中で戦争準備を始めることとなったのである。

 議会は自分たちの発表を撤回することもできず、ただその日が来るのを怯えながら待つことしかできず。

 軍上層部は増え続ける入隊希望者に宛がう機兵の数が足りないことに頭を悩ませるのだった。

 頼みの綱のタウラントは、もう存在しない。






 龍羅が帝都グランダイナに到着したのは、イージエルドの許を辞してから四日後のことだった。

 転移陣はタウラント方面には設置されておらず、帝国領まで戻らなくてはならなかったからだ。

 愛機ガルダを預けた龍羅は、首を傾げた。大勝の報告が入っているにしては、帝都の雰囲気が重苦しい。

 帰着の報告にアルズベックの執務室を訪れたところで、龍羅は初めてイージエルドの戦死の報に触れたのである。


「なんですって、イージエルド殿下……が」

「ああ。兄もそうだが、我々は慢心していた。飛翔機兵の戦果に浮かれ、ラポルトの軍勢がタウラントに来るとは誰も思っていなかったからな。奴らは徹底して日和見を通すと思っていた……」


 アルズベックの目の周りは赤い。イージエルドとも仲が良かっただけに、その敗死にはショックだったのだろう。

 龍羅もまた、自身の理解者とこうも簡単に会えなくなるとは思っていなかった。

 天井を見据える。理解できない虚脱感が襲っているからだ。


「では、次の相手はラポルトですか。……すぐに支度を」

「いや。支度はいいが、相手は違う」


 アルズベックはどこまでも平静だった。平静を保つ振りをしていたと言った方が良いだろうか。


「では、四領連合ですか?」

「四領連合とは終戦だ。打診も済み、細かな調整に入っている。『我々を永く苦しめた好敵手の無惨な死に哀悼の意を表する』とさ。……相手はエネスレイクだ」

「エネスレイク、ですか?」

「ああ。時機が最悪だった。兄上がお隠れになるのと、エネスレイクを父上と私が挑発する時期がほぼ重なったのだ」


 ぎりり、と歯を軋らせるアルズベック。

 本当は自分が指揮を執って兄の敵討ちをしたいだろうに。


「エネスレイクの王機兵は、現在修復中だ。……修復が終わるのを待てば、我々は後背に恐ろしい敵を背負うことになる」

「なるほど、よく分かりました」


 何故アルズベックがことを急いだのか、龍羅は完璧に理解した。


「――僕に流狼を殺せということですね?」

「そういうことになる」


 アルズベックが絞り出すように認めた。

 龍羅は平然と問う。


「出立は?」

「外交官たちが戻ってからとなるから、まだしばらくかかるだろう。整備は最優先で行うように指示してあるから――」

「ええ。あいつを討ち果たすには、入念な準備が要ります。すみませんが、出立の日まで出仕いたしません。よろしいでしょうか」

「あ、ああ。構わない、構わないが……」


 アルズベックが何やら恐ろしいものを見るような表情で龍羅を見ている。

 龍羅は首を傾げた。


「何か?」

「リューラ。なぜ、そんなに嬉しそうな顔をしているのだ……?」

「嬉しそう、ですか? おや、表情に出ていましたか」


 むにむにと口許を揉む。

 戦場で流狼と相対することに、なんとなく喜びを感じているのは確かだが。


「従弟だと聞いたが……?」

「別段、積極的に従弟を殺したいというわけではないのですがね」


 複雑怪奇な本家と分家の、それも武術道場の精神性について、アルズベックに説明してもわかってもらえるとは思わない。

 龍羅は言葉を選びつつ、笑みのかたちに歪んで仕方ない口許を緩めるのは諦めた。


「なに、相手が分かって血が騒ぐというだけのことですよ」

「……そ、そうか。期待しているぞ」


 アルズベックは疲れた笑みを浮かべて、そう答えただけだった。






 四領連合に戻ってきたルースは、そのまま打ち合わせをしているバスタロットとナフティオルトの許に顔を出した。


「戻ったよ、爺さん、バス」

「おお。ご苦労じゃったなルース。タウラントの民も喜んでいたじゃろう」

「ああ。状況は?」

「向こうから停戦の打診が来た。受けようと思っている」

「そうか」


 ルースに否はなかった。

 頷いて、手近なソファに腰を下ろす。

 ゆっくりと後ろからフニルが歩いてきた。不機嫌そうなのが気配で分かる。


「しばらは暇になるな。……今のうちに、貫通衝撃だったか? あれの対策を講じないとな」

「終戦は遠いかの、ルースや」

「……あいつらが停戦を打診してきた、ってことは。ほかに目標が出来たってことだろうさ」

「うん。……どうやらエネスレイクを攻めるつもりらしいと情報が入っていてね」

「何だって?」

「君が認めた彼……ルーリオとか言ったっけ? 彼の王機兵が修理中だと噂が立っている。おそらく、その間にエネスレイクか乗り手の彼をどうにかしたいんだろう。私が敵なら、間違いなく同じことをする」


 ルースは眉根を寄せた。帝国の考え方も理解できないわけではない。しかし、義弟と見定めた男の危機となれば、黙っているわけにもいかなかった。


「ならば――」

「おっと、ルース。今回は駄目だよ、君はね」

「な、何故だバス!?」

「さすがに帝国とエネスレイクが戦っているところに君が乱入すれば、この停戦はご破算だ。貫通衝撃の対策もめどが立っていないのに、そんなことはできない」

「しかし!」


 焦るルースに対して、バスタロットはあくまでも冷静だった。

 口許に軽く笑みさえ浮かべて、ルースに問うのだ。


「その程度で殺されるような人物に、君はウィナを嫁がせようと思ったのかい?」

「むっ……」

「違うなら、静かに見ているんだね。それにほら、まずはそっちを納得させてくれよ」

『ルース! 停戦など許さんぞ! ゼェルグの恨みを――』


 爪と牙を剥いて騒ぎ立てるフニルが、ルースの膝に飛び乗る。


「おい待て、フニル! 気持ちはわかるが、ちょっと落ち着け!」

『停戦が定まるまでに、ひとっ走り行ってくればそれで済む! あのシドとかいう男を、八つ裂きにしてしまえ!』


 こうなってしまったフニルは、バスタロットやリズロッテでも手に負えない。唯一マスターであるルースの言葉だけは聞く余地があるが、それでもかなり手こずる。


「そういうわけにはいかねえよ! 俺たちには時間が必要なのはお前も分かっているだろう!? 俺だって一年我慢したんだ、お前もしばらく我慢するんだ」

『ぐぬぅ……ふんっ』


 その言葉に納得したわけではないだろうが、フニルはそこで騒ぐのを止めた。

 ルースが方針を出した以上、フニルはそれに従わないわけにはいかないからだ。


「……というわけだ。ルース、君もくれぐれもエネスレイクに行くのはやめてくれよ。私との約束だ」

「ああ、分かったよバス。義弟はこんなことじゃ死なねえさ。俺もそれは信じているからな」


 フニルの体を撫でながら、窓を見る。

 楽しい時間を過ごした場所が、戦地になろうとしている。友人たちの武運を祈りながら、ルースはその顔を思い浮かべるのだった。

 こうしてリーングリーン・ザイン四領連合は、ひとまず平和を手にするのだった。






 帝国軍の準備が整ったのは、イージエルドの死去から十日後のことだった。

 外交官が戻ってきたのを待っていたという理由もあるが、出立が遅れたのは指揮官を誰にするかという問題が勃発したためだ。

 皇帝リンコルドはアルズベックが指揮官を務めることに強く反対した。当たり前だ、皇太子イージエルドの死後、本来ならばアルズベックが新しい皇太子となるべきなのだから。

 しかし、アルズベックはどうにかリンコルドを説き伏せた。開戦のきっかけを作った以上、結果を出さなくては兄を超えることはできず、祝福されて即位することもできないと主張したのである。

 数日の会議を経て結局、アルズベックを総大将とした軍勢を派遣することに決定。

 飛翔機兵はタウラントで全滅したため、今回の軍勢には間に合わなかった。招かれ人たちの知識も結集し、飛翔機兵の運用については再考が決まっている。

 出立の前の晩、アルズベックは強く陽与を求めた。

 陽与もまた、アルズベックの下で激しく乱れたものだ。


「……ご無事に、お戻りくださいね」


 窓の外がうっすらと赤らんでくる。心地よい疲れを体に浸しているアルズベックに、陽与が縋り付いてくる。


「この一年、ヒヨには寂しい思いをさせた。兄上の無事を願ってのことだったが、叶わなかったな……」


 陽与を抱き寄せ、アルズベックは寂しさを吐き出すように呟いた。

 暖かさと柔らかさに自分の命を実感しつつ、誓う。


「生きて帰るよ、ヒヨ。私は君のかつての恋人……その命を奪ってくる」

「はい」

「王機兵は修理中だという。まさか奴らが私を誘い込むためにそのような情報を流すことはないだろう。我が国の王機兵を全て出すことが決まった。負ける余地はないさ」

「信じています、アルズベック様。必ず、勝って」

「ああ。ヒヨ、愛している」

「私も――」


 アルズベックは再び陽与に唇を寄せた。

 両腕を広げる陽与の柔らかさに溺れながら、その安らぎを忘れないように。

 明日からの殺伐とした日々への覚悟を決めるために――

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