第三十話:狩りに行こうと誘われて

「狩りに行こうぜ」


 ルースからそんな言葉をかけられたのは、ルースたちがエネスレイクに滞在を始めてからおよそ一ヶ月ほど経ったある日のことだった。

 トラヴィート王国の復興もある程度進んだとしてオルギオらも戻ってきている。英雄同士何やら意気投合したらしく、滞在は延びに延びるばかりである。

 日課の稽古をしているところに彼が入ってくるのはこれが初めてではない。流狼も慣れたもので、動きを止めずにルースに問う。


「別にいいけど、そろそろ帰らなくていいの?」

「俺もそう思っていたんだが、向こうからまだしばらく戻ってくるなって言われててな」

「なんで?」

「リーングリーン・ザイン四領連合がもともと四つの国と地方が合流した連合なのは、名前を聞けばわかると思うんだが」

「そりゃ、名前を聞けばね」

「元々ものすごく仲が悪いんだ、実は」


 流狼はそう言えばエネスレイク周り以外の国情を聞くのは初めてだなと思いつつ、ルースの話を聞く。


「リーングリーンは三つに分かれていたし、ザインは元々リーングリーンの宗主で独立された側だから仲が良いはずもない。リーングリーン側はリーングリーン側でそれぞれが元々は自分のところが主筋だと言い張るし」


 と、流狼とともに型稽古を行っていたフィリアが首を傾げた。

 最近はフィリアだけでなく、城内の者たちも流狼の飛猷流古式打撃術を習うようになっていた。最も熱心なのは――逆に言えば暇なのは――やはりフィリアで、流狼が毎朝行っている自身の稽古にも付き合うほどの熱の入れようだ。


「……で、それとルース殿が戻ってはいけないことと、いったいどう繋がるのだ?」

「帝国との戦争も一旦終わり、大襲来も思ったより早く片付いたからな。何やら連合内の序列がどうとか言い出した馬鹿が出てきたらしい」

「ああ、人の掃除か」


 納得したように頷くフィリア。要するに奸臣の粛清なのだろうが、フィリアも王族としてその辺りは心得ているようだ。


「叔父上もたまに行うからな。馬鹿なことを考える輩には激務を与えて考える暇を与えないようにするのが良いそうだ。ばれないように馬鹿をするくらいの者はそれなりに目端が利くのだそうだぞ?」

「ああ、そういう」

「とはいえ、きっちりと処断すべきは処断せねばならない。悲しいことだが、人の欲には限りがない。大きな不正に手を染めた者は、思ったよりも容易く人の心を見失うものだよ」


 流狼はフィリアの言葉を重く受け止めた。頭に浮かんだのはクフォンの顔だ。彼は踏みとどまってくれたが、もしも聞き届けてくれなかったらいつかその命をも脅かす日が来ていたかもしれない。

 ともあれ、ルースが帰れない理由は分かった。四領連合の上層部は、国内の時勢が見えていない者たちを、適当な理由をつけて排除するつもりなのだろう。そして、その際に生まれた悪評がルースに向かわないようにすると。

 自分同様、ルースも随分と手厚く敬われているようだ。


「それで、義弟よ。狩りの件だが」

「ルースさん、この辺りの地理に詳しかったっけ?」

「ああ、オルギオ殿のお誘いなのだ。東の山間に出没する魔獣を間引きしつつ、食用の獣を狩猟するのだそうだ。行き帰りともにオルギオ殿の先導だから迷う心配もない」

「あの馬鹿者は」


 思わず稽古の手を止め、フィリアが頭を抱える。

 他国の客を危険な狩りに連れ出す感性が理解できないようだ。


「それなら安心だね。いいよ、行こうか」

「おい、ロウ!?」

「オっさん一人に任せるのもまずいんじゃない?」

「……それもそうだな」


 苦りきった顔で流狼の言葉を受け入れるフィリア。その表情に、流狼もまた何やら嫌な予感を覚えるのだった。






 グランダイナの訓練場で、龍羅は操縦桿に手を添えた。

 モニタに映る相手は、この国の最大戦力である。


『さあ、来るがいいリューラよ』

「ええ、参ります」


 アルズベックの声に、龍羅は手に力を込めた。

 大きな振動。元の世界では感じることのない揺れに歯を食いしばりながら、クルツィアの動きを目で追う。

 通常の機兵ではありえないほどの身の軽さを誇るクルツィアには、気を抜くと龍羅の知覚できる範囲からあっという間に消えてしまう。モニタの映す景色は実際の視界よりも狭く、機体の中では気配も感じにくい。

 アルズベックとの鍛錬は既に二十回を大きく超えるが、いまだに龍羅は一度として勝ちを拾えてはいない。その敗因の過半数が、クルツィアの動きを追いきれなくなったことによる。


「さすがは王機兵というところですね。しかし!」

『何の、リューラもすぐに対応してみせるものだな。素晴らしいぞ!」


 左右から降り注ぐ魔術の雨。訓練場の武装には、魔術の破壊力をほぼ無効化する機構が組み込まれているそうだが、撃ち放たれる魔術自体は戦場で行使されているものと遜色ないという。魔術が直撃しても機体に色がつくだけなので、元の世界でいうペイント弾のようなものだろうと龍羅は理解していた。

 魔術を行使しているのはクルツィアばかりではない。訓練場の外壁には機兵の杖が備え付けられており、目的に応じて魔術師が魔術を行使するようになっている。

 今回は戦場を模しているため、クルツィアにも龍羅の乗る機兵にも無差別に魔術を撃ち込む設定だ。

 明確な意思なく迫りくる魔術を回避しつつ、縦横に動き回るクルツィアの動きに追従する。

 龍羅は障壁の魔術を展開すると、両手にそれぞれ握った刀を構える。


『来るか!』


 維持に魔力を注ぎ続けなければ、障壁を長時間維持することはできない。

 そして、主流である杖ではなく刀を誂えたのは――


「葵流奥義――」


 開発局と協力して作り上げたプログラムを形にするため。


輝刃百景きじんひゃっけい!」


 高速で振り回す刀から、輝く魔力の刃が無数に吐き出される。

 魔力の刃はまっすぐ飛翔して、ある程度の距離を飛んだら霧散する。しかし、その数たるや圧巻で、クルツィアの身軽さをもってしても避けきることはできなかった。


『ちぃっ!』


 刃が直撃し、クルツィアが動きを止める。

 破壊は起きなかったが、クルツィアの装甲には数か所、まっすぐな赤い線が走っている。

 それと同時にブザーが鳴り、周囲の杖からも魔術の行使が止まった。


『……これだけくっきり色がついては、私の負けと言わざるを得ないな』


 感慨深く、アルズベックが呟く。

 敗れた悔しさよりも、自分たちの創り上げた機兵が王機兵を凌駕した事実への感動があるようだ。


「ひとつ、進歩が見えたということでしょうか」

『大きな進歩だとも。だがソウケンの方はまだかかりそうだ。となると、機体の性能の向上もそうだが、リューラの腕が上がっていることが勝因なのだろうよ』


 クルツィアの装甲表面の色が薄れ、消える。

 龍羅は大きく息を吐いた。かなり感覚任せの機動をした所為か、全身に鈍い痛みが走る。


『どうした、リューラ?』

「いえ、少しばかり体に痛みが」

『ふむ。身体強化の魔術を使ってもなお反動が来るか。良い、今日はもう上がって体を休めると良いだろう。この件については対策させる』

「よろしいのですか? まだ僕はやれると思いますが」

『乗り手が機兵の動きによって体に負うダメージというのは馬鹿に出来ん。私はお前たちを使い捨てにする気はないのだ。大丈夫だ、時間は十分にある』

「分かりました」


 大襲来による休戦期間はアルズベックにとって、目標である機兵の開発を促進できる有意義な時間であるらしい。

 もちろんこれ以外にも機兵開発の動きは加速しており、帝国は一年後の開戦に向けて準備を着々と進めていた。


『兄上が四領連合の調略を進めているようだし、出来れば兄上に出征前に一機差し上げたいところだな』

「はい、では」

『今日はもう良いと言ったぞ。ここからは今回のデータを元に、開発陣を動かす時間だ。大義である、リューラよ』

「承りました」


 極力内心を表に出さずに、アルズベックの言葉を受け入れる。

 どちらにしろ、自分一人で動くことは出来ない。龍羅は自分自身の目的の為に帝国とアルズベックを利用するつもりで動いている。その為には、手段を選ばない覚悟も、また。

 機体を控室に戻し、降りる。

 労いの言葉をかけてくる仲間たちに如才なく対応していく。

 その中には、にこやかな笑顔の宋謙の姿もあった。


「やるなぁ、龍羅君」

「宋謙さんもテストですか?」

「ああ。殿下のクルツィアは目まぐるしく動く。君のように何か必殺技を工夫するべきだろうか」

「厳密な機兵の性能向上という点を考えれば、そういうことはしないほうがいいと思いますよ。実際、僕と宋謙さんでは取るデータが違うでしょう」

「それはそうなのだろうけれど。まあ、もう暫く恥をかくしかないかね」


 苦笑いで頭を掻く彼に、焦りの色は見えない。彼はアルズベックの願いを誰より理解しているのだ。だから焦らない。

 龍羅は頭を下げて、宋謙の横を通り過ぎようとする。

 その耳に小さく聞こえた、囁くような声。


「……君は君の願うままに、殿下を利用するといい」

「っ!?」

「きっとそれが、殿下の望む道に繋がるだろう!」


 後半の言葉はことさら大きく。

 振り返った龍羅に男くさい笑みを浮かべ、宋謙は自分の機兵に向かって歩いていくのだった。

 龍羅はその背中に声をかけることが、できなかった。






 リバシオン山系のエネスレイク側の麓には、多くの鉱山街が開けており坑道が掘られている。

 そのうちのひとつを潰す計画が出来たのは、アルからの要望が出たからだ。

 アルカシードはまだまだ資源を必要とするので、一行は狩りに向かうついでにアルカシードを戻しにきたのである。


「おお、このような場所が」

「ここに来るには王城内の転移陣を使うしかありません。逆に、ここの転移陣からは王城内には行けませんが、王都には向かえます」

「なるほど。発見されたら危険だからな」

「ええ」


 アルカシードを定位置に座らせて流狼が降りてくると、周囲を見回すルースにエイジが何やら説明していた。

 アルカシードを見上げているのは、何も二人だけではない。

 フィリアからディナスに話が届くと、何やら話が膨らんで、狩りのメンバーは非常に大所帯となってしまった。

 誘ったオルギオは当然としてディナスとエイジ、フィリアとフィリアの兄で王太子のコート、何故かエナとティモン、サイアーまでついてきている。

 ルースは今回は奥方を連れてきておらず、フニルと歩いて着いてきている。どうやら獣の解体などに慣れていない奥方が居たようで、抜け駆け禁止の原則にのっとり全員留守番となったのだとか。

 

「おお、ルウ殿。初めて見たのだが、素晴らしい機兵だな」

「コートさん」

「うむ! やはりそう呼んでもらえるのは嬉しいものだ。父上とフィリアの気持ちも分かるよ」


 笑みを浮かべるコートとは、流狼は今まであまり面識がなかった。

 もちろん会えば挨拶をするし、特に隔たりがあったわけではないのだが、『フィリアの近衛』という名の国王直属である流狼は、フィリア以外の王子王女と親しく話す機会が今までほとんどなかったのだ。

 今回の狩りに際して、ディナスは王子たちと流狼を親しくさせる狙いがあったらしく、参加希望を募ったという。王妃やほかの王女は遠慮したが、フィリアの兄達はひとつしかないその席を奪い合ったらしい。

 権利を勝ち取ったコートは普段と違ってはしゃいでいる。ディナスの息子でフィリアの兄というだけあって、その様子は何とも二人によく似ていた。


「それにしても、この大陸にはこれ程の機兵があと十一もあるのだろう? ……確かに運用したくなるのも分かる」

「ああ、そう言えばその辺りの話をするって言ってたっけ。なあアル?」

『おや、ここでその話をしちゃうかいマスター?』

「ここから表に向かう間の話にいいんじゃないか」

『まあ、そこまで大した話でもないしね。ええと、現在正式に稼働している王機兵は三機。マスターとボクのアルカシード、ルビィとミリスベリアのベルフォース、フニルとルースのフニルグニル。それぞれ拳王機、撃王機、獣王機って別名があるけど、今はだいたい王機兵って呼ばれているね』 


 流狼について歩きながら話すアルの一言一句を、聞き逃すまいと真剣に聞いているのはディナスを筆頭にした男性陣だ。

 アルによる機体解説が始まると、他の面々も会話を止めて耳を澄ませる。

 まずはアルと流狼の乗機である拳王機けんおうきアルカシード。これについては『さっき見たとおりさ』の一言で終わった。

 射撃に関するあらゆる要素を全て詰め込み、戦況に応じて使い分けることのできる撃王機げきおうきベルフォース。

 高い飛翔性能を持ち、空中では無敵の戦闘能力を持つとされる翼王機よくおうきクルツィア。

 数多くの装備を持ち、あらゆる戦況に対応できる器用さがウリの装王機そうおうきディーフレイン。

 四層にわたる重装甲と突進力で高い近接戦闘適性を持つ、重王機ちょうおうきエトスライア。

 陸上での速力では他の追随を許さない、世界唯一の四足機兵である獣王機じゅうおうきフニルグニル。

 感応波の波長を操作して大小さまざまな衝撃波を駆使する、リバシオン山系の成立にも関係したという衝王機しょうおうきガリアガ。

 圧倒的な巨体を持ち、ほかの王機兵をも搭載できる母艦の役割も持つ海王機かいおうきヒウェスト。

 自機以外の機体を支配することが可能という、独特の能力を持つ帥王機すいおうきインザリオロ。

 空間や物体の熱量を増やす能力を持つ熱王機ねつおうきヤイナスカ。

 熱王機と互いにカウンター機能を持つ、空間や物体の熱量を下げる能力を持つ凍王機とうおうきクレフィーン。

 王機兵の中で最も重要な役割を持つ奪王機だつおうきラナヴェル。


「……その、最後の王機兵である奪王機の役割とは?」

『それは言えない。その役割はまだ継続中でね。ボクもフニルもルビィも、その役割が終わるのをずっと待っているんだ』

「あ、あと! 楽しみにしていたのに拳王機の説明が足りないと思うのだアル殿! せっかくロウの機体の素晴らしさが分かると思ったのに!」

『フィリア、ここにアルカシードを置いておく理由は機体の修理なんだぜ? 説明するのは簡単だけど、今のままじゃ出来ないことが多すぎてね。したり顔で説明しといて今は出来ないなんて言うのは恥ずかしいよ』

「ぬ、むう……」


 アルの顔は表情が変わるわけでもないので、したり顔で説明しても多分判断はつかないな、などと益体もないことを考えつつ。

 流狼はふと、帝国の三体は稼働しているわけではないという言葉を思い出した。


「それで、アル。現状で帝国の王機兵はどれくらいのことが出来るんだ?」

『流石だね、マスター。そこに発想がいく辺り、素晴らしい着眼点だ』

「で、どうなんだ?」

『固有の機能は使えない。確認されているのはクルツィアとエトスライアだっけ。クルツィアはたぶん飛べない。オルギオのノルレスならいい勝負ができるんじゃないかなあ。厄介なのはエトスライアの方だよ。突進は出来ないだろうけど、王機兵の第四外装は極めて硬いからね』

「エトスライアは動くのでしょうか」

『正式な乗り手でない者が起動させているってことは、何らかの手段で精霊を眠らせているってことだから、動かすのは不可能じゃない。機兵そのものの性能勝負になると、エトスライアはコンセプトがシンプルな分、機体の基本性能が高いから』


 エナが表情を暗くする。彼女にとって、エトスライアを他人に使われるのは許しがたいことなのだろう。

 と、ティモンがエナの様子を横目で見ながらアルに問う。


「で、眠らされている精霊サマを目覚めさせることはできるので?」

『そうだねえ、眠らせた方法さえ分かれば、遠隔でもなんとか。出来ればなんとか機体に直接接触したいところかな』


 アルの言葉に、何となく希望を取り戻した様子のエナとティモン。

 と、薄暗かった視界に明るさが戻ってきた。

 坑道を抜けて、日の差す場所に出たのだ。


「さ、参りましょうかご一同。狩猟用の機兵は勝手は悪いかもしれませんが、慣れると中々面白い乗り心地ですからな!」


 ここからはオルギオの仕切りだ。

 人数分の小型の機兵が立膝の姿勢で並んでいる。

 装甲の代わりに獣の皮で全身を覆った機体。頭部はなく、上半身を途中から切り取ったような形で操縦席がある。

 乗り込んでも全身が入り込むわけではなく、胸より上は外に露出している。機体に魔力が通り出すと同時に、機体内部からガラスのような透明な膜が現れた。


『獣は鋼を嫌いますので、このような形になっております。この膜は衝撃に強いですので、山中の魔獣程度が相手なら襲われても心配はありません』


 オルギオ機が立ち上がる。そうしてみると分かるが、バランスはとれているものの前かがみになっているような立ち姿だ。全長は三メートルほどか。


『隊長、杖がないみたいだけど』


 サイアーが立ち上がって疑問符を浮かべる。

 いつの間にオルギオを隊長と呼ぶようになったのか。ともあれ、信頼関係が結べているなら何よりだ。


『杖はない。両腕が魔術兵装になっていて、状況に応じて風と水の魔術を使うことができるようになっている』


 オルギオの説明が続くが、流狼はどうしたものか困り果てていた。

 普通の機兵には乗ったことがないので、いまいち使い方がよく分からないのだ。


「なあ、アル。どうしようか」

『ああ、そう言えばアルカシードもアカグマも操縦桿なんて使わないものね』


 と、肩に座る訳にもいかずに隣に座っていたアルが流浪の膝の上に座り直した。何やら腕が大きくなり、操縦桿を掴む。


『マスターは指示だけ出してくれればいいよ、操縦はボクが担当するからね』

「……ああ、うん。頼む」


 周囲を見ると、動かせない者は他にいなかったようだ。唯一ルースだけが慣れていない様子で妙な動きをしていたが、フニルにあれこれ言われながらどうにかこうにか操縦をこなしている。


『ではよろしいですかな? 参りましょう』


 オルギオの声に応じて、それぞれの機兵が動き出す。歩く動きだったものが程なく走り出す動きになる。

 思った以上に縦揺れが激しい。


「アルカシードや、アカグマは、高性能、だったんだな!」

『まあね。これを機にマスターはボク達を見直すといいよ?』


 他の乗り手たちはみな、このような機兵の動きに慣れているのだろうか。

 舌を嚙まないように気を付けながら、流狼は言われなくてもアルを内心で見直すのだった。






 魔獣とは、魔力を使う獣である。この大陸にも昔から生息していた。

 レガント族が大陸に侵攻してきた時に連れて来た魔獣たちは、大型かつ獰猛で、同時にレガント族にだけは従順だったという。

 召喚された英雄たちの働きでレガント族とともにそのほとんどが駆逐されたのだが、一部は野生に返るなどして大陸の自然に埋没したようだ。

 海生の魔獣ほど節操のない生態はしていないが、獣の群れに入り混じってボスになったり、世代を経て大陸の人間が使役するようになったりと様々な形で大陸には今、彼らを受け入れた新たな生態系が出来上がっていた。


『大陸中北部の草原には、魔獣を乗騎とする遊牧民族が暮らしていてな。魔獣を不吉なものとする人々からは忌み嫌われているんだ』

「へぇ」


 額から角の生えた牛のような獣。突進してきた頭部を受け止めたオルギオ機が、その右後脚を掴んで持ち上げ、喉を風の魔術で切り裂く。

 血が舞って、痙攣する獣。


一角山牛サルトロメリアは獰猛だからな。生身でかかると胸を刺されて死ぬ者が多い。しかも刺した者に止めを刺さずに逃げ去るから、血の臭いに惹かれた肉食獣が集まってくるんだ』

『なるほど、この機兵の腹部が膨らんでいるのは突進を受け止める為ですか』


 血抜きが終わった獣を台車に放り込み、視線を巡らすオルギオ。

 エナがふむふむと頷きながら、死角から飛びかかってきた獣を打ち据える。


『オルギオ様、これは?』

『ああ、翼豹コフェルですな。血の臭いに惹かれてきたのでしょう。食用にはなりませんが、増えやすいですし人里に降りて家畜を襲いますので間引きしないと』

『分かりました』


 エナは無造作に翼豹の首を捻り折ると、近くの茂みに放り込んだ。

 オルギオは周囲を見回すと、ふむと一つ息を吐いた。


『翼豹が現れたということは、食用の獣はあらかた逃げましたかな。陛下、そちらはいかがです?』

『随分獲れたぞ。そちらが暴れてくれたお陰かな』


 王族は王族で固まり、ルースはサイアーとティモンと固まって――とはいえそう遠くない場所で――狩りを行っている。

 ディナスが上機嫌で通信を送ってきた。随分と成果があったのだろう。


『それはようございました。ルース殿は?』

『……うむ、芳しくない。フニルグニルを出したいところだ!』

『見た瞬間獣どもが全力で逃げ出すわ、馬鹿モン』


 中でも一番割を食った立場だったのはルース達の組だろう。この地域の狩りに慣れていない者ばかりの組なので当たり前なのだが、まずティモンがエナとルースが同じ組になるのを嫌がった。理由は分かる。

 続いて、何が気に入ったのかルースがサイアーと組みたいと言い出したのだ。そしてフィリアとエナが流狼と組みたいと言い出した。フィリアは流狼を王族の組に引き入れたいと思ったようだったが、王族の組は四人いるのでバランスが悪くなると流狼が辞退。

 そんなこんなで組み合わせが決まったのだが、オルギオが流狼を自分の組に入れたのは十中八九アルに良いところを見せたいと思ったのに違いなかった。こちらもぶれない。


「やれやれ、特に役には立てなかったな」

『いいんじゃない? オルギオが張り切っているんだし、台車を牽くのも大事な役目だよ』

『その通りだルウ! なあに、暇を見て操縦を練習すれば、お前もすぐ出来るようになるさ』


 がらがらと台車を引く役目を担っている流狼は、気楽なものだ。

 時折手渡される、血抜きの終わった獣を積んで、オルギオとエナの後ろをついていくだけで良いのだから。


「……ま、たまにはこういうのもいいかな」


 いちいち全てのことで、自分が前に出て頑張る必要はないということだ。

 物見遊山の一環と捉えて、流狼はそのままのんびりと仲間たちの狩猟を眺めることにした。






 なお、狩猟の成果は機兵を借り受けた近くの鉱山街に卸された。一行は住民たちの感謝を浴びつつ、振舞われた新鮮な肉料理をじっくりと堪能し、なおかつ大量の燻製肉を土産にして凱旋した。

 留守を守っていたルナルドーレとルースの嫁たちが喜んだのは言うまでもない。

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