撃王機の章

第十話:河岸で問答をなせど

 国境線にトラヴィート王国軍を布陣し、帝国軍のみならずエネスレイク王国をも威圧するレフ・トラヴィート王はスーデリオン砦都から立ち上る黒煙に怪訝そうな顔を見せていた。


「先夜の爆発音と言い、スーデリオンで何があったというのか」

「戦の準備で何かミスがあったのでしょうか。陛下がしたためた檄文に秘められた情熱が伝わったのでしょう」

「心配だな」


 側近の言葉に頷きながらも、爆発などの被害を気に掛けるレフ。

 彼はエネスレイクの義挙に即時同調出来る体勢を整えていたのである。

 先んじて義兄でもある国王ディナスに送った檄文を見れば、その魂は燃え盛り悪逆非道の帝国を討つ意志を固めてくれると疑いなく信じていたし、その旗頭に王機兵を駆った乗り手を寄越すだろう事も確信していた。


「何か帝国からの工作があったのかもしれん。エネスレイク軍の足が止まっては帝国の奴ばらに時間を与えてしまうか」


 期せずしてレフの予測は正鵠を射ていたが、その理由についてまでは理解出来ていなかった。彼はスーデリオンへの工作は自分達の進撃を足止めする破壊工作であると誤った理解をする。それ自体が帝国の罠であるとも知らずに。

 しかしレフは軍を動かす事はなかった。戦闘音が聞こえてこないという事は、既に状況が終了している事を意味する。

 エネスレイクと帝国は表立って敵対していない。帝国が工作を行ったとて、表だって帝国と分かる程の数を送る筈はなく、その程度の数であれば鎮圧も容易だろうとの判断である。


「風光明媚な商都スーデリオンも、あのように壁で囲われては価値が落ちるというもの。帝国に領土を押し込まれたのは我が身の不明である。再びあの壁を取り払い、トラヴィートとエネスレイクの友好の証として永遠に繁栄して欲しいものだ」

「しかしディナス王も恥知らずと申しますか、我々と親戚関係にありながら、帝国に鋼を卸すとは」

「……お前は何を言っているのだ?」


 レフは側近の言葉に眉を顰めた。分かっていない様子の彼を睨みつけるようにして説明する。


「エネスレイクは鋼を帝国に卸す事で、奴らの資金力に打撃を与えているのだ。鋼を使って機兵を造ったとて、奴らは金銭を消費する。経済が疲弊すれば国力も下がり、民心も離れる」

「は、ははあ」

「しかも、その帝国との戦線で押し込まれているのは東方の一部と我が国のみ。良いか、我々は己の不明を恥じなくてはならん。このままではエネスレイクと対等ではいられなくなるぞ」

「肝に銘じます、陛下」


 顔を青くして、側近が下がる。

 レフはスーデリオンから視線を外して、南東の方面に目を遣った。

 グロウィリア公国のある場所だ。既に撃王機の乗り手は代替わりを済ませていたが、彼にとって彼女は今も自分の心の拠り所である。


「ルナルドーレ。我が女神。貴女の為にもトラヴィートは必ず帝国にその牙を突き立て、グロウィリアの負担をなくしてみせるよ。……その時にこそ」


 祈るように瞳を閉じ、頭を軽く下げる。

 何事も全て彼女の為であれば、待つ時間も惜しくはない。

 レフは自らの国を覆う戦禍を、平和裏に収拾する道を既に振り捨てているのだった。






「では、これで我が国と貴国は友好国となる訳だ」

「はい。ですが、よろしいのですか?」


 国王ケオストス・トラヴィートの名前でサインされた書面を見ながら、トラヴィート王国方面軍の責任者であったコロネル将軍は声を上げた。


「何か?」

「私どもは先日までレフ王と交渉をしておりました。王位が譲られたという話は聞き及んでおりませんが」

「先程、表明しました通りですよ。エネスレイク王国、グロウィリア公国による王位の保証がある上で、なお何か疑問でも?」

「いえ。確かにエネスレイクのディナス王、グロウィリアのソルナート大公による後見は確認しました。ですがね」


 母国から受けた指示は、終戦に向けての同意を可能な限り引き延ばすこと。

 コロネル自身も、有利な戦況で譲歩した形での終戦同意は本意ではなかったから、積極的に引き延ばし工作を行っていた。その間にエネスレイクとトラヴィートの間に不和を生じさせ、エネスレイクが提示した条件を反故にする事がねらいである。

 しかし、その目論見が崩れようとしている。

 通信映像に現れたディナスとソルナートは間違いなく本物で、それを捏造だと抗弁する事は出来ない。

 トラヴィートに対する工作に対し、まさかエネスレイクとグロウィリアがここまで強硬な手を使うとは思っていなかった。

 まさか存命の国王を廃位し、長子を国王に据えるとは。

 コロネルは苦しいながらも弁舌にて追及を試みる。


「ですが?」

「レフ王は軍を率いてエネスレイク国境付近に赴いておられる様子。同意を反故にして我が領内に攻め入られては困ります」

「なるほど、道理ですね」


 頷くケオストスの表情が怒りに歪む。コロネルはその怒りを自分に対してのものだと判断して内心でほくそ笑んだ。悪意をもっての発言ではないが、これで激昂してくれれば取れる手も増える。

 だが、続くケオストスの言葉に、コロネルは度肝を抜かれた。


「トラヴィート王国は国賊レフの率いる武装集団に対して、討伐の軍を挙げます。よろしければ同行されますか?」

「な、なぁッ!?」


 笑みすら浮かべるケオストス。

 その視線には、自国を帝国の自由にはさせまいとする強い意志が込められていた。

 コロネルが答えられずに居ると、ケオストスは席を立った。


「それでは準備がありますのでこれで。おい、礼を持って国境までお送りしろ。今後は友好国だ」


 吐き捨てるように告げるケオストスに、周囲もまた苦い顔で応じるのだった。

 コロネルは自分の役目が失敗に終わった事と、同時に帝国が非常に厄介な敵を抱えた事を同時に理解した。今は建前上味方ということになるが、そんなものは方便でしかない。

 あるいは、欲などかかずにどちらか一方の成果で満足してさえいれば。いや、皇族の企図した策だ。自分達は出来る限りの手段を講じる義務があった。そしてその手段が実らなかったのだ。

 最早述べるべき言葉もなく、失意の内に席を立つ。

 ふと、立ち去ろうとしたケオストスがコロネルの方に振り返った。


「そうそう。伝え忘れていた」

「何か?」

「我が伯父であるエネスレイク国王が、新しい妃を迎えられる事になってな」

「ほう、それはめでたいですな」


 若い王が何を言いたいのか、よく分からない。

 だがケオストスは敬意なのやら侮蔑なのやら、よく分からない歪んだ顔つきで続けた。


「貴国も知らぬ方ではないよ。ルナルドーレと言えば、貴殿も分かろう?」

「ルナ、ル……?」


 コロネルの頭は、一度は無意識にその言葉を受け入れるのを拒否した。

 それほどの衝撃であったのだ。名前を反芻して、理解し、意味を結び付けて。顔から血の気が引いていく。


「ルナルドーレ・グロウィリア!?  あの『グロウィリアの女狐』!?」

「そう、あの女狐さ」


 撃王機と呼ばれる王機兵が持つ逸話は非常に多い。その中で最も新しく、最も多くの者を震撼させた事件が、レオス帝国との開戦初期に起きた『旧帝都ダイナ狙撃』である。

 旧帝都ダイナで最も高い建造物、ダイナ城の象徴である大塔を撃王機で狙撃。祭事以外では使われないため、大塔の頂上は消し飛んだものの死傷者はなかった。

 この事件は、帝国のみならず周辺諸国にも大きな影響を与えた。

 大陸中央をほぼ掌中に収めていた帝国はグロウィリア公国との決戦を急遽凍結し、慌てて北進政策を最優先に進める事となる。

 無理くりの北進計画は何とか形になり、間を置かずに遷都が行われた。新帝都グランダイナは旧帝都よりも遥か北に位置している。

 撃王機と『グロウィリアの女狐』ルナルドーレは今も帝国軍人の恐怖の象徴であり、同時に聞きたくもない名前である。


「馬鹿な!?」

「何か問題かな? エネスレイクでは貴賎問わず、所得に余裕のある限りにおいて三人までの妻帯を認めている。ディナス王が娶っていたのは二人だからな、制度的にも問題はない」

「そちらの問題ではありません! エネスレイクは我が国と敵対するつもりかっ!?」

「それはないと思うがね。女狐は既に王機兵を降りているし、ディナス王とは若い頃の学友だ。あくまでその関係だとさ」

「ケオストス様は随分と彼女を嫌っておられるようで」

「父が報われぬ愛に狂った相手があの女狐だ。好く理由があると思うかね?」


 コロネルはその言葉に、ケオストスの真意を理解した。

 今回の動きを主導したのはディナスだろう。彼はトラヴィートの国体の維持に注力していたし、ケオストスは甥だ。帝国の策にはまり続けて自国を危機に晒す義弟を見限り、甥に期待してもおかしくはない。

 ディナスへの敬意と、ルナルドーレへの嫌悪感。何とも複雑な表情になる筈だ。


「貴殿もこの情報をいち早く伝えれば、処分も軽くなるだろう」

「な、何の話ですか?」

「今更表情を取り繕う必要などないよ。帝国が失敗に寛容ではないという噂は真実のようだ」


 例え見透かされていようと、それを認める訳にはいかない。コロネルはどう取り繕うべきか分からないまま、とにかく真面目くさった顔を作って頭を下げた。


「ケオストス新王陛下。今後とも我が国と末永く友好な関係を維持したいと存じます」

「そうだな。貴国が大陸制覇の野望を捨てられればその願いは明日にでも叶うだろうが」

「……失礼いたします」


 最早問題は自分の手に余る。

 コロネルはとにかくどう説明と言い訳と保身に動くべきか、歩きながら思考をフルに回転させ始めた。








「よう、ルウ! 元気そうで何よりだ」


 スーデリオン砦都に入って来たのは純白の機兵を先頭に五機だけだった。

 連絡を受けて、広場で待つのは流狼とアルのほか、街の代表と警備部隊の面々に、サイアー達輸送部隊。街中の人々は遠巻きに見ているが、純白の機兵を見て歓声を上げる。

 純白の機兵から身を躍らせたオルギオが、暑苦しい笑顔で流狼の眼前に着地した。


「オっさん! 早かったな」

『それがノルレスかい。何とも君の体格には似合わない細さだね』


 アルの言葉にも笑みは変わらず、だが痛い所を突かれたようで片目を瞑って頭を掻く。


「アル殿には敵いませんね。ですが」


 と、今度は流狼の後ろにあるアカグマを見上げて告げる。


「ルウの機兵もルウの体格には似合わず、随分と太いようですな」

「アカグマと名付けた。あか色の熊ってことさ」

『元々の機兵に色々と肉付けしたからね。一から造るなら、ここまで部位が大きくはならないのだけど』


 オルギオをはじめ、アカグマを見た事のある者はまだまだ少ない。

 建造の時はアルカシードの近くで作業をしていたし、魔術で呼び寄せる事が出来るから完成してからも置きっぱなしだったのだ。

 アルカシードが白地にオレンジのラインが入ったデザインだったのに対し、アカグマは緋と言って良い程濃く鮮やかな赤地に白の塗装が入っている。

 両腕は打撃の為に太くなっており、丸太のような二の腕から指だけが生えているように見える。拳を握ると丸太の部分が覆い被さって威力を高める工夫だそうだ。

 脚は不格好にならないように、同時に流狼自身の人間離れした動きをカバー出来るように、やはり太く丈夫に造ってある。

 胴体部分は操縦席を包んだコアを搭載している。コアには、有事の際にコアごと中身をアルカシードの至近まで長距離転移させるシステムが組み込まれている。出来るかぎり中にいる流狼を護るための措置だ。

 更にコアまで一気に破壊されてしまわないよう、胴体部分の装甲は三層になっているから余計に太く見える。

 頭部だけは大きくする理由がなかったので、センサー類をアルと直結する以外の改造はない。

 結果として。頭が小さく、体は全般的に太い、それでいて不思議と不格好ではない不思議なデザインの赤い機兵が出来上がった訳だ。


「オっさんのノルレスは本当に細いな」

「まあな。徹底的に速さを追い求めた機兵だそうで、尋常じゃなく速いぞ」


 アカグマと比べてしまえばどの機兵も細いと言えるのだが、ノルレスは後ろについてきたエネスレイク王国の制式機兵であるネジェ級の機兵と比べても細い。

 古代機兵は総じて現代の機兵よりも頭二つ以上大きい。細く大きなノルレスは見た目に悪目立ちするのだが、無駄を極限まで削り落としたそのデザインは一種の幾何学的な美しさを感じさせるフォルムだ。


『なるほど、ノルレスの機能を完璧に使いこなすには君くらいに丈夫な体でもないと無理だろうね』


 アルは何やら得心したように頷いていたが、流狼は危うく本来の話が脱線しかかっている事に気付いた。

 慌てて話題を戻す。


「ところでオっさん、少ないな?」

「ん? ああ、後続は待たせて俺達だけで先行してきた。そちらは大変だったようだな」


笑顔から一転、街を見回して表情を曇らせるオルギオ。


「何とか被害は最小限に抑えたと思う。皆のお陰だよ」

「そのようだ。代表は?」

「お、オルギオ閣下! お目にかかれて光栄でございます!」


 流狼の後ろに控えていた街の代表がオルギオに向けて跪く。

 その瞳は感動と希望に満ちており、彼の存在が王国民にとってどれほど大きなものであるのかがよく分かるものだった。

 オルギオは跪く彼をそっと助け起こし、頭を下げた。


「陛下と、そして私達はこの街の者達に詫びなくてはならない。転移陣の用意が遅れてしまったせいで、出さなくて良い被害を出す事になってしまった」

「何を。何を仰いますか、閣下」

「簡易型ではあるが、転移陣を設置する用意をしてきた。仮設した陣から正式な転移陣を運び込み、準備しよう。今後のこの街の安全はオルギオ・ザッファの名に於いて保証する。許して欲しい」

「勿体ないお言葉です、閣下!」


 数日前からの緊張の糸が切れたのだろう、涙を流して崩れ落ちる代表を抱えながら、オルギオは連れて来た配下に顎で指示した。

 

「ここを前線基地にするのか? オっさん」

「いや、あの馬鹿を相手にするのは俺達じゃなくなる予定だ」


 代表を警備隊長に引き渡したオルギオは、流狼の問いに首を振った。

 既に二人の会話の対象は、河向こうに陣取っている無体な軍勢の対処に移っていた。

 オルギオの部下達が簡易型の転移陣を組み上げていく。


「ルウとサイアーはあの転移陣で戻ってくれ。後始末は我々の仕事だ」

「そうはいかない」


 流狼ではなくサイアーが、その申し出を断る。

 驚いた顔を見せるオルギオの目をしっかりと見据えて、サイアーは続ける。


「僕は輸送部隊の一員だ。他の仲間達が作業を続けているのに、僕が特別扱いを受けるいわれはない」

「ふむ」

「そういうことらしいよ。サイアーの手伝いが今の俺の役割である以上、俺も戻る訳にはいかない」

「ううむ。了解だ」


 サイアーはまだ機兵には乗れないが、見張りなどに積極的に参加している。

 部隊での確執もなくなったようで、随分受け入れられたように見えた。

 まだ杖を手放せないサイアーを苦い顔で見ながらも、オルギオはその選択を受け入れた。


「それならルウ、ちょうど良いからアカグマでちょっと同行してくれないか」

「ん、構わないが何をするんだ?」

「なに、後続が来てからでいいんだ。荒事になったら下がってもらって構わないんだが」

「河向こうの馬鹿どもの関連かい?」

「ああ。奴らに現実というものを教育してやらねばならんからな」


 街の様子にいたく機嫌を損ねたのか、オルギオは額に青筋を浮かべながら威嚇するような笑みを浮かべる。

 流狼も異存はなかった。この街の惨状の原因は帝国にあるが、遠因は彼らにこそある。


『マスター。ボクとしても賛成だ。自分達の都合で王機兵と乗り手をどうこうしようなんて輩が今後出てこないよう、きっちり話をつけに行こう』

「意外ですな、アル殿。てっきりルウの安全を考えて反対するかと思いましたが」

『オルギオ、君はボクを冷徹で血も涙もないと思っているようだね。いや実際、血も涙もないけれども』

「アルも巻き込まれた人々の事で頭に来ているのさ」

「申し訳ない、アル殿、ルウ。そしてありがとう」


 オルギオが真面目な顔で頭を下げてくるのに、流狼はよしてくれ、と軽く手をひらひらと振って見せた。

 もうエネスレイク王国の一員のつもりなのだ、妙に気遣われては困るというものだ。







 帝国前線基地に戻って来たコロネルは、通信機材に取りついて帝都に報告を行っていた。

 部下達も将軍の奇妙な様子に何かを感じたのか、通信が繋がった時点でその場から離れる。

 通信の向こうに現れたのは、アルズベックの側近であり、麾下の部隊を束ねる格上の大将軍であった。


「閣下。緊急事態です」

『何があった?』

「エネスレイクとグロウィリアが横槍を入れてきました。引き延ばし工作は失敗、終戦同意は締結されました」

『それは由々しき事態だな。コロネル、貴殿らしくもない』

「トラヴィートはレフ王を廃位し、新王ケオストスを即位させるという事で両国からの後見を受けました。私ではこれ以上の手は打てません」

『なんと強引な! いや、エネスレイクの王弟ならばこちらの手を読み切っても不思議ではない、か』


 エネスレイク王弟、エイジ・エント・グランニールは謀臣として名高い。

 王機兵の一機をエネスレイクが手に入れた時から、帝国が執るであろう手段を予測し、手を打ち始めていたのだろう。

 そう自説を披露する大将軍に、コロネルは一度会話が切れてから告げた。


「報告はそれだけではないのです、閣下」

『何かね? 貴殿の左遷を覆すに足る、良い情報であればよいが』

「残念ながら先程よりも悪い情報です。エネスレイク国王が、新しく妃を迎えるようです」

『何だ、めでたいではないか。だが、その程度の話では、殿下を取り為すには』

「相手は『グロウィリアの女狐』こと、ルナルドーレ・グロウィリアです」


 ぴたりと、声が止まった。

 向こうからざわざわと聞こえていた声も聞こえなくなっている。

 コロネルは喉の渇きを感じて、腰に提げていた酒精を流し込んだ。言い終えて意識が落ち着いたのだろうか。

 そこから優に二呼吸ほど待ってから、大将軍が声を上げた。


『済まない、コロネル将軍。私は今、人生で二度と聞きたくない名前を聞いたような気がするのだが』

「幻聴ではありません閣下。ルナルドーレ・グロウィリアです。エネスレイク国王の若い時分の学友であるようで」

『そうか、幻聴ではないか……。ご苦労だった、コロネル将軍。ひとまず貴殿は隊を整えて帰国したまえ。有益な情報、感謝する』

「はっ」


 一方的に途絶する通信。

 コロネルはひどく重くなった体を起こし、通信機材から離れた。

 帝国軍人として、おそらく最後の仕事を恙なく終わらせる為に。







 対峙するノルレスと、トラヴィート王の機兵。

 流狼はアカグマの中で二機のやり取りを見ていたが、トラヴィート王に不思議な程に邪気がない事に驚いていた。


「アル、この国王は不思議な人物だな」

『自分の判断が間違っているなんて思いもしないんだろうね、ある意味では幸せなんじゃないかな』


 まずオルギオを迎えた時には、『英雄オルギオが先鋒か! 流石は義兄上、素晴らしい判断だ!』と称え。

 オルギオが挨拶をすれば、『隣にあるのが王機兵か? 素晴らしいデザインだ、これならば帝国を撃破するのも容易かろう』と言い切り。

 オルギオが王機兵ではないと言えば、『そうか、ではエネスレイク王国の新型か? 義兄上もこの義挙に感銘を受けてくれたのだな!』と感動する始末。


『いえ、レフ様。エネスレイク王国は帝国とトラヴィート王国の終戦交渉に力を尽くしました。それ以上の事は致しません』


 ようやくオルギオが根本的な問題に言及すると、レフの機兵は器用に首を傾げて見せた。


『何故だね、オルギオ? 王機兵を手に入れたのだろう? 帝国の王機兵は現在三機、だが戦場には投入されていない! 今なら王国の王機兵とグロウィリア公国の王機兵とで帝国を粉砕するのも容易だ! 何故それが分からんのだ?』


 糾弾するのではなく、あくまで事実と信じている事を情熱的に述べるばかりのレフ。

 そもそもエネスレイク王国はトラヴィート王国の為に王機兵を動かすつもりも義理もないのだが、それすら理解していないようだった。

 平行線になると思ったのだろう、オルギオ機ノルレスがこちらに顔を向けた。


「横合いから失礼します」

『む、貴殿は?』

『エネスレイク王国の王機兵――拳王機アルカシードの乗り手、ルウ・ロウ・トゥバカリィ殿です』

『ほう、貴殿が!』

「ご紹介に与りました。どうやら王機兵の出陣をご希望のようですが、残念ながらそれは無理なのです」

『無理? 何か事情があるのか』

「ええ。長期にわたり眠りについていた関係で、王機兵は今、大規模なメンテナンスを行っているのです」

『なんと』


 本当は公開したくない情報なのだが、穏便に事態を収拾するにはこれしかない。

 トラヴィート王は失意に沈んだ声で、確認を求めてきた。


『では、貴殿のその機兵は?』

「当面の代替機です。それなりに高性能な機体ではありますが、王機兵とは比べるべくもなく」

『そうか、ならばその機兵の力を発揮してもらうとしよう』

「……は?」

『我が国とエネスレイク王国の友好と絆の証として、先頭に立ってくれるのだろう? 我が国は未来永劫、エネスレイク王国の友誼に頭を下げる事となろう』

『ま、まさかここまで話が通じないとはボクも思わなかったよ、マスター』


 アルも呆れ果てているようだ。

 どうやら目の前の国王は、自分の都合の良いように聞く耳と、都合よく解釈する頭しかないらしい。

 これ以上どう言ったものか、と流狼が悩んでいると。


『馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさかここまでとは思わなかった』


 慨嘆したのはオルギオである。

 堂々と回線をオープンにして発言しているので、トラヴィート王国軍が色めき立つ。


『何だと? オルギオ、どうしたと言うのだ』

『何だじゃあないよ、レフ殿。このまま貴国に帝国と戦争を再開されれば、ここまで準備をした我が国の面目は丸つぶれだ。私が来たのは貴国の恫喝への対応が目的で、その無謀な行動に付き合う為ではないね』


 苛立ちも露わに言い捨てるオルギオは、腕組みをして見下ろすようにトラヴィート国王の機兵を見ている。


『恫喝!? 何を言う、我が檄文を受けて助力をしてくれるのではないのか!』

『馬鹿を言え。陛下は心を痛めて居られる。帝国に攻め込まれた隣国を救う為に、無関係なルウ殿達を他の世界から招くという罪を犯す事となったのに、その意味を理解もせずに戦火を拡大しようとするお前にだ!』

『なっ! ぶ、無礼であろうオルギオ殿!』


 たまらず口を挟んだのはトラヴィートの機兵だ。

 確かにオルギオの発言は一国の国王に対してのものではない。しかし、オルギオはその言葉を鼻で笑うと続けた。


『無礼ではないな。陛下は決断なされた。レフ殿の王権を廃し、長子ケオストス様の即位を認めるものと』

『馬鹿なッ! それこそ思い上がりであろうが!』

『これにはグロウィリア公国のソルナート大公も同意されておられる』

『う、嘘だッ!』


 悲鳴じみた声を上げたのは、トラヴィート王だ。


『嘘ではない。レフ殿、貴殿は国家を危機に陥らせようと目論む国賊であるそうだ』

『ありえん、女神が! ルナルドーレがトラヴィートを見限るなどッ!』

『見限られたのはトラヴィートではなく、貴方ですよ父上』


 と、別の方向から大軍が現れる。


『包囲』


 トラヴィート王の機兵によく似た機兵が右手を振れば、同じくトラヴィート軍と分かる機兵がトラヴィート王の軍勢を包囲にかかる。


『ケオストス?』

『父上。いえ、レフ・トラヴィート。帝国との終戦交渉は既に終わっています。これ以上の戦争行為は認めません』

『何を言うか、私はそのような事を』

『トラヴィートの王として、私が取り纏めました。認めないのであれば、付き従う者もろとも、国賊として処断します』


 冷徹な声を上げるケオストス王に、レフ王とその配下が怯む。


『ソルナート大公も、ディナス伯父上も私の即位を後押しして下さいました。どちらもトラヴィートにこれ以上戦火が広がる事を望まれませんでした。投降して下さい』


 だが、誰よりもレフ王がその言葉を認めようとしなかった。


『嘘だ! 嘘だ嘘だ! グロウィリアが、ルナルドーレが! 私を見捨てるなど、見限るなど!』

『そのルナルドーレ・グロウィリアとディナス伯父上の縁談が纏まったそうですよ』


 ひぃぃ、と。

 レフが吐き出す言葉すらなくなり、わなわなと機兵を震わせる。

 言葉もなく杖を引き抜くレフ機に、ケオストスは小さく息を吐いた。


『錯乱したか。ならば』

「それ以上はなさらない方が良いだろう」


 自らも杖を抜き放とうとしたケオストスに向けて、流狼は思わず声をかけた。


『何を』

「父が子を傷つけるのも、子が父を討つのも。それは良くない」

『ならばどうせよと言うのだ、貴殿は!』


 激発するケオストスに頷いて、流狼はアカグマで河に踏み入った。

 さほど急流という訳でもなく、歩を進めるのに問題はないようだった。

 岸に上がる直前で足を止めて、今にも魔術を放とうとしていたレフに声をかける。


「レフ王。俺と一対一で決闘してはもらえないか」

『け、っとう……?』

「ああ。そちらが勝ったら俺は願いを一つ聞こう」

『貴殿が、勝ったら』

「全てを受け入れて投降するんだ」


 ケオストス機に視線を向けて上陸を請えば、ケオストスは頷いてみせた。

 ざぶりとトラヴィート王国領に足を踏み入れて、流狼はレフの返答を待つ。


『い、いいだろう。必ず勝つ、勝って、私は!』


 杖を振り上げたのを同意と受け取り、流狼は構えをとるのだった。

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