第24話

 夕刻、といっても陽は既にほとんど沈み、住宅街の街灯が灯り始めた頃、光のセルヴァー六人は最後の決着をつけるべく指定された通りに公園に集まっていた。

 翔治達にとっては約一年、成基にとってはたった一ヶ月の短い期間だったが、その戦いにこれからピリオドが打たれる。勝つか負けるかは分からない命を懸けた決戦。それを前に今、六人は緊張感に包まれている。

「もうこれで終わらせる。向こうもそのつもりだ。これ以上この戦いを引き伸ばすわけにいかない」

 セルヴァーの身分的に一番上である翔治が五人の前で立って演説のように始めた。

「その前に……ちょっといい?」

 そこに、珍しく言いにくそうに芽生が割って入った。

「啓司のことなんだけど……」

 これにはさすがに全員が反応した。何か言いたげな目で是夢が芽生を見たが、その張本人である彼女はなんだか悲しげに瞳を伏せている。

 普段彼女は敵のことでこんな表情は見せない。啓司と戦ったときに何かあったのだろう。

「啓司は明香に利用されてたって言ってた。セルヴァーになったのも明香に騙されてたらしいの」

 これには誰も驚きを隠しきれなかった。これまで完全に、悪、敵などと言ってきた闇のセルヴァーにそんな裏があったなどとは思うはずもない。

 しかし、そんなことを意に介さず芽生は衝撃の事実を告げることを止めない。

「私、最後に言われたのよ。侑摩は俺と似ている。あいつを助けてやってくれ。って」

 それを聞いた成基の胸の内には驚愕の他に新たに、僅かな憤りが芽生え始めていた。

 ただ芽生の言っていることを聞いているだけでは、当然、侑摩を助けようと考えるだろう。しかし、相手はこれまで何度も敵対し、街の破壊を行ってきたやつらだ。それにも関わらず助けてほしいと自分勝手なことを請われてもそんなもの認められるはずがない。

 しかし、

「なら、できる範囲でとうにかするしかないな」

 答えたのは意外にも是夢だった。是夢は、こういったことは成基と同じ考えでバッサリと切り捨てるタイプだと思っていた。だから成基は彼の発言に戸惑った。

 そんな様子を知ってか知らずか是夢は説明する。

「僕達は闇のセルヴァーを倒すという目的の他に、それに巻き込まれた人を助けるという理念も持っている。もし芽生の言うことが、啓司の遺した言葉が本当なら、侑摩もその対象になるだろう。たとえ敵であっても」

 それを聞いて安心した芽生は少し強ばっていた頬を緩めた。

 過去の第一次大戦時にはどうだったのかは知らない。もしかしたら今回のように何かを施されて強制的に戦わされていたかもしれないし、普通に集った、単なる悪

の集団だったかもしれない。でも、そんなこと誰も気にしなかったはずだ。

 でもそんな素直に侑摩が受け入れるだろうか。

 そんな疑問を抱きながら成基は承諾した。

「分かった。出来る限りのことはする。ただ、最悪の場合のことも考えておかねばならない」

 翔治の言わんとすることに芽生と是夢は頷いた。

 「それに」と翔治は続ける。

「明香から言ってきたのだから当然何か仕掛けてくるはずだ」

 静かに話を聞く仲間を一通り見回して翔治は咳払いすると口調を戻して続ける。

「だがそれを分かっていれば別にどうと言うことはない。それにこっちは数的にも有利だ。だから……」

 視線を成基に向け、きっぱりと言い放つ。

「成基は待機してろ」

「…………」

「ちょちょちょ、ちょっと待って。待機ってどういうことなの? 今日で決着をつけるんでしょ? それに侑摩だって……」

 翔治の言葉の理由を知らない芽生が慌てて割って入る。口に出してはいないが修平の是夢も疑問を抱いているようだ。

「成基は前に毒針が刺さってその毒で弓が引けない」

「毒……針……?」

「俺は大丈夫だ! だから……」

「ダメだと言ってるだろ! まだそんなこと言うか」

 その時、不意にほとんど沈みかけている陽の光が遮られ、反射的にその方向を向く。そこにあったのは三つの、数少ないが圧倒的な存在感を放つ人影だった。

「とにかく分かったな成基。お前は絶対に出てくるな。侑摩のこともまかせておけ」

 公園の上空まで来た三つの影はそこで止まるとゆっくりと下降を始め、光のセルヴァーの前にふわりと舞い降りた。その姿はまるで、夜に降り立った堕天使のようだ。

「来てくれたようで何よりだよ。てっきり来てもらえないものだと思ってたからな」

「ああ。こっちも決着をつけたかったからな! お前らこそその人数でよく来たな」

「フッ、当然だろうアタイが呼んだんだからその本人が来なくてどうする?」

 翔治と明香が挨拶代わりの応酬をしている間に周りを見回して何かに気付いた修平が小声でな仲間に声をかけた。

「ねぇ、向こうの《遣い》がいない」

「そういえば……」

 少し周りを見て確認した芽生が思い出したように言う。

 翔治が光のセルヴァーの《遣い》であるように闇のセルヴァーにもそれを指示するリーダー的存在である《遣い》がいるはずだ。それがこの最終決戦の場面になっても姿がない。今目の前にいるのは明香、侑摩、将也の三人のセルヴァーだけ。それ以外の人影も気配もない。

 そういえば、と成基は思い出す。

 まだ彼は闇の遣いを一度も見たことがない。まだセルヴァーになって日も浅い成基だがそれでも何度も戦闘を行っている。なのに名前どころか顔すら知らない。

 五人知っているのだろうか?

 ただそんな話は聞いたことがない。

「気を付けろ。どこに隠れているか分からない。罠も張っている可能性もある」

 翔治が仲間に注意を呼び掛けた。

「フフフ……」

 しかしそれを聞いていた明香が急に笑い始めた。

「フフフフフ……フハハハハハハハ!」

「何がおかしい!」

「お前たちは色々と勘違いしている」

「なに……?」

「お前たちは闇の遣いの姿を見たことがあるのか?」

「っ!!」

 今丁度成基が考えていたことを問われ成基は思わず身を震わせた。

「…………ない」

「!!!!」

 やっぱり翔治達ですら見たことがなかったのだ。ならば闇のセルヴァーは分からないことが多すぎる。それにいくら数的有利だといっても向こうには《希望の一撃

レゾリューション・ブロウ

》を使える明香とそれに次いでの実力を持つ侑摩がいるとなればどうなるかは運次第だ。

「フッ、種明かしをする前にこれを見てもらおうか」

 明香が言うと、突然彼女の後ろから一人の少女が姿を晒した。

「なっ…………!」

 その少女は見るからに穏やかで大人しそうで、そして何より成基がよく知る人物。なぜ彼女が、と思うよりも先に、昨日あんなことがあったのにという驚きが先に来た。

「千花!」

「うそ……どうして……」

 クラスメイトという関係で千花のことを知っている美紗も驚きを隠せない。だが翔治はやはり微動だにしない。その冷酷な瞳が見据えるのは明香の一点のみ。

「なぜだ。なぜ新たにセルヴァーを増やせる!?」

 見た目には現れていないが別の理由で翔治も動揺していたようだ。

「じゃあ聞くがアタイら闇のセルヴァーはお前の知ってる限りで何人いる?」

「…………」

 その問いに翔治は答えることが出来ない。戦ったことのある五人については名前も顔を鮮明に記憶しているのに、あと一人、《遣い》を見たことがないからだ。

「だろうな。お前達は六人目を知らない。なぜならいなかったからな」

 予想はしていた答えだった。だが、信じられない。信じたくない。一年間も五人で戦ってそれで同等の戦力があったのなら翔治達が数的有利だからといってそんなことは関係なくなる。それは光のセルヴァー陣の希望が断たれたようなもの。それに相手はここに来て千花を仲間に仕立てた。彼女の実力は未知数だが、むしろ光のセルヴァーが不利な状況なりつつある。

「じゃあ、《遣い》は…………」

「分かってるんだろ? アタイだってことぐらい」

 明香の戦闘能力、指揮能力からして彼女が《遣い》であることに安堵した。ただでさえ今光のセルヴァー全員の遥か上を行く強さを誇っているのに、それ以上の実力を持つ敵がいるとすればその敵に勝つことなどほぼ不可能。

 でも代わりに犠牲になったのが千花だということには疑問と憤りを感じた。

「何で千花が……」

「ん? お前と知り合いだったか。なら丁度いい。昨夜声をかけたら二つ返事で承諾してくれたよ」

「そんなわけあるか! どうせ洗脳か何か」

「成基君……」

 怒りを爆発させる成基に千花が口を挟んだ。

「私は正気だよ。……この人は、独りでどうしようもない私に孤独じゃなくしてくれるって言ったの。それだけの力をくれる、って」

「そんなこと聞いちゃ駄目だ! 誰にもそんなこと出来やしない!」

「私は独りなの。誰もいないの」

「…………」

 幼い頃から千花は人一倍寂しがり屋だということを知っていた。それ故に成基は胸が痛んだ。

 明香のことだ。明香が千花に言ったことが嘘だということを分かっていてもそれ以上はもう言い返すことが出来ない。

「でもやっぱりダメだ……」

 説得するのを諦めかけた成基は自分自身に言い聞かせる。このままだと千花は敵になってしまう。どちらかが殺られるまで戦い続けなければならなくなる。それは絶対にだめだ。

「千花! 今すぐやめるんだ! そいつらは……」

 その時、成基の左肩にポンと誰かの手が置かれるのを感じ、言葉を止めて振り返る。

「もうよせ成基。話しても無駄だ。戦うしかない」

 すぐ目の前にあったのは最近頻繁に見ている闇のセルヴァーのリーダー、翔治の顔だった。彼の言葉と同じように冷酷で無慈悲な目で成基を見つめる。

「そんな……」

「もう敵だ。倒すしかない。」

「でも……」

「殺らなければ死ぬのはお前だ!」

 翔治は大きく声を張り上げた。はっとして成基は目を見開くが、その翔治はどこか辛そうな表情を浮かべている。

 だが、すぐに表情を引き締めるときっぱりと言い放つ。

「これでもう終わらせる。お前を倒してな!」

「倒されるのは、貴様の方だ!」

 明香も負けじと応酬する。

「絶対に倒す」

 そう呟くと翔治は戦闘を開始した。

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