第23話

 暗い空間の中に成基は一人立っていた。辺りには壁も床も天井もない不思議な空間。臭いも、手触りも、音もない、本当の無。

「ここは……?」

 キョロキョロと辺りを見ても全て闇。その時不意に嫌な声が聞こえた。

「遥香を倒したようだな小宮成基」

「その声は……明香!」

 正面から明香の体が半透明に浮き、そして実体化した。その嫌な容姿をキッと睨み付ける。

「ふっ。そう怖い顔するな。別に殺そうって訳じゃない」

「なぜ、現れた?」

「お前に言いたいことがあるからだ」

「言いたいこと……だと?」

「ああ。遥香がいなくなってもうこっちはかなり不利な状況だ。もし、決着をつけたくば昨日遥香を倒した公園に来い」

 一方的に言い放った明香は一瞬何かを企むような不敵な笑みを浮かべた。この暗闇の中ではその笑みが一層不気味に見える。

「ちょっと待て、そんなもの信じられるか!」

「信じるか信じないかはお前達次第だ。それじゃあな。アタイの用はこれだけだ」

 言い残すと明香の体がまた半透明になり、そして消えた。

「おい、ちょっと待て!」

 叫んでみるが姿が再び現れるどころか返事もない。

 一瞬の出来事に全く理解出来ず、呆然とその場に立ち尽くした。



 目を開くとそこは自宅の自室。毎日見慣れた場所だった。部屋の窓のカーテンの隙間からは朝を知らせる陽の光が入ってくる。

 昨日寝た時間が遅いためにまだ眠たかったがその光に二度寝する気は失せられ、大きな欠伸をして目をこすりながら体を起こした。

 枕元に置かれる時計が示す時間は九時ちょうど。本来なら学校へと出る時間だが、昨日の出来事で校舎が半壊したために今日は休み。それならそれですることはあったが今日はなんだかだらだらとしておきい気分だった。

「さっきのは……夢、じゃないよな」

 部屋のカーテンを開けてつい先程のことを思い出しながら呟いた。

 明香は決着をつけたくばあの公園に来いと言った。それがただ単に成基の見た夢かもしれない。どこにもそれが事実だという保証があるわけではないがこんな偶然があるだろうか。それに遥香を殺したとも明香は言っていた。

「考えても仕方ない、か」

 自分一人ではどうしようもないためそのことはおいておいて自室を出た。

 階段をゆっくりと下りていつものようにダイニングキッチンのドアを開ける。

 その瞬間なぜか自分でも分からないうちに足を止めていた。どこかが違うわけではない。それなのになぜか、どこかがいつもと違う気がする。

「そっか……」

 その原因はすぐに思い至った。実際どこも変化はない。ただ昨日の展開が急すぎて、学校や、千花の家が壊されて精神的に寂しくなっているのだ。

 確か親がこの世を去った時にもこの感覚になった気がする。というか、なっている。

 久し振りの感覚に胸を痛めながらも部屋に入った。

 いつものように決まった朝食を摂るべく食パンを取り出すとトースターに入れた。

「今日どうしようかな?」

 パンが焼ける間今日の予定を考えていると、すぐに浮かんだ。それは翔治の家に行くこと。昨日のことと、今朝の夢のことを話したかったからだ。

「よし」

 パンが焼けると食事を済ませ、着替えをして身支度を整えると、起きた時間もそこまで早くはなかったためにすぐ家を出た。

 家を出て普段登校するときと同じルートを辿る。その途中の千花の家のあった場所の前で一度立ち止まる。消失した家の瓦礫はまだ撤去されていない。こうして改めて見るとことの悲惨さがひしひしと伝わる。

「千花大丈夫かな?」

 結局昨日はあの後、千花が涙が涸れるまで涙を流し続けていると、近くの住民によって消防車が呼ばれ、彼女の家は鎮火された。ようやく千花が力を振り絞って立ち上がるが、もう彼女の帰る場所はない。

 魂が抜けたような姿になる彼女は救急隊員によって保護され落ち着くまでは施設で様子をみることになった。

 千花を乗せて遠く去っていく救急車と消防車の回転灯が寂しく見えた。

 あの時是夢の制止を振り払ってでも千花に声をかけておけばよかった。そんな後悔が生まれたがそれはどうしようもない。成基自身も同じように経験しているから是夢の言うことも理解できる。

 そんな複雑な心境に拳を握りしめながらも目を伏せた。

 今は千花が立ち直るのを願うことしか出来ない。

「くっ!」

 自分に出来ることをやりきる。そう誓って目をゆっくりと開けて目的地へと歩き出す。

 彼は後ろめたい気持ちで千花の家を遠ざかると通学で普段使っている電車に乗った。

 学校の途中の駅で降りて少し歩くとすぐに美紗の家に着き、チャイムを鳴らした。

 さすがにもう起きているはずだが、少し間を開けて美紗が出てきた。

「成基……?」

「よ、よう美紗。ちょっと二人に話したいことがあって」

「……入って」

 なぜかしばらく数秒の間が空いてから美紗の後に続いて家にお邪魔する。

 そういえば最近、ずっと美紗と話すようになり、本来美紗が無口だということを忘れていた。いや、それが本来なのかはまだ一ヶ月しか関わっていない成基には分からない。

 美紗に気づかれないように首を振って自分の思考を振り払う。

 美紗に通された部屋は、前に翔治を運び込んだ部屋だった。

 二週間前に来たあの時とは何も変わっておらず、ぼんやりと記憶に残っているものと全く同じだ。あの時は余裕がなかったために何も感じなかったが、こうして改めて入るとこの家独特の香水のような心地よい臭いがする。

「ちょっと待ってて」

 しばらくすると美紗が翔治を連れて戻ってきた。

「ったく、朝から話したいことって何だ?」

 こちらも相変わらずの口調だ。別に怒っている……訳ではなく元からこうなのだろうが確信は持てない。

 だがそんなことを気にせず話題を切り出す。

「実は今朝、変な夢? を見たんだ」

「…………夢?」

「ああ。明香が出てきて、決着をつけたくば公園に来いって」

「っ!!」

 これまで気だるそうだった翔治が態度を急変させ、その表情は驚きに満ち溢れた。

「何……だと?」

 なぜそんな驚くのか全く分からない。それは明香が夢に出てきたことに対してなのか? それとも彼女が言った言葉の内容に対してなのか? それに加えてなんだか美紗も深刻そうな表情をしている。

 しかし、翔治から発せられた言葉は予想外のものだった。

「俺も全く同じものを見た」

「!」

「私も、見た……」

「っ!! それって……」

「ああ。どういう仕組みかは分からんが向こうから意図的送られたメッセージととってよさそうだな」

 それしかない。成基だけならともかく翔治や美紗まで同じものを見たのならばそれは何らかの特殊な手段でこちらに意思を伝えてきたとしか考えられない。ただ、そのようなことが出来るだけのとんでもない何かがあるはずだ。そうでなくとも街を破壊するようなことをする奴らを放っておくことは出来ない。

「どうする?」

 自分の中では答えを出した成基が二人に訊いた。

「決まってるだろ。せっかく招待されたんだ。それを断るなんてもったいないことはしないさ。それに……そろそろ終わらせたい。向こうが二人減っている今が好機なんだ」

 翔治の意思を聞き、その隣にいる美紗を見て彼女の意見を聞こうとすると、それが伝わったかのように黙って頷いて同意した。

「俺達三人が同じ夢を見たのならばたぶん修平、芽生、是夢もまた同じものを見ているはずだ。だからわざわざ伝えなくても大丈夫なはずだ。後はどうやって倒すか、だが……」

「待って。その前に……」

 美紗が唐突に翔治の話を切り、部屋に入ったところにある棚から何か液体の入った瓶を取り出した。

「成基の腕にこれを。毒針の毒を身体中に回さないために」

「毒針!?」

「そういえば翔治は知らないんだったな。お前がやられて撤退するときにいつの間にか刺さってたんだ。それに気づいたのはなかった昨日だけど……」

「それで、今は大丈夫なのか?」

「多分な。でも力を入れると痛むときがある。だから弓を引くのもそうずっとは出来ない……かも」

 セルヴァーの命とも言える武器を扱えないかもしれないということを、顔をひきつらせ、視線をそらしながら右手の人差し指で頬を軽く掻きながら言った。

 そして成基は美紗から透明な液体の入った瓶を受け取って中身の薬を毒針が刺さっていた箇所へ塗った。

「それは解毒薬じゃない。ただ単に毒の進行を止めるだけ。だから無理をするとその効き目はなくなる」

「…………」

「そうか、ならばお前は戦いに参加すべきではない」

「っ! ちょっと待て! 昨日も普通に弓を引けてた。痛みも感じなかった! だから!」

「ダメだ。これ以上進行を進めるわけにはいかない。なんなら今弓だけ出して試してみろ」

 納得出来ない成基は翔治に言われた通り目を閉じて集中力を高め、左手に弓を出した。

 彼はそこて大きく一度深呼吸して右手で弦を引っ張った。

「えっ?」

 自分では精一杯力を込めているつもりだ。しかし実際のところ弦は微動だにしない。昨日までは普通に弓を引けてたのに。

「それが今のお前の現状だ。毒の影響で全く力が入っていない。お前は戦うな。今のお前には何も出来ない」

「くっ…………」

 どうすることも出来ない己の無力さに成基は強く唇を噛み締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る