第16話

 その後成基達は急いでグランドに出て自分の応援席に着席した。そして約三十分という短い昼休みを経て午後のプログラムが開始された。

 最初は大縄跳びからだ。大縄跳びは三年生から三クラス同時に行い、一分間で跳べた数を競う。一分の間なら何度引っ掛かってもいいというルールだ。

 実は、この大縄跳びは千花が最も苦手としている種目だ。正直千花が毎年足を引っ張っている。今年のメンバーは千花が跳べればこの種目は勝てる。

 回し役はこのクラスで一番力のある二人が担当している。

 三十秒の練習を経て残すは本番。

 練習では最高僅か三回という、想像通りの記録に終わった。クラスのみんなは諦めかけている。

「それでは今から一分間。よーい……」

 続く号砲で一分間のタイマーが動き出した。

「いくぞ! せーの!」

 成基達二組も回し役の掛け声でスタートする。

 一回、二回と鞭のように地面を叩く縄が回転する。

 そろそろこの縄の動きは止まる頃だろうと、クラスのみんなが諦めていた。しかし、いつまで経っても跳びながら数を数える声は止まらなかった。

「六! 七!」

 跳ぶのに合わせて数える声には喜びと、驚きを隠しきれない声が混ざっていた。

 成基もそれは例外ではない。成基はリレーが苦手なように千花が大縄飛びが苦手なのは相談に乗ったことがある。そのため、最初こそ驚きはしたものの今は千花を応援する気持ちの方が強い。

「十九! 二十!」

 ついに二十を越えた。そろそろ疲れてしんどくなるところだ。特に運動が苦手な千花ならなおさら。

 その快進撃は三十を越えたところでようやく止まった。その瞬間に歓喜の声が上がる。

 だがこれで終わりではない。大縄飛びは一分間で何回跳べるかだ。

「次いくぞ! せーの!」

 出来る限り時間を無駄に使わないために回し役が声をかけてすぐに続ける。

 その間の跳ぶ生徒の表情はすごくよかった。翔治や美紗ですらも。もちろん成基と千花も。

 終了の号砲がなったのはまもなくだった。

 三年生は全員競技で出払っているため二年生の審判の係に当たっている生徒が朝礼台の上で号砲を鳴らした係の生徒に結果を報告する。

「結果を発表します。一組、二十五回。二組、三十八回。三組、三十七回」

 全クラスの結果が放送されたとき再び歓喜の声が上がった。

 大縄跳びが苦手な千花がこれだけ跳べたのはすごいことだ。これまでにこんなことはなかった。

 成基はその結果を喜びながら先程の一件で少し関係がギクシャクしている千花の方を見やる。

 千花は肩で息をしながらも笑顔で隣の美乃里と抱き合っている。

 この千花の活躍で大縄跳びを取った成基達のブロックは僅差ながらも首位に躍り出た。


 今年の体育大会はこれまでにない程の接戦を保ったまま、決着は最終種目であり成基が一番嫌がっているリレーへともつれ込んだ。

 成基達のクラス二組は僅か十点差でトップを走る一組と、その一組に同率で並ぶ三組を追いかける。

 一年生、二年生のリレーでは点差変わらず遂に三年生のリレーで決着がつく。

 成基はもう逃げ出したい気分になった。この状況ではあの四年前のリレーがトラウマになった時と全く同じ状況だ。

 ――怖い。またあの時のようになるのが。自分のせいでまたみんなに迷惑をかけるのが。

 成基は入場し終わった後、足がすくんで動けなくなった。

 リレーは男女六人ずつで一人トラック一周二百メートルをリレーする。

 成基はそのアンカーのために十分弱近くもの待ち時間がある。それ故に緊張は段々と高くなる。

「位置について、よーい」

 続く号砲の合図で一走がスタートした。

 スタートで完全に出遅れた二組はそのまま差を縮めることが出来ず少し差の開いた状態で二走、三走へとバトンが繋がる。

 だがそれにつれて少しずつ差が開いていってしまう。

 三年二組のいるブロックは少しずつ諦めていく人が増えた。成基に関してはこれならそこまで気負うことなく走ることが出来ると密かに喜んでいた。

 しかし半分が終わり、七走に入ったところで二組が少しずつ追い上げ始める。その勢いは止まることなく成基の前の十一走がバトンを受け取った時にはその差は一秒を切っていた。

 前の走者が走り出したことによって準備に入った成基はすぐに恐怖が襲ってきた。

 成基はいつも通り力を抜いて走るつもりだったのだが、そんな時に千花の大縄跳びでの頑張りが脳裏を過った。

 千花は大縄跳びが大の苦手だ。それにも関わらずに三十越えという物凄い頑張りを見せた。

 それなのに成基はこの状況から逃げ出そうとしている。

 本当にそれでいいんだろうか?

 いつまでも自らが創り出した殻に籠ってていいんだろうか?

 いいはずがない。いつまで経っても殻を破れず、このままずっと本来の自分をずっと深い胸の奥底にしまっておかなければならない。

 そんな自分を変えたい。変えなければいけない。

 千花の努力をみた成基は自問自答した。千花だけではない。翔治や美紗、是夢だってそうだ。自分の不幸を糧として目標を持ち、それに向かって努力している。なのに自分だけいつまでも甘えていることは出来ない。

 それにどうせやるなら苦しむより楽しみたい。

 前走者はトラックの最終コーナーを回りきり、もうすぐそこまで来ている。

 一度深呼吸して少し気持ちを落ち着けてリードを取る。

 四年前に失格となったのはここだ。バトンを受け取った後に極度の緊張でレーンが判らなくなり隣のレーンへと入ってしまった。

 だから今度は同じ過ちを繰り返さないように集中して右手を出しながら加速していく。

 成基のスピードがほぼ全力になった時、右手に鉄で出来た冷たい感触が伝わった。

 それをしっかりと握りしめ、ただひたすら前を見て走った。

 まだ中学校にはいってから一度も見せていない全力を出すならここだ。

 成基はそう決めてスピードを一段階上げた。 そしてこれまで身に付けていた錘を振り払うんだ。

 四年も全力で走っていなかったが、まだ完璧に鈍りきっていなかったために成基は内心で安堵した。

 一息に前との差を縮めると周りからわっと歓声が上がる。

 久し振りに全力で走る感覚はとても懐かしく楽しいものだった。

 その感覚のまま前を走る二人を一気に抜きにかかる。

 爆発のような轟音と共に二階の一部の壁が崩れ落ちたのはその直後だった。

 会場からの歓声は悲鳴へと急変する。それを聞いて成基は慌てて足を止めた。

「キャーーーー!」

「なんだ! テロか!?」

「うそだろ!?」

「いやーーっ!」

「落ち着いてください! 落ち着いて校舎から離れてください!」

 幸い校舎とグラウンドは少し間が空いているために人影はない。しかしあまりにも突然の出来事に逃げ惑う人々。少したりとも動けずにただ呆然としている人々。泣き喚く人々。生徒も含めてそのような有り様の人ばかりでこの会場が混乱に包まれる。そのような状況でも教師は冷静に人々を誘導している姿はさすがだと、多少場違いながら成基は感心した。

 校舎とは反対に走っていく人々とは反対に成基は美紗と翔治、体育祭を観に来ていた修平と芽生に是夢の五人と合流する。

「このタイミングで来たか」

「せっかく成基くんの活躍が見れるところだったのになぁ」

 自分が走っている最中に襲撃が来たことを成基は複雑に思った。そんな彼を半分からかうように、もう半分は本気で残念がるように修平が言う。

「そんなことより闇のやつらはどこよ」

「そんなことって、芽生ちゃんも応援してたじゃないか」

「応援なんかしてないわよ! するわけないじゃない! …………まぁ楽しんではいたけど…………って、それはいいから闇のやつらはどこなのよ!」

 そうだ。これは闇のセルヴァーの襲撃。ならばどこかに校舎の壁の一部を崩れ落とした張本人達がいるはずだ。だがその姿は一向に見当たらない。それどころかどうやって校舎の壁を崩したのかすらも判らない。

 だが、闇のセルヴァーに遠距離攻撃の手段はない。となると近接攻撃だ。ならば教師のいない隙に入り込み、校舎の中からしたに違いない。

 その結論に至りリーダー的存在--実際にリーダーなのだが--である翔治に言おうとしたが、翔治は人目がないことを確認して飛び立った。

「おい! どこ行くんだよ!」

「やつらは空中そらにいる。畜生! あいつら爆弾なんか作りやがった」

「ちょ、それってどういう…………」

 成基が訳が判らずにいると修平が少し溜め息をついた。

「翔治がセルヴァー関係でああいうこと言うと大概当たるんだよね」

「たからどういうことなんだよ」

「行ってみたら判ると思うよ」

 少し苦笑を浮かべると修平は翔治の後を追った。

 最近セルヴァーになったばかりの成基には理解出来なかったが修平が言うのだからとしぶしぶついていく。

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