第15話

 その後、盛り上がるこの会場では綱引きを始め、玉入れ、二人三脚と、午前のプログラムが終了し、昼食の時間となった。

 成基も午前のプログラムをとても楽しんでいた。クラス全員で行う団体種目は全てのクラスの力が五分五分で得点も僅差になっている。

 そして何よりも普段とは違う翔治と美紗を見ることが出来たのも大きな収穫だ。

 特に美紗はあの時の笑った表情とは違った輝きを放っていてついその美しさにひたすら見入っていた。

 成基にとってそんな至福の時は一時中断され、一度教室へ帰り持参した弁当を食べる。

 みんな自分の好きな人の所へ移動して一緒に弁当を広げ始める。千花はどうやら美乃里と一緒に食べるようだ。だが成基はそこにいたくなかった。今は千花は話したくないし、出来れば最低限顔を合わせたくない。

 だから食べる場所に関して特に指定されていないために成基は弁当を持って屋上へ行った。

 屋上には誰もいなかった。このいい天気だから三年生に限らずとも誰かは来ていると思っていたのだが人影は見当たらない。

 それならそれで寧ろ好都合だと思い、二つあるベンチの片方に座って自分の作った弁当を食べ始める。

 みんな真面目に教室で食べているのだろう。この学校で弁当を食べる場所と言えばここか教室ぐらいしかないため自動的に結論が出される。

「久しぶりだなこの感じ」

 心地よいそよ風を浴びながら成基は独言した。

 いい天気の日に一体いつ以来だろうか。中学校に入ってからは一度もない。確か前は小学校の遠足だった気がする。

 千花に対する罪悪感を感じながら玉子焼きを口に入れ咀嚼する。

 秋晴れの穏やかに吹く風とともに屋上の扉が開く音がした。

 振り返ってみると翔治と美紗がそこにはいて、成基の後ろを通るともう一つ並べてあるベンチに腰を下ろした。

「成基、やはりここだったか」

 意外にも先に声をかけてきたのは翔治の方だった。

「翔治達も来たのか」

「俺達はどこにいたって同じだろう」

 事情を知った今となっては翔治の言葉は自嘲気味に聞こえる。そこに何だか彼の優しさとそして哀しさを感じた。

 翔治と美紗も弁当を広げて食べ始めた。弁当箱から覗くおかずは成基が自分で作った物とはまた違って美味しそうに見える。

「その弁当はどっちが作ったんだ?」

 気になった疑問を翔治に投げ掛けると、一口サイズのハンバーグを口に入れようとしていた翔治は箸を止め、弁当箱に戻すと、美紗の様子を窺って答えた。

「俺だ」

「意外だな。翔治はそんなことしないと思ってたから」

 率直な感想を言うと翔治は気まずそうに身を乗り出してきた。

「美紗に料理を作らせたらとんでもないことになるぞ。あいつの料理は危険だ。絶対に作らせることは出来ない」

 翔治の口調は本当に酷く、思い出したくもないようなものだ。彼はそれだけ言うとまた弁当を食べ始めた。

 これもまた意外だった。美紗のようなとても美しい容姿を持つ少女がそこまでだとは思わなかった。成基が勝手に自分で思い込んでいただけだが、それでも結構な衝撃を受ける。

 翔治達と普通に話すようになってからもうどれくらい経つのだろう。実際はまだ一ヶ月も経っていないのだが成基にはもっと長く、ずっとこれが普通だったかのように思えていた。

 そんなことを考えながら成基は翔治に切り出す。

「そういやまだ闇のセルヴァーは来ないな」

「…………だな。このまま体育祭が終わればいいが…………」

「…………そうはいかない…………か…………」

 翔治の言葉を成基が引き継ぐ。

「だよな……はぁ」

 成基は落胆して溜め息をつく。

 闇のセルヴァーに来てほしくないという願いはここにいる三人とも同じだろう。だが現実は哀しいものだ。

「現実は惨いよな」

「当たり前だろ。そんな自分の思い通りになってたら世界は成り立たない。もう既に崩壊してるさ」

「そうだけどさ……」

 成基はどこか遠くを見据えるような目をした。

 無心で動かしていた箸が弁当箱の中で空を掴む。それで初めていつの間にか弁当を平らげていたことに気づいた。

 少しぼけっとして弁当箱を見詰めた後成基は弁当箱を片付けた。

「もし闇のセルヴァーが来たとして、その時の対応はどうするんだ?」

 成基は一息ついてから隣で食事を進める翔治に訊ねる。その翔治は咀嚼していたものを飲み込んで、水筒のお茶を少し飲んでから返答した。

「さっきも言ったがそれはどうしようもない。それに未来は誰にも判らない。だから対応はそのとき次第だ」

 確かにそうだと成基は納得した。

 翔治も最後の一口を口に含むと飲み込む前に弁当箱を片付けた。

 もともと昼休みの時間は普段より短めに取ってあるので午後のプログラム開始まであまり時間がない。

 そろそろ戻ろうと立ち上がった時、背後から食事中一言も発さなかった美紗に声をかけられた。

「あなたはセルヴァーになったこと後悔してないの?」

「えっ?」

 思いがけない言葉に成基は反射的に訊き返す。

「後悔なんかしてないさ。寧ろセルヴァーになってよかったと思ってる。みんなと話すのは楽しいし、自分で世界を守れるんだし。ただ、これが命を懸けた戦いじゃなかったらもっとよかったのにな」

「そうね…………それは光のセルヴァーみんなの願い」

 美紗は希望の薄い願いを込めて天を見上げた。それにつられて同じように成基と翔治も空を仰いだ。

「何を話してるの?」

 その時、成基の一番聞き慣れた、それでいて一番聞きたくない声がした。

「ち、千花…………! い、いつからいたんだ?」

「ついさっきよ。そろそろ時間だし教室にもいなかったからここだろうって思って来たんだけど…………ねぇ、それよりセルヴァーとか言ってたけど何なの?」

 千花は成基に対して冷たい視線を向けて言い放つ。

 とりあえず翔治と美紗に救いの手を求めてみるが予想通り、お手上げだと言わんばかりの表情で当てには出来ない。

「ねぇ、何を隠してるの? 最近成基くん何か様子がおかしいし」

 千花の指摘は的確だ。確かに成基は二週間前から千花と距離を置くようになった。だが、その理由は何がなんでも言うことは出来ない。

「そ、それは、その…………」

 口が裂けても言えない理由をどうごまかそうかと考えても言い訳が思い付かず、成基が口ごもっているとそんな成基を助けるようなタイミングで五分前を報せる予鈴が鳴った。

「時間だから今はいいけど後で絶対聞くから」

 千花にしては珍しく憤慨して言い残すとその場を後にした。

「ふぅ」

 取り合えず最大の修羅場を脱し成基は一息ついた。

 だがこれは一時的なその場凌ぎに過ぎない。また体育祭が終われば詰問されるだろう。

 それまでに何とか言い訳を考えておかねばならない。

「これはまずいな」

 これまた珍しく翔治を焦ったように呟いた。

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