人生最期の瞬間を眺めますか~アポカリか;Apocalypse Cataclysm~

ライフライン

第1話 終末の時がきた

世界は滅びの瀬戸際にあった。その美しい景色は崩れ去り、大地は紫色の霧に包まれた。山々は崩れ、海は黒く染まり、空は血のように赤くなった。外の世界が崩壊する中、一人の男が地下の閉鎖されたシェルターに立ち尽くしていた。


シェルターの中は暗く、冷たい空気が漂っていた。男はただじっと、錆びついた壁を見つめていた。普通の人間ならば絶望し、諦めるだろう。しかし、彼の瞳にはまだ希望の光が宿っていた。


「こんな狂った世界、あなたはどう思いますか?」女性はシェルターの天井に向かって問いかけた。


「生きるよ、当然だ。」誰もいないと思っていたが、突然声が返ってきた。驚いて振り返ると、一人の女性が隅に座っていた。彼女の髪は乱れ、服もぼろぼろだったが、その目には奇妙な輝きがあった。かつては占い師だったが、この世界の狂気に呑まれ、少しだけ正気を失っていた。


「そうですか、どうしても抗い続けるのか?」女性は男に尋ねた。


「ああ、俺はまだ諦めない。」男の目は真剣だった。


少女はため息をつき、冷たい声で言った。「何故でしょうか?人生はいつか終わるのに・・・」


男はその言葉に心を揺さぶられた。「そうかもしれない、けど俺はまだ死にたくない。」彼の声はかすかに震えていた。


女性は冷ややかな笑みを浮かべた。「この世界がどれだけ狂っていようと、あなたはまだ生きることに意味を見出そうとしているのね。でも、外の世界を見てごらんなさい。すべてが崩壊し、希望なんてものはもう存在しない。人々は争い、奪い合い、生き残るために何でもする。こんな世界で生き延びることに、果たして意味があるの?」


男は黙り込んだ。彼の心の中では、恐怖と絶望が渦巻いていた。しかし、彼はそれを認めるわけにはいかなかった。


「俺は…まだ諦めたくないんだ。」男は静かに言った。「たとえ外の世界がどれだけ酷くても、俺にはまだやりたいことがある。守りたい人がいる。その一瞬一瞬を大切に生きたいんだ。」


女性はその言葉に何も返さず、ただ静かに彼を見つめた。


「そうか。ならば、せいぜい気をつけて。」女性はそれだけ言って、シェルターの奥に消えていった。


男は一人残され、深く息をついた。彼の心にはまだ不安と恐怖があったが、同時に微かな決意も芽生えていた。たとえ世界が終わりを迎えても、彼はその終焉の中で生き続ける道を探すことを誓った。


彼の口から漏れる言葉は、虚偽の糸で織りなされた嘘だった。彼は自分自身を欺いていた。死ぬことを避けるために、生きることを選んだと思っていたが、その信念は空虚なものだった。彼の内側にある真実は、死ぬことをただただ恐れていたのだ。


彼は生きる意志を装っていた。やりたいこと、守りたいもの、全てが彼の心の中に浮かび上がる美しい幻想に過ぎなかった。それを自ら信じることで、彼は空洞な現実から逃れようとしたのだ。


だが、彼の心には常に不安と絶望が渦巻いていた。やがて、その嘘が自らを責める刃となって突き刺さった。彼は自分の欺瞞を見つめ、その虚しさに苦しんだ。


それからの日々は、彼にとって時の流れが意味を持たないものとなった。彼はただ、シェルターの壁を見つめ、一秒、一秒を数え続けた。この悪夢から目覚める日が来ることを願って。



⋆最初の日⋆


普段と変わらぬ日曜日の朝。しかし、この日は何かが違っていた。いつもの朝の明るさが感じられず、部屋には静寂が漂っていた。窓の外を見れば、いつもの青空ではなく、重い雲が低く垂れ込めているようだった。それだけでなく、テレビの天気予報も通常とは異なるものだった。しかし、人々の行動はいつも通りで、何も変わらないかのように見えた。


だから、俺はアパートを出た。普段この時間にはコインランドリーへ向かうはずだった。明日の授業の準備を整え、晩御飯の買い物をするつもりだった。しかし、今日は何かが違う。何かが起こる予感がした。


通りすがりの人々もいつもと同じように振る舞っていた。彼らの表情からは何も異変を感じ取れなかった。静かな朝の光景が続いていた。


しかし、そんな中、遠くの方でざわめきが聞こえてきた。最初はぼんやりとした騒がしさだったが、次第にその音は近づいてくるように感じられた。俺も他の人々と同じく、好奇心でその方向を見つめた。


そこには大勢の人が集まっていた。彼らの慌ただしい動きから、何かが起きていることが伝わってきた。俺は一瞬、足を止めてその様子を見つめた。そして、どうしても気になって、その場所へと向かって歩き始めた。だけどすぐに後悔した。


俺は震える手で、その恐ろしい光景を遠くから見つめていた。死体は群衆を襲い始め、彼らの肉を引き裂き、血を啜りながらその生気を求めているかのように見えた。俺の心臓は激しく打ち、足は地に根付いたかのように震えた。


しかし、恐怖に支配された俺は動けなかった。あまりの残虐さに、体が凍りついてしまったのだ。彼らの叫び声、死体の獣のような吼え声、血の匂いが俺を襲い、もうすぐに気を失いそうになった。


だが、その悲惨な光景を目の当たりにしながらも、俺は何もできなかった。逃げることもできず、助けを求めることもできない。ただ、恐怖と無力感に支配されて、その場に立ち尽くすしかなかった。


時間が経つにつれ、俺の周りは血の海となり、悲鳴と死の匂いに満ちた。それでも、俺はただその光景を見つめることしかできなかった。


俺の耳に、誰かが「やったぜ!ゾンビ襲来だ!」と叫ぶ声が聞こえた。驚くべきことに、この混乱の中で唯一の人物が興奮しているようだった。俺はその声を追い、彼を見つけようとした。


その人物は浮かれた顔をしていて、周囲の混乱を楽しんでいるようだった。彼は興奮した笑顔で手を振り、死体たちが群衆を襲う様子を見ては喜んでいる。


しかし、その興奮は間もなく終わりを告げた。彼が「まるでゲームっ!あああ!」と叫んだ直後、死体の一つが彼に向かって突進した。彼は驚いた表情を浮かべ、一瞬のうちに死体に引きずり込まれてしまった。


俺は目を背け、恐怖に打ち震えながらも、その悲劇的な光景を目撃してしまった。この混沌の中で、楽しんでいた彼がいつの間にか死の餌食となってしまったのだ。


逃げろ… 逃げろ… 逃げろ… 逃げろ… 逃げろ… 逃げろ… 逃げろ…。ここから逃げるんだ。ここは安全じゃない。でもどこに逃げるんだ?周りの周辺はこの光景ばっかりに写っている。


けれど、身体はまだ動かない。恐怖が俺を麻痺させている。足は地面に根付いたかのように動けない。だが、その恐怖こそが俺を動かす力になった。


なんとしても逃げなければ…。俺の心臓は必死に鼓動し、汗が額から滴り落ちる。その一瞬の勇気で、俺は身を起こし、一歩足を前に出した。恐怖が身体を支配しようとする中、俺は一歩ずつ前進し始めた。


俺は恐怖に駆られ、必死に足を動かした。狂気的な速さで走りながら、周囲の悲劇的な光景を見つめた。人々が死体に襲われ、絶叫する声が聞こえる。血しぶきが舞い、絶望が空気を支配している。


しかし、俺はただ逃げることしかできない。その場に留まれば、俺もまた死の餌食となるだろう。思考は停止し、ただ足を前に進めることだけが意識の中心だった。


見たことのない光景が俺の周りで広がる中、俺は自分がどこに向かっているのかも分からないままに走り続けた。死の匂いが鼻を突き、絶望の雰囲気が肌を震わせた。


「こんな悪夢はいつ終わるんだ…」という問いが心の中で繰り返された。けれども、答えはどこにもなかった。ただ、逃げるしかない。逃げ続けることでしか、生き延びる望みがあるという信念だけが俺を突き動かしていた。


俺は絶望的な状況の中、逃げることしかできなかった。足取りは急速になり、心臓は猛烈に鼓動していた。そして、その混沌の中で、突然、警察官らしき人物の叫び声が聞こえてきた。彼はパニックに満ちた声で、地下鉄への誘導を行っていた。


俺はその声に導かれるようにして、地下鉄へ向かった。地下鉄のホームに到着すると、そこにはもう一人の警察官らしき人物がいた。彼もまた不安げな表情を浮かべながら、人々を特定の経路に導いていた。


ホームに停車していた列車は、既に運行を終了していた。しかし、彼らは別の道筋を示し、その先には何かしらの避難経路があるようだった。


俺はその場に立ち尽くし、彼らの指示に従って歩みを進めた。彼らの不安げな表情は、俺の心をさらに不安にさせたが、それでも彼らは自分たちの仕事を果たしていた。


俺は地下シェルターに到着した。普段は一般人が立ち入ることができない場所だが、今回は警察の案内で俺たちが避難できるという。


シェルターの入り口には警察がバリケードを張っており、入口は厳重に監視されていた。それでも、警察の案内に従い、俺たちはシェルターに入っていった。


中に入ると、明るいが普段の避難所とは異なり、照明は明るすぎず暗すぎずの程よい明るさだった。


俺は周囲を見回し、安心のため息をついた。ここならば一時的にでも安全が確保されているように感じた。


しかし、外の警察の声が聞こえてきた。彼らはシェルターを監視し、外の状況を報告しているようだった。その声からは緊迫感が伝わってきたが、同時に政府や自衛隊の指示に従っていることも伝わってきた。


俺は心の中で、政府や自衛隊がこのシェルターを指定し、警察がそれを実行していることに感謝した。この混乱の中で、少しでも安全を確保できる場所があることは心強いものだった。


俺はシェルターの中で落ち着きを取り戻したが、同時に疑問が頭をよぎった。普段は一般人が立ち入れない場所に、なぜこんなシェルターが存在しているのだろうか。何かしらの事態を予測して、こうした避難所が用意されていたのではないだろうか。


政府や自衛隊がシェルターの存在を知っており、それを指定していることからも、何か大きな事件や災害が予測されていたのだろうか。


しかし、そのような考えを抱えても今はどうにか安全を確保することが先決だ。何が起きているのか、その理由を知ることは今は二の次だ。俺はただ、この場所で一時的な安全を得ることに感謝しなければならない。


俺、八尋耕介。今日はこれまでで最悪の日だろうと思っていた。街は混乱に巻き込まれ、死体が至る所に横たわっている。一人で生き残るために必死だ。


シェルターに避難し、一時的な安全を確保した。次は何をすべきかを考えねばならない。明日への準備を整え、生き延びるための計画を立てる。それが俺の唯一の希望だ。





♦♦♦




「お疲れ様。」


「おう、お疲れ。」


「お疲れ様です。」


彼女は無言で頭をコクリと下げ、薬局を出た。


「いやあ、篠崎さん、相変わらずだね。」一人の同僚がつぶやいた。


「ええ、もう何ヶ月も一緒に働いているけど、全然変わらないね。」もう一人の同僚が同意した。


篠崎千早。彼女は内向的で無口、人との接触を避けがちだった。医学部を卒業し、現在は薬剤師として働いているが、仕事に情熱を感じることはなかった。彼女が本当に好きなのは、古い本や珍しい本を読んだり集めたりすることだった。


千早は薬局から出て、静かな街並みを歩きながら深く息をついた。日常の仕事が終われば、彼女はようやく自分の時間に戻れる。アパートに帰ると、千早はまずリビングの隅に置かれた本棚に向かう。そこには、彼女が集めた数々の古書や珍しい本が並んでいた。


千早は、一冊の古い小説を手に取り、ソファに腰を下ろした。それは、彼女が最近手に入れたばかりの希少な本で、内容は戦前の日本を舞台にしたミステリーだった。彼女はページをめくり、その世界に没頭していった。千早にとって、読書は現実の煩わしさから逃れるための唯一の手段だった。


夜が更けるまで、千早は本を読み続けた。物語の中に引き込まれ、時間を忘れてしまうことが彼女の楽しみだった。


次の日、千早はいつものように薬局で働いていたが、心ここにあらずだった。彼女の頭の中は、昨夜の物語の続きでいっぱいだった。


「篠崎さん、最近何かあったの?」同僚の一人が心配そうに尋ねた。


「いいえ、何も。」千早は冷たく答えたが、その目には昨夜の物語の興奮がまだ残っていた。


週末、千早は新しい本を探しに古書店へと向かった。そこは、彼女が頻繁に訪れるお気に入りの場所だった。本棚を一つ一つ見て回り、興味深い本を見つけるのが彼女の楽しみだった。その日も、千早は一冊の珍しい本を見つけた。


「これ、面白そう…」


千早はその本を手に取り、家に持ち帰った。彼女はすぐにソファに座り、その本を読み始めた。


千早の静かな日常は、彼女にとっては冒険そのものだった。現実の世界ではなく、本の中で生きることが彼女の楽しみだった。彼女の物語は、いつも新しい本との出会いによって紡がれていった。千早の人生は、まだまだ無数の物語に満ちているのだった。


千早は本に夢中になり、時間も周囲の変化も忘れていた。彼女のアパートのリビングは静まり返り、唯一の音はページをめくる微かな音だけだった。そんな中、外では何か異変が起きていたが、千早は全く気づかなかった。


⋆日曜日⋆


日曜日の朝、千早は普段と同じように本を読み始めた。彼女が選んだのは、最近見つけたサスペンス小説だった。その物語に引き込まれ、ページをめくる手が止まらなかった。時間が経つのも忘れ、千早は物語の中の世界に没頭していた。


外の世界では、異様な静けさが街を包んでいた。通常の日曜日なら、子供たちの笑い声や車の音が聞こえるはずだった。しかし、この日は何かが違っていた。重い雲が空を覆い、通りは異様なほど静まり返っていた。


しかし、千早はそんなことには全く気づかず、本の世界に深く沈んでいた。彼女のアパートの外では、少しずつ異常な事態が進行していた。通りを歩く人々の中には、異様な動きをする者が増えていた。そして、次第にその騒ぎは大きくなり、街全体を包み込むようになった。


千早は、物語のクライマックスに差し掛かったところで、ふと時計を見た。もう午後になっていた。彼女は一息つき、本を閉じると立ち上がった。窓の外を見ようとカーテンを開けると、異様な光景が目に飛び込んできた。


通りには、人々がパニックになって走り回っていた。遠くで、何かが燃えているのが見えた。千早は驚き、窓からその光景を見つめた。何が起きているのか理解できず、心臓が激しく鼓動した。


突然、千早の部屋のドアが激しくノックされた。彼女はびくりとし、ドアの方を振り向いた。ノックの音はますます激しくなり、誰かが必死に叫んでいるのが聞こえた。


「開けてください!早く!」


千早は恐る恐るドアに近づき、ドアチェーンをかけたまま少しだけ開けた。そこには、見慣れた隣人の顔があった。彼の顔は蒼白で、目には恐怖が浮かんでいた。


「何が起きてるんですか?」千早は声を震わせながら尋ねた。


「逃げるんだ、千早さん!ゾンビが…いや、死体が歩いてるんだ!」


千早は耳を疑った。しかし、隣人の必死な表情を見て、冗談ではないことがわかった。


「早く、ここを離れるんだ!」


千早は急いで必要なものをバッグに詰め、隣人と共にアパートを飛び出した。外の光景はまさに地獄そのもので、彼女は恐怖と混乱に包まれながらも、必死に生き延びようとした。


その日以来、千早の平穏な日常は完全に崩壊した。本の中の世界だけが、彼女にとっての現実逃避の場であり続けた。彼女は生き延びるために戦いながらも、心の中では常に本の中の物語に救いを求め続けていた。


恐怖と混乱が交錯する中、彼女は隣人の後を追い、必死に走った。彼らはなんとか安全な場所を探そうと、路地裏に身を潜めながら進んだ。


しばらく進んだ後、隣人は急に立ち止まった。彼の顔には不自然な笑みが浮かび、その目は何か邪悪な光を帯びていた。


「千早さん、ここで少し休もうか。」


千早は違和感を覚えたが、疲労困憊していたため、言われるままにその場に腰を下ろした。しかし、隣人の様子が次第におかしくなり、彼の手が千早の肩に触れた瞬間、彼女の警戒心は一気に高まった。


「何をしているんですか?」千早は恐怖と怒りを込めて叫んだ。


「大丈夫だよ、千早さん。今は混乱しているけど、二人なら安心だよね…」


隣人の手が彼女の肩から腰へと移動し、千早の心拍数は一気に跳ね上がった。彼の意図が明白になった瞬間、千早は必死に抵抗しようとした。しかし、隣人の力が強く、逃げ出すことができなかった。


その時、不意に近くのゴミ箱から大きな音が響いた。何かが倒れたのだ。隣人は一瞬そちらに気を取られ、その隙に千早は力いっぱい彼を突き飛ばした。


「何をするんだ!」隣人は怒りに満ちた声で叫んだが、次の瞬間、その表情が恐怖に変わった。


千早の目の前で、隣人に腐敗した手が伸び、彼を引きずり込んだ。その手の持ち主は、ゾンビだった。隣人は悲鳴を上げ、必死に抵抗したが、ゾンビの力には勝てなかった。彼の身体はゾンビによって無惨に引き裂かれ、血しぶきが辺りに飛び散った。


千早はその光景に呆然と立ち尽くしていたが、本能的に後ずさりした。恐怖に駆られ、彼女はその場から逃げ出した。


走り続けた千早は、どれくらいの時間が経ったのかわからなかった。足が痛み、息が上がり、心臓が激しく鼓動していた。やがて彼女は、地下への階段を見つけた。そこには警察官が立っており、避難民を地下シェルターへ誘導していた。


「こちらへ!急いで!」警察官の声が響き渡る。


千早は警察官の指示に従い、地下シェルターへと続く階段を駆け下りた。シェルターの中は比較的明るく、他の避難民たちが不安げな表情で集まっていた。シェルター内には仮設のベッドや必要最低限の物資が整えられていたが、その雰囲気は緊張感に満ちていた。


警察官たちはシェルターの入口にバリケードを築き、外の脅威から避難民を守ろうとしていた。千早はその様子を見つめながら、心の中で問いかけた。このシェルターがこんなに早く準備されているのは、まるでこの事態が予測されていたかのようだ。


『今日という日はまだ最悪の日ではなかったのかもしれない。』


彼女はそう思いながらも、恐怖と不安を抑えきれずに震えていた。自分が何をすべきか、どうすれば生き延びられるのかを考えながら、千早はこの未知の恐怖と戦う決意を固めた。




♦♦♦




山田剛は、30代半ばの警察官だった。彼は真面目で責任感が強く、市民の安全を守るために日夜働いていた。彼の妻と二人の子供は彼の誇りであり、家庭を守るために努力していた。


その日も普通の勤務だった。特に大きな事件もなく、彼はいつものパトロールをしていた。しかし、夜遅く、警察署に緊急の連絡が入った。


「山田、至急会議室に来てくれ。」


上司の声には緊張感がにじんでいた。山田はすぐに会議室へ向かった。そこには数人の警察官と、市内の重要人物たちが集まっていた。


「皆、状況は深刻だ。我々は未確認の情報を受け取ったが、信頼できる筋からのものだ。明日、大規模なパニックが起きる可能性がある。」


上司の言葉に、会議室の空気が凍りついた。山田は疑問を感じながらも、その指示を待った。


「地下シェルターの場所が指定された。我々は市民を誘導し、できる限り多くの人を安全に避難させることが任務だ。」


山田はその言葉を聞いて、胸の中に不安が広がった。何が起きるのか具体的には知らされなかったが、ただならぬ事態が迫っていることは明らかだった。


翌朝、山田はいつも通りに制服を着て、家族に別れを告げて家を出た。彼は心の中で家族の安全を祈りながら、警察署へ向かった。


街中はいつもと変わらない日曜日の朝だった。しかし、山田の心には昨日の会議の言葉が重くのしかかっていた。彼は不安を抱えながらも、市民の安全を守るために全力を尽くすことを誓った。


午前中は特に異常はなかったが、昼過ぎに突然、街の一角で異変が起きた。遠くから聞こえるざわめき、そして次第に近づいてくる叫び声。山田は直感的に、何か重大なことが起きていると感じた。


彼は急いでその方向へ向かうと、大勢の人々がパニックに陥っていた。群衆の中で、何かが暴れているのが見えた。近づくと、それがゾンビのような姿をした死体であることがわかった。人々は逃げ惑い、叫び声が響き渡っていた。


山田は冷静さを保ち、市民を避難させるために声を張り上げた。「皆さん、こちらへ!地下シェルターに避難してください!」


その時、群衆の中でひとりの男が興奮した声で叫んだ。「ゾンビアタックだ!まるでゲームみたいだ!」しかし、その男もすぐにゾンビに襲われ、絶望的な叫び声と共に倒れた。


山田は恐怖を感じながらも、市民を誘導し続けた。ようやく、彼は何人かの市民を地下シェルターへと導くことができた。シェルターの中は比較的明るく、安全に見えたが、その状況がいつまで続くのかわからなかった。


シェルターの入り口では、他の警察官たちがバリケードを築いていた。山田は彼らの顔に不安の色が浮かんでいるのを見て取った。彼もまた、この状況に対する不安を抱えていたが、市民の安全を守るために最善を尽くす決意を新たにした。


山田はシェルター内で一息つきながら、頭を冷やした。このシェルターがこんなにも早く準備されていたのは、まるでこの事態が予見されていたかのようだった。政府の指示で動いているのは理解できたが、そこには何かもっと深い事情が隠されているのではないかと感じた。


彼はふと、自分の家族のことを思い出した。妻と子供たちは無事でいるだろうか?山田の心に不安が広がったが、今は目の前の市民を守ることが最優先だと自分に言い聞かせた。


山田剛はシェルターの外でバリケードされたエリアに立っていた。彼は外の状況を把握するためにそこに配置されており、市民たちが安全に避難できるように警戒していた。


突然、遠くで爆発音が響き渡った。山田は驚きの表情を浮かべ、その方向を見つめた。そして、次の瞬間、衝撃波が彼の体を襲った。


「何が起きているんだ!?」山田は周囲を見回しながら叫んだが、煙と混乱で何も見えなかった。彼は警笛を鳴らし、市民たちにシェルター内にとどまるように促したが、すでに遅かった。


さらに次の瞬間、バリケードが突然崩れ始めた。山田はパニックに陥った市民たちを見て、悲鳴と混乱の中で自らも行動を起こした。


「落ち着け!バリケードを支えて!」


彼の声がかき消されるように、市民たちはバリケードを支えようと奮闘した。しかし、その間にも次々と新たな爆発音が聞こえ、煙と火が彼らを包み込んでいった。


山田は必死にバリケードを支え続けながら、何が起きているのか理解しようとした。彼は警察無線を呼び出し、救援を要請したが、応答はなかった。


彼は孤立した状況の中、市民たちを守るために全力を尽くしたが、その先にはさらなる混乱と危険が待ち受けていた。


長い出来事の後、警察はシェルターの入り口を封鎖することを決定しました。山田剛は他の警察官たちと共に、シェルターを外部から守るために立ち上がりました。


「シェルター内の市民たちを守るんだ!」山田は部下たちに命令しました。


外部からの脅威に備え、彼らはバリケードを強化し、銃器を手に取りました。山田は部下たちと協力して、外部からの攻撃に備えましたが、不安と緊張が彼らを包み込んでいました。


時間が経つにつれ、外部からの攻撃が激しくなっていきました。山田と彼の部下たちは必死に防御し、シェルター内の市民たちを守るために全力を尽くしました。


しかし、外部からの攻撃がますます激しくなる中、彼らは孤立した状況に置かれました。山田は自分たちの使命を果たすために、最後の一息まで戦い続ける決意を固めました。


警察官たちは勇敢に戦いましたが、補強がないまま、全てが無駄であることを知りました。山田剛もその中にいました。彼らは外部からの攻撃に立ち向かいましたが、その力は及びませんでした。


戦いの最中、山田は異様な女性を目にしました。彼女はぼろぼろの服を着ており、目は血走っており、まともな人間ではないように見えました。山田はその光景に驚きましたが、同時に恐怖も感じました。


「ど、どうした…お前は?」山田は女性に尋ねましたが、彼女は答えることなく、ただ彼をにらみつけました。


その瞬間、山田は彼女が生きている人間ではないことを悟りました。彼女の目には人間のものではない、何か邪悪なものが宿っているように見えました。


その女性が占い師であることを山田は知りませんでした。彼女は確かに人間ですが、その血走った目や見た目からは、既に狂気に取り憑かれていると思わせることができました。しかし、山田は彼女が一種の怪物であるとは考えませんでした。奇妙なことに、彼女を含む怪物たちは彼女に興味を示さず、まるで彼女がもう一人の怪物であるかのように無視していました。


山田は彼女の存在に気づきましたが、彼女が何者なのか、何を考えているのか理解できませんでした。彼女の目は彼を通り抜け、何かを見つめているようでしたが、その先にあるものは山田には分かりませんでした。


彼女の姿は山田にとって謎であり、彼は彼女がどのような役割を果たしているのか理解しようとしましたが、その答えは見つかりませんでした。彼は自らの使命に集中し、シェルター内の市民たちを守るために全力を尽くしました。


警察官たちは徐々に減り、最後に残ったのは山田剛だけでした。彼は血だらけの手で銃を握りしめ、最後の一瞬まで戦い続けました。しかし、その戦いは無残な結末を迎えることになりました。


その時、その女性が山田の前に現れました。彼女の血走った目は山田を見つめ、静かな声で尋ねました。「人生最期の瞬間を眺めますか?」


山田は驚きと恐怖の中でその言葉を聞きました。彼は何も言うことができず、ただ彼女を見つめました。その時、彼の心は深い闇に包まれ、意識は遠のいていきました。


そして、山田剛は最期の瞬間を迎えました。彼の意識は消え、彼の魂は闇の中へと消えていきました。




♦♦♦




「私は反対だ!」と、一人の男が会議室の片隅から声を上げた。部屋には15人の研究者が集まり、その背後には世界中から集まった500人以上のメンバーがオンラインで参加していた。この会議は、地球規模の危機に対処するための研究チームの重要な討論の場だった。


「お主の意見は理解したが、わしはわしの研究を続けるからのう…」と、白髪の老人が冷静に返答した。彼の顔には深い皺が刻まれており、その目には固い決意が宿っていた。


「結果は出したはずなのに…何故こうなる…」別の若い研究者が頭を抱えながらつぶやいた。彼の表情は絶望と困惑で満ちていた。


「愚かだ、なんでわからん!」もう一人の男が声を荒げた。彼の眼は狂気じみた光を放っており、その声には怒りと焦りが混ざっていた。


「皆さん!落ち着いて!」一人の女性が立ち上がり、場を収めようとした。彼女の声は冷静でありながらも、その目には不安が見え隠れしていた。


会議室の空気は緊張感で満ちていた。彼らは長年にわたり進めてきた研究の成果について議論していたが、その結果が彼らを分裂させていた。ある者はその研究の続行を主張し、ある者はその危険性を訴えていた。


「私たちの目的は何だったのか、思い出してください」と、女性は続けた。「私たちは人類の未来を切り開くためにここに集まったのです。争っている場合ではありません。」


彼女の言葉に、一瞬の静寂が訪れた。しかし、それはすぐに再び破られた。


「未来だと!?お前たちがやっていることは破滅を招くだけだ!」一人の男性が再び叫んだ。「お前たちの研究がどれだけ危険か、理解しているのか?」


「危険を承知で進めるのが科学だ」と老人は静かに言った。「わしは覚悟しておる。」


「それでも私は反対だ!」男は拳をテーブルに叩きつけた。「こんな狂気を続けるわけにはいかない!」


再び会議室は混沌と化した。少なくとも5人が反対の声を上げ、7人は静かに座って成り行きを見守り、残りの者たちはこの状況に嫌気がさし、研究から手を引くことを考えていた。


「私たちは一つのチームです。このままでは何も得られません。どうか冷静になって…」彼女の声は次第にかすれていった。


その時、会議室の壁に取り付けられたスクリーンが点灯し、オンラインで参加しているメンバーの一人が発言した。「私たちは皆、ここにいる理由を忘れてはなりません。今、対立している場合ではありません。このプロジェクトは全人類のためのものです。」


スクリーンに映し出された彼の顔には、強い信念が感じられた。その言葉に、一瞬の静けさが訪れた。


「確かに、我々はここに来た目的を忘れてはならない」と、女性も同意した。「私たちは未来のために、そして次の世代のために、最善の決断を下さなければならない。」


しかし、その静寂は長く続かなかった。別の研究者が立ち上がり、激しく反対の声を上げた。「いや、もう我慢ならない!このプロジェクトは危険すぎる!私は今すぐやめる!」


彼は部屋を出ようとしたが、他の研究者たちがそれを阻止しようとする。会議室は再び混沌と化し、声が飛び交う中で、幾人かは黙って見守り続けるだけだった。


その混乱の中で、ある者は毅然として研究を続けることを主張し、ある者は諦めて立ち去ろうとした。結局、この会議から明確な結論は出なかった。意見の対立は解消されることなく、会議は無意味に長引いていった。


そして、会議が終わりに近づくころ、ほとんどの研究者たちは疲れ果てていた。それでも、誰もが心の中で感じていた。不確実な未来に対して、どのような決断を下すべきか、答えはまだ見つかっていないのだと。


その時、一人の科学者が立ち上がった。彼の名はアレクサンダー・カラシニコフ。彼はこのプロジェクトのリード科学者の一人であり、その表情には疲労と苛立ちが混ざっていた。


「皆さん、もうこれ以上の議論は無意味だ。結論は出ないし、時間の無駄だ」と彼は冷たく言った。「分かれよう。このままでは何も解決しないし、最悪の事態は避けられない。」


彼の発言に、部屋の空気が一瞬で変わった。多くの研究者たちは驚きと戸惑いの表情を浮かべた。


「アレクサンダー、それは無責任だ!」一人の男性が反論した。「私たちはここで解決策を見つけるために集まったんだ!」


「無駄だ。どれだけ議論しても、何も変わらない」とアレクサンダーは断言した。「僕たちがここで何をしようと、最悪の事態は避けられない。それが現実だ。」


彼の言葉は冷酷でありながらも真実味を帯びていた。部屋の中には再び静寂が訪れた。


「もし続ける意思があるなら、勝手にすればいい」とアレクサンダーは続けた。「僕はもうこの無意味な議論には参加しない。」


その場に静寂が訪れる中、アレクサンダーは席に座り直した。他の研究者たちはそれぞれの思いを胸に、再び議論を続けたが、結論には至らなかった。


結局、会議は収拾がつかないまま終わりを迎えた。何人かの研究者はその場を去り、何人かは黙って座り続けた。しかし、アレクサンダーの言葉が心に残り、全員が不安を感じていた。


それぞれが自分の道を選び、未来のために何をすべきかを考えながら、彼らの心には一つの共通の思いがあった。それは、アレクサンダーの言った通り、最悪の事態が避けられないのではないかという恐れだった。




♦♦♦




春一ノ瀬は、大学に入学したばかりの新入生だ。彼女は地元の大学に通うことになり、自宅から歩いて10分の距離にあるその大学に毎日通う。ハルは母と小学に通う弟と一緒に暮らしている。


今日は、そんなハルの大学入学を祝うために、家族が小さなパーティーを開いていた。リビングルームには、色とりどりの風船や手作りの装飾が施され、温かな雰囲気が漂っている。


「ハル、おめでとう!」母親が微笑みながら言った。「これからも頑張ってね。」


「ありがとう、お母さん。」ハルは照れくさそうに笑いながら答えた。「大学生活、楽しみだな。」


「姉ちゃん、すごい!」弟が元気よく叫んだ。「僕も大きくなったら、姉ちゃんみたいに大学に行くんだ!」


「うん、頑張ってね。」ハルは弟の頭を撫でながら優しく言った。「お姉ちゃんも頑張るから。」


パーティーの雰囲気は温かく、幸せなもので満ちていた。ハルは家族との時間を大切にし、これからの大学生活に対する期待とワクワク感で胸がいっぱいだった。


パーティーの後、一ノ瀬家は家族旅行に出かけることに決めた。車に乗り込んで、彼女は自然豊かな場所へ向かった。道中、ハルは窓から外の景色を眺めながら、家族との楽しい時間を過ごした。

「ねえ、ハルちゃん、あの雲、何に見える?」母親が楽しそうに尋ねた。

ハルは笑いながら雲を見上げ、「うーん、ひょっとしてあれ、ドラゴンじゃない?」と答えた。

「そうかもしれないね!」弟も興奮気味に言った。「ドラゴン、すごく大きそうだな!」

家族は笑いながら、その雲がどんな形に見えるかを話し合ったり、お互いの想像力をかき立て合ったりした。道中、彼女はいろんなお店で立ち寄って、地元の名産品を試したり、お土産を買ったりした。

「お姉ちゃん、これ欲しい!」と弟が喜んで何かを指差すと、ハルも笑顔で彼の要望を聞き入れた。

家族旅行中、彼女は何気ない会話や楽しい思い出を作りながら、絆を深めていった。ハルはこの家族との時間を大切にし、心から幸せを感じていた。

家族旅行は楽しさと笑いに満ちていた。道中、ハルは弟と一緒にお土産屋でかわいいぬいぐるみを選んだり、母親と一緒に地元の特産品を試食したりと、どの瞬間も大切な思い出となっていた。しかし、その幸福なひとときは、すぐそこに迫る混沌の影を感じさせないほど儚かった。


夕方、家族は小さな田舎の町に到着し、地元の祭りを楽しむことにした。提灯が街を照らし、人々の笑い声が響く中、ハルは母親と弟と手をつないで歩いていた。彼女はこの平和な時間が永遠に続くことを願っていた。


突然、遠くから不安をかき立てる叫び声が聞こえてきた。ハルは耳を澄ませ、その声が祭りの賑わいの中に混ざり合っていることに気づいた。次第に、その叫び声は増え、群衆の中に広がる不安の波が見えてきた。


「お母さん、何が起きてるの?」ハルは不安そうに母親に尋ねた。


母親は弟をしっかりと抱き寄せ、「わからないわ。でも、安全な場所を探しましょう」と言った。


家族は急いで人混みを避けようとしたが、群衆の動きが激しくなり、逃げ場を失った。人々はパニックに陥り、無秩序に押し合いながら逃げていた。突然、ハルの目の前で一人の男性が地面に倒れ、その周りに血の海が広がった。彼の体は痙攣し、まるで何かに襲われたかのようだった。


「走って!」母親の声がハルの耳に届いたが、彼女の足は恐怖で凍りついていた。


次の瞬間、ハルの手を引く力強い手が感じられた。それは母親だった。家族は必死で混乱の中を駆け抜け、安全な場所を求めて逃げ続けた。しかし、その背後では混沌とした状況がますます深刻化していた。


「何が起こっているの?」ハルは心の中で繰り返し問い続けた。


街の騒乱は続き、人々の悲鳴と絶望が響き渡る中、ハルは家族とともに逃げ続けた。彼女の心には、今までの幸せな時間が遠い記憶となりつつあることを感じていた。


そして、彼女の平和な一日は、混沌の渦に飲み込まれようとしていた。それは、避けられない運命の一歩手前にいるかのようだった。


家族はなんとか安全な場所を見つけ、一息つくことができた。暗い地下室のような場所で、ハルは深い息をつきながら壁に寄りかかった。母親と弟は疲れ切って、隅で眠っていた。


ハルは家族の安全を確認しながら、自分が失くしてしまった大切なものに気づいた。それは、幼い頃に母親と弟からもらった小さなペンダントだった。いつも身につけていたそのペンダントは、家族との絆を象徴するものだった。しかし、そのペンダントが今、どこにも見当たらなかった。


「どうしてこんな時に…」ハルは心の中で呟いた。彼女はそのペンダントがどこかに落ちてしまったに違いないと思ったが、今の状況ではそれを探しに行くのは危険すぎると知っていた。しかし、どうしても諦めることができなかった。


ハルは意を決して、家族が眠っている間にペンダントを探しに出かけることにした。彼女は静かに地下室を抜け出し、再び外の混沌とした世界へと足を踏み入れた。


時間の感覚が失われるほど長い間、ハルはペンダントを探し続けた。暗い街角や廃墟となった建物の間を駆け巡り、何度も危険な目に遭いながらも、諦めずに探し続けた。そして、ついに彼女はペンダントを見つけた。それは街の片隅、瓦礫の下に埋もれていた。


「見つけた…!」ハルは涙を浮かべながら、そのペンダントを手に取った。


ハルはペンダントを見つけた時、彼女の心は一瞬の喜びで満たされた。だが、それはすぐに消え、彼女は急いで廃屋に戻ることにした。彼女は急ぎ足で街を駆け抜け、途中の景色や音にほとんど注意を払わなかった。時間がどれほど経ったのか、彼女には分からなかった。ただ、家族の元に戻りたいという一心で走り続けた。


やっとのことで廃屋に戻ると、ハルの心は冷たく締め付けられた。そこには母親も弟もいなかった。部屋は静まり返り、まるで誰も存在しなかったかのようだった。ハルは混乱し、何度も周囲を見回した。


「お母さん!ユっくん!」ハルは声を張り上げて叫んだ。しかし、返事はなかった。


彼女は廃屋の中をくまなく探し回ったが、二人の姿どころか、人がいた痕跡すら見つからなかった。あれほど安心感を与えてくれた廃屋は、今や冷たい無人の場所となっていた。


「ここだったはずだ…絶対にここだった…」ハルは自分に言い聞かせるように呟いた。


彼女は再びペンダントを握りしめ、その冷たい感触に一縷の安堵を求めた。しかし、それは薄っぺらい安心感でしかなかった。心の底から不安が湧き上がり、彼女は次第に動揺し始めた。


「何があったの?どこに行っちゃったの…?」ハルの声は震えていた。


彼女は外に出て、廃屋の周りを見渡した。そこにも誰もいなかった。まるで世界から人々が消えてしまったかのような静寂が広がっていた。ハルは再び廃屋に戻り、今度は細部まで注意深く探し始めた。窓の外に目をやると、暗雲が低く垂れ込み、不気味な静けさが街を包み込んでいた。


時間が経つにつれ、ハルの焦燥感はますます強くなった。家族がどこに行ったのか、何が起きたのか、彼女には全く分からなかった。彼女はペンダントを握りしめたまま、膝を抱えてその場に座り込んだ。


「お母さん…ユっくん…どうして…」涙が頬を伝い落ちた。


ハルは深呼吸をし、涙を拭いて立ち上がった。家族を見つけるため、彼女は決意を新たにした。廃屋の片隅に置かれていた錆びついた金属バットを手に取り、その重みを感じながら、心の中で固く誓った。


「絶対に見つける。お母さん、ユっくん…待ってて。」


家族を見つける為に春一ノ瀬は旅に出た。

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人生最期の瞬間を眺めますか~アポカリか;Apocalypse Cataclysm~ ライフライン @reivlyne

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