おたすけ地蔵

henopon

おたすけ地蔵(落語的)

 わたしは記者だ。神様や仏様に話を聞いて、記事にすることを生業としている。ときどき取材拒否などあるけど、たいていは気さくに話してくれる。今日は「お助け地蔵」さんにお話をうかがった。


「はじめまして」

 はじめましてですか?前にお会いしたような気が……あ、あれは松嶋菜々子さんでした。テレビで観たんですな。似てるもんで。

「お上手で」

 いただいていいんですか?こんなもんいただいてね。わたしも偉くなったもんですわ。ごま豆腐、なかなかね、ここでしか食べられませんからね。日持ちしませんから。

「自己紹介からお願いします」

 これにしゃべるんですか?センベエみたいなのん。ICレコーダーって言うですか。録音?昔は肩からかついでたもんですけど、今はこんなんになって。平べったくなりましたな。マイクもないんですか。ここについてる。こういうのは、なかなかできません。これ、アップル?何とかいう人ですな。ええっと。思い出せん。スティーブン・スピルバーグ?ジョージ・ルーカス?

「スティーブ・ジョブズですね」

 そうそう。スティーブね。

 これ、カメラ?こんなところに付いて。インターネット、電話までできんの?いったいそんなに一緒くたにして何がしたいんです?

 あ、自己紹介ですね。

 わたしね、お助け地蔵って呼ばれてるんですわ。ネーミング変ですよね?「お助け」って。まあ、気に入ってるんですけど。こんなん呼んでくれる人、いないわけで。祠まで建ててくれて、ちゃんと掃除までしてくれてありがたいですわ。

「ここには長いんですか?」

 短いですね。一三〇〇年くらいですか。

「長いですね」

 弥勒さんなんて「兆」ですからね。そない長いこと何を考えることあるんですかね。あ、今の弥勒さんには内緒でお願いします。

「考えることといえば、お助け地蔵さんは、いつも何を考えてられるんですか?」

 特にないですな。まあ、一つのお願いしか聞いてくれないということにつながるんですけどね。一つお願いしたら、一つ叶えてくれるみたいな感じですから。あれやこれや考えんようにはしてるんですわ。

 そんなことなんで、まるでわたしのことアホやろ思うてません?

「いえいえ。滅相もない」

 されてるのかなと思ったりしますけど。せっかくここまで来たのに、一つしか聞いてくれんのかいななんて言う人もいるんです。ここまで来たって言うけど、たいていついでに寄る人なんですよ。

 あ、わたしも一応、高野山にいるんです。もう金剛峯寺へ行きました?まだ。あら、お大師さんの前に来てもらうなんて、申し訳ない。朱塗りの大門を入ると、高野山です。奥の院まで行くんなら、奥の院前の駐車場ありますからね。まあ、そこまでは普通の町ですわ。ちょっとお寺が多いかなくらいの。

 でもね、ここだけの話、わたしの祠は外なんですよ。大門を脇目にして少し行くところにあるんです。あんさんも来たからわかりますわな。高野山ですねんって、自己紹介するのも、ちょっと違うかななんてね。

 そうそう。和歌山のって話すと困るんです。海きれいですねなんて言われますけど、高野山は海なんてまったくないんです。雲海はあるんですけど。海きれいなんは、熊野さんとかですかね。わたし、一介のお助け地蔵ですからね、そんな熊野権現!さんなんて比べるべくもなくてね。

 あ、そうそう。一つしか叶えてくれんのかいなって話ですよ。ざっと十人が三六五日来てくれたら、三六五〇個のお願いですよね。ちなみに休みはないんですよ。一応、祠の格子は閉まるんですけど、ちゃんと聞いてますから。三六五〇個のお願いって大変ですよ。その中には、それは無理だろうというお願いあるんです。より分ける作業からします。

「お一人で?」

 そりゃ、そうです。一人一人聞いてます。この願いとこの願いは一緒にできるなとかね。仕事は段取りが八割ってあるでしょ。できることなら手間を省きたいですしね。楽しよういうんやないんです。早くできるんなら早くしてやりたいって思うんですわな。そうすると、すぐ片付けられる願いもあるわけです。とりあえず三六五〇個をグループにわけるんです。例えばですよ、例えば。簡単なのはさっさと叶えてあげてね。そんな人、ちょいちょい来てくれてね。わかってるんですな。お願いのために来るいうよりは、遊びに来てくれるとかかな。会いたくなるんですかね。ちょっと偉そうに聞こえました?

 もう叶えられてるやんっていうお願いしてくる人ね。言いかけるんですけど、そこはお地蔵さんの威厳もあるんで我慢しますけど。

「そういうのも数に?」

 いやいや。そんな小さいこと言いませんよ。そういうのは「済」て書いてある箱に入れるんです。カウントしません。ええ人だなあなんて思いながら聞いてるんですわ。

 学校のセンセとか、「みんな合格しますようになんて言うんです。それはちょっとズルいですけどな。四十人学級なら四十個ですからね。一人一人来てほしいなんて思うんです。

「そんな場合、どうするんですか?」

 そういうのは天神さんへ紹介するんですけど。天神さんもお忙しいですからね。こんな田舎の「お助け地蔵」の紹介状までは、なかなかどうして。でもね、誤解あるといけませんから、ここしっかり書いてくださいね。ちゃんと読んでくれてますから大丈夫です。

「でも量が多いと大変では?」

 そんなん天神さんくらいになると、わたしらの数千倍読むのも書くのも速いですわ。それに下働きも多いですからな。この前なんて「ごめんな、盆ちゃん」盆ちゃんてわたしのことですけどね。地蔵盆を見てからね、盆ちゃん言うてくれてるんですわ。それならおぼんこぼんはぼんぼんやがななんて、心の中で思うわけです。言えませんけど。天神さんも怒らせたら怖いですからね。でもええところもありましてな。「手がまわらんもんでな」って謝ってくれましたけど、こっちの方が申し訳ないですよね。

「いろいろとお付き合いあるんですね。いつもはどんな気持ちでお願いとか聞いてるんですか?」

 お願いに来てくれたら、叶えてあげたいですもんね。お大師さんに頼むんじゃなくて、わたしに頼むんですから。実際、お大師さんに頼んでるとは思うんですけどね。それはそれでかなわんというか、お大師さんだけに頼めばいいのにと思うこともあるんですけど。ちょっとわたしでは荷が重いというかね。

「例えば?」

 お金持ちになれますようにいうのも、意外にあるんですわ。それはわたし一人の力ではどうもできませんのでね。貧乏神とかえべっさんとかの管轄ですから。勝手にお金持ちにしたら、どういうこと?て言われますからね。えべっさん、怒ったら怖いんですわ。ああ、見えて。釣りしてて釣れんときは、あんな顔してませんで。難しい顔しててね。鯛以外連れたら、様にならんがななんて、サバ抱えてね。足速なるんやないでしか言ったら、まんざらでもない様子でね。福男決めるの足速い奴にしようかななんてね、やっとりますな。

「うれしいことはありますか?」

 こうして奉られるだけでもうれしいんですけどな。いつもお礼に来てくれる人いるんです。春と秋にね。さすがに冬は凍るんでね、道。わたしも凍りますけど。その人はついでにまた一つお願いして帰るんです。たいてい同じ願いなんですけど。

「一年がんばりますから見ててください」

 なんてね。今年もがんばるんやなて思うとね、ちょっと応援したくなりますやろ。これが人情てもんですな。仏さんですけど。ただわたしもずっと見ててやるわけにはいかないんですけど、目はかけてます。お願いを仕訳してるときに、ちょいちょい見るんですわ。小さいことくらいしかできませんけど。他のところにも、ちょっと声かけてあげときますねん。

「最近の無茶な願いは?」

 阪神が連覇しますようにですかね。そんなん無理です。だいたいサンダースさん、たいがい怒ってますからね。投げられたこと怒ってるんじゃないんですよ。そんなんで怒る神様じゃないです。あ、神様ですよ、今。付喪神なんですね。神様仏様サンダース様ならわかると。「バース違うわ」とね。バースに似てるって言われるのを怒ってるんです。バースがサンダースさんに似てるって言うんですわ。そのへん勘違いしたまんまお祈りしてもね。

「近頃、何か変わっこととかありましたか?」

 コロナ禍でしたな。わたしも頼まれたんですけど、タタリ神さんの管轄でしたからね。なかなかあちらにも都合あるみたいで。それで自粛てのはじめたわけですね、皆。わたしも気疲れましたね。そのときに丹生都比売さん知ってますか?ここへ来る手前にある女の神様ですわ。寄ってない?すぐですから連絡しときましょか?あ、予定が。そりゃ残念ですな。丹生都比売さんが、神無月のとき出雲へ行くいうんで一緒にどう?て誘われましたね。美人で気さくな神様ですわ。それで行ったんですわ。みんな集まるって聞いてね。わあ、どんな有名な神様に会えるんだろうなんて思いましてね。よくよく考えたら、わたし神様じゃないんですよね。お地蔵さんなんですよ。仏様の部類ですわ。菩薩なんですけどな。出雲なんて行くと、有名な神様たくさんいましてね。御朱印帳持ってきたらよかったな言ったら、お地蔵様がそんなみっともないことしなさんな言われましたね。出雲でも皆さんようしてくれましてね。せっかくだから美保関にも行ったら言われました。丹生都比売さんと仲良しでね。まあ、女同士言いたいこともあるんじゃないですかな。美保関さん行きました?まだ?今度、行ったら丹生都比売さんのこと話してみてくださいな。

「そうします。最近、心にしみたことってありますか?」

 そうですな。去年、来てくれたおばあさんね。お孫さんが手術するてことで、「わたしの命に代えてもお守りください」言うてね。さすがにこっちも人の寿命をどうこうできませんからね。わあ、難儀だなと。死神さんのの管轄にもなるんでね。それでも親しい死神さんに聞いてみたんだけど、こればっかりはなあ言うててね。そしたら翌年、おばあさんと娘さんとお孫さんが来てくれましてね。お礼ていうんですか?そんなこと望んでないけど、やっぱりうれしかったですな。わたしお地蔵さんやってるのは、このためなんやなあて思うたんですわ。

「いろいろまだうかがいたいんですが、今回はこのへんで。ありがとうございました」

 また来てくれたら。次はどこへ?熊野さんとこ。もうアポとってある?よろしい言うといてください。たまには八咫烏はんも飛んできてくれたら、光りもんありますから。


 わたしは取材を終えると、龍神スカイラインを熊野へと向かった。

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