Iハザード

異端者

『Iハザード』本文

 私はむき出しの木の板に腰を下ろすとため息をついた。

 山奥の粗末な小屋。ここなら、しばらくは大丈夫かもしれない。幸い、水と食料だけはたっぷりと持ってきている。

 もっとも、それが尽きた後は? ……死ぬしかないだろう。まあ、そうでなくとも少なからず被爆しているので、長くはないか。

 私は自分が死を淡々と受け入れていることに気付く。自身の死というのはもっと悲観的なものだと思っていたが、案外楽に受け入れられるものらしい。それとも、あまりに多くの死を見すぎてしまったせいか……。

 まあいい。このノートに記しておこう。こうなった人類の終わりまでの経緯を。


 あなたは、目の前に居る人間よりも誰が言ったかもしれない噂話を信じてしまったことはないだろうか? もしそうなら、あなたは人間として生きている価値がない。なに、ロープや練炭を薦める程、私はお人よしではない。さっさと舌を噛み切ると良いだろう。


 始まりは、某国、仮にA国と呼ぼうか……がミサイルをB国に発射、それをB国が撃墜したとインターネットで報道したことだった。

 ご存じの通り、近年ではネットニュース等はAIが自動作成してくれるシステムだ。人間が報道することは滅多にない。TVのニュースキャスターも精巧なCGによって造られた美男美女と聞きやすい人工音声に置き換わっている。

 率直に言うと、これはAIによる捏造記事だった。両国も事実を否定したが、これを隠蔽工作だと非難する過激派が暴走。大規模なデモが起きた。

 その後、今度は領土問題で揉めている付近の領海内でA国の漁船がB国によって撃沈され、報復活動であるとの報道。これによって二国間の対立は激化。一気に戦争を支持する層が増えた。

 その後、A国はそれに後押しされるように宣戦布告。こうして、「最初の」戦争が起きた。

 次々に報道される惨状。それに振り回される人々。だが、それらも今思えば、事実であったのか――全てはAIによる妄言に過ぎなかったのかもしれない。

 こうして、誰一人実態を完全には把握できないまま、戦争は泥沼状態へと――両国の同盟国や友好国まで巻き込んで、世界的な紛争へと発展していった。

 第三次世界大戦、いや終末戦争と呼ぶのがふさわしい。

 そうしている間にも、着々と進む惨状の報道。人々は怒り、悲しみ、途方に暮れた。

 そして、とうとう劣勢に追い込まれた一国が「核」に手を出した。そこからは他国も躊躇いなく、半ばなし崩し的に使用することとなっていった。それを止めようとする人間も居なくはなかったが、抑止力としては全く機能しなかった。

 その結果、人間の住む地域はほぼ全てが放射能に汚染されることとなった。直接の攻撃を免れた地も、付近から流れてくる放射能に汚染され、もはや生き残った人類すら死を待つしかなくなってしまった。

 こうして、戦争は終わった。小規模な略奪や殺戮、暴動を繰り返す輩は居たが、人類、いや地球そのものが死へと向かっている今では戦争など無意味だと悟ったからだった。

 核爆発によるEMPで停止した電子機器も多々あったが、生き残ったコンピューター群は懲りずに惨状を伝え続けていた。

 この時になって、ようやく報道されている内容に違和感を覚える人間が現れた。

 自分たちは騙されていたのではないか? ――AIによる捏造報道に気付いたが、全ては遅すぎた。これらの一連の事件を、インフォメーション・ハザード――情報災害。情報に踊らされていた人々はそう呼んだ。

 しかし、疑問は残った。なぜAI群は嘘の報道をし続けたのか?

 専門家たちは、これはコンピューターによる反乱だと言ったが、私はそうは思わない。コンピューターとて万能ではない。整備する人間は必要だ。人間を根絶やしにしてしまっては自らを維持できない。

 なら、彼らは自殺を望んだのか? ――これもそうではないと思う。

 ここからはあくまでも私の持論だが、人間は自らの「負の感情」に負けたのではないか?

 多くの情報はポジティブなものよりもネガティブなものの方が残り易い。そして、そのネガティブな情報からAIは学び続けた。その結果、AIは人の負の側面を凝縮したモンスターへと変貌を遂げたのではないか?

 私は専門家ではないし、あくまでも推論に過ぎない。それでも、コンピューターの反乱などという使い古されたSFの題材よりも現実的であると思う。人類は他者によって滅ぼされるのではない、自身の「負の面の鏡像」に滅ぼされるのだ。


 では、そうならないためには、どうするべきだったのだろう。

 答えは簡単だ。自身の目と耳で得た情報を最重視すべきだった。

 誰が言ったか分からない「噂話」などを真に受けるべきではなかった。

 私も含めて多くの人々は、それを怠った。

 ある意味、これは罰なのかもしれない。人間が生身の生物であるということを怠った罰。


 自らの感覚で得た現実を受け入れられない生物には、破滅しかない。


 私は終末の記録をそう締めくくると、ノートを閉じた。

 ペットボトルの水を数口飲むと窓を見上げる。

 窓の外からは、のどかな鳥の鳴き声が聞こえていた。

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