「クリア率99%の初恋」(星のカービィSDXより)

ろぶ

「クリア率99%の初恋」(星のカービィSDXより)

 「おっ、懐かしいな……。」

 正月の帰省中、実家の押入れの奥、古いゲーム機たちが押し込まれている中に『星のカービィ スーパーデラックス』のソフトを見つけた。

 手に取りじっと眺める。小さい時に親に買い与えてもらった初めてのゲームソフト。そして35歳になった今、人生で最もやりこんだゲームだと思う。プレイ時間ではなく、気持ち的に。


 小学生の頃、このゲームを持っていたのは当時としては珍しく俺だけだった。そもそも一学年1クラスしかない田舎町で、スーパーファミコンを持っていたのが俺だけだった気がする。放課後は俺の家にみんなで集まり、ミニゲームである『刹那の見斬り』のトーナメント大会を開催して遊んでいた。引っ込み思案で自己主張のできなかった当時の俺にとって、『星のカービィ スーパーデラックス』は、友達と繋がることのできる大事なツールだった。

 当然みんなが帰った後も一人カービィで遊んだ。完全クリアの証であるクリア率100%のデータを何回作っただろうか。ルートを覚えるのが難しい『洞窟大作戦』も、攻略ノートを自分で作り、お宝の名前を全て暗記するほどやりこんでいた。

 それほどまでに面白いゲームなのだが、一方セーブデータが消えやすいゲームでもあった。ちょっとした衝撃ですぐにデータが消えてしまうのだ。当時、三つ作れるセーブデータを全てクリア率100%にするため、二つまで100%データを作り最後のセーブデータで攻略を進めている時、部屋を掃除していた親の足がスーファミに衝突し、全てのセーブデータが吹き飛んだことがあった。あの時の母親のなんとも申し訳なさそうな顔、今思い出しても笑っちゃうな。泣かなかった俺は偉いと思う。

 最後にプレイしたのはいつだったかな。同じ押入れの中に置いてあったスーパーファミコンを電源に繋ぎ、三色ケーブルをテレビに繋ぎ、コントローラーを差し込み、ソフトを差し込み、ゆっくり電源スイッチを押し込んでみた。ピコーン。お、点いた。任天堂ゲーム機の頑丈さにはつくづく感心する。

 カービィがスターに乗って画面を飛び回り、タイトル画面が現れた。懐かしさに自然と笑みが溢れる。データはさすがに消えているだろうな。そう思いながらボタンを押す。

「うおっ!データ残ってる!……あれ?」

 奇跡的にデータは残っていた。感涙ものである。が、表示されたセーブデータ選択画面には、明らかにおかしいデータが一つだけあった。


【カービィ1号:100%】

【カービィ2号:100%】

【カービィ3号:99%】


「99%……?」

 一つだけ残っているクリア率99%のセーブデータ。実はこれは普通だったらありえない数値だ。いや、もちろんありえないわけではないのだが、俺のプレイしたセーブデータであればクリア率99%には絶対にならない。

 クリア率というのはゲーム全体の進行状況のようなものだ。このゲームはオムニバス形式で進んでいく。基本的にはチュートリアルステージの『はるかぜとともに』からスタートし、『白き翼ダイナブレイド』『激突!グルメレース』『洞窟大作戦』『メタナイトの逆襲』『銀河にねがいを』をそれぞれクリアした後、最後に出現する「格闘王への道」のボスであるマルクを倒す、という流れで進行する。そのため『格闘王への道』はゲーム内で必ず最後にクリアすることがほとんどであり、ボスであるマルクを撃破することで獲得できるクリア率は3%。つまり、もし過去の俺がラストステージである『格闘王への道』を残していたとしても、表示されるクリア率は97%でないとおかしい。ちなみに『刹那の見斬り』『メガトンパンチ』というミニゲームもあるが、これはクリア率には影響しない。


 首をかしげながら、【カービィ3号:99%】のデータを開く。1%の取りこぼし、となると怪しいのは『洞窟大作戦』でお宝を一つ取り逃がしているか、『銀河にねがいを』でコピーのもとを一つ取り逃がしているか、だ。

 『洞窟大作戦』では合計60個のお宝を取っていくが、このお宝を四つ取るごとに1%のクリア率になるため、どこかでお宝を一つ取り逃がしているとしたら99%になっていてもおかしくない。『銀河にねがいを』では合計19個の『コピーのもとデラックス』というアイテム(カービィのコピー能力のもと、と思ってもらっていい)を取っていくのだが、これも二つ取るごとに1%のクリア率だったはずだ。ただ、これの取り逃がしはあまり考えづらい。『コピーのもとデラックス』の獲得状況が攻略に影響するため、取り逃がしていたら途中で気づくはずだし、ゲームシステム上、取り逃がしたとしてもいつでも取りに戻れるからだ。

 お宝の取り逃がしはかなり怪しい。取り逃がしていることに途中で気付いたが、もう戻れない位置まで進んでしまって、諦めてそのまま進めていたのかもしれない。

 俺は『洞窟大作戦』を選択し、お宝の獲得状況を確認した、が、目論見は外れており、お宝は60個全て取っていた。

「えぇ……?じゃあ『銀河にねがいを』か……?」

 疑心暗鬼になりながらも『銀河にねがいを』を選択する。適当な星に入り『コピーのもとデラックス』の獲得状況を確認すると、確かに一つ抜け落ちていた。

「まじか……。えっと、抜けているのは……えっ!?」

 抜けていたのは、『コピー』だった。


 ややこしいのだが、カービィのコピー能力の中に『コピー』というものがある。『ソード』とか『カッター』とか『ヨーヨー』とかと並列に、『コピー』というコピー能力があるのだ。細かい説明は省略するが、この『コピー』というコピー能力はかなり強い能力だ。これを取得できれば、その後の攻略がかなりスムーズになる。

 ただし、この『コピー』の『コピーのもとデラックス』は、隠し部屋同然の場所に置いてある。初プレイ時の俺は、『コピー』の『コピーのもとデラックス』を見つけるのにかなり苦労したものだ。ただ逆に、プレイ中いつでも取りに行ける場所に置いてあるため、開始早々にこの強い『コピー』を取りに行くこともできるようになっている。俺は『コピー』の能力が好きだったのもあり、『銀河にねがいを』をプレイする際は必ず一番初めに『コピー』を取りにいくプレイスタイルだった。

 ややこしい説明になってしまったが、つまり、「コピーだけが抜け落ちている」ということは、俺のプレイスタイル的に絶対にありえないのである。

 両親はともにゲームをしないし、俺に兄弟はいない。このセーブデータは絶対俺のデータのはずだ。なのになぜ、『コピー』を取っていないんだ……?

 必死に昔の記憶を呼び起こす。『コピー』だけを取らなかった理由が何かあったはずだ。

「…………あっ!」

 思い出した。


99%のセーブデータ、1%の余白。

あえて取らなかった『コピー』。

これは、初恋そのものだ。


= = = = = = = = = = = =


「今日も放課後拓也の家集合な!」

 1996年7月。夏休み直前だったはずだ。

 小学六年生の俺たちは、放課後いつものように俺の家に集まっていた。友達たちはいつも通り『刹那の見斬り』をやるか『メガトンパンチ』をやるか、はたまた『グルメレース』で競うか話し合っていたのだが、俺は一人落ち着かずそわそわしていた。

 いつものメンバーに混ざって、亜美が来ていたのだ。

 亜美は小学五年生になるときにこの田舎町に引っ越してきた女の子だった。引っ越し前は東京に住んでいたらしく、そうだろうなと思わせる上品さと、みんなを楽しくさせる快活さがあった。実際、誰にも分け隔てなく楽しげに接する亜美のことを、みんなすぐに好きになった。

 そして俺も亜美が好きだった。ただ、これは何だかみんなの言う「好き」とは違う気がしていた。彼女の声を聞くと、顔を合わせると、何だか心が痒いような、ムズムズするような、変な感じがした。一つ確かだったのは、彼女ともっと仲良くなりたいということだった。

 クラスの誰かが呼んだんだろう。別におかしいことではないが、突然のことに俺は動揺してしまっていた。

「おい拓也!早くトーナメント表作ってくれよ!」

 友人の声にハッとする。そうだ、来てくれたからには最大限楽しんでもらわなきゃ。俺は急いでトーナメント表を作り、ゲームを起動し、いつものように『刹那の見斬り』で遊び始めた。

 亜美の番になった。亜美が2P側のコントローラーを握る。とりあえずゲームの説明をしなきゃ。

「画面にビックリマークが出たら、どれでもいいからボタンを押して。早く押した方の勝ち。俺がカービィで、亜美がこのコックのキャラね。」

「うん、ありがとう、わかった。」

 真剣な顔をして画面を覗き込む亜美。初戦の対戦相手は俺だった。

【………………………!】

 テレビ画面にビックリマークが表示され、俺は即座にボタンを押した。画面の中で、カービィがコックカワサキにパイをぶつけていた。俺の勝ちだ。

「……え!?ちょっとちょっと!ボタン押すの早すぎない!?すご!」

「え、そうかな……。」

 そうかな、なんて言いつつ、なんとなく誇らしい気持ちになった。今までどんなに勝っても誇らしい気持ちになったことなんてなかったのに、亜美に言われるとすごく嬉しい気持ちになった。

 勝負はこれで終わりのはずだが、亜美はまだコントローラーを握りしめ、口を一文字に結んだままテレビ画面の結果画面をじっと見つめている。

 そんなに悔しかったのかな……嫌な思いさせちゃったかな……と一人不安になっていると、亜美は突然こっちを向き、人差し指を一本立てた。

「もう一回!」

 亜美がこっちをまっすぐ見ている。俺は目線を合わせることができず、咄嗟に目を逸らし、対応に困ってしまった。

「えっと……でもルールでは一回勝負って決まってるし……。」

「初心者なんだからいいじゃん!ねっ!みんなもいいでしょ?」

 しょうがねえなー、特別だぞー、とみんな笑っている。それを見て亜美も笑いながらまたコントローラーを握りしめた。俺は一人ホッとしていた。良かった、亜美はゲームを楽しんでくれているみたいだ。


 亜美の家はかなり厳格なようで、ゲームはもちろん、漫画も持っておらず、テレビもNHKだけしか流れないらしい、と聞いたことがある。放課後に遊びにいくことも珍しいらしい。そんな彼女が今俺の家でコントローラーを握りしめ楽しそうに笑っている。


 【……………!】

「あっ」

 画面の中で、今度はカービィがデデデ大王のハンマーに叩き潰されていた。画面を全く見ていなかった。俺の負けだ。

「やったー!」

「ちょ、ちょっと待って、今俺テレビ見てなかった。」

「ダメだよ!私の勝ち!」

 拓也よえー!初心者に負けてるー!みんな大盛り上がりだ。亜美も満面の笑みでこっちを見ている。

 そんなあ、と思いつつ、亜美の笑顔が見られて不思議と嬉しかった。

 翌日、友達づてに聞いたところによると、亜美は図書館に行くと親に嘘をついて遊びに来たとのことだった。前々から俺たちがゲームの話をしているのを聞いて、興味が湧いたのだそうだ。バレたら親に怒られるんじゃないかと勝手な不安を抱きつつ、亜美の意外な行動力に驚いた。


 夏休みが始まった。

 放課後というものがなくなり、友達が家に遊びにくることも無くなった。俺は引き続き『星のカービィ スーパーデラックス』を遊んでいた。作りかけの攻略ノートを進めなければ、という謎の使命感に駆られ、効率的な攻略手順を模索する毎日を過ごしていた、そんなある日のことだった。

「拓也ー!電話よー!」

 母親の声がする。俺宛に電話?刹那の見斬り大会またやるのかな。それともプールにでも誘われるのだろうか。刹那の見斬りは良いけど、プールはちょっとめんどくさいなあ。

「もしもし。」

「あ、もしもし、拓也くん?」

 亜美からだった。一気に胸の鼓動が早くなった。

「…どうしたの?」

「この前のゲーム、面白かったからまたやりたいなって思って!次いつやるの?」

 意外だった。そんなに『刹那の見斬り』が面白かったのか。

「夏休み入っちゃったから、特に予定はないかな。」

「えー、そうなんだ…。」

 電話越しでも亜美が落胆しているのがわかる。俺が落胆させてしまったような気がして、胸が痛くなった。なんとなくまずいと思い、俺はドキドキしながら、しかし極力男友達を誘う時と同じ雰囲気で亜美を誘ってみようと思った。

「よかったら、ウチ来て遊ぶ?元々二人用のゲームだから、『刹那の見斬り』以外のゲームも遊べるよ。」

「え、そうなんだ!あれだけなのかと思ってた!」

 そんなわけないだろ、と思ったが、亜美はそもそもゲームというものを知らないのだ。誤解しても仕方がないのかもしれない。

「可愛いキャラクターがたくさん出てくるんだ。そんなに難しくないから、よかったら遊ぼうよ。」

「…うん!ありがとう!じゃあ行く!」

「了解。じゃあ明日とかどう?」

「明日は火曜日ね……うん、明日なら大丈夫!お昼過ぎくらいからでいい?」

「うちはいつでも大丈夫。じゃあお昼過ぎからで。」

「うん!楽しみにしてるね!」

「俺も。じゃあまた明日。」

 受話器を置いて、一つ息をつく。心臓の音がリビング中に響き渡っている。大丈夫だろうか。強引じゃなかっただろうかと不安になりながらも、自然と笑みが溢れていた。

 明日、亜美と遊べるんだ。


 翌日、予定通りの時間に亜美が遊びに来た。図書館で勉強でもしてきたのか、大きいリュックを背負っている。自室に通し、スーファミの電源を入れた。

 俺は迷うことなく3つ目のセーブデータである【カービィ3号:100%】のデータを削除した。

「えっ?データ消していいの?」

 亜美が驚いた顔をこちらに向ける。

「いいんだ。すぐ100%にできるから。それに最初からやった方がおもしろいから。」

「へえ、そうなんだ!じゃあまた100%になるまで頑張ろ!」

 こちらに笑顔を向ける亜美。なんだか恥ずかしくてすぐにテレビに目を向ける。

 最初のチュートリアルステージである『はるかぜとともに』を選択し、亜美に1Pのコントローラーを渡した。

「わたしがこっち?」

「うん。カービィ操作したいでしょ。」

「でも私、ゲームやったことないから……。」

「大丈夫、ゲーム自体そんなに難しくないし、俺が教えるから。」

 このゲームの2Pは『ヘルパー』といい、コピー能力の分身となってカービィと一緒に戦うことができる。ただ、カービィと違って、ヘルパーは体力が0になってしまってもすぐにカービィに復活させてもらえるような仕組みになっていた。そのため、ヘルパー役の2Pプレイヤーはカービィを守るように先頭で戦い、体力が0になってしまってもまた復活させてもらうような立ち回りが定石となっている。

 俺は、亜美には心からゲームを楽しんでほしかった。ヘルパーはあくまでヘルプ役であり、メインの攻略はカービィが行うものだと考えていた。亜美にヘルパー役を頼んでしまうと、このゲームの主人公は俺になってしまう。ゲームを全くやったことがないのであれば、初めてのゲーム体験は100%楽しんでほしい。

「ほんと?じゃあちゃんと教えてね!」

「うん。頑張ろう。」

 カービィがステージに入る。ステージBGMのグリーングリーンズが流れ、画面内をカービィが右往左往している。

「カービィは敵を吸い込んで自分の能力にできるんだ。そこにいる目が一つの敵をYボタンで吸い込んでみて。」

 最初に出てくるザコ敵であるワドルドゥのビームを3回ほどくらいながら、何とか吸い込むことに成功した。十字キーの下ボタンを押すように促し、亜美もその通り操作する。カービィの色がちょっと黄色くなって帽子をかぶった。

「へぇー!すごーい!でも敵を飲みこんで自分の能力にするってちょっと怖いね。」

「まあ……確かに。」

 言われてみると確かにそうだ。そんなこと一度も考えたことがなかった。

「その状態でAボタンを押すと、俺が出てくるよ。」

 ヘルパー役の俺が操作できるワドルドゥが画面に出てきた。

「ほんとだ!すごい!」

「で、また亜美は適当な敵を吸い込んでコピーして、その能力で戦っていって、っていうゲーム。」

 なるほど!と興奮しながらコントローラーを操作し、カービィが画面内をまたも右往左往している。ちらっと横目に見ると、亜美は笑顔だ。よかった、と胸を撫で下ろした。

 その後、亜美と俺は協力しながら攻略を進めていった。いや、9割くらいは俺が先導していたか。結局『はるかぜとともに』をクリアするのに2時間もかかってしまった。まさかデデデ大王に2回も倒されるとは。

「ふうー、楽しかった!これでクリア?」

「まあ、このステージはクリアだね。まだまだいろんなステージがあるけど。」

「え!?そうなの!?」

 目を丸くする亜美。『はるかぜとともに』はあくまでチュートリアル。このゲームはまだまだ続いていくのだ。

「うん。まだまだある。」

「そっかあ。もう今日は疲れちゃった。」

 そう言ってため息をつく亜美。

「じゃあさ、一日に一つずつステージをクリアしていこうよ。」

 俺は恐る恐る提案してみた。一回に遊ぶ量として区切りもいいし、亜美と何日も遊べる。我ながら名案だと思った。ただ断られたらどうしようと、そこだけが不安だった。

「うん!いいね!そうしよう!」

 僕の不安を打ち消すには十分すぎる笑顔で、亜美は俺の提案を受け入れた。

「じゃあそれで。明日でいい?」

「明日はちょっと難しいかな…木曜日でもいい?」

「明後日ね、わかった。待ってる。」

 そうして1日目が終わった。自室に戻り、テレビに映っているメニュー画面を見る。片付けようと1Pのコントローラーを持つとまだほんのり温かく、その時に初めて自分の心拍数がずっと高かったことに気がついた。

 楽しかった。今までの人生で、一番。しばらく1Pのコントローラーを握ったままぼーっとして、これが亜美の体温なのか、俺の体温なのかわからなくなったところで、俺は片付けを始めた。


 その後、亜美は週に2回、決まって火曜日と木曜日に俺の家でゲームをした。一つ一つのボスに、シナリオに、亜美は感情をそのまま表現してみせた。『白き翼ダイナブレイド』ではエンディングのシーンでしんみりし、『激突!グルメレース』ではデデデ大王を倒したのち二人でレース対決をすることになり、俺が先にゴールするたびにムキになって再戦を申し込んできた。『洞窟大作戦』では獲得するお宝一つ一つに感想を述べて(一番好きなお宝は『じょうぶなおなべ』らしい)、『メタナイトの逆襲』ではダイナブレイドが助けてくれる場面に声を上げて喜び、メタナイトの側近たちの掛け合いにクスクスと笑っていた。

 亜美とゲームをしていくうちに、俺は更に亜美に惹かれていき、特別な感情は日に日に増していっていた。喜怒哀楽をストレートに表現し、それでいていつも楽しそうにしている亜美は、俺には太陽のように輝いて見えた。自己表現が苦手な俺は月のようで、輝いている太陽を見ていることしかできなかった。


 『銀河にねがいを』の攻略をする日になった。いつものようにお昼過ぎに亜美が来て、ドサっとリュックを置いた。

「拓也くんって塾とか行ってないの?」

「うん、行ってない。」

「そっか。」

 いつものようにソフトを差し込み、電源を入れる。【カービィ3号:72%】のデータを選択し、『銀河にねがいを』に合わせてボタンを押す。オープニングが流れ出し、そのままコントローラーを亜美に手渡す。

「じゃあ今日も頑張ろう。」

「うん。あ、これってもしかして最後のステージ?」

「いや、これが終わったら隠しステージの『格闘王への道』っていうステージが出てくるから、それが最後かな。」

「そうなんだ!」

 亜美はいつも通りニコニコしながら画面に釘付けになっている。

 全てのステージをクリアしてクリア率100%になってしまうことが、俺はだんだん怖くなっていた。亜美と遊んでいるこの幸せな時間が、目標達成とともに終わってしまう。だからといって、クリアの邪魔は絶対にしたくなかった。亜美と一緒にいたいのは俺のわがままで、亜美はゲームを楽しみに来てるんだから、ゲームを最大限楽しんでもらうことが重要なんだ。ただ、亜美はどう思ってるんだろう。早く100%クリアまで辿り着きたいのだろうか。だからさっき、このステージが最後なのか聞いてきたのだろうか。実は途中からゲームに飽きていて、逆に俺に付き合ってくれているだけなのだろうか。答えは出ないまま、ゲームは始まってしまう。仕方なく、いつも通り亜美にステージの解説を始める。

「ほら、このステージは扉に入るたびに季節が変わるんだ。」

「へー!すごい!」

 扉に入るたびに四季が移り変わり、水が凍ったり木が折れたりする。すっかり操作に慣れた亜美は、敵を吸い込んで、あるいは倒して、謎解きに挑戦していく。もはやヒント役は必要とされていなかった。

「このステージでは、敵を吸い込んでもコピー能力は使えないんだ。その代わりに、『コピーのもとデラックス』を取る。すると、そのコピーにはいつでも変身できるようになるよ。」

「なるほど〜!パラソルのコピーのもと、早く出ないかな〜。」

 亜美はパラソルのコピー能力がお気に入りのようだった。空中で上ボタンを押すとフワフワと漂うのが可愛いらしい。

 『銀河にねがいを』は、太陽と月の大ゲンカを止めに行くストーリーだ。様々な星を順番に攻略していき、最後に『ギャラクティック・ノヴァ』の力を借りてケンカを止めに行く。攻略する星を決める宇宙空間の左端では、常に太陽と月が喧嘩し続けている。俺はヘルパーとなって、いろんな星をカービィと一緒に攻略していく。毎日やっているゲームなのに、全然違うゲームを遊んでいるみたいだ。太陽と月には、ケンカしてほしくない。

「あ!パラソル!」

 『水の星アクアリス』を攻略中、パラソルの『コピーのもとデラックス』を見つけた。これで今後いつでもパラソルに変身できる。亜美は嬉しそうに、やっぱりすぐにパラソルに変身した。

 楽しそうにフワフワと漂うパラソルカービィ。何度も得意げに大道芸投げという技を披露してみせる亜美。二人で協力しながらクリアしていくステージでは亜美から指示をもらい、いきなりのシューティングゲームステージでは俺が率先して前で戦った。二人で笑いながら星を攻略していき、しかし終わりに近づいてしまうことに俺一人ヤキモキしながら、なんとかラスボスであるマルクを倒した。

「やったー!これで『銀河にねがいを』はクリアだね!」

 俺はすぐに返事をすることができなかった。クリアは確かにしたが、『コピー』を取っていないことに気づいていた。初プレイでは絶対に見つけられない場所にあるのだ。案の定亜美は見つけられていないが、僕は『コピー』についてのヒントを出していなかった。

「……うん、そうだね。」

 僕は嘘をついた。ほら、取得した『コピーのもとデラックス』の一覧画面見てみて。右下だけ埋まってないよ。喉まで出かかっていた言葉は言えなかった。言いたくなかった。

 亜美と俺の冒険が、終わってしまう気がしたから。


 残っている『格闘王への道』をクリアすべく、亜美が遊びに来た。いつものように大きいリュックをどさっと置き、1Pのコントローラーを握る。

「今日が最後のステージだね!」

 ニコッと笑ってこちらを向く亜美。俺はどんな顔をすれば良いか分からず、テレビを見たまま軽く頷いた。

 『格闘王への道』は今までのストーリーで登場したボスたちを全て倒していくモードだ。今までの冒険を見ていると、亜美なら余裕でクリアできるだろう。ヘルパーである俺の助けもいらないかもしれない。

 二人で順調にボスを倒していく。ダイナブレイドや魔人ワムバムロック、メタナイトなど、今まで戦ったボスが出てくるたび、今までの冒険の思い出話をした。

 最後のボスであるマルクを倒し、『格闘王への道』もクリアした。画面に表示されている「優勝」の文字。喜ぶ亜美。喜べない俺。幸せな時間が終わってしまった。

「これでようやく完全クリアだね!」

「……そうだね。」

 悲しい気持ちが伝わらないように、ちょっと大きめに声を出す。

「あ、クリア率が100%になってるの見ようよ!」

 あっ、と思い出す。取っていない『コピー』のことをまだ説明していない。亜美がリセットボタンを押す。カービィがスターに乗って画面を飛び回り、タイトル画面が現れた。


【カービィ1号:100%】

【カービィ2号:100%】

【カービィ3号:99%】


「あれ?99%……?」

 亜美が訝しんでいる。まずい。

「どうして99%なの?」

 疑問の顔をこちらに向ける。謝るべきか、気づかなかったフリをするか、わからないフリをするか……。

 ……違う。どれでもない。僕はまだこの冒険を、幸せな時間を、終わらせたくない。

「……実は、『銀河にねがいを』で一つだけ取ってない『コピーのもとデラックス』があるんだ。『コピー』の能力。」

「え!?そうなの!?」

 驚く亜美。俺は一つ息をついて、できるだけまっすぐ亜美の顔を見た。

「だからさ、また『コピー』を探しに、うちにおいでよ。二人で探そう。」

 ぽかんとした様子の亜美、流れる静寂。俺の心臓の音が部屋に響いているように感じられる。

「……うん!また来る!」

 亜美は嬉しそうに笑っていた。

 ああ、俺は亜美が好きなんだ。


 それ以来、亜美が遊びに来ることはなかった。『コピー』を見つける約束の日、時間になっても亜美は来ず、一人やきもきしながら自室で攻略ノート作りを進めていた。いつまで待っても玄関の呼び鈴は鳴らず、攻略ノート作りも全く捗らなかったので、その日はゲームをやめて夏休みの宿題をした。電話をしようかと思ったが、そんな勇気はなかった。嫌われたのかな、と不安になったりもしたが、嫌われたのだとしたら連絡を取るのも悪いなと思った。残りの夏休み期間はカービィをやる気にならず、友達に誘われるがままにプールに行ったりした。

 夏休み明け、亜美は明らかに元気がなかった。友達づてに聞いたところによると、塾をサボっていたことが塾からの電話で親にばれ、こっぴどく叱られたらしい。勝手な外出は禁止され、塾も親に毎回送り迎えしてもらっていたとのことだ。俺は亜美の大きいリュックのことを思い出していた。

 亜美は塾をサボってうちに遊びに来ていたのだろうか。怒られたのは俺のせいかもしれない。そう思うと声をかけることもできなかった。


 その年の冬、亜美はこの街から引っ越すことになった。親の転勤でまた東京に戻り、私立の中学校へ通うのだそうだ。俺は知らないけど、結構有名なお嬢様学校らしい。

 俺はこの半年間、結局亜美に何も聞けていなかった。同じクラスだったので当然顔を合わせることはあったが、特に何も話さなかった。何を話せばいいのかわからなかった。本当はまた遊びに来て欲しかったし、そうでなくとも学校でカービィの話をしたかった。だが、それを話すことで何か楽しい気分になるとはとてもじゃないけど思えなかった。

 亜美がいる最後のホームルームが終わり、皆がそれぞれに亜美へお別れの言葉を投げかけ教室を出ていく。亜美は寂しそうに、また名残惜しそうにクラスメートと言葉を交わしている。俺はそれを教室の隅からずっと眺めていた。俺も何か言葉をかけないとだめだろうか。

 最後の一人が亜美との会話を終え、教室を出ていく。気づいたら教室には亜美と俺だけになっていた。亜美はふうっと一息ついて教室を見渡した。教室の対角線上、俺と目が合い、あっと口を開いて何かを言いかけたが、すぐに閉じ、少し俯いて教室を出て行った。

 遠ざかっていく上履きの足音。窓の外で沈みゆく太陽と昇り始める月。俺は気づいたら走って教室を飛び出していた。何を話せばいいかなんて、何を伝えたらいいかなんて、わからない。わからないけど、何かを話したくて、伝えたくてしょうがなかった。多分この半年間もずっとそうだった。目は自然と亜美を追っていたし、耳は亜美の声だけを鮮明に拾っていた。でも伝えられなかったのは、それはきっと、多分恋のせいだ。嫌われたくないとか嫌いになったんじゃないかとか、自分一人で抱え込んで、何も行動を起こさせなかった。じゃあ今走ってるのは何なんだ。これもきっと、多分恋のせいだ。

 普段は絶対走らない廊下を全力で走り、階段を二段飛ばしで下り、下駄箱に向かって走る。

「亜美!」

亜美が一人しゃがみ込んで靴を履き替えていた。両肩で息をする俺を見て亜美は驚いている。

「拓也くん……。」

 亜美は立ち上がりこちらを見て、ちょっとだけ笑顔になった。初めて、亜美が無理やり笑っているのを見た。俺は大きく息を吸い込んで、一息に伝えた。

「……あの、今までありがとう。短かったけど、すごい楽しかった。」

 その瞬間、亜美が泣き始めた。ごめんね、ごめんね、と繰り返し、下を向きながら涙を流している。

 気づいたら俺も泣いていた。そして何も言うことができなくなった。謝らなくていいよ、とか、カービィ楽しかった、とか、99%のデータは残しておくから、とか、亜美のことが好きだった、とか、言いたいことは山ほどあったが、全ての言葉は涙に変換され、口からはしゃくり上げるような泣き声しか出なかった。

 こうして俺の初恋は、終わりを迎えないまま、終わった。


= = = = = = = = = = = =


 初恋の思い出そのものであるクリア率99%のセーブデータ。確か当時は結局消すことができず、だからといって勝手に100%にすることもできず、残したままにしていたんだっけ。

 12歳の俺は一人攻略ノートを作り終えた途端に『星のカービィ スーパーデラックス』への熱意を失い、親にねだって『スーパーボンバーマン3』を、コントローラーを5つまでつなげられるようになる『マルチタップ』と一緒に買ってもらった。相変わらず友達を呼んで、今度はボンバーマン大会を開催していた。5人で一気に対戦できて嬉しかったな。コントローラーだけ買ってもらった友達には申し訳なかったけど。みんな元気にしているだろうか。

 そういえば、と思い、スマホを取り出しFacebookを開く。ちょっと前に、俺が急遽の仕事で参加できなかった同窓会があったはずだ。亜美は参加していたのだろうか。まあ2年くらいしか通ってなかった田舎の小学校だしさすがに参加してないだろう。確かFacebookのグループ機能で呼びかけていたはずだ。

「えっと……あ、あった。」

 同窓会のグループを見つける。グループの参加者一覧を見ると、なんと亜美のアカウントがあった。幹事のコネ力には頭が下がる。ただこいつは確か『刹那の見斬り』は弱かったはずだぞ。

 プロフィール写真の中で、当時と変わらずニコッと笑っている亜美。何の気なしにアカウント詳細ページに行くと、亜美は赤ん坊を脇に抱えていて幸せそうな表情をしていた。

「そっかあ、そうだよなあ。」

 しばらく写真を眺めた後、アプリを閉じた。そして再度コントローラーを握り、【カービィ3号:99%】のセーブデータに選択カーソルを合わせ、セレクトボタンを押した。


【ファイルをけしますか?】

 はい。

【ほんとにけすのですか?】

 はい。

【こうかいしませんね?】

 ……はい。


 カービィが倒れた時の音楽が流れた。

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「クリア率99%の初恋」(星のカービィSDXより) ろぶ @zawa-831

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