おしまいの日

西しまこ

後処理

「腕は一本三十万円、脚は一本四十万円、胴体は半分に分けてあることが条件で、二分の一が五十万円、頭部は二百万円――格安ですよ?」


 嘘だか本当だか分からないとあるサイトでのやりとりである。

 格安?

 しかし、私には安いとは思えない金額だった。一人分全部依頼すると、四百四十万円になる。しかも、解体の手間もかかる。――だけど。


 私は振り返って、リビングで死んでいる男を見た。こんな男のために、人生棒に振りたくない。私は意を決して、まずは男を解体することにした。


 風呂場まで引き摺って行き、服を脱がせる。衣類は漂白剤につけてから、細かく刻んで生ごみと一緒にゴミに出すことにする。解体するには道具が要る。私はネットで「解体」を検索したが、家の解体が出て来てしまう。そこで、「牛解体」を検索した。


 まず、牛を気絶させ、その後で首元を切り失血死させる――私は家の包丁をよく研いで、男の頸動脈を切った。血が飛び散り、そして大量に流れていく。牛の場合血を抜くのに四~五時間とあるから、この男の場合は半日くらいで血抜きが終わるのかしら。私は血が流れて排水溝に吸い込まれて行くのをじっと見た。


 牛の場合、角と前足を切断して吊るすらしいけれど、それはパスすることにする。その後、頭部を切断して内臓を摘出するらしい――どんな道具が必要だろう? うちには調理用の包丁しかなかった。私は色々調べた結果、電気のこぎりと新しい肉切り包丁を買うことにした。ネットで購入するのではなく、遠くのホームセンターまで行き、電気のこぎりと包丁は別々の店舗で買うことにした。クーラーボックスや保冷バックの大きいものも買っておく。



 男は私の恋人だった。でも、男にとって私は、たくさんいる女の一人にしか過ぎなかった。三十歳を過ぎ、三十五歳が近づいてきた私に、男は「お前と結婚したら、犬を飼って、毎日一緒に散歩したいな。子どもも欲しい」と言った。「子どもが出来たら結婚しようよ」と言って、避妊もしなかった。そして私は妊娠した。


「妊娠したの。いつ結婚する?」

「は? なんで、俺がお前と結婚するんだよ」

「え? でも、子どもが出来たら結婚するって言ったじゃない?」

「んなわけねーだろ! とりあえず堕ろしてこいよ」

「でも、私、赤ちゃん生みたい」

「無理」

 

 私は男の冷たさに負けて、堕胎手術を受けた。その帰り道、偶然見かけてしまったのだ。男が私以外の女と親密そうな様子で歩いているのを。

 男が私の部屋に来たとき、こっそり見たスマホには、五人くらいの女とのやりとりがあって、私はその中で一番下のランクであることが分かった。

「五号機のババア、まじうざい。ずっとめそめそしているんだぜ?」

「早くお前に会いたいよ」

 私は「会いたい」などと言われたことがなかったことを思い出した。


 男が久しぶりに私の部屋に来たとき、私は彼のお茶に睡眠薬を入れておいた。そして男が眠ってから――刺した。何度も何度も何度も。



 浴室で、電動のこぎりを使い彼を切断する。音がしても大丈夫なように、有休をとって周りが仕事に行っている時間に作業をした。切断した後は内臓を掻き出す――私の赤ちゃんがそうされたように。内臓は生ごみで捨ててしまおう。

 私は異様な臭いのする浴室で、分別作業をした。

 そして、結婚費用に貯めておいた五百万円を死体処理費用に回そうと決意する。

 

 私はあのサイトにアクセスし、死体処理を依頼した。

 切断して、ただのパーツになった、かつての恋人をお金と共にコインロッカーに入れるのだ。それだけ。

 それでおしまい。




       了

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おしまいの日 西しまこ @nishi-shima

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