痴漢

@jun1016jun

1話完結



田中直人は毎日同じ電車に乗る。混雑した車内、互いに押し合う人々。その圧迫感の中で彼は一人、異質な感情に支配されていた。彼の目は無意識に女性たちの身体に向かい、その奥底に潜む欲望を感じ取る。


直人の内なる衝動は、触れてはならないものに触れることで得られる高揚感と罪悪感が混在するものであった。触れる瞬間の緊張感と、何かを越えてしまう快楽の狭間で、彼は自分の存在を確認していた。


ある朝、いつものように満員電車に揺られていると、直人の目に一人の女性が映った。黒髪を肩に垂らし、無垢な表情でスマートフォンを見つめる彼女の姿は、直人にとってまさに禁忌の象徴だった。その瞬間、彼は抑えきれない衝動に駆られる。


「これは一線を越える行為だ」と心の中で思いながらも、直人の手はゆっくりと彼女の腰に伸びていった。その行為は彼にとって、聖なるものと禁じられたものの境界を侵犯する儀式のようだった。彼の指先が彼女の肌に触れた瞬間、直人の全身に電流が走るような感覚が広がった。



直人の行為は単なる痴漢行為ではなかった。それは彼にとって、自己を超越し、禁忌を破ることで得られる究極の快楽だった。しかし、その快楽の裏には常に罪悪感が付きまとっていた。彼は自分が何をしているのかを理解していたが、それでもやめられなかった。


人間は本能的に禁忌を求め、それを侵犯することで生きる実感を得るものだ。直人もまさにその通りで、禁じられた行為を通じて、自分自身の存在を確認しようとしていた。


その日以来、直人は彼女を見かけるたびに同じ行為を繰り返した。彼女の無防備な姿に触れることで、彼は自分が生きていることを実感していた。しかし、彼女が突然振り返り、直人の目を見つめた瞬間、彼の中で何かが崩れた。


「何をしているんですか?」彼女の声は冷たく、周囲の乗客の目が一斉に直人に向けられた。その瞬間、直人は自分の行為が露見したことを悟った。


電車が次の駅に到着し、直人は動揺したままホームに降りた。彼の心臓は激しく鼓動し、逃げるように駅の出口へと向かった。だが、その後を追う警官の姿が視界に入った瞬間、彼は完全に追い詰められたことを感じた。


直人の頭の中には、死とエロティシズムが入り混じった思考が渦巻いていた。死は究極の禁忌であり、それを侵犯することは、最高のエロティシズム的体験であると彼は考え始めた。


逃げ場のない状況に直面し、直人は駅のプラットフォームの端に立ち尽くした。彼の後ろには追いかける警官たち、前には接近する電車。彼は決断した。


轟音と共に接近する電車を見据え、直人は一瞬の躊躇もなく足を踏み出した。その瞬間、彼は初めて世界を色づいて見ることができた。


直人は目を覚ました。息を荒げ、汗でびっしょりと濡れた体を起こす。見慣れた自室の天井が目に入り、スマートフォンを確認すると2024年5月13日月曜日の朝7時12分。電車の轟音、警官の追跡、そして死の瞬間—全てが夢の出来事であったと悟った。しかし、夢の中で感じた高揚感は、まるで現実のように彼の中に残っていた。彼は夢の中で自分の欲望を完全に解放し、禁忌を超越する体験をしたことで、ある種の満足感と解放感を得ていた。


その日もいつもと同じように満員電車に乗った。見覚えのある黒髪の女性が目に入った。しかし、直人は彼女に対して一切の感情も湧かなかったのだった。


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