面接会場に現れた死神

マスク3枚重ね

面接会場に現れた燃えるような赤い瞳

今日、僕は面接をする。面接の受け答えは沢山シミュレーションした。正直、自信はある。勉学は元々得意だったし、それは社会に出ても同じだろうと思っていた。今までやってきた事と変わらず、勉学、応用、そしてコミュニケーション能力、これが大切だ。幾ら勉学が出来ても応用が出来なければ社会で通用しない。それに1番大事なのはやはりコミュニケーション能力だ。どんなに成績が良くてもそれを審査、管理する人間と上手くいかなければ大抵弾かれる。これが世界の不条理だと僕は思っている。だから人との会話には細心の注意を払ってきた。つまり、僕は完璧に近い人間と言っていい。だが、自己評価を上げすぎるのも良くはない慎重にならなければならない。



「それでは最後の質問です。貴方は1週間後に死にます。会社の採用は1ヶ月後、それでも貴方は我社に勤めたいとお思いですか?」


質問の意図が分からない。今までは在り来りな質問だったが、ここに来て変な質問が来た。だが、答えは決まっている。


「はい。それでも御社に勤めたいと私は思っております。例え1週間の命でも今まで御社に勤める事を夢見て来ました。それは突然の余命宣告で揺らぐ事はありません」


「そうですか。それは良かった」


面接官の人はニンマリと笑っている。その目は燃え上がる様な真っ赤な瞳だった。先程の色とは全く違う。僕は今見た光景に驚き、瞬きを繰り返す。だが、やはり見間違いだったようだ。面接官の瞳の色は変わらず黒い瞳だった。


「はい。これで面接は終了です。良い知らせが通知されると思います。来月からよろしくお願いしますね。夜遊 颯(やゆう はやて)さん」


僕は面接会場を後にする。ネクタイを緩め、息を着く。面接官のあの返答はほぼ決まりだろうが、浮かれて取り消しに何てなったら目も当てられない。人の目がある所で喜ぶのはダメだ。顔に出ないようにしなくてはならない。まだ面接した人達や会社の人間が居るかもしれない。


「夜遊 颯くん」


急に颯の肩を叩かれ、驚くがいつもの爽やかな笑顔を作り振り返る。


「はい。そうですが?」


振り返るとどこか見覚えのある顔の美人なスーツ女性が立っている。年齢的に颯と同じく面接に来ていた人だろうか。だが瞳の色が真っ赤に燃えている様に見える。先程の面接官が一瞬見せた色と同じだった。颯は固まり、瞳の色に目が奪われているとその女性はクスリと笑う。


「そんな考え込むなよ?ちょっと歩こう。話してやる」


女性はツカツカと前を歩って行ってしまう。颯は早歩きで追いかける。彼女は誰だっただろうか、それに瞳の色、まさか面接の続きなのだろうか。などと考えていると横断歩道が赤になり女性は止まる。颯は女性の隣で止まると女性は口を開く。


「まず、俺は死神だ。お前に死の宣告を伝えに来た」


「はい?」


颯が呆気に取られていると死神と名乗る女性は可笑しそうに笑う。


「そんな顔をするのも無理はないが、まあ聞け。人に余命宣告をするのは珍しいんだぜ?言わばお前はラッキーってやつだ」


コイツは何を言っているんだと颯は思うが、先程の面接を思い出す。あの最後の質問、あれが颯の余命宣告だったのだろうかと考える。


「まさか…さっきのがそうなのか?」


女性は歯を見せながらニヤリと笑い答える。


「その通りだ。そしてこの後、お前は馬鹿馬鹿しいと一蹴するだろうから先に証拠を見せてやる。今、目の前で何人も死ぬぞ?」


女性が前を指差すと信号が青になる。並んで待っていた人達が一斉に横断歩道を渡り出す。颯も釣られて渡り出そうとすると女性に手で止められる。するとトラックが目の前をすごい速さで通過して行く。颯の顔に生暖かい何かが付着する。それを手で拭って見てみると真っ赤な液体がベットりと着いていた。僕は叫んでいた。目の前に広がる惨劇が、向こうで横転したトラックが、沢山の人の無情な死に対して。


「余命は7日間。大切に使ってね」


女性はそう言い残し、最後に笑顔を颯に向けて前を歩いていった。女性は横断歩道を進んで行く途中で、独りでに真っ赤にへしゃげて倒れ死体の1つに加わった。



僕に外傷はなかったが救急車で病院に運ばれた。後から来た警察に話を聞かれ、死神の件を伏せて事情を説明したら警察は直ぐに帰って行った。

仕事だったはずの母が来た。母は泣いて「巻き込まれなくて良かった…」と僕を抱きしめたがあの言葉が僕を不安にさせる。『余命は7日間。大切に使ってね』たった7日間で何が出来るのだろう。女手一つで育ててくれた母に楽させるため、色恋や娯楽を避けて勉学に励んで来た。やっと大企業に就職も決まりそうで、母に良い生活を送らせて上げられると思ったがその夢は潰える。

母と2人でその日のうちに家に帰る。ボロボロの安アパート、ここが我が家である。僕はこの家が嫌いだった。家賃は安く、トイレは住人の兼用の汲み取り式トイレが1つあるだけだ。だからいつか母と一緒に引っ越す事が夢の1つだった。初任給でそうするつもりだったがそれも無理だろう。

僕は帰ってから考え、高額保険に直ぐに加入する事に決めた。1週間後に自分が死んでもこれで母にお金が残せるだろう。


次の日、早速に保険に加入する。それから金融機関からお金を借りて、休みの母を連れて美味い料理を食べに行く。そこで面接官に「来月からよろしくね」と言われたと報告をしたら母は喜んでくれた。その後は2人で物件を見に行った。不動産の人に紹介されたそこはとても良い部屋で母の職場からも近い。


「ちょっと高くない?」


母はそう言っていたが僕が死んだ後に入る金額を考えれば母が一生暮らせる位の値段だった。なので母を上手く説得をし、すぐに引っ越した。元々大した量の持ち物はなかったから直ぐに引っ越せた。これで僕の3日間は終わった。

正直、後はやることはない。残りの4日間はどうするかと考えるがなかなか浮かばない。


「昔の友人と連絡を取ってみるか…」


次の日に中学時代の友人達と連絡を取り遊んだ。カラオケに行ったりボーリングをしたり、お金がかかる様な事をした。今まで彼等と遊ぶ時は基本お金が掛からないように遊んでいた。コミュニケーション能力をフルに使い、上手く避けて来たのだ。だからだろうか、とても楽しかった。これまでも彼等の事は本気で友人と思っていたが、本当の意味でなんも気を使わずに友人達と遊んだのは多分初めてだった。やはりお金は大切なんだと実感する。


「なあ颯、お前から誘われて嬉しかったぜ!」


「ああ、突然だったのにありがとうな」


皆で居酒屋に入り飲んで居ると、友達の中でもいつも気を使ってくれた純平に声を掛けられ颯はそう返す。


「俺な…お前の家が金銭的に辛い事、知ってたからさ。あんましお前の事誘えなかったのが後悔でさ…だから俺、お前から連絡貰った時さ、嬉しくてさ…」


純平が男泣きしながらそう吐露し酒を煽る。


「お前、ちょっと飲みすぎだ」


颯はそうは言うが胸に込み上げる物を感じ同じく酒を煽る。お互い顔が真っ赤に染まるまで飲んだ。


「颯は恋人とか居ないのかー?昔は良く告白されてただろ?校舎裏に呼び出されてよー!」


「そんなの居ないっ!今まで勉強ばっかだったからなぁ!」


居酒屋を出て真っ赤になった2人は肩を組、へべれけで話す。


「お前、爽葵(さき)ちゃんはどうしたよー!」


「爽葵?誰だっけー?」


純平の言葉に何かが引っかかる。爽葵?確かに知っている。高校の時に颯は彼女に告白された。颯は彼女に好意があったが、大学受験が控えていた颯は彼女の告白を断ったのだ。その話しを純平に話していた。


「忘れたのか!?高校の頃に話してくれただろ!?両想いなのに馬鹿だよなー!」


颯はあの日の光景を思い出す。あの日の彼女の告白、断るのは苦渋の決断だった。悲しんでいる彼女の顔に痛む自分の心、そして同時に…先日のトラック事故。真っ赤な瞳の死神と名乗る女性、最後の笑顔は爽葵のものだった。僕は唐突な吐き気に襲われ、その場で吐いてしまう。何故今まで気付かなかったのだろう。


「うお!大丈夫か!飲みすぎだぜっ!う…俺も吐きそう…」


隣で純平も吐いているが、確かめずには居られなかった。スマホを取り出し、先日の事故を調べて見る。亡くなった人の名前が並ぶ中にある川崎 爽葵の文字。僕が呆気に取られていると後ろから純平に声を掛けられる。


「気付いちゃったか」


後ろを振り返ると純平が立っている。だがその瞳は真っ赤に燃えている。死神だ。


「お前…どういう事だ!」


「どうもこうも、俺が彼女とちょっとした賭けをしたんだよ」


死神の言葉に僕は頭を捻るが、酒の入った頭では上手く回らない。


「そうだな…彼女の記憶を見せようか。特別だぞ?」


そして死神は颯の額に人差し指を当てる。グワンっと世界が揺らめき、爽葵の記憶を僕は見た。



寒い日に私は彼を校舎裏に呼び出した。彼の頬は赤く染まり、そして辛そうな顔をしていた。


「颯くん…私と付き合ってください」


「爽葵さん…僕は…ごめん…君とは付き合えない…ごめん…」


そして、離れていく颯は雪に足跡を残して消える。残された私は泣いている。

そして場面は変わる。彼とは別の大学に進学した私はたくさんの男性に声を掛けられ、何度か告白もされたが全て断った。自分の部屋で1枚の写真を眺める。そこには高校の頃の大好きな颯が写っていた。その写真を私は引き出しの1番奥へとしまう。いい加減、忘れなければならないと…そしてまた場面が変わる。


私は彼を忘れる為に勉学に励んだ。彼も高校時代に人一倍勉強に励んでいた。そんな彼が大好きだったし憧れていた。何故、彼はそこまで必死で勉強をするのか聞いた事がある。彼は母の為だと答えていた。私はその答えにますます彼が好きになった。

勉強をする度に彼を思い出し、結局忘れる事は出来ないまま就職活動時期になる。大企業の面接会場で彼女は緊張した面持ちで自分の順番を待っている。


「では次、夜遊 颯さんお入りください」


「はい」


そのやり取りを見た私は内心飛び上がった。偶然にも彼と同じ企業の面接を受けていたのだ。その光景に呆気に取られていると私も別の部屋に呼ばれて面接が始まった。彼も今、面接を受けていると思うと俄然やる気が出る。その気持ちが面接官に伝わったのか、最後の質問に答えた後に「来月からよろしくお願いします」と言われた。

私は面接会場を後にし、急いで彼を探した。彼は直ぐに見つかった。彼はネクタイを緩めながら前を歩いていた。私は彼の肩を叩き声を掛ける。


「夜遊 颯くん」


彼は振り返り爽やかな笑顔で答える。


「はい。そうですが?」


「久しぶり!元気にしてた?私、川崎 爽葵。覚えてるかな?高校の時一緒だった」


爽葵の言葉に颯は目を見開き顔が赤くなる。


「いや、すまない。あまりに綺麗になっててわからなかった。まさか同じ企業の面接会場に居たんだね」


「ね!びっくりしたよ!慌てて声掛けちゃった!良かったら、一緒にコーヒーでも飲まない?少し話したいし」


それに颯は笑顔で頷き、私はおすすめのカフェへと彼を案内をする。横断歩道が赤になり、2人は並んで止まる。その間も大学での話しや面接の手応え何かの話しを絶え間なく話した。彼は変わらずとても優しくてやっぱり大好きなんだと再実感する。信号が青になり、2人は並んで他の人々と共に歩き出す。


「それでね。私は大学で…」


「爽葵さん!危ないっ!」


一瞬、目の前が真っ暗になり、私はゆっくりと瞼を開ける。目の前で倒れ、赤黒い血の海を作る颯がいた。私は這って近づき、彼をゆする。


「颯…颯…起きて…」


辺りは至る所で血の海ができ、私以外動いている人は居ない。颯が私の事を庇ったのだと分かる。だが、口の中が鉄の味がする。それに身体が冷たい。内蔵が傷付いているのかもしれない。救急車のサイレンの音が聞こえ、私は直ぐに運ばれた。救急隊員の人が話しかけてくる。


「1週間だな。お前の命は1週間だ。あいつに感謝しな」


救急隊員の瞳が真っ赤に燃えている。どういう事なのだろう。


「あの男が庇わなかったら即死だったんだ。残りの1週間で身辺整理でもしなよ。まぁ動けないだろうけど…」


「私はいいから…彼を助けて…あげて…」


赤い瞳の救急隊員が笑う。


「いやいや、もう死んでんだって」


「おね…がい…」


赤い瞳の救急隊員がため息を吐き、その瞳をぐいと近づけ言う。


「ならば賭けをしよう。お前が勝ったら、助けてやる。だが…負けたら輪廻転生から外れてもらう。そうなればお前は未来永劫の無だ。それでも乗るか?」


私はゆっくりと頷く。それに答えるように赤い瞳の救急隊員は指を弾く。すると世界は止まり、巻き戻り始める。救急車から出され、トラックから私を守ろうとする颯、2人で話す私達、面接会場で面接が終わる。そして止まる。


「お前はさっきの事故で死んでもらう。そしてお前が生きる筈だった7日間を奴にくれてやる。その間に奴がお前の事を思い出したらお前の勝ちだ」


面接官が真っ赤な瞳で私にそう言う。


「わかった。ありがとう」


私は走って会場を後にする。そして颯を追いかける。彼の肩を叩く。


「夜遊 颯くん」


笑顔で振り返る彼。


「はい。そうですが?」


その先の言葉が出ない。そして颯は私の瞳を見て驚き固まる。勝手に喋り出す私。


「そんな考え込むなよ?ちょっと歩こう。話してやる」


歩き出す。そしてあの横断歩道前で2人は止まる。私がいくら叫ぼうが彼には届かなかった。


「その通りだ。そしてこの後、お前は馬鹿馬鹿しいと一蹴するだろうから先に証拠を見せてやる。今、目の前で何人も死ぬぞ?」


私は勝手に前を指差す。すると信号が青になる。右からは止まらないトラックが死の風と共に向かってくる。人々はそれを知らずに死の淵へと足を踏み出す。颯も同じく歩み出そうとする。このままでは私が辿ろうとしていた動けぬ7日間を彼が過ごす事になるだろう。私は咄嗟に手が動く。颯が横断歩道を渡り出すのを止めることが出来た。


『おいおい、ずるいぜ』


『そんなルールは聞いてない』


『うむ、仕方ない…こいつに五体満足の7日間をくれてやる。最後に一言くらい喋らせてやるよ。ただし名前を言うのは無しだからな?』


『ありがとう』


そして私は叫ぶ彼に向き直る。


「余命は7日間。大切に使ってね」


彼に笑顔を向けて私は横断歩道を渡っていく。これが最後だろう、涙が独りでに頬を伝う。


『それじゃ不自然だが見てるのはアイツだけ。お前の命を頂くぞ?』


私の記憶はここで終わる。



爽葵の記憶から帰って来た颯が気が付く。後ろで死神が囁く。


「つまり、賭けは彼女の勝ちだ。いや酷い損害だぜ」


僕が振り返ると真っ赤に染まる瞳の純平が可笑しそうに笑っている。


「つまりこの後どうなるんだ…?」


「どうもならないぜ。あのトラック事故は起こらなかった。見てみな?」


手元のスマホを指差されて見てみると先程まで開いていた。トラック事故のニュース記事が消えている。他でも調べて見るが何もヒットはしなかった。


「事故が無かったことになったのか?」


死神に顔を向け声をかけると純平は吐瀉物に塗れながらイビキをかいて眠っていた。もう死神は居ないのだろう。


1週間がたっても僕は死ぬ事はなかった。それから更に1ヶ月が過ぎ、無事就職も出来た。大企業勤めの初出勤、新人がたくさんいる中一人一人が挨拶をする。


「川崎 爽葵です。よろしくお願いします」


拍手で彼女は迎え入れられる。そして僕も挨拶をする。


「夜遊 颯です。よろしくお願いします」


きっと楽しい新社会人生活が待っているだろう。ただ、気がかりが1つある。初任給が高額保険料で消える事だ。


おわり

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