きみの瞳には映らない

瑞樹なずな

第1話 嫌いな人

「おはよう」


 その言葉が私に向けて発せられたものだと数秒遅れて気づいた私は、その声の主の方へと視線を向けた


 緑。


 どうやら私を不思議に思っているらしい。

 しかし私が挨拶を返すと、その色は微かに明るい色に近付いた。


 満足そうな顔をして私の机から離れていくのを見送ってから、私は軽く教室を見まわした。


 朝の教室は様々な色に満ちている。あるところでは灰。少し学校が憂鬱らしい。またあるところでは青。なにか悲しいことがあったようだ。


 そして──。


 私の視界のなかで唯一、なんの色も持たない人物が1人。

 冴羽鈴香。高校3年の進級のタイミングで転校してきた、私の中学からの知り合いで、私の嫌いな人物だ。



===



 人間には、誰しもが他人に言えないような一面を持っている。他人に言えないような感情を抱えている。


 それを知ったのは、私が小学生になってからだった。

 その時から私は、他人の感情が色としてみえるようになった。


 だから、私は気味が悪くて仕方が無かった。 なんの色も持たない、鈴香の存在が。


 色が無いと言うことは感情を持たないことに等しい。彼女はそれこそ無口な方だったが、それでも仲良くしていた友達は居たようだし、とても感情を持たない人とは思えなかった。


 散々彼女について考えた。しかし答えは簡単に出るはずもなく、仕方なく私は彼女から 遠ざかることにした。

 鈴香にこころを閉ざすことにしたのだ。



===



 この高校の教室から見える外の景色は、教室の階数が高い1年生から、だんだんと眺めが悪くなっていく。


 そのためいま私たちが普段過ごす3年生の教室は眺めが1番悪くなっている。

 しかし、傾いた太陽のオレンジが教室に影を落とす様子は流石に美しいと言わざるを得ない。


 そんな廊下を歩いていた私は、どこからか聴こえた音に足を止めた。


 ポン、と言う柔らかさを感じるのに、何処かに強い意志を待ち合わせた音だった。これはピアノの音だろう。どこかで聴いたことのあるような曲を軽快に奏でる音の方へ、私の足は向かっていた。


 ここの学校にはピアノは音楽室か体育館に置かれていないので、到着する場所は音楽室であることは明らかなのだが、それでも響くピアノに音色のする方に耳を傾けていた。


 やがてそのピアノの音に釣られて音楽室の扉の前にたどり着いた私は、ほとんど無意識のまま、その扉を開けていた。


 色が溢れていた。


 様々ないろが。鮮明にはっきりと目が眩むほどに。


 感情を超越したようなその色たちは私の視線を色の持ち主へと誘い込む。そのさきにいたのは、


「えっ!?」


 わたしのこえで演奏が止まった。


 とたん、今までが嘘のように色が消え去り、そこには静寂と色を持たない少女の姿だけが残された。


 私はその色に、恋をした。

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きみの瞳には映らない 瑞樹なずな @mizuki_mizumizu

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