SUPER GIRL(スーパー ガール)

隅田 天美

俺ほどの男は、そうはいないはずさ

 隙間の世界。


 人間でいうのなら夢の世界。


 そこに『須弥山』という山がある。


 瞑想にふけるもの、経や聖書を読むもの……


 早い話が、修行の場であり、死神もそこで骨だけなのに『親父殿』と手合わせをした。


 極寒の季節だというのに、骨だけだというのに、汗が滝のように出来る。


 一瞬たりとて油断はできない。


 普段から『完璧に仕事をこなす死神』が『親父殿』の前では、文字通り赤子同然なのだ。


 武器である『魂を刈る鎌』で攻撃するも紙一重でかわされるか、素手で受け止められる始末だ。


 滝の前で、白いものがちらちら舞う。


「これで、終わりにしよう」


 この言葉でお互い距離を取り、頭を下げる。


 吐く息は白い。


 足が震える。


 鎌を支えにしないと、倒れそうだ。


 確かに、体が鈍っている。


「おい、風呂に入ろうや」


 先に歩く師匠が振り返って提案した。



 須弥山出口から目の前に温泉がある。


 その名もずばり「修行の湯」


 宿泊もできる、文字通り修行者のための宿泊施設だが、ほぼ日帰りもできる旅館だ。


 店員が異形の頭を持つものなら、客層は『深きものども』から女神まで様々だ。


 彼らが同じ浴衣を着て仲間同士であれこれ話す姿は、面白い。


 魚頭の店番がやってきた。


「いらっしゃいませ……お泊りで?」


「ああ、泊りにする」


『親父殿』はそういうと、金の代わりになる札を数枚出した。


「はい、確かに……」


 

 連れられてきたのは、近くの山林が一望できる部屋だった。


「まずは、汗を流そう……このままだと、風邪をひく」


『親父殿』の提案に死神は何度も首を縦に振った。



 やや熱めの湯、源泉垂れ流しの湯だ。


 蛇人間や大地の精霊であるノームたちが汗をかきながら湯船に浸かる。


 団体さんらしく、昨日の宴会がどうだとか次回は何処にするとか話が響く。


「……じゃあ、出ましょうか?」


 誰かの言葉で団体はぞろぞろ出口へ向かう。


 それを『親父殿』はぼんやり見ながらプラスチックの椅子に座り、体の前を洗っていた。


 その後ろは、洗う場所がない骨でできた死神が懸命に背中を洗う。


--なんか、不平等だ


 なんて不満をたらしつつ、死神は桶で湯を汲み『親父殿』の背を流した。


 

 それから、風呂に入った。


 修行で疲れた癒しには実にいい。


「そーいや、『親父殿』」


「何?」 


「俺と転生するにしても、あの店どうするんです?」


「あー、あそこはな、駅前の再開発の影響で潰されるで」


 その言葉に死神は驚いた。


「新興宗教を集める……まあ、人間界でいうインバウンド? での再開発や。あいつらが、前みたいな悪いことをさせないようにする監視の意味もあるけどな……」


 なんか、世知辛い。


「じゃあ、『親父殿』の居場所がなくなるじゃ……」


「あー、そこはちゃんと近くに似たような土地などを確保してもらった。しばらくは、あの娘に代理をしてもらう」


「代理?」


「まあ、聖女から女神になるための体験学習や」


 確かに、この世界での数日は人間界の数百年に相当するからいいが、やっぱり世知辛い。


「俺も、そろそろ引退を考えたいんだ……」


 また、沈黙が下りる。


「今度は俺が聞きたいんやが、ええか?」


「どうぞ……」


「お前、本当に人間が『約束』を守れると思っているのか?」


 横目で見れば、親父殿も真面目に横目で死神を見ている。


「死神であるお前が人間の愚かさを知らないわけはないはずやで。欺瞞や詐称は当たり前の世界や。その娘さんも、その時は、お前に惚れたかもしれへん。でも、それが来世まで続くとは思えへんのや……」


 親父殿は続ける。


「お前さんがその気なら、お前が俺を継げばいい。他の奴らは、確かにお前より優秀だが、心が伴わない。その分、お前はそれが誰よりも出来ていた……」



 死神は『親父殿』から二つの選択肢を迫られていた。


 嘘と欺瞞の満る世界で、時に嫉妬に狂いながら、彼女が約束を忘れたかもしれない世界でも守るのか?


 それとも、全てをなかったことにして「死神」として安寧な世界で暮らすのか?



 死神は、絞ったタオルで顔を覆う。


 目の前が暗くなる。


 思い出すのは下界を見下ろしながら悲しげにいた少女。


 触れたら壊れそうな儚げな顔。


 今にも泣きだしそうな目。


 それを守ろうと思った。


 それが彼女にとって「邪魔」と言われても、守りたかった。



「惚れているんやなぁ」


 親父殿が優しく言った。


「惚れました」


 死神も素直に答えた。


「すげぇ女の子やわ……」


『親父殿』は心の底から感嘆した。


 自分の使命を第一優先する「死神」のわがままを、人間の、ちっぽけな少女が作ったのだ。

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SUPER GIRL(スーパー ガール) 隅田 天美 @sumida-amami

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