おいでませ妖怪郷(※試作)

ジャック(JTW)

迷い込んだ少年▼


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 少年は、夏休みに親戚の家に遊びに来た。田舎の村だったので、年の近い子供はほとんどおらず、新しく友達を作ることができない。彼はとても退屈していた。


「何か面白いこと起きないかなあ」


 虫取り網を持った彼は、地元住民に『決して入ってはいけない』と言い伝えられているその禁足地の森に、そうとは知らず入り込んだ。

 彼は、遊び場所を探して探検しているうちに、森の奥深く深くへと進んでいったのだ。


(綺麗! こんな場所があったんだ……!)

 

 深い深い森の中にある神秘的な祠は、木漏れ日を浴びて、神々しい光を放っているように見えた。

 主人公の少年は、その不思議な温かい光に導かれるようにゆっくりと歩みを進めた。


 ──待っておったぞ、稀人まれびとよ……。


 彼の手が祠に触れた瞬間、頭の中に不思議な言葉が響く。そして、まばゆい光が主人公の少年の体を包んで、視界が真っ白になる。目眩がするような感覚に襲われ、反射的に少年は目を腕で覆いかくした。その弾みで少年の手からは虫取り網が滑り落ち、地面に落ちる。


(うわっ……なんだ!? 眩しい……!)


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 しばらくして光が収まったころ、目を開けると、そこには見たこともない幻想的な風景が広がっていた。

 和風の建物が並び立つ都。石畳できれいに整地された町並み、そして街の奥にそびえ立つ大きな城。

 予想のできない光景に少年が呆然と立ち尽くしていると、周囲の着物を着た者達がヒソヒソとうわさ話を始める。彼らは、少年のTシャツや短パンを見て、異様なものを見る目つきをする。


「あらまあ、なんだい? あのけったいな服装は……」

「……まさかあれ、『人間』じゃないだろうね?」

「まさか。この妖怪郷に『人間』なんて、いるはずがないよ」


 少年がよくよく着物を着た人々を観察すると、彼らは『人間』ではなかった。彼らには人間にはない位置に獣の耳が生えていたり、ふさふさした二又の尻尾が生えていたり、何より鋭い鉤爪をもっていたり、人間ではありえないような長さの首を持つものもいた。


(ね、猫又に、ろくろ首……? もしかして、コスプレじゃなくて、本物の妖怪?)


 少年は、街の入口に妖怪郷という達筆で書かれた看板が立ててあるのに気づく。


妖怪郷ようかいきょう? なんだろう、ここは……?」

 

 その下に小さい張り紙がしてあり、『困ったら、お狐印の八百萬屋やおよろずやにおいで』と子供が書いたような地図が貼り付けてあった。ご自由にどうぞと書いてあったので、少年は地図の写しを一枚手に入れた。


「あの、すみません。ここ、どこですか? あと、『八百萬屋』ってどこか知ってますか?」

「なんだいあんた。牙も爪もないなんて、ましら族にしても弱そうなやつだね。それに、『八百萬屋』なんて聞いたこともないよ」

 

 少年は、周囲の妖怪たちに話しかけてみるが、警戒されて話を聞いてもらえなかった。頼りになる人も場所も何も知らない少年は、とりあえず『お狐印の八百萬屋』というところを目指して歩くことにした。


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 八百萬屋までの道は長かったが、地図があることで何とか歩みを進めることができた。

 昼間でも夜でもどんちゃん騒ぎしている妖怪横丁を通り過ぎ。

 年がら年中お祭りが開かれている祭り場の賑わいをくぐり抜け。

 くねくね路地を三回右に曲がる。

 そうしてようやく見つけた『妖怪長屋』。

 そのうち真ん中に、『お狐印の八百萬屋』という張り紙がされた部屋があった。カケルは恐る恐る近づき、妖怪長屋を観察した。妖怪長屋は、趣のある雰囲気で、活気のある賑やかな場所だった。


「あのっ、『八百萬屋』ってここですか? 張り紙を見て来たんですけど!」


 少年が勇気を出して声を掛けると、長屋の奥からぱたぱたと可愛らしい足音が聞こえる。

 障子ががらりという音を立てて開いた。


「わあー! 初めてのお客さんだっ! いらっしゃいっ、いらっしゃいっ!」

  

 障子の奥から現れたのは、可愛らしい子狐だった。

 ふさふさの尻尾を揺らしながら、子狐は笑顔で挨拶する。


「はじめまして! オイラ、コン助って言うんだ! お客さんのお名前は?」

「はじめまして。僕の名前は……」

 

 少し悩みながらも、少年はコン助に向かって名前を名乗る。

 コン助は台帳に小筆を使って名前を書いて見せてくれた。

 

「できたっ。ほら、『カケレ』。記念すべき一番乗りのお客さんだぜ! ……んん? 『カケレ』ってちょっと変わった名前だな?」

「間違えました! 僕の名前は『カケル』です」


 その言葉を聞いたコン助はぽかんと口を開く。

 

「おや、自分の名前を間違うことなんてあるのかい? ……まあ、そういうこともあるか。『カケル』。今度は間違いないかい? よおしっ。準備完了! ささっ、座って座って!」


 台帳に正しい名前を書き終えたコン助は、カケルに座布団を差し出してくれる。

 座布団は少し色褪せて古ぼけてはいたが、よく手入れされて日干しされているからか、優しいおひさまの匂いがした。


「失礼します」

「堅苦しい言葉なんか使わなくていいって。オイラ見ての通りコドモだし。友達に話すみたいに接してくれていいぜ! そういやお客さん、ここらじゃあんまり見かけない格好してんね。旅行者かい?」

「ありがとうござ……ありがとう。僕、旅行者……っていうか、森の中の祠に近づいたら、眼の前が真っ白になって、気がついたらここに……!」


 コン助は、今更になって、カケルの格好や姿を上から下まで眺めてびっくり仰天する。


ほこらァ? ……まさか、もしや、オイラのじいさまが話してた、『異界繋ぎの祠』ってやつかい!? しかも、牙も爪もないその姿。あんた、で、でで、で、伝説の、人間!?」


 カケルが頷くと、コン助はあんぐりと口を開ける。その後、コン助は目をキラキラと輝かせて笑顔を浮かべた。


「いやあ〜。すごいや! 人間って本当にいたんだなあ! オイラのじいさまは間近で見たことがあるっていうけどさ、本当がどうかもわからなかったからなあ。オイラ、人間をこの目で見たの初めてだよ! いやあ、嬉しいなあ!」

「……コン助、ここは、どこ? ……僕の他に、人間はいないの?」

「ここは妖怪郷。オイラ達妖怪の暮らす、偉大なる大親分大吉っつあんの治める城下町さあ。……人間なあ。少なくとも、オイラは妖怪郷に人間がいるってェ話は知らないなあ。なんでだか知らねえが、古い古い決まりで、人間の立ち入りは禁止されてるんだよ。人間が妖怪郷に紛れ込んでることがバレたら、恐ろし〜い目に遭うって噂だ……」


 カケルは、コン助の言葉を聞いて驚いた表情を浮かべ、うつむく。そんなカケルの様子を見たコン助は腕を組んで悩ましい顔をする。


「うーん……。でも、『八百萬屋』に来てくれた最初のお客さんを同心どうしんに突き出すのもイヤだなあ。よしわかった、オイラが匿ってやるよ! 特に行く宛もないんだろ? 決まり決まり!」

「えっ、でも、迷惑かかったら……!」

「いいっていいって。なんとかなるなる!」


 コン助は、家の箪笥からゴソゴソと何かを探し、取り出した。


「これ、オイラの兄ちゃんが着てた着物。お客さんにゃちょうどいいんじゃねえか? あと、狐の面! こいつには化け狐族のニオイがたっぷり付いてるから、人間だってバレなくなるさあ!」


 カケルは、着物に着替える。そして、顔を隠すための狐面を装着した。姿見を見て確認すると、丈はばっちり合っていた。


「服、貸してくれてありがとう」 

「どういたしまして。いい感じに似合ってるなあ! ついてきな、まず妖怪長屋を案内するからよ!」


 コン助の住む『妖怪長屋』には、様々な妖怪がいる。

 酒好きの鬼族・蔵之介。

 烏天狗のはぐれもの・蝋一。

 口裂け女のおりんに、のっぺらぼうの絵描き・天道丸。

 河童の平吉。

 賑やかで愉快な『妖怪郷ようかいきょう』での生活は、こうして始まったのだった。

 

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おいでませ妖怪郷(※試作) ジャック(JTW) @JackTheWriter

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