Shotgun Facewash

ぼくる

2023 5/8 17:23~

 私は私が無敵だとしっている。言い聞かせてるわけじゃない。

「動くな!」

 だからこれは指示された盗みなんかじゃない。

「手を頭の上に!」

 私が私の意志にそう命じた。

「膝をつけ!」

 もはや選べない世界だからこそ選んだ、選びつくした。

 白昼堂々働いた犯行に、なんの悔いもないはずだった。

「逃げるな! 止まれ! 頼むから止まってくれ!」

 逃げ出した強盗仲間の一人に銃を向けながら警官が言う。

 チャーリーが私に向かって叫んだのは、その直後だった――。


 *


「正直、お前には加担してほしくない」強盗実行前の晩。模擬演習の車の中で二人きり。その時チャーリーが私に言った言葉も皮肉だと思ってた「お前は俺みたいな根っからのクズじゃない」

「だから? 今更じゃん」

 他に見つめるものもない車外の夜へ、私は視線を逸らす。

「そうですね、俺が悪かったよ」少し遠のいたように響くチャーリーの声の調子から、彼も窓の外に顔を向けたのだと分かる「じゃあ好きにしろよ」

 なんとなく、私はシートベルトを握る。

「好きにしてる」

「そりゃすごい」

「そういう皮肉ばっか言うのやめたら?」

「それこそ今更だろ。こんな最高にクソ素ん晴らしい世界、もうどうしようもない」ギュッと、運転席にいるチャーリーがハンドルの革の部分を強く握ったような音が聞こえた「数秒の広告を待ちながら次に再生する動画を探して中毒になって、当たり障りない人間関係を築く努力をして後悔。出来損ないの友達とノスタルジーだけをつまみにダベって傷を舐め合って。気が狂いそうなくらい退屈でつまらない会話に耳を傾けて頷き続ける。高いバッグを買って、トレンドを追って、SNSを選んで、赤の他人の目を汚す。プロフを更新して自分が何を食べてるかを世界中に投稿。位置情報を教えて母親の胎内から死まで全部配信。こういうのばっかし聞かされてきたんだ、俺は」

 私は、別に見たいわけじゃなかった月なんかを探すフリして聞き流す。

 チャーリーは続ける。

「誰かが炎上する度、そのちっぽけな火の粉で自分の笑いのツボをくすぐれ。個性に薪をくべて燻れ。立ち上る煙みたいなイカれた笑いの陰に引きこもり続けろ。何者にもなれない自分の両脚を抱え続けろ。クソみたいな世の中に子供を産んだことを恥じろ。子供に自分と同じような地獄を味わわせて親ガチャに失敗したと嘆かせろ。風邪薬のオーバードーズで安らかに眠れ。自由や理想なんて概念はサプリメント。コンビニで買ったカップラーメンにそれを混ぜて刹那的にはしゃげ。他人の承認欲求を満たす道具になり続けてくたばれ。他人と比較した自分の醜さを思い知って首を吊れ。自作自演の悲劇に酔いしれろ。真横で誰かが自殺しようが自己責任。安楽死をヒーローにしろ。二度と目覚めないようにって願いながら、睡眠薬を飲んでスズメの声を聴け。いまや理想の水位は着実に下がってガムを噛むことも高望み。嘘をつけ。他人を騙せ。いじめられたくなけりゃいじめろ。助け合うな。そうやって自分の心を殺せ。生まれた環境を呪え。遺伝子も能力も呪え。世界っていうでっかい物語の誤字脱字になれ。自分が筆の誤りであると主張して作家ぶってる神さまに突きつけろ。自分の存在を『反抗』そのものにしてたった一度の過ちで死ね。足は洗えない。せいぜい朝を睨んでそのクソ汚い顔を洗うだけ――」

「それ、本番でも言うセリフ?」と、私はほくそ笑みながら嫌味なことを言った「長ったらしいよ、もう捕まってる」

 暫くの沈黙。やがてチャーリーが溜息をついてから言う。

「とにかく、生まれてからずっと、俺はこんな皮肉ばっかり聴いてきた気がする」ふと振り向けば、彼と目が合った「俺だって正直に言いたい。なんでもいい。正直な言葉を。たとえば――」


 *


「走れ!」立ち尽くしている私の目を見て、チャーリーが叫ぶ「走れって!」

 瞬間、銃声が鳴り響いてチャーリーが倒れる。

 彼が私を庇ったのだということを理解するまでに数秒かかった。

 撃ったことを後悔している警官、逃げ出す他の仲間、散らばる大量の高級腕時計、耳鳴り、くたばるチャーリー、血……。

 一度に処理しきれない混沌。ゆっくりと流れる時間。

 その渦中。混沌を掻き分けて、引っ剥がして、突き破ってくる何かがある。

 たった一つ、どんな残響よりも鋭く残って響き続けて鳴りやまない。

『走れ!』

 気付けば揺り動かされていた。

 すぐに捕まる。そんなのは分かってる。

 逃げ切りたいわけでも捕まりたいわけでもない。

 だけど、わけもわからず走ってた。

 チャーリーが叫んだ『走れ』を皮肉にしたくなくて、ホンモノにしたかった。

 世界をあれだけ憎んでた彼が、赤の他人すれすれの私を助けた。

 その行動の意味を理解するまで、私は息を切らせて風を断つ。

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