檸檬

野栗

檸檬

 夏の試合の前日、スーパーの青果コーナーで一番やっすいレモンをごっそり買って、半月形の冷凍レモンを作るのが、桜台南中学校ソフトボール部に代々伝わる一年生の仕事だそうな。


 世間では「部活レモン」なんて言葉があるみたいだけど、ソフト部員たちはもっぱら「南中なんちゅうレモン」と呼んでいる。

 

 県大会進出のかかった大事な試合の前、一年生たちはばかでかいエナメルバックから次々に大きなタッパーを出した。ベンチに集まった先輩たちは、心地よく冷えた「南中レモン」を遠慮なく口に放り込む。


「……何これ?」


 妙に肉厚なそれは、◯子のタッパーにぎゅうぎゅう詰めになっていたやつだ。


「あのさ、南中レモンの厚さは2ミリだって言ったよね」


 苦虫をかみつぶしたような先輩の顔を見て、◯子は泣きそうになってうつむいた。


 こうやって、部の伝統は受け継がれていくのだ。


   ***


 ある年、「南中レモン」に革命が起きた。


 一年の△子が、レモンに砂糖をまぶして持ってきた。甘味と酸味の調和があまりにも絶妙で、それに勢いを得たか、この年のチームは念願の県大会出場を果たしたのだった。


 こうして、「南中レモン」には必ず砂糖を入れる、という決まりになった。分量はレモン一個に砂糖大さじ5杯。レモン、砂糖、レモン、砂糖の順番にきっちりタッパーに詰める。


 県大会の試合前、レモンと砂糖をぐちゃぐちゃに入れてきた一年生が先輩たちに寄ってたかって叱られ、泣きべそをかいていた。


 こうやって、一年は鍛えられるのだ。


   ***


 そのあと、一年の□子が砂糖の代わりにレモンをハチミツ漬けにして持ってきた。ハチミツのまろやかな甘味が口いっぱいに広がり、この年のチームは初の県大会一回戦突破を果たした。


「南中レモン」は必ずハチミツ漬けにして一晩おく、という決まりになった。


 県大会二回戦の前に、ハチミツの量が足りなくなって砂糖をごっそり足した一年生が、先輩に頭を小突かれ、顔をおおって泣いていた。


 こうやって、一年は部の秩序を学んでいくのだ。


   ***


 そのあと、一年の●子が有機農法のレモンで「南中レモン」を作ってきた。スーパーの安物とはひとあじもふたあじも違う。一口かじると、芳醇な香りが胸いっぱいに広がり、チームは県大会ベスト8進出を果たした。

 

 「南中レモン」のレモンはスーパーの安物ではなく、必ず自然食専門店の有機レモンにすること、という決まりになった。


 ベスト4進出をかけた試合の前。お小遣いが足らなくて、スーパーの投げ売りレモンを使った一年がキャプテンに怒鳴りつけられ、青い顔をしてぶるぶる震えていた。


 こうやって、一年は根性をつけていくのだ。


   ***


 そのあと、一年の☆子が「南中レモン」のタッパーのふたに「南中檸檬」と麗々しく手書きで書いてきた。総画数の多さは正義だ。漢字はなんたって、カタカナなんかより抜群にカッコいい。

 意気上がった先輩たちは、ついに県大会の厚い壁を突破、全国大会出場を決めた。

 

 「南中レモン」を入れたタッパーのふたには、必ず「南中檸檬」と書くこと、という決まりになった。全国大会の前の練習試合で、ふたに書いた「檸檬」の字を間違えた一年たちが、顧問教師にこってりと油を搾られ、みな横を向いてふてくされていた。


 こうやって、……もうこれ以上やってられない、と一年は、一人、また一人、と姿を消して、いつの間にか☆子まで消えてしまった。


 「南中レモン」の作り手は、こうして誰もいなくなった。


 全国大会は初戦敗退、二学期の国語の中間テストは梶井基次郎の『檸檬』が出題されたらしいが、☆子以外みな「檸檬」の二文字が書けなくて、あえなく撃沈したとさ。

 

 

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檸檬 野栗 @yysh8226

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