闇サウナ繁盛記【実録潜入ルポ】

Joyman

第1話

みなさんご存知の通り、3年前にサウナは禁止となった。ふつうに健康に悪いからだ。サウナの効用とは「死」により近づくことそれ自体だ。「死」に近づくことで、「その先」にある「約束」を垣間見ること、これを私たちは「ととのう」と呼ぶ。健康に良いわけがない。常世と隠世のあいだに自ら向かうことほど、愚かなことはない。その愚かさが私たちの文明を駆動し、月までロケットを飛ばしてきたのは紛れもない事実だが、GPT-6と売春婦たちの時代にあっては、もはや無用の愚物だ。それで、サウナは禁止になった。


私がいま筆を執りこの記事を書いているのは、他でもなく今でも都市の最下層で蠢く『闇サウナ』に潜入し、その体験、効用を克明に記そうという試みによるものだ。そのサウナはいわく、晴○フラッグにあるという。みなさんご存知の通り、あの巨大スラムだ。怪しげな闇市が廃ビルをくり抜いて繁盛していることはあまりにも有名だが、本邦最大の闇サウナもここにあるらしい。当社は足立区に事務所を構えている。足立区から晴○フラッグまでは4時間と560元。値は張るが背に腹は変えられない。この記事が私の生活を助けることを祈って、噂の深層に向かった。


晴○フラッグは果たして外国人だらけだった。卑しげな風貌のコーカソイドや、身を金色のチェーンで着飾った(明らかに日本人ではない!)モンゴロイドがいた。明らかに私の目からして日本人と判別できたのは、犬のような首輪をつけられてコーカソイドに散歩させられていた全裸の少女たちと、醜く痩せ衰えた姿で物乞いに勤しむこれまた全裸の少年たちだけだった。あまりの屈辱に私は晴○の近所にあると聞く靖国神社で日本刀を買おうとXiomi Phoneの地図アプリを起動しようとしたが、10年ほど前にブルドーザーで解体されていたニュースを思い出して、思いとどまった。私は「提供者」からもらったメモを頼りに、場所に向かった。


闇サウナの入り口は思ったより小さかった。というより、小さすぎる。どう見積もっても3LDKしかない元マンションの一室のように見える。これはどういったことだろうか。本当にここが本邦最大の闇サウナなのか❓と思うと中から筋骨隆々で黒光りする髪の束を後ろにやった男が出てきた。なぜだか見覚えのある男だった。漢らしい顔つきから少し浮いている切れ長の目は異様な存在感を放っている。仕立てのいいスーツに、このにおいはJ-Scentの香水だろうか。男はこう言った。


「君は侍か❓」


合言葉を「提供者」から教えられていた私は「永遠に輝く光だ」と答えた。暗闇に押し留められた私たちは永遠に輝く光とならざるを得ないことを知っている。これは「抵抗者」たちの合言葉だった。男はニヤリと笑って、


「魂は燃やすためにあるものだ」と呟き、中に招いた。


中は思いのほか広かったが、やはり日本最大と呼ぶには忍びないものだった。そもそもいわゆる「熱気」とやらはどこにも感じられなかった。つんと涼しげな空気が張り詰めて、薄暗い部屋では男のJ-Scentの香水の匂いだけが仄かに漂っていた。男と私は部屋の真ん中のソファで相対した。


私はインタビューを開始した。


「ここは本当にサウナなのでしょうか❓そもそもここに、お客さんは本当に入っているのでしょうか❓」


「イエス。ここはサウナだ。」


男は落ち着き払った動作で、パチンと指を鳴らした。特に室温の変化は感じなかったが、突然空気が変わったような気がした。


「しかるに、サウナとは何だと思う❓」


私は自分の考えを述べた。「死」に近づき、ある真理を獲得するための一過程。「ととのい」が私たちを栄光の轍に連れて行ってくれるのだ、と。男は満足げに聞いていた。


「イエス。サウナとは『死』に近づくことと言える。また、『死』そのものだとも言える。であるならば、お前はサウナに『死』を浴びにきたと言えるのではないか?」


私は何かが違うと思いながら首肯せざるを得なかった。ぴちゃぴちゃ。いつの間にか、どこからともなくかおぞましい水音が響き始めた。これは幻聴なのだろうか。それともここがすでに隠世なのだろうか。私は少しずつ恐ろしくなってきた。


「そう。サウナとは『死』だ。そして日本とは何だ。日本は天皇を戴いていた。100年前の戦争で指導部は『国体』を護るために300万の臣民を殺して自らもまた心中しようとした。日本の本質とは日本それ自体ではない。そう、天皇なのだ。であるならば、いまの日本は『死んでいる』と言わざるを得ない。そう、いまの日本はすでに『死』である。サウナも『死』である。我々はすでにサウナに閉じ込められて、『日本』が完全に消えてなくなるまで火葬されているのだ。日本そのものがサウナであり、サウナそのものが日本だ。分かるか❓答えよ、臣民よ。お前はこの『死』を見てどう思うか。永遠に輝く光はいまだ胸の中消えてはいないか。この『熱』、感じるか❓聞こえるか⁉️我らの『日本』が地獄の業火にじりじりと焼かれている姿を。」


私は恐ろしくなった。ここは闇サウナなどではないととうとう気がついた。私は「提供者」にハメられたのだ。そして目の前にいる彼、いや「〇〇」はただの男ではない。先の戦争でその最期の最期の玉座にあり、敗戦後行方をくらましたあの男。いや神。日本が失った「その」名前は————


「安心しろ。お前はこれから私の禁衛となるのだから。」


「彼」は妖艶に私の元に寄ってきて、耳元で囁いて、またも指を鳴らした。すると部屋が明転して、どこに隠れていたのだろうか、全裸の青年たちの集団が突然現れて、「彼」の前に一糸乱れぬ整列を見せた。股間に下げた彼らの逸物はみなそそり立ち、濡れそぼっていた。その少し上、下腹部には「とんぼ」の和彫が刻まれている。


「こいつを男にしてやれ」


全裸の集団は私に襲いかかってきて、服を剥いだあと乱暴に犯し始めた。そのうち渦を巻いた周りの空気はだんだん熱を持ってきて、イニシエーションが終わって下腹部に「とんぼ」の刺青が彫られたころにはここが『サウナ』たる意味を完全に理解したのだった。

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