烏とカナリアの探し人

七海 司

第1羽 烏

 可燃ゴミが詰まった袋をゴミ捨て場に投げ込み、黄色のネットを被せた。

「あっ……」

 薄っすらと汚れている烏避けのネットはできることなら何度も触りたくはない。けれども『中間考査英語』『31番氏名烏山』『19点』という文字が断片的に見えている。文字達がここに居るぞ。俺達を見てくれとばかりに道行く人にアピールをしているのなら話は別だ。ごわついた手触りのネットをもう一度持ち上げ、私の恥を見られないように袋の向きを変える。

 ため息一つ。

 烏が黄色を認識できない様に、他の人も私のテストが見えなければいいのに。

 温帯低気圧が次々に通過して、天気だけでなく気圧も不安定になるこの立夏という時節は、私の気分までもが不安定になる。 

 過去の失敗や恥も燃えるゴミの袋に詰め込んで捨てられたら、どんなに楽だろうか。

「あの女の子に謝りたいなぁ」

 できないと分かっている。それでも出てしまった空虚な言葉。それをゴミ捨て場に吐き捨てた。

 電柱を止まり木にしていた烏が、カァと同情する様に鳴いている。

 そういえば、あの時も烏が鳴いていた気がする。

 

***


 ギャアギャアと烏がまくしたてるように騒いでいる。私は、髪を栗毛色に染めている女の子を泣かせてしまった。それを烏達に責め立てられている。

 何を言ったのか。それとも言ってしまったのかは分からない。けれども、大きな目からは公園のベンチを濡らすほど、ポタポタと大粒の涙を流している。だから、私は酷い事をしてしまったのだろう。

「  」

 声が出ない。ごめんなさい。の一言が出ない。

 謝らないことを烏がギャアギャアと非難してくるから、ますます声が出なくなる。

「お歌、聞きたかっただけなのに」

 ごめんなさいに代わり、本心が溢れて言の葉を茂らせてしまった。


***


 晴天。けれども地平線と空の間は、ビル群が雑草のように生えて、視界が悪い。その上黄砂やPM2.5で烟っているけぶっている。そんな薄汚れた空を黄色い鳥が飛んでいく。

「東京には空がない」

 誰の言葉だったか。国語の先生が言っていた気がする。

「けれどカナリアはいる」

 ピロロロ、ピロロロと綺麗な鳴き声を響かせて飛んでいる。可憐な鳴き声だからやはり、雌だろうか。

 カナリアの歌に重ねる様に懐かしい歌声が聴こえてきた。

 外国語の歌詞でどんな意味が込められた歌なのかは分からない。けれどもずっと忘れることのできなかった歌。

 あの時、もう一度聞きたい願ってしまった歌声で鼓膜が振るえている。


 気づいた時には走り出していた。どこから聞こえてくるかは知っている。旧校舎で行われている合唱部の朝練だ。

 早くたどりつくため。仕方ないと自分自身に言い訳をしてから、湿った土がスラックスにつく事を厭わず花壇を飛び越えた。着地と共に背の高いタンポポがへにゃりと折れている。

「花壇の花じゃないからセーフ」声に出したものの若干の申し訳なさがつのる。

 音楽室を覗き込める窓にたどり着いた。

 1年のリボンはカナリーイエロー。窓ガラス越しにリボンを探す。けれども見つけられない。目についたのはカナリーイエローのネクタイをした男子1人だけだった。

 私は今、きっと両目を見開きやばいオーラを出しながら合唱部を覗いている。恥も外聞もあるが、今更というものだ。


 それから毎週、同じ時間に歌が聞こえてくるようになった。燃えるゴミの日に聞こえてくる懐かしい歌。探し続けているが見つからない。記憶の中だけにある、カナリアのような美しい歌声。

 食料となる燃えるゴミを探す烏が黄色いネットのせいで探し物を見失うように、私はカナリーイエローのリボンで探し人を見つけることができない。

 烏はカナリアを見る事ができないのかも知れない。

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