人外

quo

刑事

やっていられない。


田端は一服すると、車に乗り込んだ。服に臭気が纏わりついている。


男が貸した金を返さなかった。だから殺した。死体は山に埋めようとした。男はそう、供述した。殺された男の親族から捜索願が出された。先ず先に浮かんだ男に事情を聞きに行くと、部屋から腐臭がする。部屋に上がり込むと、行方不明の男が、ビニール袋から出て来た。


田端浩一は大学を卒業後、警察官になった。代々、警察官の血筋だ。交番勤務をしているうちに、どうせならと刑事になる事にした。持ち前の正義感と、上司に恵まれ意外にも早くに刑事部へ転属となった。


それからは飛ぶように時間が過ぎていった。




配属先で強盗を扱う事になったが、人間の負の側面をありありと見せつけられた。


人は、はした金で人を殺す。生活苦で追い詰められると何でもする。些細な事で憎しみの火種を宿し、それを長い年月の間に大きくして、ある日突然、無差別に人を殺める。


親父は、よく正気を保っていられたものだ。たまに実家に帰って親父の顔を見ると、どんな心境で家に帰ってきたのか分からない。


もう、三十になる。親から何度も結婚の話をされる。自分でも家庭を持たなければと思うが、妻をめとって子を生して、親父の様に家に帰って普通に生活できるか不安になる。この前は強引に見合いの話を進められたが、当日、呼び出しで席に着くことは無かった。それ以来、結婚の催促の話は無い。


田端は休みの日に、墓参りに行った。それは、刑事部に配属したときに教育についてくれた、松尾という定年前の老刑事の墓だ。


松尾はノンキャリから上がってきた、いわゆる「叩き上げ」の刑事だ。田端が刑事になった頃は、すでに防犯カメラ映像解析、DNA鑑定などの捜査手法が出てき始めていた。松尾は昔ながらのやり方で、靴の裏をすり減らし、容疑者の子供のころから人格を洗い、取り調べでは相手の心の中まで覗き込む。そんな捜査手法を用いる刑事だった。


多くの事を学んだが、程なくして癌が見つかり入院して定年前に亡くなった。


田端はいまだに覚えている。松尾から病室に呼び出された。田端は署を出ると松尾の病室へ行った。まだ残暑の厳しい季節。夕暮れの差し込む病室は扇風機だけが回っていた。松尾はベッドに横たわっている。そして、その向こう側。「何か」が居た。


全くの黒い影。目だけがこちらを見ている。目が合うと体が動かせなく無くなり、瞬きすら出来なくなった。松尾が「もういいよ。」と言うと、その影は消えてしまった。田端には何が起こったか分からなかった。


「今のを見たか。俺が刑事になった頃からの付き合いをしている。」

「人外と名乗っている。他にも沢山の人外がいるって話した。」

「俺はあいつの力を借りて事件を解決した。あいつが欲しがる情報と引き換えに。」


松尾は昔、ある誘拐事件に関わり、無傷で人質を解放して脚光を浴びた。それから、地味だが幾つもの事件を解決してきた。


田端は、当時の刑事部長の話を思い出した。捜査に行き詰まると、どこからか糸口をつかんでくる。それは松尾のやり方では手に入らない糸口。正直に言って、気味が悪かったと。


「お前が、長くこの仕事に付くなら、人外と言う存在と関りを持つかもしれない。」

「その時は逃げろ。関りを持つな。」


松尾は、それだけ言うと「帰れ」と言って、田端を病室から追い出した。その後、一月後に松尾は亡くなった。それからは、時機を見ては墓参りに行くことにしてた。



ある夏の日。空気は熱せられたアスファルトで歪み、傾く太陽が、容赦なく肌を焼き汗がにじみ出る。捜査に行き詰まり、濁った頭の中で、松尾の事を思い出した。松尾の墓を手を合わせようと墓地を訪れると、墓石に一輪のリンドウが置いてあった。それは萎れ、時間が経っていたようだった。


初老の管理人に、誰か来なかったと言うと知らないと言った。毎日、人の出入りはある。全ては見ていないと。


誰かが気まぐれに墓に来たのかもしれない。管理人に礼を言って立ち去ろうとしたとき、呼び止められた。


「たまにね、一輪だけの花が供えられているときがあるんですよ。思うんです。それは人がすることを真似て、何かが供えたんじゃないかと。」


管理人は、老人の戯言と言って、掃き掃除を始めた。


田端の見た病室の影。松尾が言った人外という言葉。人を真似て供えられた一輪のリンドウ。昔の記憶を掘り起こした田端は、松尾の墓に手を合わせると、背後に誰かが立っているのを感じた。


「人外とは関りを持つな」


墓碑から松尾の声が聞こえてくる。田端は立ち上がると、振り返った。そこには誰もいない。足元に夕日に照らされた木の影が伸びている。見下ろすと、あの目が田端を見つめている。


「一緒に行くかい。」


影の中の人外は、笑うかのように目を細めた。

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