少年の好奇心

北條院 雫玖

第1話 少年はお腹が空いた

 少年が、人混みの中を歩いている。

 彼が歩いている道の両脇には、果実に野菜、穀物と言った食べ物が木箱に入って並べられている露店商がある。

「お腹、空いた」

 少年はボソっと呟く。

 彼は時折、店の前に止まっては、木箱を覗いて果実を見つめる。その度に、店主から声をかけられるが、少年は何も言わずにその場を立ち去る。彼は幾度も、その行動を繰り返す。だけど、いつしか少年は店の前で歩みを止めると、木箱に入っている果実を手に取るとじっと見つめた。

 店主が少年の行動に気付くと、笑顔で彼に話しかけた。

「おう。いらっしゃい、ぼうず。それが欲しいのか?」

「うん。お腹空いた」

「それなら、その果実は10ガールだ。持ってるかい?」

 店主の問いかけに、少年は無言で俯き首を横に振った。

「それじゃあ、そいつは売れねぇな。悪いがぼうず。木箱に戻してくれないか?」

 店主は、少年の顔を覗き込んで話しかける。しかし、彼は声を出すことをせずに、俯いたまま手に持った果実を握りしめている。

「ぼうず? 聞こえているか?」

 店主は少年に質問をするが、俯いたままで反応を示さない。

 それを見ていた店主は、彼が持っている果実に手を伸ばそうとした瞬間、少年はその場から走り去った。

 店主は咄嗟に少年を追いかけようとするも、目の前に並べられている木箱が邪魔をして転んでしまう。店主は、少年が走っていった方向に向かって大声で叫んだ。

「窃盗犯だ! 誰か捕まえてくれ! 小さい子供だ!」

 その声を聞いた通行人はざわめき、周囲をみた。それと同時に、店主の元へ一人の男性が駆け付ける。

「店主よ。何を盗られた? どのくらいの子供だ?」

「果実を1つ盗まれました。小さな子供です! あちらに走っていきました! 王国兵様、どうか捕らえてください!」

 店主は、少年が走っていった先を指でさした。

「店主よ。直ちに駐屯地へ行き、他の兵を呼んでくれ。私は、窃盗犯を追いかける」

「分かりました。王国兵様! どうかよろしくお願いします!」

 店主は急ぎ足で、駐屯地へ向かう。

 彼は、駐屯地に着いた矢先、近くで警備をしていた王国兵に報告をした。

「王国兵様! ついさっき、小さな子供に果実を盗まれました! どうか捕らえてください!」

 店主から報告を受けた王国兵は、穏やかな表情から一遍して険しい表情となる。

「なんと! どれくらいの子供だ! 詳しく話せ!」

「はい! 小さな男の子です! 歳は分かりませんが、背丈は私が座った時と同じぐらいでした!」

「承知した。後は、我々に任せておけ。必ずや捕まえる!」

 王国兵は、直ちに兵を集めると露店街を調べるために動き出した。

 

 露店街では、店主の大声にいち早く駆け付けた一人の王国兵が、窃盗犯の小さい子供を急いで追いかけている。

 通行人も、窃盗犯を捕まえるために協力をして、小さい子供を探し始める。

 だけど少年は、店主の声が届かない、露店街を走っていた。だが、彼が走っている道は通行人が多く、所々で人が密集している。

 しかし少年は、小さな身体を利用して、空間を見つけては間隙を縫うように駆け抜けていく。

 対して、王国兵は大きな声で道を開けるように通行人に言いながら、小さな子供を追いかける。通行人は、王国兵が走れるように道を開け、窃盗犯が現れたことを大声で叫び続けた。次第に、露店街では窃盗犯の言葉が響き渡る。

 それでも、王国兵は少年に追いつくことが出来ずにいた。

 王国兵は、前にいる通行人から話を聞きながら、小さい子供を追いかける。

「急ぎ教えてくれ。走っていく、小さな子供を見なかったか?」

「は、はい! 見ました! 私の横を通り過ぎるのを」

「どのくらいの背丈か!」

「えっと、私のお腹ぐらいの背だったと思います」

 王国兵は情報を聞くと、すぐに小さい子供を追いかける。

 だけど少年は、とうに露店街を通過していて大通りまで来ていた。少年は周囲を見渡すと、近くにあった複数の木樽の裏へ身を隠す。一息ついた後、彼は木樽から少しだけ頭を出して様子を伺う。

「誰も、いない。でも、何だか声が聞こえてくる」

 少年は頭を引っ込めると、声を震わせながら呟いた。

「大声出されたから、びっくりした」

 少年は、握りしめている果実を見つめる。

「お金、払わないで持ってきちゃった。でもこれって、悪いことだよね。父ちゃんが言ってた。でもお腹、空いてたし」

 少年が考えているときに、三名の王国兵の大きな声が響き渡る。その大きな声が聞こえて来た少年は、咄嗟に身体を丸める。

「どこにもいないぞ! どこへ逃げた! 逃げ足が速いやつめ!」

「犯人は小さな子供です。どこか、我々が入れない場所へ逃げたのかもしれません」

「この近辺で隠れるに適した場所は、森や馬小屋、海辺に家屋の下が怪しいと思われます。しかし、まだ露店街にいるかもしれません」

 三名の王国兵が議論を交わしていると、その内の一人が指示を出す。

「露店街は、被害に遭った店主へ駐屯地に行くように伝えたから問題ない。我々は、手分けして別の場所を探すぞ! 各自で兵を集め、何としてでも探し出せ! 夜になったら、家屋へ聞き込み調査を開始する!」

 三名の王国兵が敬礼をすると、小さい子供を捕まえるため、各自で兵を増やしてから別行動を開始する。

 一人は、露店街の近辺にある家屋へ。一人は、少し離れた馬小屋と森の中を。一人は、海辺へと向かった。

 だが、彼らの話が聞こえていた少年の身体は震えていた。

「どうしよう。小さい子供って、たぶん僕の事だよね」

 少年は握っている果実を見つめる。

「つい持ってきちゃったけど、ここで食べちゃえば分からないよね」

 少年は、急いで果実を食べ始めた。一口、二口とかじるにつれ、果実を頬張る。やがて、その果実は跡形もなく少年の胃に収まった。

「これで、僕が言わなければ分からないと思う」

 少年は、木樽から少しだけ頭を覗かせ様子を見る。

「誰もいない。急いで家に帰ろう」

 少年は立ち上がると、急ぎ足で帰宅する。

 だけど、彼が家に着いた時には日の入りと同じ頃だった。


 少年はゆっくりと、玄関の戸を開ける。

 彼が家の中へ入ると、母親が部屋の中央にある囲炉裏いろりで、串を刺した川魚を焼いている。

 家の中はほんのり暗く、数本のロウソクの灯りだけが狭い部屋を照らしていた。

「た、ただいま。父ちゃん、母ちゃん」

「あら、サース。お帰りなさい。今日は遅かったわね。どこまで行ってたの?」

「えっと、ちょっと海を見に行ってた」

「相変わらず、サースは海が好きなのね」

 サースは、母親と会話をしながら、囲炉裏の近くに座ろうとする。だけど、父親から注意されてしまう。

「おかえり、サース。だけどな。座る前に戸締り、頼むな」

「あ。うん。ごめんなさい。すぐかけるね」

 サースは、すぐ玄関の戸にかんぬきをかけにいく。戸が開かないことを確認したサースは、囲炉裏の近くに座った。

「どうしたんだ? いつもなら忘れないのに」

 父親は息子に質問をするが、彼は言葉を詰まらせる。普段している親子の会話。だけど、息子からは返答が返ってこない。父親は、両腕を組んで首を傾げた。

 だけど、川魚を焼きながら、二人のやり取りを見聞きしていた母親が口を開く。

「ねぇ、あなた。サースはきっと疲れていて、お腹を空かせているのよ」

 母親からの言葉を聞いたサースは、小さく何度も頷いた。

 その反応を見た父親は、自分の太ももを何度も叩いて音を鳴らす。

「なんだ。いつものことか。確かに、サースはそうなると無気力になるからな」

「うん。お腹空いた。母ちゃん、お魚、まだ焼けないの?」

 サースがそう言うと、両親は互いに目を合わせ、声を上げて笑った。その後、母親は川魚の焼き具合を確かめる。十分に火が通ったことを確認すると、その中から2つを選んで夫とサースに渡した。

「お待たせ、サース。もう食べられるからね。それと、はい。あなたにもどうぞ」

「ありがとう、母ちゃん」

「ありがとな、ハリス」

 二人はハリスから川魚を受け取ると、一口かぶりつく。

「母ちゃんのお魚、美味しい」

「なぁ、うまいだろう。今度、父ちゃんと一緒に魚を捕まえに行こうな」

「うん!」

 家族団らんで食事をしていると、玄関から戸を叩く音が何度も聞こえてきた。父親は、その音にため息をつきながら呟く。

「一体誰だ? こんな時間に訪ねて来るなんて。非常識な奴め」

 そう言うと父親は立ち上がり、玄関越しにいる相手へ一言伝える。

「あんたは誰だ? もう夜だ。帰ってくれ。家族と食事中なんだ」

「失礼は百も承知。私は王国兵だ。今日、窃盗事件が起きた。それで聞き込みをしに来た。話を聞かせてはもらえぬか?」

「こ、これは王国兵様! どうか、ご無礼をお許しください!」

 父親は訪ねて来た者が王国兵だと知ると、急いでかんぬきを外して家の中へと招き入れた。

 両親は急いで横並びになると、床に片膝をつき両手を組む。その後、王国兵に深々とお辞儀をした。サースも両親の真似をして、王国兵にお辞儀をする。

「失礼する。結論から言う。窃盗犯は小さな子供だ。そなたに、子供は何人おられるか? その子だけか?」

 王国兵は、父親に鋭い目つきで質問をした。

「はい。我が家には、この子一人しかおりません。名を、サースと名付けました」

 王国兵は家族を見ると、サースに質問をした。

「サースとやら。そなたは、今日一日何をして過ごした? 偽りなく答えよ」

「え、えっと、海に行って遊んでいました。それで、家に帰ってきました」

 王国兵からの質問に、サースは俯いて返答した。

「サースと言ったな。何故、私の目を見て話さないのだ。正直に申せ」

 王国兵はさらにサースに詰め寄るが、母親のハリスが口を挟んだ。

「王国兵様。恐れながら申し上げます。この子は内気な性格で、あまり人との会話が苦手でございます。どうか――」

「子供の性格を聞いてはおらぬ。庇い立ては無用だ。口を挟むでない。サースよ、訳を言え」

「ご、ごめんなさい。初めて話す人とは、上手に、はなせ、なくて」

 サースの反応をみた王国兵は、肩をすくめた。

「確かに、そなたの言う通りだな。サースよ、海以外で遊びに行った所はあるか?」

 サースは、王国兵からの質問に俯いたまま首を横に振った。

「では、質問を変えよう。サースは、窃盗をしたことがあるか答えよ」

「ぼ、ぼくは、そんなことはしない。悪いことだって、父ちゃんが言ってた」

「その言葉に、偽りはないな?」

「うん」

 サースは王国兵からの質問に答えると、俯いたまま何度も頷いた。

 その言葉を聞いた王国兵は、家族全員にその場で立つように伝えると、彼らはその言葉に応じた。

 家族は横並びになると、王国兵はサースの前に行き片膝をついて両手を組んだ。

「サースよ。国王様への祈りの姿が疎かだ。手本を見せる。それを見て、覚えよ」

 サースは王国兵から言われるも、話そうとはせずに無言のまま。

 その様子を見た王国兵は、程なくして立ち上がり、家族に一言伝えてから家をでた。

「協力に感謝する。私はこれで失礼する。何かあれば、駐屯地へ赴き報告せよ」

 サースが住む家を出た王国兵は、駐屯地へ向かう夜道の途中で考えを口にした。

「あのサースとやら。店主と通行人からの報告に近い背丈をしていた。明日にでも、この道と露店街の巡回を強化せねば」


 王国兵が突然訪れたサースの家では、母親が息子を慰めていた。

「驚いたよね。サース。いきなり王国兵様が来るなんてね」

「うん。驚いちゃった」

 ハリスはサースを優しく抱きしめて、頭を撫でている。

「全く、バカなやつがいたものだ。犯罪をするような子供に育てるなんて。親として、どうかしている。とは言っても、俺はサースにお祈りの姿を間違えて教えていたのかもな。王国兵様に、ご指摘されてしまった」

 父親はサースの頭を撫でながら口を開く。

「大丈夫だよ、ハリス。サースは優しい子だ。窃盗など、そんなことはしないさ。さぁ、もう寝よう」

 父親がそう言うと、灯していたロウソクの火を消した。

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