初恋の事故

ツバキ丸

初恋の事故 本編

「百合。」

真っ白な薄暗い部屋の中、君は眠っている。

水平に横たわる身体は、僕を突っぱねるように静止したまま。


百合は、僕の初恋の人だった。

空手を習っていて力も強く、腕相撲ではいつも一番。

自然と周りに人が集まってくる、生粋の人気者だった。


対して僕は、勉強も運動も平均以下。

何をやったってちっともうまく出来るようにならない、群れから追い出された落ちこぼれだ。


この全く釣り合わない恋の天秤が出来たのは、小学5年生の時。

高学年になって、クラスメイトの情報網も広がっていく。

そんな頃、僕はイジメに遭うようになった。


最初はクラスの数人に、話の流れでちょっとだけからかわれるくらいだった。

でも、段々と性格や容姿をイジられるようになって、最終的には暴力まで振るわれた。ひどい時には首を絞められそうにもなったけど、先生たちはずっと見て見ぬふりをしていたし、僕が相談しても何もしてくれなかった。


正直に言って、学校に行きたくなかった。

そうすれば殴られたりなんてしないし、僕の持ち物をボロボロにされることも無い。

でもそんなことをしたら、父さんや母さんに迷惑をかけてしまうから。

だから、ひたすら我慢して学校に行っていた。


そんな時、百合が転校してきた。

隣の席からしょっちゅう話しかけてくる百合の事が、僕は最初苦手だった。

一回でも百合が話しかけてくると、その日は僕へのイジメがひどくなる。


怖い。嫌だ。やめて。

必死に訴えても、響くのはアイツらの笑い声だけ。

その日、僕の心は壊れた。


【......誰も助けてくれないなら、自分でやるしかない。】


僕はカッターナイフをカバンに入れた。

絶対に殺す。どす黒い壊れた意志がそこにあった。


カッターナイフを百合に見られてしまった。

案の定、持ってきた理由を聞かれた。


【アイツらを殺す。】


それだけだった。

もう、クラスメイトなんか知ったことではない。

僕はカッターナイフを握りしめ、その場から去ろうとした。

そんな時、百合は僕の目の前に来て立ち塞がった。


『だめ......!行っちゃだめ!!』


百合が泣きながら言ったあの言葉は、僕を変えた。

百合が居たから、僕はアイツらを殺さなくて済んだ。

その時、僕は初めて人を好きになった。初恋だった。


僕は、膝から崩れ落ちて泣いた。


僕は、両親にイジメの事を話した。

両親は、なんでもっと早く言わなかったのと言いながら僕を抱きしめた。

余程ひどいと判定されたのか、アイツらは少年院に入れられた。


百合は、前と同じように接してくれた。


その後、僕は死に物狂いで勉強した。


百合との天秤を釣り合うようにしたかったから。



大学を卒業してから、ようやく百合と付き合い始めた。


でもどうしてか、付き合い始めてから百合は僕の事を見てくれなくなった。


だから、“罰”を受けた。



「そう。これは、“不慮の事故”だ。」


【..........こうすれば、永遠に一緒に居られるから。】


「百合。」


そう呼んで目を閉じる僕を、ただ百合は見つめている。




案の定、顔とカッターナイフを赤く染めて。

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初恋の事故 ツバキ丸 @tubaki0603

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