あなたの地雷はなんですか?

渡貫とゐち

地雷ふんじゃった。


 何気ない会話で踏んでしまう地雷がある。誰にでも。誰でも起こる事態だ。

 なぜなら地雷は埋まっているし、見えないからこそ踏んでしまうものである。


 言われた側は踏ませるために隠しているわけではないのだろうけど、踏む側からすれば同じようなものだ。最初から踏む気なんてなかった……だけど不意に、望まず踏んでしまう。

 陰キャだからどうこうの問題ではない。陽キャだって、踏んでしまうことは多々あるはずだ……、向き不向きの問題ではないのだろう。

 踏んでしまえば、場の空気は重くなるし、最小限でも気まずくはなる……相手が「気にしていないよ」と言いながらも、不快を堪えた末に出た弱々しい笑みで場を盛り上げようとすれば、より痛々しくなる……。


 結局、踏んだ側に非難がくるのだ……踏んだり蹴ったりだ。


 地雷があるのは仕方ないことだ……、誰にだって突っ込まれたくない話題くらいはあるし、あること自体は別に悪いことではない。

 誰だって狙って踏みたいわけではないのだから……。

 狙って踏んだ相手にこそ、非難を浴びせるべきだろう。


 だが、大多数は踏みたいわけではなく、踏みたくないから避けたら、そこが地雷だった、というパターンもある。

 つまり、地雷を踏んでしまうというのは、見えないことが原因なのではないか。

 見えてさえいれば、踏むことはない――だから。


 触れてほしくない話題や言われたくない言葉などを、ネームプレートのように首から下げておけば、誰もがひとりひとりの地雷を把握できる。

 相手に地雷の内容を(ざっくりとだが)明かすことにはなるが……、踏まれるよりはマシだろう。踏まれたくないなら、せめてタイトルを明かすくらいの譲歩はするべきなのだ。

 もしも明かすこともできないのであれば、自身の話術で埋まっている地雷を相手に避けさせるしかない……それで踏まれても、自業自得だろう。

 いや、実力不足と言うべきか。

 誰も悪くないというのは、繰り返し言っておかなければならない。


 地雷を踏んだ者も踏まれた者も、悪いわけではないのだから。



 ある会社が始めた、地雷を踏まないための対策。

 試しに、地雷に該当するものをネームプレートのように首から下げるようにした。

 ……以前、地雷を踏んでしまったことがきっかけで社内の雰囲気が険悪になったのだ。

 もう二度と、あんな雰囲気は嫌だと思った社員が相談し、今回の方法を思いついた……――分かっていれば踏むことがないのは、当然の話なのだ。


佐々木ささきさん、少しいいですか?」

「構いませんよ。雑談ですか? 仕事のお話ですか?」

「仕事ですよ」


 若くして部署の統括を任されている女性社員の佐々木が、「では休憩室へいきますか」と進路を変えた。

 彼女を追いかける新人の男性社員の視線が、仕方ないが、彼女の一部分に集まってしまう……揺れるお尻か膨らむ胸か、見えるうなじか色っぽい唇か……しかしそのどれでもない。


 一際、目を引くのは彼女が首から下げているネームプレートならぬ『地雷プレート』……の、その数である。

 十枚どころではない。二十……三十枚以上はありそうだ。

 一枚一枚は軽いとは言え、束になったそれを一日中、首にかけているとなると……首が心配になる。彼女は地雷が多過ぎるのだ……。


 さらに言えば、地雷プレートの数が多過ぎるので、一目で地雷が分からないという本末転倒になっている。

 彼女のプレートを一枚一枚めくって確認して……という面倒な手間を経てからではないと、彼女とは気軽に話せない。

 ……地雷を踏むことが、幸いにもセクハラ扱いされないので命拾いしているが、彼女の地雷を全て記憶していなければ、地雷以外を踏むことの方が難しい。


 この道には、地雷が埋まっていない足場なんてないのかもしれなかった……。



 休憩室に入った佐々木がふたり分のコーヒーを淹れてくれた。仕事中だが……まあ、上司である彼女が用意してくれたのだから、飲んで咎められることはないだろう。


「それで――なにかトラブル?」



 ――仕事の相談は滞りなく終わった。電話で取引先に連絡をし、後の対処は向こうに任せてしまおう……ひとまずトラブルになるのは避けられた。


「仕事には慣れた?」

「ええ、なんとか……でもまだまだ分からないことばかりで……」

「いつでも、気軽に聞いてくれていいからね?」


 仕事のことなら、と注釈がついている言い方だった。


「……ところで、森山もりやまくん」

「はい、なんでしょうか」

「あなたは地雷プレートを付けないの?」


 新人社員だから遠慮をしている、わけではない。彼、森山は、地雷がないのだ。

 いや、ないわけではないのだが……、言われたくないことや触れられたくないことはひとつやふたつあるが……だからと言ってわざわざ首から下げてアピールするほどではない。


「地雷を踏まないでください、とアピールするほど弱い人間ではないつもりです」

「あら、私が人間として弱いってこと?」


「あ……。いえ……。でも……はい。言われたくないことを言われることで、心が強くなっていくと思うんです……、だから……言われたくないことも言われるべきだと思います」


 首から下げてアピールしても、踏んでくる人はいるのだ。どうしたって改善できない「そういう人」への耐性はつけておくべきだ。

 ……言われ慣れておくべきだと、森山は思っている……。


「ただ、僕の意見です。佐々木さんが真似するべきだとは思いません。そうやってプレートをたくさん下げることも、ダメとは言いませんよ――心配にはなりますけど……」


「心配……?」


「してますよ。

 慣れない内に地雷を踏まれて、佐々木さんが鬱になったりしなければいいですけど……」





 …了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたの地雷はなんですか? 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説