ケチャップ死体偽装

マスク3枚重ね

ケチャップ偽装

須和 雄三(すわ ゆうぞう)は今日のパーティを楽しみにしていた。

雄三が 還暦を迎える為に息子、娘達家族みんなを屋敷に招待した。こんなに嬉しいことは無い。

3年前に妻が死んでからは誰1人として訪ねて来てはくれず、寂しい思いをしていた雄三は少々はしゃいでしまっていたのかもしれない。


「後は大丈夫だから、君たちは数日ゆっくり休みなさい」


パーティの飾り付けや料理にシャンパンなど、使用人達に準備をさせた後に暇を出し帰ってもらう。後は皆が来る前に準備をしなくてはならない。雄三は内心ワクワクしながら自室へ向かう。

前から用意していたパーティーグッツをAmazonの箱から幾つか取り出す。胸に玩具のナイフを固定し、それから顔に付属のファンデーションを塗っていく。それから袖から出る部分にも塗っていく。少しスースーする。

鏡に写った自分の顔は青白く、胸に刺さったナイフは以外にも本物に見えた。


「これは、存外バカにできんな…」


雄三はパーティグッツに着いていた説明書に目を落とす。


この魔法のパーティグッツであなたも皆を驚かせよう!これで誰でも死体になれます。終わる時は付属のクラッカーで皆を驚かせてね!きっと驚かせた相手と仲良くなれるよ!


雄三は着いていた小さなクラッカーを胸ポケットにしまう。


「よし!これで準備はできたな。後は会場で…」


雄三は大事な事を思い出す。血だ、これではただナイフが刺さっているだけではないか。よりリアルにする為には血が必要だ。パーティグッツが入っていた箱の中を見てみるが血糊の類は入っていなかった。


「これでは意味がないじゃないか!」


雄三は考える。これでは笑い話にもならない。直ぐに見つかって父はボケが始まったと笑われてしまう。さて、どうしたものか…


「そうだ!あれを使えばいい!」


雄三は急いで厨房へと向かう。大きな業務用の冷蔵庫を開けると中には美味しそうなケーキが並んでいる。シェフが作って入れといてくれた様だ。後で皆を驚かせた後に振る舞おうと考える。雄三はケーキの下の段に並んでいる調味料の中から赤いそれを取り出す。ケチャップだ。これで誤魔化せるかは正直、疑問だがびっくりして貰えればそれでいい。これで充分だろう。


雄三はケチャップを持って会場へと向かう。そこには花が沢山飾られ、長テーブルには沢山の料理が並んでいる。皆で食べるには多すぎるが、この3年間を考えればこれくらい派手にやってもバチは当たらないだろう。雄三はニヤニヤしてしまう。早速、会場の真ん中に仰向けに横になり、ナイフを中心にケチャップを掛けていく。雄三は自分の胸を見て満足気な顔をする。これは誰がどう見ても刺されている。


「皆が到着するまで後ちょっとだな」


自分の左腕に着いた金の腕時計を見つめる。針は19時50分を指している。


「しまった!」


雄三は手元のケチャップを見て声を上げる。こんなの持ったまま倒れていては間抜けもいい所だ。急いでキッチンに戻り、ケチャップを冷蔵庫にしまう。

雄三は1つのため息をつき振り返ると床に点々と垂れるケチャップに驚く「やってしまった!」と心の中でひとり叫ぶ。時計を見るともう時間がない。


「掃除してる暇はない!」


急いで会場に向かい、先程の場所に横になる。幸い会場から厨房までの道は玄関から会場までの間に通る事はない。直ぐにバレてしまう事は無いだろう。あまり動かないように時計を覗き込む。20時になる。その時、ガンガンガン!ドアノッカーが鳴らされる。雄三は顔がニヤけるのを必死に抑え目を瞑る。もう一度、ガンガンガンと鳴る。しばらくすると玄関扉が開く音が聞こえてくる。


「親父ー!?居ないのかー?」


この高い声は次男の健二だろう。できるだけ呼吸をゆっくりと鼻でして、ドキドキしながら皆が来るのをじっと待つ。




「使用人も居ないぞー?どうしちまったんだ?」


「健二、どうしたんだ?」


そうして玄関から入ってきたスーツの男は整った顔に優しげな瞳で話しかけてきた。彼は長男の裕一だ。


「ああ、裕一兄さん。誰も出てこないんだ。使用人すらこない、親父が皆帰しちまったのかー?」


「まさか!親父が1人で居られる訳ないだろ?」


「だよなー?」


2人が玄関ロビーで話していると、もう1人派手な赤いドレスを着た美人な女性が入ってくる。


「あら、兄さん達、久しぶりね!元気にしてた?」


この女性は1番下の妹の椿だ。歳がそれぞれ離れてはいるが皆は随分と若く見える。それだけこの兄弟3人が美男美女だからだろう。


「お!久しぶりだな椿!ドラマ観たぞー」


「あら、ありがとね!」


椿はニコリと笑って見せる。

彼女はドラマに出る程の有名な女優でなかなかの演技派でもある。


「椿は親父から何か聞いてるかー?親父も使用人も出てこないんだ俺達だけでやるって事かー?」


「そんなまさか!父さんが1人で居られるわけないでしょ?」


「それ、さっき私も言ったぞ?」


3人は笑う。雄三は誰かをいつも傍に置いている。それは会社の人間か、使用人、秘書に、料理人、必ず誰かしらが傍に居るのだ。


「親父は寂しがり屋だからなー」


「お前な、そう思うならもう少し帰って来てやれよ」


裕一が健二を睨む。


「勘弁しろー親父と一緒だと気まずいんだよ。椿が帰ってやれよー」


健二は眉を落とし困った顔を椿に向けるが、椿はフンと鼻を鳴らす。


「私は撮影があるから忙しいの!これから大事な撮影もあるし、裕一兄さんが帰ってあげなさいよ!」


椿は腰に手を当て裕一を睨む。

裕一がため息を吐く。


「この話はやめよう。親父に聞かれたら事だからな…」


3人は頷く。それから椿が2人に向かい口を開く。


「そういえば、兄さん達の奥さんはどうしたのよ。子供達は?」


裕一が人差し指でこめかみを掻く。


「風邪を拗らせて家で寝てるよ。私が病院で貰ってきてしまったんだ」


裕一は総合病院で医者をしている。そんな事もあるだろう。その後に健二が口を開く。


「うちは後で来るぞー少し遅れるそうだから、俺だけ先に来たんだよ。親父、時間には厳しいからなー」


2人は「そうだな」「そうね」と頷き、健二は肩を落とす。


「女は準備が遅いからなー」


「うちのもそうだ。時間が決まっているのだから早く準備が出来ないのか?」


2人は椿を見つめる。


「私はちゃんと時間通りに来ますけど?一緒にしないで頂けます?」


椿の目は細められ、2人の兄を睨む。2人は話を逸らそうと目を逸らす。


「それよりいつまで待たせんだー?流石に変だろ?」


「そうだな。中の様子を伺って見るか」


「どうせ会場は広間でしょ?案外皆そっちで待ってんじゃないの?」


3人は会場まで歩って行く。広間の大きな両開きの扉を開ける。中は美しい調度品が並び、所狭しと花が飾られている。2つの大きな長テーブルの上にはテーブルいっぱいに料理が並べられて、どれも一流のシェフが作ったのだろう。とても美味しそうだ。天井には大きなくす玉が飾られており、父を祝うためのものだろうと分かる。だが、明らかにおかしな所がある。くす玉の下辺りに誰かが倒れて居る。真っ赤に染まった胸からはナイフが突き刺さり、顔は青白くなった父が倒れている。彼はピクリとも動かない。


「キャーーー!」と椿が叫び、2人の兄も叫ぶ。


「親父ーー!」


「誰かいないか!くそっ!」


裕一が急いで雄三の元まで向かう。直ぐにしゃがみこみ雄三の腕を持ち上げ脈を取る。腕は冷たくなり脈はない。血は止まっていて息もしていなかった。


「し…死んでいる…!」



3人は変わり果てた雄三の死体を前に暗い顔を浮かべる。


「そんな…一体誰が…」


「わからない…心臓を1突きだ…」


「父さん…うう…」


3人はどうするべきか考える。このまま居ても

埒が明かない。


「救急車を呼んだ方がいいんじゃ…」


「私は医者だ…確実に死んでいるよ…」


「それなら警察を呼びましょう…!」


椿は震える手でカバンからスマホを取り出そうとするが健二が椿の腕を掴む。


「待ってくれ!このままだと俺達が怪しまれるんじゃないか…?これは明らかに殺人だ!」


「待て!軽率にそんな事を言うな!」


「じゃー!これをどう説明すんだよー!」


3人はまた黙り込み、亡くなった雄三を見つめる。するとゆっくりと裕一が口を開く。


「健二…こんな時に言うのも…不謹慎極まりないのだが…」


裕一が言いずらそうにその先を口にする。


「財産と保険金はどうなるんだ…?」


「裕一兄さんっ!!正気か!?」


「最低っ!!こんな時までお金の心配!!?」


2人の非難に裕一は眉をひそめ、苦虫を噛み潰したよう様な顔をする。


「わかってる!!だが親父の財産は桁が違う!俺達が一生、働いても届かないような額だ!それにこの中にもし殺した奴が居たとしたらどうするっ?!」


2人の顔が青くなり、健二と椿は顔を見合わせ、再び裕一を見る。


「まさか…俺達を疑ってんのか…?裕一兄さん…?」


「お前は1番最初に屋敷に着いて居たな…?」


健二が動揺し手をブンブン振る。


「ち、違う!俺はやってない!待て…椿は1番最後に来た!親父を殺して裏口から表口に回ったんじゃないのか!?」


「待ってよ!私がそんなことする訳ないでしょ!裕一兄さんが1番怪しいに決まってるでしょ?!こんな心臓を1突きできるのなんて、医学の知識がある裕一兄さんだけよ!」


裕一は青い顔で首を振る。


「すまない…混乱させてしまった。だがこの状況、3人とも怪しいのは間違いないだろう。だから弁護士の健二に聞いているんだ」


健二はハッとし顎に手を当て考え、話し始める。


「親父は政界の人間すら掌握できるだけの財力がある。俺達の中にもし犯人がいようがいまいが金は全て押収されるだろうな…」


「どうしてよ!おかしいじゃない!」


椿が至極当然の事を健二に向ける。それに対して裕一が答える。


「ああ、親父の財力はそれだけ危険なんだよ。私達の誰かに渡るくらいなら国の連中が私達に罪を擦り付け、財産目当ての殺人に仕立てあげれば、親父の金は国庫に帰属される…」


椿はへたり込む。


「そんな…あんまりじゃない…」


裕一が頭を抱え、そして頭を掻きむしる。


「ふざけるなっ!何で私がこんな事に巻き込まれなきゃならねぇんだ!」


裕一の豹変ぶりに2人は身を縮める。


「お前らはわかってるのか!?私たちは嵌められたんだっ!」


健二が腕を組、右手の人差し指の第2関節を額にコンコンと当て考える。


「ああ…恐らくそうだろうな…明らかに計画的だ。俺達以外に誰も居ない状況に財産狙いで殺す動機まである。政治家連中にとって都合が良すぎる…俺達に罪を被せる気満々だな…」


「そんな…私…これからドラマの主演をやるのよ…やっと夢を叶えられると思ったのに…殺人の罪で逮捕されるの…?いやあああああ!」


椿は泣き崩れてしまう。2人は目を背ける。


「とにかく、このままではまずい。健二、家族に連絡し中止を伝えろ!」


「ああ、そうだったな…直ぐに連絡する!」


健二は携帯で家族に電話をかけ始める。椿は涙をドレスの裾で拭きながら、裕一を見上げる。


「どうするつもり…?」


「親父の死体をどこかに埋める…!」




雄三は大変な状況になってしまったと少し怖くなる。もちろん雄三は死んではいないし、他に犯人がいる訳も無い。

裕一が脈を測った時にバレると思ったが、裕一は何も言わなかった。雄三のイタズラに乗ってくれたと思ったが、どうも演技をしてる様には見えない。一体どういうことだろうか?と考えていると裕一が叫ぶ。


「おい!血が向こうまで続いているぞ!」


子供達3人は厨房まで続くケチャップの後を追いかける。裕一と健二はテーブルの上の鉄のロウソク立てを持ち、ゆっくりと前に進んで行く。

雄三は薄目を開けながら3人が会場から出ていくのを見届けて起き上がる。


「わしにこんな才能があったとはな!」


雄三は面白くなってきたのでもう少し3人の様子を伺う事にした。後ろからゆっくりと着いていくと、ロウソク立てを持った2人がへっぴり腰で厨房へ入って行く所だった。遅れて椿も入っていく。耳をそばだてると3人の声が聞こえてくる。


「出てこい犯人!居るのはわかってるんだぞ!」


などと叫んでいる。雄三は笑うのを必死に堪え隣の部屋の貯蔵室へと隠れる。しばらく3人は厨房で家捜しをしていた様だが諦めて出てきたらしい。3人の足音は貯蔵室を通り過ぎ、会場へ向かっていった。ゆっくりと扉を開けて後を追う。3人は会場に入り、雄三は覗き込む。


「親父の死体が無くなっている!!」


会場の中から3人の慌てる声が聞こえる。裕一が叫ぶ。

「死体を埋めようとしたから、先手を取られたんだ!」


「ど、どういう事だよ!」


裕一は声を荒らげ説明する。


「私達に死体を隠されては困るからだ!親父が行方不明では奴らもどうする事も出来ないからな!」


「確かに…行方不明なら7年で死亡扱いだ。しかも、遺体がなければ罪を被せようがない!」


「そうだ…だがこうされては私達にはどうする事も出来ない…後々、私達の部屋にでも死体を放置し、誰かに発見させればもう言い逃れは出来ないだろう…」


3人は絶望し項垂れてしまう。雄三は少しやりすぎてしまったと後悔する。

愛する妻が3年前に亡くなり、子供達は屋敷に来てくれなくなった。可愛い孫達とも、もう3年も会えていない。そんな不満がこのイタズラを思いついたのだ。ほんのちょっとのイタズラのつもりが愛する子供達を傷付けてしまった。雄三はゆっくりと会場に入っていく。


健二が俯いたまま吐露する。


「俺さ…親父を尊敬してたんだ…政界からも敵視されるほどに企業は大きくて、親父、よく言ってたんだ。政治的圧力をかけられるってだから俺さ…弁護士になったんだ…親父を助けたかった…でもお袋が死んで親父は目に見えて塞ぎ込んじまった…俺…見てられなくて…この3年間…屋敷に来れなかった…」


それから裕一が口を開く。


「私もだ…お袋は元々身体が弱いから、私が医者になって長生きできるようにサポートしていたんだ…だが結局、お袋は57歳で死んでしまった。親父に会うのが怖かった…私が責められるのではないかと怖かったんだ…親父がそんな事をする訳ないと分かっていたのに…」


今度は椿が口を開く。


「私は…約束したから…ドラマの主演になって、父さんと母さんに見てもらうって約束してたのに…でも間に合わなかった…父さんだけにでも見てもらいたかった…だからこの3年間、我武者羅に頑張ったのよ!でも、そうね…父さんは寂しい思いをしていたのかも…しかも命を狙われている程だったなんて思いもしなかったわ…」


「そんな事は無いぞ?」


その声と共にバーンと大きな音がなり、3人は驚き振り返る。そこには赤く染った胸にナイフが刺さり、真っ青な顔の雄三がクラッカーの紐を引いた状態で立っていた。それから雄三はくす玉の紐を引く。パカりと割れたくす玉の中からは『ドッキリ大成功』の文字が書かれた旗が出てくる。3人は呆気にとられ空いた口が塞がらない。


「お主らの気持ちはわかった。済まなかったな。まさかここまで大事になるとは思わなんだ」


雄三は優しく微笑む。3人は泣きながら雄三にしがみつく。


「本当に親父か?」


「どうして生きているですか!?」


「うう…父さんのアホっ!」


雄三は大きな我が子達の頭を優しく撫でてやる。


「わしはお主らを愛しておる。妻は先に旅立ったがわしにはお主らがいるから寂しくはない。これからはもっと遊びに来なさい」


子供達は「わかった」と答える。

親子4人は抱き合い涙を流し、しばらくそうしていた。


落ち着いた後に雄三は裕一に質問する。


「裕一はわしが生きている事になぜ気付かなかったのだ?」


裕一は雄三の腕と首の脈を確認する。


「これは…確かに脈があります。先程確認した時は確かに止まっていましたが…」


「裕一兄さんはもしかしてヤブ医者か?」


健二がニヤつきながら裕一を見やる。


「そんな事はない!確かに止まっていた!それにケチャップと血を間違える奴はヤブ医者にもなれない!」


「父さんこそドラマに出た方がいいんじゃないの?死体役で!」


椿はまだ目が潤ませながら毒づく、健二がそれに乗っかる。


「親父、まじで才能あるよー、何せ裕一兄さんを欺く程だもんな!」


「お主らは全く!」


3人は笑いながら食事を食べるが、裕一は1人首を捻るのであった。



雄三の部屋のパーティグッツの説明書の裏に注意書きが書いてある。


『クラッカーを鳴らすまで魔法は解けませんので注意して下さい』

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