ザ・ライトスタッフ
あめはしつつじ
ゆりかごから墓場まで
生まれる前から、彼は、無産階級であることが決まっていた。
分別室。
無影灯の下、彼は生まれた。
AI anouncer。アイアナは夢を叶える道具だ。
人々の、したい、のための道具。
夢の実現に向けての、 正しい道のりを示す、誘導灯。
『持ち上げる時、ものと体の重心が離れています。もっと体をくっつけて』
『その道は、重機が通ります。迂回してください』
『肩が巻いています。胸を開いて。背筋を伸ばして』
『現場監督です。挨拶を』
彼の耳元には、ひっきりなしに、仕事の指示が飛んでくる。
『交代です。交通誘導の現場に向かってください。進んで。右です』
『車です。左手を水平に上げてください。誘導灯が下がっています。もっと上げてください』
『お疲れ様でした。退勤の時間です。速やかに着替えてください』
『スーパーで半額の惣菜があります。白身魚のフライと高菜チャーハンの弁当です。コロッケも取ってください。カット野菜も取ってください。手前のものから、取ってください』
『入浴中に体のメンテナンスをしてください。腰と足をマッサージしてください。親指の腹で、』
『焼酎を線まで、注いでください。水を注いでください。濃いです。もっと水を、』
『野菜から食べてください。よく噛んで食べてください。一、二、三、』
四、五、六、七、と彼は数えながら、新鮮さを失った野菜を咀嚼する。
コントローラーの八を押す。
ディスプレイには、スポーツニュース。
今日のハイライト。
試合終わりのインタビュー。
スポットライトを一身に浴びた今日のヒーローと、美しいアナウンサー。
女の蕩けるような視線と、マイクを向けられて、
「九回裏。打球は悠々と、ライトフェンスを超え、見事ホームラン。見事チームの勝利に貢献しました、〇〇選手です。今のお気持ちはどうですか?」
「いやー、嬉しいですね。開幕から、あまり調子が良くなくて。今日も、ヒット打てずに、途中苦しい展開だったんですけど、最後の最後に、思った通りの球が来て。諦めずに、ここまで頑張ってきて、良かったなと、思います。みんな、ありがとう」
「どうもありがとうございました。今日のヒーロー、〇〇選手でした」
『チームの勝利ほど、嬉しいものはないですね』
ディスプレイには、再び、今日のハイライト。
ホームランを打った時の映像がインサートされる。
歓声に、右手を大きく挙げて応え、ダイヤモンドを周る選手。
ニュースロゴがオーバーラップされ、CM。
「AI anouncer。アイアナ。アイアナは夢を叶えたいあなたを応援します。公衆監視管理システムから、今のあなたを実況解説。夢への道のりをナビゲートいたします。AI anouncer。アイアナ。ご相談は、お近くの市役所、公民館、オンラインでも、受け付けています」
補聴器のようなものをつけた老人と、一回り小さく同じ形のものをつけた可愛い孫娘とが、戯れる映像。
反対派、その多くの高齢者に向けたCMが流れている。
その後に、建設会社のCM。
幸せな家庭の映像。
そして、酒のCM酒のCM酒のCM。
スポーツニュースは終わったようで、通常のニュースに切り替わった。
AI anouncer。アイアナを利用している人の満足度が非常に高いこと。
自殺率が未利用の人に比べて、著しく低いことを示すニュースだった。
その日も、彼は働いていた。
痛っっつた。
『腰を痛めましたね。重心を近づけないからです。背筋を伸ばさなかったからです。今日は退勤してください。現場監督にはこちらから、お伝えしておきます。速やかに着替えてください』
『スーパーには寄らなくて結構です。いち早く入浴しましょう』
『湯船には、こちらで液体を張ります。空のまま入ってください。浴槽から、体がはみ出ています。体を丸め、浴槽内に体を収めてください』
彼は、痛む腰をかばうように、体を横向きに倒し、胎児のように丸まった。
『どうもありがとうございました。お疲れ様でした。あなたの価値は無くなりました。
キュィィィィィイインと、彼の耳元で、音がした。
こぽこぽこぽ、と、真っ暗な浴室に、彼にはもう、聞こえない音。
ザ・ライトスタッフ あめはしつつじ @amehashi_224
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