温泉で見た美少女の幻覚

夜海野 零蘭(やみの れいら)

湯けむりの美少女

ある年の夏―

俺、遠野隼也(35歳)は疲れ果てていた。


毎日ふりかかる鬼のような仕事に加え、上司との付き合いでの飲み会、難しい顧客との対応など…

この年齢だが、仕事ばかりで不摂生な俺に嫁・子どもはいなくていい。


このままでは、ここ最近の暑さも相まって俺自身がパンクしてしまう。

俺は思い切って、有給休暇を申請した。

会社員として当然の権利なんだから、堂々と課長に提出してやった。


すると、思いの外あっさりと受け入れてくれたんだ。


「遠野。お前を毎日こき使って悪かった。有給でも使って温泉にでも行って来いや」


「ありがとうございます」


「あー、俺も妻と息子たちと旅行に行きたいなあ」


課長も家族との時間がなかなか取れないほど、大変なのだろう。

俺は2日の有給休暇を使って、山奥の避暑地へ旅へ行った。


その観光地は、大きな吊り橋や茅葺屋根のある家の集落、レトロな駅舎など観光名所は多かった。

旅好きの俺は、ドライブがてら至る所を周って楽しんだ。


集落のご飯屋では、普段は会えないような優しいおばあちゃんが、十割そばを振る舞ってくれた。

コンビニで買って食べるそばよりも、麺に風味があって天ぷらも美味しいそばだった。


「お兄さん、この近くに露天風呂があるから、楽しんでいってくださいねぇ」


「ありがとうございます」


おばあちゃんは俺に微笑みかけてくれた。


おばあちゃんが教えてくれ温泉は、こぢんまりとした建物だった。

俺は早速、準備をして露天風呂へと向かった。


露天風呂はちょうど、俺一人しか客がおらず貸し切り状態だった。

近くの山々と青空が目に入りやすく、美しい景色の中で露天風呂を楽しんでいた。


のんびりとしていた矢先に、思いがけないものが目に入ってきた。


なんと、髪をまとめて入浴している黒髪の美少女がいたのだ。

見た感じ、彼女は一人で入浴していて、後ろから豊満な乳がちらりと見えてくる。


(あれ、ここって混浴じゃないよな…?そもそも、男女別々のはずだが)


若干の助平心を持ちつつ、俺は彼女の方へと静かに近づいてみる。

すると、彼女は俺の方を振り返った。

見返り美人ともいうべきか、思わず一目惚れしてしまいそうなほどに、麗しい顔立ちだった。


「あの、すみません…」


緊張しながらも俺が口を開くと、彼女はフッと姿を消した。

どこを見渡しても、彼女の姿はいない。

俺は疲れ過ぎて、美少女の幻覚でも見たのか?


気になって、あとで温泉屋の主人に話を聞いてみた。


「ここの温泉地には、歴史上の偉人が夫婦で足しげく通っていた温泉がありまして、そこがうちと言われているんです」


「…と、いいますと?」


「お客さんが見たのは、おそらく偉人の妻の霊かと思われます。昔は16ぐらいでも嫁ぐ年頃でしたからね」


偉人の妻…俺はとんでもない女性と一緒に、一瞬だけでも温泉に入っていたことになるのか?

恐れ多いが、逆に嬉しく誇らしい気持ちにもなった。


そんな想いを抱えつつ、俺は充実した有給休暇を満喫したのだった。


正直な気持ちをいうと、今度は未来の彼女と混浴をしたいものだ。



終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

温泉で見た美少女の幻覚 夜海野 零蘭(やみの れいら) @yamino_reila1104

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る