先輩

田中ソラ

本編

「茉由ー今日も工藤先輩のファンクラ集まりいかないの?」

「行くわけないじゃん。入ってるのもあと腐れないようにしてるだけ。目付けられたら面倒じゃん」

「それはそうだけどさ……あの工藤先輩の顔見たら惚れない女いなくない?」

「ここにいます」


 私の通う高校には国民的俳優にもなれるほどの美貌を持つ生徒がいた。ひとつ上の工藤春彦くどうはるひこ先輩。校内ファンクラブはおろか先輩目当てで入って来る生徒も多数いるほどで。この町の有名人だった。先輩が有名になったのはバスケがきっかけ。少女漫画みたいな王道展開だ。

 そんな工藤先輩に全く興味がない私は、飯塚茉由いいづかまゆって言います。この高校に入ったのも家が近いから。こんな面倒な人がいるなら別の高校を選んだよ。


 友達も工藤先輩に惚れ惚れしている。流石に追いかけるほどではないがそれでも恋人になれたらいいなって思うぐらいには好きらしい。


「工藤先輩ー!」「キャー!」


「耳が割れる……」


 先輩が廊下を歩いただけで叫ばれる始末。思わず耳を覆うがそれでも貫通してくる甲高い声。頭が割れそう。


「飯塚は相変わらずだな。工藤先輩のこと全く興味なし」

「当たり前じゃん。誰があんな人気な人に興味を抱くのよ」

「ミーハー女子っていんの。ここのほぼ全女子生徒みたいに」


 隣の席に座る加藤陽かとうはるは私の工藤先輩に興味がないことを知っていた。知っていたというよりはバレた。そりゃあれだけ騒いでいる中ひとりだけ耳を塞いでいたら分かる人には分かるだろう。

 加藤は工藤先輩と同じバスケ部。時々先輩がこの教室に来ることで加藤の存在は女子の中で神的存在になっているほどで。加藤も工藤先輩ほど顔がいいのにどうしてモテないか本人に聞いたことがある。

 そしたら。

「俺は工藤先輩みたいにバスケ上手くないから」

 なんて言った。顔がいいのは認めるんだねってちょっと呆れた。そんな日も少し前の話。


 やっと工藤先輩が通り過ぎたのか叫び声が止む。声援中にチャイムが鳴っていたのか担任が教室の中央で気まずそうに立っている。工藤先輩の人気は先生でも抑えきれないため放置するしかない。先輩本人がその人気に天狗になっているわけでもなく月に1度菓子折りを持って職員室を訪れていることから黙認されることになったのだ。なんなら先生も工藤先輩に惚れ惚れしているほどで。この学校にはあきれてしまう。


「今日は保健委員の委員会があるから飯塚忘れんなよー」

「えなんで? 委員会ないって言ったじゃないですか! だから入ったのに」

「茉由どんまい!」


 月に1度行われる委員会がないから、委員会に渋々入ったのに集まりがあれば意味がない。4月から1度も行われていなかったから誰がいるか把握もしていないし。仲いい子いたらいいけど……。




 放課後。私は3ーAの教室に入る。3年の教室は上の階にあるので新鮮だ。黒板にはどこに座るか指定されているのでその位置通りに座る。一息ついて知り合いを探そうと目を回したその時、一番前に座る工藤先輩を見つけてしまった。私はチャイムと同時に来たから早いほう。先輩はこのクラス。そして保健委員はクラスにひとりしかいない。

 工藤先輩とふたりきりだ。まずい、まずすぎる。教室の窓も扉も全部閉まっているとはいえこの状況を見られれば、もしファンクラブ会員に見られればどうなる? 抜け駆けとしてリンチされる。


 私が鞄を持って教室を出ようとしたとき。綺麗な声が聞こえて来た。


「飯塚さんだよね?」


 この教室にいるのはふたりだけ。私は話していない。ということは……。


「えっと、どうして知っているんですか」


 工藤先輩が私のことを知っている。顔と名前が一致している。なんで?

 特に目立った行動もしていないし工藤先輩と話したこともない。バスケ部の応援に行ったわけでもないしバスケ部と関わりなんて……。


「加藤くんが教えてくれたからね。B組に面白い子がいるって」

「加藤が……」


 戦犯は加藤だった。明日絶対殴る。なんならジュース奢らせる。

 ありえない。なんで工藤先輩に私のこと話してるの。面白い子ってなに。工藤先輩本人に目を付けられちゃ今まで頑張って来た努力が無駄になるじゃん。


「加藤くんがあれだけ言う子だからね1度話してみたかったんだ。よかった、委員が一緒で」

「はあ」

「そっち行ってもいい?」


 いやいやいや。ここには今から保健委員が山ほど来るんだぞ? ふたりきりなのに隣同士に座ってたらおかしいでしょ。そう思っていたのに工藤先輩は隣に座る。

 許可してないよ?


「飯塚なにさん? 下の名前教えて貰ってないんだよね」

「……飯塚茉由です」

「茉由ちゃんか。可愛らしい名前だね」

「先輩。委員会始まりますよ。席に戻ったらどうです?」


 名前を可愛いと言われたのはこの際どうでもいい。親に感謝―って感じだから。

 今はとにかく先輩を隣から退けなければならない。廊下は騒がしい声で溢れているしいつ扉が開かれるか分からない。心臓のばくばくが止まらない。


「……茉由ちゃんって、僕のこと好きじゃない?」

「はい?」


 今なんて? 僕のこと好きじゃない?

 好きなわけあるか。自意識過剰にもほどがある、なんて思ったけどあれほど騒がれてちゃみんな自分に好意があると思っても仕方ないか。私は力の籠っていた肩の力を抜き、溜息を零した。


「先輩のことは好きでも嫌いでもないです。普通です」

「ふつう」

「そうです。加藤の部活の先輩ってだけです。だから早く席に戻ってください」


 ぽけっとした先輩を無理やり立たせれば先輩は自然と元の席へ戻った。

 すると他生徒が入って来て私はぎりぎりこの危機を乗り越えることができたようだ。安堵の息を漏らす。すぐに委員会は始まって、来週の水曜にゴミ拾いの手伝いをすることが言い渡された。水曜バイト入ってるし無理じゃん。


「先生。水曜予定がある場合ってどうしたらいいんですか」

「別日に振り替えだな。予定がある奴は前もって言えよー別日も1日しか作らないからその日に来れなかったら困るからな」


 別日があるならそこでいいや。なんて思った過去の自分をぶん殴りたい。

 翌週の金曜。振り替え日に来た保健委員は私と工藤先輩だけだった。


「この道沿いを頼むぞ。車は滅多に通らないと思うが自転車とバイクに気を付けろよ」

「先生。この場所以外ってないんですか?」

「ないな。ふたりで頑張れ」


 無理です。嫌です、絶対やばいです。

 なんでこうなった? 工藤先輩はどうして振替日にいる? バスケ部ってそこになにかあったっけ? 殴った加藤は特に何も言ってなかったし大会シーズンでもない。ってことは私用?

 私用が被るのは奇跡すぎる。そんな奇跡望んでない。神様、いりません。


「頑張ろうね。茉由ちゃん」

「……はい」


 学校の裏は土手になっていて緩い川が流れている。表側、つまり正門があるほうは真っ直ぐ駅に繋がるのでそちらを通る生徒は多いが裏門から出る生徒は少ない。土手沿いにはほぼ一通状態の車道しかないので人通りも少ない。その為この状況を見られた場合、いかがわしいことを疑われても否定できないような状況なのだ。


 私は先輩の持つトングとゴミ袋をひったくる。こうなったらさっさと終わらせて帰るしかない。一往復すれば帰っていいので私は速足で土手を進む。


「茉由ちゃん。ちょっと待ってよ」

「私この後も用事があるので早く終わらせたいんです。先輩は後ろを着いてくるだけでいいですから」


 これであれば私がせっせとゴミ拾いをしているだけに見える。まあ、悪くないだろう。

 でも先輩はそうさせてくれなかった。トングを持つ私の手を掴む。


「茉由ちゃんひとりでするのはダメだよ。僕もしないと」

「大丈夫です。ひとりのほうが早く終わりますから。この後部活戻るんですよね? なら早い方がいいですよね」


 手を振り払い足を進める。後ろからは静かに着いてくる先輩の足音が聞こえる。

 これでいい。そして私のことは茉由ちゃんと呼ばず忘れてくれ。頼む。


 ゴミ拾いはすぐに終わり先生にゴミ袋とトングを返す。早く終わったことに疑問に思ったそうだが用事があると言えば納得した。私はそのまま先輩に会釈して下駄箱に向かう。もう17時に近いので部活以外で残っている生徒はほとんどいない。教室に戻って鞄を取る。体操服でゴミ拾いしていたので制服に着替えなおすのが面倒でそのまま帰ることにした。ゴミ拾いしてたって言えば帰宅部でも許してくれるだろ。

 下駄箱に戻るとそこには工藤先輩の姿があって。今度はなんだ。


「茉由ちゃん」

「先輩部活に戻ったんじゃないんですか? こんなところでどうしたんですか」

「……茉由ちゃんは僕のこと普通って言ったよね?」

「はい。そうですけど」


 それが何なんだ。普通って言ったことまずかったか?

 先輩の顔は逆光により見えない。そのまま黙り込んでしまった先輩をそのままに靴を履き替えるためロッカーを開くと腕を掴まれる。本日二度目だ。


「……なんですか」

「僕、茉由ちゃんのこと好きです」

「はい⁉」


 なんか展開早くないですか? え? なんで?

 どこが先輩に引っかかった? 別に顔が可愛いわけでも性格がいいわけでもない。先輩のこと特別扱いしてないし、なんなら普通って言って若干貶したぐらいで……。


「僕のこと普通って言って特別扱いしていない君が気になって。今日で確信した。普通の男として、ただの先輩として扱ってくれる君に惚れたよ。付き合ってほしい」

「……無理ですぅ!」


 そこが引っかかったのか! まさかすぎるだろ!

 私は先ほどと同じように先輩の手を振り払って、逃げるようにその場を立ち去った。これからの自分がどのような対応を受けるか、怖すぎるからだ。


「加藤‼」

「うわびっくりした。なんだよ」


 私は晩御飯も食べて、寝る準備万端にして加藤に電話をかけた。

 こんなこと話せる人は加藤しかいない。なんなら原因を作ったのは加藤だ。相談ぐらい聞いて貰わないと困る。


「……ってことなんだけど」

「工藤先輩やるなあ! かっこよすぎるだろ」

「そういうことじゃない! 私この学校で生きていけないって。リンチ確定だよ……」

「まあリンチは確定だとして、工藤先輩と付き合って守って貰えばいいじゃん?」

「は? あの人と付き合う? ありえないんだけど」

「顔良いし性格いいし好きって言ってくれてるんだぞ? それに今まで彼女作ったことないってことは一途ってことじゃね? 好きじゃなくても付き合えるだろ」

「あんたの価値観に私ドン引きなんだけど」


 加藤はいい案を全然出してこない。むしろ付き合えってごり押ししてくる。

 リンチ確定だし、先輩と付き合ったらそれこそ更なるリンチが待ち受けてることこそ分かり切ってるのになんでそこ進めるわけ?

 これが男と女の価値観の違いか……。


「ま、工藤先輩の出方にだけ注意しとけば? 人前でアピールしてこないかもしれないじゃん」

「……それフラグじゃなきゃいいけど」

「やべ。フラグ建設したからそうなるわ」

「最低!」


 ゲラゲラ笑う加藤に腹が立って電話をぶち切った。

 明日どうなるか怖すぎる。もう無理、不登校になりたい……。



******************************************



 翌朝。登校している生徒に怯えながら校門を潜る。今のところ特に害はない。

 だがロッカーを開けるとそこには一枚の封筒が入っていた。宛名は私。宛先は工藤春彦。


「げ」


 古典的に攻めてくる感じ? この手紙絶対落とせないじゃん。私は誰にも見られないように手紙を鞄の中に突っ込む。だがこの方法であれば先輩の好きがバレることはないはず。

 安心して教室へ行くと私の机の上に一枚の封筒が置いてあった。そこには宛名はあるが宛先はない。筆跡はさっきと一緒。


「茉由ラブレターじゃん! この時代に珍しい」

「あはは……果たし状かもよ?」


 むしろそれであってほしかった。果たし状の方が何倍もいい。

 手紙を開くことは多分ないだろう。どんなことが書かれているか考えたくもない。本当に普通のただの先輩。恋愛感情はわかない。工藤先輩に恋するぐらいなら……。


「お? それ例の人から?」


 朝練終わりの加藤が登校してきた。手紙を覗き込んだ彼の腕を掴む。

 この際恥とかは関係ない。私の、この学校生活に関わるんだ。辱めにあったほうがいい。


「加藤! 私と付き合って!」

「はあ⁉」


「なんで?」「飯塚ちゃん大胆……」「加藤羨ましいぃ!」


「ちょ、待って。俺無理だって!」

「無理とか、こっちのほうが無理! 昨日全然考えてくれなかったもん。自分で考えた結果こうすることに今決めた!」

「俺先輩になんて顔向けしたらいいんだよ⁉」


 加藤と工藤先輩の関係なんて興味ない。自分の保身のためだけに走ることに決めた。

 先輩には悪いけど好きになった女はこんな奴です。見る目ないです。だから諦めてください!



 なんてことは起きず。加藤が先輩にチクってしまったのか先輩は過激な行動に出てしまって。


「茉由ちゃん。好きだよ」

「えっと」


 加藤に告白したのは判断ミスです。すみませんでした。

 先輩は廊下のど真ん中で私を見つけて好きだと告げる。周りの目が痛い。視線だけで殺されそう。ついにリンチがきた……。


「付き合ってほしい。どうしてもだめなの?」


 はいとも言えない。いいえとも言えない。逃げることも隠れることもできない。

 え、詰みました。




「飯塚茉由だっけ? 春彦くんに告られてさぞいい気でしょうね」

「なんでこんな芋臭い女好きになってるわけ? どんな色目使ったんだよ」


 まあ、現実はそう上手くいくことはなく。上級生に詰められる。

 第二ボタンまであけたシャツ。あと少しでパンツが見えそうなほど短いスカート。綺麗に巻かれた髪に崩れと知らないメイク。工藤先輩のために綺麗にしている人ばかり。

 先輩はどうして自分のために着飾ってくれる人を選ばないんだろう。自分を避けるために別の男に告白する女なんて、やめてくれればいいのに。


 どれだけ日が経っても先輩は私を諦めてくれなかった。

 夏休み。最後の大会の日。体育祭、文化祭。全部の行事を先輩は私に捧げようとした。ファンクラブ女子も次第に先輩の真剣さに負けて先輩の恋を応援するようになった。

 工藤春彦が好きな子と付き合えますように、って。私はなんでこんなに人のことを無下にしないといけないんだろう。罪悪感でいっぱいになる。


「茉由ちゃん」

「はい」

「しんどいよね。僕にずっと告白されて。でもね、僕は諦める気ないから」

「……なんで、ですか。先輩のこと興味ない子はこれから出てくると思います。私よりも可愛くて、できる子が先輩のことを普通だって認めてくれます。なんで、私なんですか」


 思わず零れた本音。先輩の未来には、先輩に似合う女の人が沢山いる。その中の女性を先輩が選ばないことはない。分かってる、私よりもかわいい子なんて山のようにいるし私だけが先輩のことを普通だって思ってるわけじゃないって。

 でも考えれば考えるほど先輩がどうしてここまで一途に思ってくれるのか分からなくなった。何回振られたんだろう。どれだけ月日が経ったんだろう。先輩はあと四日で卒業するのに。もう、ここで会えなくなるのにどうして諦めてくれないんだろう。


「僕はね、茉由ちゃんが好きなの。茉由ちゃん気づいてた? いつからか僕のことを見る〝瞳〟が変わってたよ。僕はその瞳を信じてた。だからここまで頑張ってこれたんだよ」

「……先輩。好きです」

「うん。僕も好きだよ。振り向いてくれてありがとう」


 今まで嘘ついてごめんなさい。

 先輩の未来を、未来で出会う全ての女性のことで否定してごめんなさい。


「好きになってくれて、ありがとう」


 私、飯塚茉由は工藤春彦のことが大好きです。

 いつからか、先輩の一途な気持ちに負けてました。

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先輩 田中ソラ @TanakaSora

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