第二話

 これは嫌味に気づいていない。なんということか。予想に反し、メリーノは食い気味に話し始めたのである。

「あの装いは一体なんだというのだ。この世のものとは思えない美しさではないか! 似合うどころの話ではない」

 唖然とするのは今度はクルサートルの方だった。メリーノはクルサートルなどいないかのように熱に浮かされたように矢継ぎ早に続ける。

「いや、美しいという形容では陳腐すぎる。凛として芯がありながらたおやかで楚々と……私は迎えた瞬間、我欲を抑えるので必死だったぞ」

 むしろクルサートルは罵言が飛び出そうとするのを抑えるのに必死である。この男は何をしでかすか分かったものではない。今夜の客間も、賓客として個室を与えられるのは当然なのだが、こうあっては小癪にもわざわざ寝所を分けられてしまったと思えてくる。

 ――主の居室との距離はどのぐらいだ……?

 本当なら一晩、共にいてやれればいいのだが、悲しきかな、長年の所業ゆえの罰か。異国で、しかも自分の客室を持つクルサートルがいたら不審に思って一晩中でも警戒して寝ないのがセレンである。

 今夜はセレンに誰が来ようと部屋の扉を絶対に開けるなと固く言い渡しておかねば。

 そう計画を固めている傍らで、メリーノはまだ興奮冷めやらず喋り続けている。

「あの服を仕立てた職人が欲しいくらいだが……自制が効かないくらいそそられる。今こそすかした顔して黙っているが、貴殿もそうだろう!?」

 クルサートルは返事の代わりに盃の酒を一気に飲み干した。

 ――こいつ、この場で斬っておこうか。

 殺意が芽生える。国際政治上だけでなく、セレンがカタピエを友人と思っている以上、実行できないのが惜しい――そして何より、図星と認めてなるものか。この男と同類だと思うのが嫌である。

 ――いや待て、メリーノならあのセレンを前にすれば自分とは別のもっと行き過ぎた行動を……

「あのような彼女を前にしては、抱きしめて口付けをしたい衝動に駆られるのを我慢するなど拷問ではな」

「恐れながらたとえ無礼講とは仰ってもそのような発言をなさるのはどうかと!」

 ちょうどたった今、メリーノからだけは聞きたくなかった台詞である。立場も倫理もなければ喉を掻っ切っているところだ。

 だがクルサートルの叫びも虚しく、しかも殺気にすら気づいていないらしい。

「何を聖人ぶっているのだ! 自分は関係ないというフリがかえって白々しい。貴殿こそ耐えられたかどうか知れぬな!」

「私のことはいまはどうでもいいだろう!」

「それみろ否定しないではないか! 上手いこと嘘でもついたらいいものを」

 してやったりと指差す代わりに酒盃の口を向けられて、ぐっと詰まる。切り返しを間違った。咄嗟に誤魔化せる人間を心底尊敬する。

 これは相対するだけ不利だ。しかし沈黙を決め込むのも負けを認めるようで癪である。

 ただ幸いなるかな、クルサートルが対応に迷っていると、メリーノは一旦決着がついたと思ったのか、またしても長く吐息して庭へ視線を移した。どちらかといえば草木を愛でるというより、記憶を反芻しながらのような恍惚とした目つきなのが気になるが。

「しかし……彼女には本当に敬服するな」

 また話が戻るのか、とうんざりしたが、今度は突っかかってくる様子もない。酔いで何を思い出したのか知らないがただの独白だ。もう面倒臭いからこのまま適当に相手の気が澄んで退散するまで言わせておこう、とクルサートルは肚を括った。

 案の定、メリーノはクルサートルに話すふうでもなく、先ほどまでの勢いも萎ませてぼんやりと話し続けた。

「宴の場で周囲に合わせて歓談はしているが、常に警戒しているではないか? 神経が研ぎ澄まされて一瞬たりとも緩んでいないのが見ていてもわかるぞ」

 一瞬たりとも目を離してなかったのか、と何度目になるかのセレンの身の危険を感じる。どちらかというとこの男はここに引き留めておいた方が安全だろうか。少なくとも同じ宴の場に戻らせるより、得策な気がする。酔いで眠気に負けるまで付き合ってやればセレンは安全だろう。

 そんなことを考えていると、メリーノはどこを見ているのか、上空を仰いでため息混じりに呟く。

「常に己を律して毅然と立っている姿がこれまた美しいのだが……誰しも固く閉じた心を解く時間も必要だろうに、私はあの娘が完全に気を緩めて休むさまが想像できないな。そんな時は皆無かとすら思えてしまう」


*第三話に続く*

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