神絵師の癖

タダキ

第1話

「神絵師の腕を食べる」という言葉がある。

 SNSなどのインターネット上でイラストや絵を投稿する者を「絵師」といい、その中でも優れた者を「神のように上手い」という評することから「神絵師」と言われていた。

 そんな神絵師の腕を食べれば、自分も上手くなる。というネットミームである。


 もちろん、そんな話を真に受ける人間はいない。

 だが、東条栄一は違った。

 神絵師である「ポテト男爵」を殺害し、その腕を食べたのだ。

 

 半年ほど前、東条がアルバイトをするコンビニに「ポテト男爵」が現れたことから始まる。

 同人誌即売会でポテト男爵の顔を見知っていた東条は、税金の支払用紙から住所と「高田誠」という名前を知った。

 東条はほぼ面識のない高田を殺害し、両腕を切断して残りを山中に埋めたのだった。

 すべては自分が神絵師と呼ばれるため、大好きな絵で食っていくためだった。


 そして現在。東条はポロアパートでパソコンに向かってイラストを描き続けていた。

 結果として、東条の技術は格段に上達していた。

 頭で思い描いたものを、それ以上の出来で実体化できていた。

 それは絵を描けば描くほどに馴染んできて、今では右手が半自動的に動くようになっていた。

 以前は、50人に届かないSNSのフォロー数も、もうすぐ10万人に届きそうな勢いで増え続けていて、東条も念願の「神絵師」と言われる存在になっていた。

 

 ただし、気をつけないといけない点がある。

 それはポテト男爵の絵の癖である。

 右手の動くままに任せていると、それが色濃く出てしまう。特に脚を描くときには気をつける必要があった。

 

 東条は一区切りついたところで伸びをした。

 今は、次の同人誌即売会に販売するイラスト集のラストスパートであった。

 敷きっぱなしの布団へ東条は寝転がった。

 寒風が窓ガラスをガタガタと鳴らすなか、新聞配達のバイクの音が聞こえている。

 東条はリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。 天気予報が今年最大級の寒波の到来を告げていた。

 ――即売会は晴れるかな。

 そんなことを思いながら東条の意識は眠りへと落ちていった。


 東条が目を覚ますと、窓の外は暗いままであった。

 眠ったのは一瞬だったのかと思ったが、つけっぱなしのテレビは夕方のニュースを放映していた。半日ほど眠っていたようだ。

 政治家の不適切発言のニュースが終わり、次のニュース画面を見て東条の眠気は一気に消し飛んだ。

 高田の遺体が発見されたという内容だった。

 正確には遺体は二日前に発見されており、身元は今朝判明したという内容だった。

 忙しくてニュースを見ていなかった東条には寝耳に水である。


 呼吸が浅くなり、冷たい汗が脇の下を流れるのを感じた。

 東条は天井を見上げて目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 

 ――大丈夫だ。ポテト男爵との面識はほぼゼロといって等しい。コンビニの店員と客の関係でしかない。連絡先の交換どころか、会話だって必要最低限のことしかしていない。

 「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 文字通り自分に言い聞かせた東条は、今度はゆっくりと息を吐いた。

 何度か深呼吸をした後、目を開けて上体を起こした。

 そして、室内の異変に気づいた。

 パソコンの前に見覚えのない女性物のブーツが並んでいたのだ。

 ロングやショート、エンジニアブーツのようなゴツい物もある。色もバラバラであったが、それらはすべて使用形跡があった。

 全部で五足。いや、五足と数えるのは正しいか分からない。なぜならすべて右足の物ばかりだったからだ。


 最初は誰かのいたずらかとも思ったが、そんなことをする友人はいない。

 高田の遺体が発見されたことと、この謎のブーツ。たとえ徹夜続きでなくても、この状況では頭が回らない。

 

 そのとき、ドアがノックされた。

 困惑する東条を見計らったかのようなタイミングに全身がこわばった。

「警察です。東条さん、少しお話を聞かせていただけますか」

 全身から血の気が引いた。

 

 ――どうして警察が?

 

 あまりの立て続けの出来事に東条はパニック寸前になった。

 そのとき、テレビのニュースが高田に関する追加情報を報道した。

「――捜査関係者の話では、高田さんの自宅から大量の女性物のブーツが発見された、とのことです。それも右足の物ばかりだそうです。これが事件に――」

 東条の口から、声にならない乾いた笑いが漏れた。

「……そんな手癖まで」

 東条はじっと両手を見つめた。

 ドアをノックする音はだんだんと大きくなっていった。

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神絵師の癖 タダキ @kakukyomu

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