オリジナル小説 短編集

てす

vol.1 叶わない願いを星に託す

 草木も揺れない寂しい廃墟で、少年は空を見上げる。細身の体を包む服は黒色で、腕や足を隙間なく包んでいる。靴はところどころ泥で汚れていて、少年が長らくこの何もない世界で旅をしてきたことを示していた。

 かつて緑が生い茂り、昼夜ともに人々が行き交っていたはずのこの世界。人類史上、最高潮とでもいえるほどの文明を築いた時代は、とある戦争を機に、全てが全てが焼け焦げて色を失ってしまった。

 かつての栄華の名残が残る、高層ビルの跡地で少年は空を見上げていた。夜の空に散らばった星は、地上の光景など気にせずにちかちかと瞬きを繰り返していた。

 少年はゆっくりと空から視線を戻すと、服のポケットを漁った。がさごそ、という音とともに出てきたのは手のひらにのるほどの小さなアルバムだった。

 ばらり、とページを捲るとそこには廃墟に立っている少年と、もう一人の少年が笑顔で映っている写真。写真に映るもう1人の少年は、赤いTシャツを着ていた。背景に写っているのはどこまでも広く、青い海。赤いTシャツを着た少年はビーチボールを手にしていた。

 しばしそれを見つめ、黒い服の少年はぽそり、と写真の中の少年へと呼びかける。

「ご覧、星が綺麗だよ」

 少年はしん、とした世界の中耳を澄ます。

 何も聞こえない。人の声は一切なく、かすかに虫の声がするだけだ。そんなことは百も承知だった。彼はもう、この世界にはいないのだから。だけど、もしかしたらって、そう思ってしまった。あまりにも星が綺麗だったから、君に見せたくて。

 黒い服の少年は静かに首を振ると、ぱらり、と再びページを捲る。今度は満点の星空を背景に、赤い服の少年はピースをしていた。今度はTシャツではなく、長袖を着ている。

 赤い服の彼は、黒い服を着ている少年の友人だ。惨劇が起きるその直前まで、黒服の少年は護衛も兼ねて、赤い服を着た彼と一緒に公園で遊んでいた。その日もいつもどおり、夕暮れになったら帰る予定だった。

 帰る少し前、空がやたらに赤く光った。まずい、と黒服の少年が、赤い服の少年に覆い被さるも時は既に遅く。次の瞬間にはただ黒い跡だけが残っていたのだ。

 黒い服の少年は、いわゆる人造人間、と呼ばれるものだった。

 完全な機械と違い、クローン人間を元にしているため、人間のように豊かな感情を持っており、戦争が起きる前の世界では友達や恋人として人間と暮らすことが多かった存在だ。

 また、ある程度の防衛機能を搭載していることから、人造人間は親が多忙だったりして目が行き届かない子どもの友達兼護衛係としてもよく使われていた。

 赤い服の少年はまぎれもない人間だった。あの日、突如放たれた熱線で目を灼く光となって消えてしまった。後ほど知った詳細によれば、あの光線は隣国への威嚇射撃だったらしい。公園に放つ予定はなく、たまたま計算を誤ったことによる誤射だったそうだ。なんと不運なことなのだろう。彼は不幸な偶然で命を落としたのだ。

 同じように光線を浴びた黒い服の少年だったが、人造人間であったこと、特に黒い服の少年には他のモデルに比べて類まれなる防衛機能が備えられていたことで、黒い服の少年だけは生き残ったのだった。

「どうせなら僕が消えればよかったのに。クローンなんだし。変わりはいくらでもいるさ」

 人造人間は吐き捨てるように呟いた。

 そして、再び空を見上げる。一層色を増した空には、さっきよりも数多くの星が、ちらちらと光ってはその存在を主張していた。ひときわ輝く星を見つめ、人造人間の少年はふいに目を細める。

 アルバムの、いま開いているページの写真を撮った時には、ふたり一緒に見あげたその先で流れ星を見つけた。また見つけることができたのなら、かつての想い出に浸れるのではないか。そんな淡い期待と幻想をこめて星々の間へと目を懲らす。もっとも、例え見つけたとして、浸るだけで、決してあの日々は戻ってきやしないのだが、そのことは今は考えないことにした。

 ぐるりと空を仰ぎ見て、上へ下へと忙しなく視線を動かす。なかなか見つからない、もしかして時期が悪いのだろうか。そう思った矢先。

 きらり、と視界の端で光るものが通り過ぎた。

 慌ててそちらを見やるもすでに光は消えてしまっていた。肩を落とすもつかの間、再び空を見上げた視線の先、煌めく星々の中で一筋の線が走る。

 間違いない、流れ星だ。

 

「……また、君と遊べますように」

 少年は早口で三回同じ言葉を繰り返した。平和だったあの世界で聞いたことがある。流れ星が消えゆくまでに三回同じ願い事を繰り返すことができれば願いが叶うのだと。

 友達だった、否、今もこれからも友達の少年は既にこの世にいない。だからこれは絶対に叶うことのない願いなのだ。

 そうは分かってはいてもやめることはできなかった。

 星が流れていった先をしばし見つめ、人造人間の少年はゆっくりと歩き出す。足元の、ビルだったものの破片と、石が混じりあってはざり、と音を立てる。

 人造人間は構わず歩き続ける。どこへ行くとも分からないまま。この先に何があるとも知れぬまま。

 再び流れた星が彼の後を追うように、すぅ、と光の筋を描いては消えていった。彼は、1度だけ振り返ると、唇を噛んだ。前へと向き直ると、その後は振り返らず、荒廃した世界をただ歩いていくのだった。

 

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