第11話 警察

「君、ちょっといいかな?」

「はい?」


 アスモデウスを見つけるために繁華街を歩き回っていると、聞き慣れない男性の声に呼び止められる。


「……って、警察⁉」

「うん?」


 紺色の服の上に付けた黒色の防弾チョッキ、そして金色の星型バッチが特徴的な紺色の帽子。振り向いた先に居たのは、誰がどう見ても警察の特徴を兼ね備えた男性の姿だった。


「その制服、紅摩学園の子だよね? まだ放課後には早いと思うけど、こんな所で何をしているのかな?」


 警察は各地区の治安維持から果ては悪魔退治まで、殺し屋と同じぐらいには危険な仕事と言われている。


「そ、その……俺は今、任務中で」


今はパトロール中なのか、警官は警棒片手に俺の事をじっと見つめていた。


「任務? ということは君、B級以上の殺し屋なのかい?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……」


 まだ殺し屋としてのランクすら付いていないなんて言えば、この警官は即刻俺をサボり魔認定してくることだろう。


「あの、この辺りで悪魔の目撃情報ってありました?」


 そんな不名誉な称号を退けるためにも、今も見つかっていない悪魔について聞いてみることにした。


「そうだなあ。昨日はC級の悪魔が出たけど、殺し屋さん達のおかげですぐに退治されたし」

「……?」


 アスモデウスの手で既に三十人以上もの人が犠牲になっているというのに、目の前の警官からは深刻さなどといったものが一切感じられない。


「そもそも、この辺りは天使様の御力でもある『聖気』の結界が張られているからね。悪魔なんて早々現れはしないよ」

「で、ですが実際、アスモデウスのせいで八十八番地区だけでも大勢の犠牲者が」

「アスモデウス?」

「え……」


 警官は不思議そうに、知っている筈の名前へ首を傾げている。


「初めて聞く名前だが……一体どんな悪魔何だい?」

「ど、どんな悪魔って、本当に知らないんですか? A級の悪魔なのに?」

「いや、知らないね」

「……そんな」


 警官の言葉に違和感を覚え、改めて周囲の雑踏を見渡してみる。しかしながら、そこにあるのは変わらない人々の賑わいだけだ。


「で、でもアスモデウスは本当にいるんですよ! 現に俺達は、学園理事長直々に任務を受けて来たんですから!」

「……ふむ、嘘を吐いているわけでもなさそうだ」


 警官は首を縦に振ると、胸元に掛けていたトランシーバーを手に取る。


「こちらPM889。担当地区内でA級悪魔が出現した可能性あり、至急応援を」

「……?」


 アスモデウスを探そうと街並みを見渡していると、いつの間にかトランシーバーへ呼びかける声が止んでいた。


「……え」


 警官がいた方へ振り返るものの、そこに既に人の姿はない。代わりに白煉瓦の地面を埋め尽くしているのは、落ちる雫により円状の波紋が作り出されている赤色の水たまり。


「あ、あいつは……」


 雫の出所を探ろうと動かした視線の先、地面から十メートル程高い場所にそいつはいた。


 羊の角に牛の顔、そして蝙蝠の翼など写真で見た通りの特徴をそのまま携えた、全長二メートル程はあるであろう人型の悪魔。指先にある爬虫類のような鉤爪は、今この瞬間も頭部から少しずつ食われている警官の身体を抱きしめるように突き刺していた。


「アスモデウス……!」


 討伐対象である悪魔を前にした途端、脚が竦むようにして震えだす。


 既に鼻より上の部分が食い千切られている、先程まで何気なく会話を交わしていた警官が。今まで当たり前のように存在していた命が、何の前触れもなく目の前で失われていた。

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