翼の騎士の夢が覚める時

シエシルテロップ

翼の騎士の夢が覚める時

「アルト、早く!」


「待てよ、エリオ」


 二人は剣を手に走った。彼らは村の近くにある森の中で、剣の稽古をしていた。


「アルト、俺は絶対レジディア王国の騎士になるんだ。家族とこの国を守るために戦うんだ。そしていつか王様の騎士になるんだ」


「俺も、家族の為に騎士になるよ。俺も王様に信頼される騎士になるんだ」


 エリオとアルトは幼い頃からの親友であり、同じ夢を持っていた。それは王国の騎士になることだった。


 レジディア王国は大陸の南東に位置する小さな国だったが、その歴史は古く、その文化は豊かだった。レジディア王国の騎士は正義と平和を守ることを誓い、王や民に忠誠を尽くしていた。レジディア王国の騎士団の紋章は翼を持つ騎士であり、それは希望と忠誠の象徴だった。


 エリオとアルトはその紋章に憧れていた。彼らは自分の家族や村を守るために強くなりたいと思っていた。


「おじさん、今日も教えてよ」


「いいよ。気の済むまでやろう」


 彼らは村の近くに住む老剣士から剣術を教わり、毎日一緒に練習していた。


「ほらほら、アルト。もっと速く走れよ」


「ちょっと待てよ、エリオ。お前は足が速すぎるんだよ」


 エリオはアルトを連れて森の中を駆け抜けた。彼らは森の奥にある小さな池まで来ていた。そこは彼らがよく遊んだ場所であり、彼らが秘密基地と呼んでいた場所だった。


「よし、着いたぞ」


「やっとか」


 エリオは池のほとりに座って、アルトを見下ろした。エリオはアルトよりも背が低く、髪は白く、目は空のような青色だった。アルトはエリオよりも背が高く、髪は黒く、目は海のような青色だった。


「さあ、稽古するぞ」


「あぁ」


 アルトは池のほとりに立って、剣を構えた。エリオも剣を構えて、アルトに向かって突進した。二人の剣が激しくぶつかり合った。


「これで終わりにしてやる」


「まだだ」


 エリオはアルトの攻撃を受け止めて、反撃した。アルトもエリオの攻撃をかわして、切り返した。二人は互いに技や力を競って、汗だくになって戦った。


「どうだ?この一撃!」


「くっ!」


 アルトはエリオの腹部を狙って斬り下ろしたが、エリオは剣で防いだ。しかし、その隙にアルトは足払いをかけて、エリオを倒した。


「やったぞ!勝ったぞ!」


「ずるいぞ!」


 アルトは筋肉がなくなったようにうつ伏せになったエリオの横に立って、得意げに笑った。エリオはアルトの顔を見て、悔しそうに唇を噛んだ。


「今日の勝負は俺の勝ちだな」


「まだ終わってないよ」


 エリオはアルトの腕を掴んで、彼を引きずり下ろした。そして、彼に抱きついて、池に落とした。


「ぶわっ!」


「ぎゃっ!」


 二人は池に沈んで、水しぶきを上げた。二人は水の中でもみ合って、笑い声をあげた。


「お前はずるいな、エリオ」


「お前こそずるいよ、アルト」


 二人は池から上がって、互いに水をかけあった。二人は仲良くながらもライバルであった。二人は互いに切磋琢磨して、成長していった。


「さてと、今日の稽古はこれで終わりかな」


「うん、そうだね」


 エリオとアルトは池のほとりに座って、服を絞った。


 彼らは夕日を見ながら、話し始めた。


「なあ、エリオ」


「ん?」


「お前、騎士になりたいか?」


 アルトはむしった草を池に投げながらエリオに聞いた。


「もちろんだよ。お前もだろ?」


「うん。俺も騎士になりたい」


「だよな。俺たちは騎士になるんだ。レジディア王国の騎士になって、王や民を守るんだ」


 エリオはそう言って夕日に手を伸ばした。


「そうだよ。俺たちは騎士になって、家族とこの国を守るんだ」


「必ず一緒に騎士になろうな」


 二人は夕日に向かって拳を突き上げた。


==========


「ようこそ、レジディア王国騎士団へ」


「ありがとうございます」


 エリオとアルトは王城の中庭で、騎士団長のハートに礼を言った。


 二人は十五歳になった時に、騎士団に入団する試験を受けて、見事に合格したのだ。その日から、騎士候補生として、王城で暮らすことになった。


「お前たちはこれから厳しい訓練を受けることになるが、決して諦めるな。お前たちはレジディア王国の盾であり矛である。王や民に忠誠を誓い、正義と平和を守ることを忘れるな」


「はい!」


「お前たちは21Aクラスに入ることになる。お前たちを仲間に紹介しよう」


 ハートはエリオとアルトを連れて、中庭に集まっていた他の騎士候補生たちのところへ歩いていった。他の騎士候補生たちはエリオとアルトよりも年上の青年だった。


「みんな、こちらは新しく入団したエリオとアルトだ。二人はミルトン村の出身だ。非常に剣術に優れている。彼らに色々教えてやってくれ」


 騎士団長はエリオとアルトを紹介した。


 他の騎士候補生たちはエリオとアルトを見て、さまざまな反応をした。中には歓迎する者や興味を示す者もいたが、多くは冷ややかな目で見ていた。特に貴族の子供たちは、ミルトン村から来たエリオとアルトを見下していた。


 二人の出身のミルトン村は小麦や果物などの農産物で有名だが田舎としても有名だった。


「ふん、ミルトン村から来た奴らか。あんな田舎の村から来た奴らが騎士になれるとでも思ってるのか?」


「そうだよな。俺たちは貴族の血を引いてるんだぞ。こんな奴らと一緒にされるなんて屈辱だ」


「そうそう。俺たちはこの国のエリートだ。こんな奴らに教えることなんてないよ」


 貴族の子供たちはエリオとアルトを馬鹿にして、嘲笑した。エリオとアルトは貴族の子供たちの態度に怒りを感じたが、何も言わなかった。ミルトン村は田舎であることは自分たちでもわかっていた。


「お前たちは黙ってろ!」


 その時、貴族の青年たちで一人が怒鳴った。その子は赤髪で緑色の目をした美しい少女で、フレナという名前だった。


「フレナ様?」


 貴族の子供たちはフレナの声に驚いて、顔を上げた。フレナは彼らに厳しい目を向けた。


「お前たちは何を言ってるの? 彼らは仲間なんだよ。仲間に対して失礼なことを言ってはいけない。彼らは田舎から来たとしても、騎士になる資格がある。彼らは剣術に優れているんだよ。お前たちは仲間を尊敬しなさい」


 騎士候補生たちはフレナの言葉に反論しなかった。フレナは貴族の中でも高貴な家柄の娘であり、騎士団の中でも最も優秀な騎士候補生であった。彼女は誰もが憧れる存在であり、誰もが逆らえない存在だった。


「すいませんでした、フレナ様」


「二度としません」


 騎士候補生たちはフレナに謝って、頭を下げた。フレナはうなずいて、エリオとアルトに微笑んだ。


「こんにちは、私はフレナと言います。私もあなたたちと同じ十五歳です。王妃のソフィア様に憧れて騎士団に入りました。よろしくお願いします」


 フレナは二人に手を差し出した。


「こんにちは、私はエリオと言います。この国の騎士になってこの国を守るが夢です。よろしくお願いします」


 エリオはフレナの手を取って握手をした。


「こんにちは、私はアルトと言います。よろしくお願いします」


 アルトもフレナの手を取った。


 エリオもアルトもフレナの美しさや優しさや勇敢さに感動した。エリオはフレナに一目惚れし、アルトも彼女に惹かれた。しかし、二人は親友として、仲間として尊敬し合っていたので、口では言わずとも争うことはなかった。


「それでは、これから一緒に頑張りましょう」


「はい!」


 エリオとアルトとフレナは手を握ったまま、笑顔で誓った。


 二人は騎士候補生たちに認められて、仲間になった。彼らは騎士団で厳しい訓練を受けることになったが、それを乗り越えて成長していった。


 彼らはレジディア王や民に忠誠を誓い、正義と平和を守ることを誓った。彼らは特に自分たちの騎士団の紋章である翼を持つ騎士の意味を心に刻んだ。


==========


 エリオとアルトは騎士団長のジョージ・ハートや副騎士団長のマリア・セヴェスから厳しい訓練を受けたが、それを乗り越えて成長した。


 彼らは騎士候補生の中でも優秀な成績を収め、騎士団の期待の星となった。


 エリオは剣術や馬術に特に秀でていた。エリオは騎士団長のハートに憧れるようになり、正義感も成長していった。


 アルトは剣術や槍術に特に秀でていた。アルトは副騎士団長のセヴェスに憧れており、狡猾で利口になっていった。


 二人はライバルであったが、互いに切磋琢磨していました。


「今回は俺の負けだよ、アルト」


「エリオも格段に強くなってきているぞ」


 騎士候補生になってから五十一回目のエリオとアルトの模擬戦はアルトの勝利に終わった。


「さすがですね、アルト」


 アルトはフレナもエリオも超えて騎士候補生の中でも主席となった。


「お前ら本当にやる気があるな。休憩時間なのに模擬戦ばっかりやって」


「本当にすごいわ。二人とも仲がいいわね。私たちほどじゃないけど」


 同じ21Aクラスのダニエル・スタークとエマ・ムニアが話しかけてきた。


 入ったばかりの頃はエリオとアルトを受け入れなかった21Aクラスのクラスメイトたちも二人を受け入れて仲間として認めるようになっていった。


==========


「アルト、今日から君には王宮内での警護の任に就いてもらう」


「フレナ、君も王宮内での警護の任に就いてもらう」


「エリオ、君は城門の警護の任に就いてもらう」


「はい、ハート騎士団長」


 エリオとアルトとフレナは十八歳になり、正式な騎士として任命された。


 エリオはアルトとフレナとは別の配属先になった。アルトとは会うことは少なくなったが、アルトの優秀さは風の噂で聞こえてきた。


 エリオは騎士団長の命令に従って、王城の門に立った。レジディア王国の誇りとして多くの人々から尊敬され、好かれていた。


「おにーさん。これあげる」


 エリオはミリアという小さな女の子に花で作られたブレスレットを渡された。


「いつもありがとうございます、エリオさん。ミリア、お兄さんに渡せた良かったね」


 エリオはにっこりと微笑んで受け取ったブレスレットを左腕につけた。


「はぁはぁ」


 城下町の門を警護していた騎士が必死に走ってきた。


「どうしたんですか」


「隣のゴシアン王国が攻めてきた! 王様に急いで伝えたい。通してくれ」


「はい。もちろんです」


 その騎士を通した。


 しばらくしてから騎士団長のハートが走ってきた。


「おい、エリオ、急いで準備してくれ。すぐに戦闘に入る。今、精鋭は少し離れたテドラニア王国と戦闘を行っている。君たち若手に頼むしかないんだ。しかも国王は病気に臥せている。かなりまずい状況だ」


 エリオは急いで戦闘の準備に向かった。エリオはレジディア王国の白い鎧を身に纏い、剣を装備した。


 隣国のゴシアン王国の軍勢が突如としてレジディア王国に侵攻してきたのだ。ゴシアン王国の王はレジディア王国の豊かな土地と資源を狙っている。


 ゴシアン王国軍はレジディア王国の村々や町々を焼き払い、無関係な市民を虐殺していた。


==========


 軍事基地に集合するとそこにはアルトとフレナがいた。


 二人と同じ小隊に配属された。


「お前たちは私が誇りに思う騎士だ。この国の未来だ。どんなことがあっても、決して諦めるな。王や民に忠誠を誓い、正義と平和を守ることを忘れるな」


「はい、騎士団長」


 エリオはここで国を守らなければ今までのことは全て無駄になると考え、胸を張った。


「では、行くぞ!」


「はい!」


 エリオとアルトとフレナは騎士団長に続いて、敵陣に突入した。


「うおおおお!」


 エリオは雄叫びを発して剣を振り回し、敵兵を斬り倒した。敵兵の血で染まったが、気にせずに戦った。今こそ夢を果たす時だと躍起になった。


「もう止まって!」


 フレナは弓で敵兵を射抜いたが、その度に涙を流した。敵兵の悲鳴で心が痛んだが、止めなかった。彼女は仲間や民を守るために戦った。


 エリオとフレナは互いに助け合って、敵兵を倒していった。彼らはレジディア王国の騎士として、誇りを持って戦った。


 レジディア王国とゴシアン王国の兵士たちはしのぎを削って必死に戦っていた。


 レジディア王国の鎧を着て血まみれになって倒れながらも抱き合う二人がいた。


 あの目を引くような真っ青の髪、ダニエルだ。


「ダニエル!」


 エリオはダニエルを抱き上げた。ダニエルの鎧は後ろから刺された跡があった。ダニエルはふざけた奴だったが、敵から逃げるような奴じゃない。


 どういうことだ?


=========


 戦闘の最中、エリオはアルトが突然敵陣に走っていくのを見た。


「アルト、どこに行くんだ?」


「......」


 エリオは驚いてアルトを呼び止めようとしたが、聞き入れられなかった。エリオはアルトが何をしようとしているのか分からなかったが、後を追った。


「アルト、待て!」


「......」


 エリオはアルトに追いつこうとして、敵兵を斬り開いていった。仲間や民を置き去りにして、ただアルトを守ろうとした。


「アルト、何でこんなことするんだ?」


「......」


 エリオがアルトに追いついた時、信じられない光景を目撃した。アルトはゴシアン王国軍のキャンプの中のゴシアン王の前に跪いて忠誠を誓っていた。


「これがお前の本当の姿か?」


「そうだよ。俺はゴシアン王国のスパイだ。俺はレジディア王国を裏切ったんだ」


「何故だ? 何故そんなことするんだ?」


「フェオリア村って知ってるか?」


「知ってるよ。大雨でなくなった村だろ」


「俺は七歳までフェオリア村に住んでいた。俺の両親を含めたフェオリア村の村人は平和主義者であり、王の軍事的な野望や高圧的な政策に反対していた。レジディア王は平和主義者の声を抑圧するために、村人を反逆者として殺させたんだ。


 まだ幼かった俺は殺されずに済んだから、ゴシアン王国に逃げた。そこでレジディアを憎んでいることを知ったゴシアン王が俺を助けてくださったんだ。


 俺は復讐のためにゴシアン王国のスパイとしてレジディア王国のミルトン村で暮らして騎士団に入ったんだ」


「嘘だ!そんなことあるわけない!」


「本当だよ。俺はずっと嘘をついてきたんだ。俺はお前やフレナや騎士団の仲間も嫌いだ。何も知らずに王様王様って言って従って。俺はお前たちを利用して情報を集めてただけだ。今回の襲撃も俺がレジディア王が病気になって国内が混乱しているという情報を流したことがきっかけだ。ダニエルも邪魔だったから殺した」


「そんなの信じられるか! お前は俺の親友だ! お前は俺の仲間だ!」


「違うよ。俺にとってお前はただの道具だ。俺はお前を利用して、レジディア王国を滅ぼすために必要な情報を得たんだ。俺はお前のことなんか一度も友達だと思ったことなんかいいかいない」


「そんな……そんなこと言うな……」


 アルトの言葉に、エリオは激しいショックと悲しみに襲われた。


 正義だと信じたレジディア王が罪のない人を虐殺し、親友だと思っていたアルトが自分を裏切っていたのだ。彼は自分が信じてきたものがすべて崩れ去るのを感じた。


「お前は…お前は…」


 エリオは言葉を失った。彼は涙を流した。彼は嘆いた。


「俺にくらい相談してくれればアルトに協力できたかもしれないのに」


「そんなことできるわけないだろ。お前はレジディア王の信奉者だ。信用できない」


 アルトはエリオの言葉に耳を貸そうとしなかった。


「バレてしまった以上。お前はもうただの邪魔者なんだよ。もう死んでくれ」


 アルトは剣を抜いて、エリオに刃を向けた。彼はエリオを殺そうとした。彼はエリオを憎んだ。


「うわあああああああ!」


 エリオも剣を抜いて、アルトに突っ込んだ。


 二人の戦いは激しく、血で染まった。


 二人の剣は火花を散らしながら、互いに傷つけ合った。


 アルトは剣を振り下ろして、エリオに斬りかかった。それに合わせてエリオは剣でアルトの剣筋を逸らした。


 エリオとアルトは互いに殺意をぶつけた。


 エリオはアルトの攻撃をかわして、反撃した。エリオはアルトの目の前に軽く剣を突き出した。アルトが後ろに下がろうとして重心を後ろに移した瞬間に、エリオはアルトの足を払った。


 エリオはアルトの胸を剣で突き刺した。アルトは倒れて口から血を吐き出した。


「エリオ...…初めての実戦は......お前の勝ちだ。騙してて......すまなかった」


 言い切ったところでアルトは動かなくなった。



「ごめんなさい…...アルト。さようなら」


 エリオは涙を流しながらアルトの目を閉じた。


「何で、こんなことをしてしまったんだ......殺す必要なんてなかったのに」


「憧れていたはずの騎士になれたと思ったのに」


 エリオはアルトが自分に嘘をついていたこと、自分がアルトを殺したこと、自分がレジディア王国の騎士として失敗したことを激しく後悔し、自己嫌悪に陥った。


 エリオはそのままの格好で戦場から走って逃げ出した。


「王様は正義じゃなかったのか。無罪の市民を虐殺するなんて」


「アルト、友達だと思っていたのに」


 ミリアにもらった花のブレスレットは千切れてしまった。


==========


 エリオは戦場から少し離れたフェネモスという町に着いた。とにかくレジディア王国から離れたかった。


「ここで鎧を売って金を手に入れよう」


 エリオが質屋を探すと看板が朽ち果てたぼろぼろの質屋を見つけた。


 中に入ると汚いおじさんがいた。


「いらっしゃい」


「この鎧買ってくれ」


「これはレジディア王国騎士団の鎧か。しかし、かなり汚れているな。1500ソルだな」


「ふざけるな。安すぎるだろ」


 エリオは質屋のカウンターを思い切り叩いた。


「嫌なら他の店に売ってくださいよ。この町には他に質屋はありませんがね」


「ちっ。わかったよ売ってやる」


「まいどあり」


 エリオは1500ソルを手に入れた。


 エリオは町に出て安い服を揃え、買えるだけ食料を買った。


==========


 かつて敵だったゴシアン王国の領地に入ってから何日かたった。


「馬を止めろ」


 通り過ぎた馬車から声が聞こえた。


 馬車から降りてきたのはゴシアン王だった。


 ゴシアン王はこの間のレジディア王国とゴシアン王国の戦い、通称セントヘレスの戦いでエリオがかつてのレジディア王国の騎士であることを知っていた。


「おい、お前はレジディア王国の騎士だったな。なぜここにいる?」


 エリオはゴシアン王の声を気にせず、ただ無言で歩き続けた。エリオは誰とも関わり合う気はなかった。


「無口な奴だな。まあいい。お前はもうレジディア王国の騎士ではないんだろう。あそこはお前を捨てたんだからな」


 ゴシアン王の言葉に、エリオはふと立ち止まった。


「お前はどうしたいんだ? このまま死ぬまでさまようつもりか? それとも、俺の騎士になって新しい人生を始めるか?」


 ゴシアン王はエリオの肩を叩き、笑顔で尋ねた。ゴシアン王はエリオに濃霧のように迷いが渦巻いていることに気付いていた。


 エリオは答えなかった。


 エリオはただアルトに謝りたいだけだった。


「迷ってるなら、俺が教えてやろう。レジディア王国は悪だ。あそこは弱者を虐げ、強者を崇める腐った国だ」


 ゴシアン王は自信満々に宣言した。彼は自分が正しいと信じて疑わなかった。


「お前は騎士団の仲間を知っているか? あいつらはお前と一緒に戦ってくれたかもしれないが、それも嘘だ。あいつらはお前を見捨て、見下しているんだ。あいつらは今、お前のことを裏切り者と呼んでいるんだ」


「……」


「お前に残されたものは何もない。お前に必要なものは俺だけだ。俺はお前を受け入れてやれる。俺はお前に新しい力と名誉と地位を与えてやる。お前は騎士団でもかなりの腕を持っていたらしいしな。お前は俺の側にいれば、もう苦しむことはない。お前は俺の側にいれば、もう孤独ではない。お前は俺の側にいれば、もう幸せになれる」


 ゴシアン王はエリオに手を差し伸べ、優しく語りかけた。


「……わかりました。あなたについていきます」


 エリオはゴシアン王の手を取り、低く呟いた。エリオはゴシアン王に従うことで、自分の心の傷を埋めることができると思った。ゴシアン王の騎士となってレジディアと戦うことで、アルトに対して自分の罪を償うことができると思った。


「よく言った。これからお前は俺の右腕として、戦ってくれ。お前は俺の名の下に、レジディアを滅ぼす」


 ゴシアン王はエリオの手を握り、満足そうに笑った。


「アルト、俺が必ずお前とお前の両親の敵を取ってやる」


 エリオは拳を強く握った。


「さあ、立て。お前はもうレジディア王国の騎士ではない。お前はゴシアン王国の騎士だ。お前は俺の騎士だ」


 ゴシアン王はエリオを引き上げ、高らかに宣言した。


「……」


 エリオはゴシアン王に従って立ち上がり、無表情で頷いた。もうレジディア王国の騎士ではなかった。


==========


 エリオはゴシアン王国軍の小隊長として、レジディア王国への侵攻に参加した。


 エリオはかつて仲間や民だった人々に対して、残虐な行為を繰り返した。


 彼は村々や町々を焼き払い、虐殺した。彼は女性や子供や老人も容赦しなかった。知った顔も何人も殺した。彼は自分の手に血を塗り、自分の魂を汚した。


「エリオ! 何てことをするんだ! 止めろ!」


「お願いだ! これ以上殺さないでくれ!」


「君は本当はこんな人間じゃないはずだ!」


 エリオはレジディア王国の人々の叫び声を聞いても、何も感じなかった。彼はレジディア王国の人々の涙や血を見ても、何も思わなかった。彼はレジディア王国の人々の命や幸せを奪っても、何も後悔しなかった。


「エリオ、生きてたんだね、良かった。みんなセントヘレスの戦いで死んだと思ってたよ」


 一人でいるエマを見るのは初めてだった。


「お前も俺を裏切り者だと思っているのか」


「そんなわけないでしょ。騎士団の仲間たちはみんなエリオが死んだと思ってたんだから。帰って来てよ」


「もうそんなものどうだっていい。俺はただアルトの敵を取りたいだけだ」


 エリオはそう言って血で真っ黒に染まった剣で首を切り裂いた。


「エリオ……」


「エリオ……」


「エリオ……」


 エリオはレジディア王国の騎士団の仲間の呼び声を聞いても、何も答えなかった。彼はレジディア王国の騎士団の仲間の身や心を裂いても、何も感じなかった。


「エリオ、よくやった。お前は俺にとって最高の騎士だ。レジディアを滅ぼすことでアルトへの償いになるんだよ」


「ありがとうございます」


 エリオはそのような行為をすることで、自分の心の傷を忘れようとした。彼はそのような行為をすることで、自分の罪を償おうとした。


 しかし、それらはすべて虚しく、空しく、無意味だった。エリオは自分が本当に求めているものが何なのか、分からなくなっていった。


 エリオはレジディア王国の最後の砦であるレジディア王城に侵入した。エリオはゴシアン王国の鎧を着て、剣を手にしていた。


 エリオは周りの兵士や騎士を容赦なく斬り倒していった。エリオはかつて自分が仕えていた王国を滅ぼすことになったという罪悪感は全く感じなかった。


 ゴシアン王の命令に従っていただけだった。


 エリオはついに王の間にたどり着いた。そこにはレジディア王が一人で待っていた。レジディア王はエリオを見て驚いたが、すぐに悲しみと怒りに顔を歪めた。


「エリオよ、なぜそんな姿でここに来たのだ? お前は非常に優秀な我が国の誇り高き騎士だったではないか。我が国の民や仲間を守るために誓ったはずだろ。お前はどうして我が国を裏切った?」


 レジディア王は憤慨しながら言った。エリオは無表情で答えた。


「私はもうあなたの騎士ではありません。私はゴシアン王国の軍人です。私はゴシアン王に忠誠を誓っています。私はあなたを殺すために来ました」


「そんなことを言うな! お前は洗脳されているのだ! お前は本当の自分を忘れているのだ! お前はかつて、正義と平和と友情を信じて戦っていたではないか! お前はかつて、アルトやフレナと共に笑っていたではないか!」


 レジディア王は必死に説得しようとした。エリオは冷笑しながら言った。


「アルトは死んでしまいました。私が殺しました。私はもう彼らと笑うこともできません。あなたのように自分の支持のために市民を虐殺するような王の元には戻れません。私はもう正義や平和や友情など信じることもできません。私は生きることも死ぬこともできない存在です」


「お前はまだ生きている! お前はまだ人間だ!」


 レジディア王は必死にすがったがエリオは無情に言い放った。


「帰る場所などありません。救われる方法などありません。私に残された唯一の道は、あなたを殺してアルトの敵を打つことです」


 エリオは剣を振り上げ、レジディア王に襲いかかった。レジディア王も剣を抜き、迎え撃った。二人の戦闘が始まった。



 その時、レジディア王城の中からエリオの名前を呼ぶ声が聞こえた。それはエリオがかつて愛していたフレナの声だった。



「エリオ! エリオ! 私はずっと探していたの!私はずっと信じていた! 生きているって! 私はずっと待ってた!」


 フレナはレジディア王国の騎士団の一員として、レジディア王城を守るために戦っていた。彼女はエリオが生きていることを信じて探し続けていた。彼女もエリオを愛していた。


「エリオ! やめて! 何をしているの? 昔、王に忠誠を誓ったでしょ。あなたは私たちの仲間なのよ!」


 フレナはエリオに走り寄ろうとした。


 しかし、その時にレジディア王がエリオを殺そうと剣を振りかざした。


「ぐぁっ!」


 フレナは反射的にエリオを守ろうとして、剣で腹を突かれた。フレナは血を吐きながら倒れた。


「フレナ!」


 エリオは激しいショックと怒りと悲しみに襲われた。


 エリオは自分が愛していた女性が自分の目の前で死んでしまった。エリオは自分が仲間や民を裏切ってしまったことを今、初めて悔やんだ。


 彼は絶望と怒りと悲しみに満ちた叫び声を上げた。


「うわあああああああああああああああ!!!!!!」


 エリオは剣を振り回し、レジディア王に襲いかかった。レジディア王も剣で応戦したが、エリオの攻撃は凄まじく、防ぎきれなかった。エリオはレジディア王の首を切り落とした。


「アルト、これで君の敵を取れたよ」


 エリオは意図せずに涙が溢れた。


「それなのに、何でこんなに涙が」


 エリオは自分の剣で自らの胸を刺した。彼は血まみれになりながら背中から倒れた。彼は仰向けになって、自分の罪と愚かさを悔やんだ。


「ごめんなさい、アルト。ごめんなさい、フレナ。俺は本当に馬鹿だった」


 エリオはそっと目を閉じたそして、息絶えた。


 胸の傷は背中まで達していた。背中から血が流れ出してエリオの背中から血の翼が生えた。


 エリオはついに翼の騎士になった。

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