ジムノペディ

柊木ふゆき

 あなたはクレパスを握りしめている。

 紙の包みは虹色に沈んで文字が読めない。あなたの手にあるクレパスはちゃいろのように見えるけど、だからほんとうにちゃいろかは誰にもわからない。

 紙の端に控えめに、木が根を張る。幹は弱々しく、空へ向かって伸びる腕には迷いがある。

 あなたがわたしにみどりと思しきクレパスを差し出す。わたしはあなたの描いた枝に葉っぱ抱えさせる。細い腕には余るほどたくさん。

 あなたはみずいろ、あるいはそらいろのクレパスを手に取る。色の名前は、あなたが紙にクレパスを滑らせたときに定まるだろう。

 つるんとした分厚い飴細工みたいなあなたの眼鏡のレンズ。それはあなたに世界を拡大してみせるけれど、それと同時にわたしたちにあなたの不安を拡大して見せる。

 あなたはひとつ描き上げるたびに、そのガラスの向こうからわたしを覗き込む。あなたがクレパスを走らせる間、わたしはあなたの横顔を眺めている。レンズと裏側にあるあなたの顔を。

 お昼寝の時、あなたは眼鏡を外す。まどろむようなあなたの瞳。レンズにへばりついた怯えは枕元。

 どちらにしても、あなたの瞳は遠くからわたしを見つめている。

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