大きな真鯉は後藤さん

九戸政景

本文

「昔、俺が住んでいたとこに後藤さんって人が住んでたんだけどさ」



 こどもの日の夜、親が出掛けている友達の家で話をしていると、ペットボトルのジュースを飲んでいた友達がそんな事を言い始めた。



「へー、そうなのか。どんな人だったんだ?」

「子供好きな人だよ。地域の子供の安全のための見回りを自分から進んでやるような人だったし、地域の大人達もそんな後藤さんを良い人として見てたよ」

「まあ聞いてる限りだと普通に良い人だしな」

「ただ、その人はちょっと変わってるとこがあって、後藤さんの家に子供はいないのにこどもの日になるとこいのぼりを揚げるんだ。それも緋鯉だけを」

「たしかに変わってるな。変わってるといえば、さっきも言ったけど、お前ももうそんな歳じゃないのにこいのぼりを揚げてたよな。それも大きな真鯉だけ」



 ジュースを一口飲んでから言うと、友達は頷いた。



「まあそれは良いよ。ただ変わってるのはそれだけじゃなくて、その数が毎年増えるんだ。一匹増える年もあれば二匹増える年もあって、三匹四匹増えてる時もあったな」

「……なんか変というか不審だな」

「だろ? でも、後藤さんは地域の人達から好かれてたし、何か理由があるんだろうと思って不審には思わなかった。けど、俺は気づいちゃったんだよ」

「何をだ?」

「実はウチの地域ってある時から子供が行方不明になるようになったんだ。それでそれが……」

「……後藤さんが住み始めてから、か」



 友達は頷く。飲酒しているとは思えないその青白い顔と震える手に友達から恐怖が伝染してくるようだった。



「そしてもっとヤバイんだけど、増える緋鯉の数と行方不明になった子供の数って同じなんだよ」

「…………」

「そんなある年、俺は後藤さんが子供を連れて家の中に入っていくのを見かけた。その時はまだ緋鯉の数と行方不明になった子供の数について気づいてなかったから後藤さんの家に子供が遊びに来たんだと思ってた。けど、その子供は行方不明になって、結果的に捜査も打ち切られた。そしてその年の行方不明の子供の数が……」

「一人だったわけだな」

「ああ。でも、俺は誰にもこの事は言えなかった。後藤さんが周囲から好かれていたのは知ってたから信じてもらえないだろうし、後藤さんに目をつけられたくなかったから。そんなモヤモヤを抱えていた時、後藤さんが死んだんだ」

「……は?」



 突然の事に俺は変な声を出してしまった。



「し、死んだ?」

「ああ、自殺だったよ。それでわかったんだけど、後藤さんは子供が好きというかは子供を殺すのが好きな人だったみたいで、見回りを自分からやってたのはターゲットを品定めするためだったみたいだ。それで、緋鯉の数は行方不明になった数というよりは自分が殺した子供の数で、緋鯉の色はその子供の血で染色してみたいだ」

「それ、全部何かに書いてたのか?」

「後藤さんが遺した日記に書いてたよ。ただ、もっと怖いのが後藤さんが死んだ年のこどもの日にこいのぼりが揚がったんだ」

「え? ご、後藤さんは死んでるはずだろ?」

「ああ。けど、揚がったんだよ。これまでに死んだ子供の数分の緋鯉と大きな真鯉が」



 それを聞いて俺は真鯉の正体に気づいてゾッとした。



「……後藤さんか」

「ああ、大きな真鯉は後藤さんだ。そしてそれが怖くて誰も下ろせなかったけど、次の日にはいつの間にか無くなっていた。そして後藤さんの話は誰もしないようになっていたんだよ。大人達はな」

「子供達の間では怪談話として広まった感じか」

「ああ。けど、俺はそんな事は出来なかった」

「やっぱり罪悪感みたいなのがあるからか?」



 友達は首を横に振る。



「違う。罪悪感はあるけど、そうじゃない。その翌年から後藤さんが夢の中に出てくるんだよ。殺された子供達と一緒に」

「……え?」

「子供達がこいのぼりの歌を不気味な声で歌う中、後藤さんは俺の腕を掴みながら数を言うんだよ。そしてそれは歳を重ねる毎に減っていく」

「カウントダウンって事か」

「そして去年、それは1になった」



 その瞬間、俺の手から持っていたジュースが滑り落ちた。



「え……そ、それじゃあまさか……」

「ああ、後藤さんがここに来る。俺を緋鯉にするためにな」

「そ、そんな……」

「それでこの話をしたのには理由があってさ、夢の中で後藤さんが言ってたんだよ。こどもの日に揚げる真鯉が見えた子がいたらその子も連れていくよって」

「は? な、なんでだよ!」

「後藤さんに聞いてくれよ。もうそこにいるしさ」

「え?」



 友達が指差した方を見る。そこには窓があったが、窓には不気味な笑顔を浮かべる多くの子供達と優しい笑顔を浮かべる後藤さんがいた。



「あ、あぁ……」

「やっぱりわけもわからずに連れてかれるよりは話しておこうと思ったんだ」

「お、お前……」

「これから面白そうに泳ごうぜ。死後の世界をさ」



 友達が肩に手を置いた瞬間、後藤さんは窓をすり抜けて中へと入ってきた。そして後藤さんが手を伸ばしてきたのを見たのを最期に俺の意識は暗闇へと落ちていった。

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大きな真鯉は後藤さん 九戸政景 @2012712

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