第4話

 そして学園に入学する日はやってくる。

 オーウェンからは『会える日を楽しみにしている』というたったそれだけの葉書が届けられ、家族まで眉間に皺を寄せることになってしまってアナは苦笑するしかない。


 貴族の令嬢子息としての礼儀作法としてはあまりにも砕けすぎなものであったし、何よりも婚約者に対する礼儀がなっていないはずだ。

 学園ではそういったマナーについても学ぶはずなのにと父親がブラッドリィ伯爵家に苦情を入れようか悩んでいる姿を見て、なんと声をかけるべきかアナは考えて、何も言わなかった。


 家門の長として父親が嫁ぎ先へ苦情を入れると決めたのなら、それは友情よりも課長としての立場と、そして娘を思い遣る父親としての判断であろうから。

 差し出がましく何かを言うよりは、怒れる弟を学園に着くまでの間に宥める方が大事だと考えたのだ。


「それではお父様、お母様、行って参ります。お手紙を書きますね」


「ああ、ヨハンのことを頼むよ」


「体に気をつけてね。困ったことがあったらいつでも知らせて頂戴。あと、王都にいるお祖父さんにも顔を見せてあげて」


「はい」


 この国では下級貴族は平民から妻を娶ることもよくあることであった。

 ベイア子爵夫人はそこそこに大きな商会の娘であり、ベイア子爵とは恋愛結婚である。


 アナとヨハンの祖父でもあるその商会長は現役で働き続けており、今回二人の孫が王都に来ると聞いて張り切っているという。

 学園では基本的に寮生活ではあるものの、外出の自由があるため二人も久方ぶりに祖父と会えることを楽しみにしているのだ。


「ヨハン、まだ怒ってるの?」


「だって……」


「ふふっ、行ってみて本当にオーウェンが他の女性にうつつを抜かしているようならお願いね」


「! ああ、任せろ!!」


 王都まで、ベイア子爵家からは馬車で一日と少しかかる。

 両親がいない環境で双子は移動することに高揚していたし、緊張もしていた。


 それと同じ位、期待や喜びで胸を弾ませていたのだ。

 学園という新たな環境に。

 新しい出会いに。


 そして、この不安が決して本当のものにならないと信じたかったのかもしれない。


 彼らの中でオーウェン・ブラッドリィは、大切な家族だから。

 双子は、どちらもそれ以上は何も言わず――ただ、この旅路を楽しむことにしたのだった。

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