NOパトロール・パトロール

渡貫とゐち

おサボりは許しません!


「お仕事中でしょう!? こんなところで休憩してる暇があるなら、町を守るために仕事をしなさいよこの税金泥棒!!」


 パトロール中の警察官が、体調を崩してコンビニで休憩を取っていた時だった。買い物帰りの主婦が休む警察官を見つけて怒鳴り込んできた……周りは「まあまあ」となだめるものの、主婦は怒りが鎮まらないようで――立ち上がろうとしない警察官に食ってかかっている。


「なんのために税金を払ってると思ってるの! さっさと立ち上がって仕事に戻りなさい。あなたたちに休める時間があるとは思わないことね!」


「……申し訳ない、少し体調が悪かったもので……ほんとに少しだけ一休みを――」

「ダメです」


 と、仁王立ちをして警察官の腕を引っ張る主婦は、意見を曲げる気がないようだ。彼女は警察官を立ち上がらせ、背中をぽんと叩いて仕事に戻らせる。

 ふらふらとした足取りの警察官は、厄介な人に目を付けられた、と仕方なく移動することにする……どれだけ理由を説明したところで、分かってくれそうにはなかった。


「あの、警察の人も人間ですから、少しくらい休ませてあげても……」


 ご近所さんだろうか?

 助け船を出してくれたが、主婦は頑なに聞いてくれなかった。


「休憩なら署か交番で取ればいいでしょう? こんなコンビニや公園で休憩していたら見栄えも悪いし、サボっていると勘違いされてもおかしくはないわけです――私は親切心で教えてあげているのに、私が悪者になるんですか?」


 主婦の意見も、分からなくはない。

 堂々と警察がサボっていれば町の治安を心配する層もいるかもしれない……ちゃんと守ってくれない、と印象に残ってしまえば、引っ越し先としては候補から外れる場合もあるだろう……。


 説明を受けなければ事情など分からない。

 言わなければ、本音は伝わらない――。


「人の目がある場所で立派な制服を着たまま休憩を取ることは許しません。私はあなただけに言っているわけではないんですからね? 見かけた警察官には差別せずに言っていますから……ほら、早く仕事に戻りなさい」


 はやくはやく、と急かされる。

 尻を鞭で叩かれたように――

 警察官は体調不良の苦痛に堪えながら、パトロールに戻っていった。



 その主婦は本当に、休憩している警察官、消防士を見かけたら声をかけていた。休憩ならちゃんとした場所で取るべきだ、という理由も分かるが、緊急事態ということもある。

 拠点に戻るために休憩を入れている場合もあるのだ……、既に警察や消防の間では有名な主婦になっていた……。

 正直、迷惑ではあるが……しかしやめてくれ、とも言いづらい。確かに、見栄えが悪いのは事実である……。休憩中です、と札をかけているわけではないのだから、サボって見えてしまい、それによって不安になる人もいるかもしれない。

 であれば、休憩は見えないところで取るべきだ。


 体調を崩した、などの緊急事態に遭遇した場合、人から見えづらい路地裏で休憩を取った方がいい、と上から指示があったものの、その主婦は隠れている警察官のこともなぜか見つけることができる。


 ……サボっている警察官を見つけるため、パトロールをしているみたいなのだ。


「はいはい、仕事に戻りなさい」

「あの、今日は、その……」


「気温が高いわね、酷暑でしょう……? だけど認めませんよ? 暑いから仕事ができません、で通用するお仕事ではないでしょう? 熱中症で倒れたり、意識を朦朧とさせた後のミスで事故が多発しています。あなた方の仕事はそれらを防ぐ、起きたら処理をすることです。

 分かっていますか? こんなところで休んでいる間に人が死ぬかもしれないなら、さっさと立ち上がって国民を守ってくださいな」


「…………」

「返事は? 私、間違ったことでも言っていますか?」

「いえ」


 警察官は覚悟を決めて立ち上がった。

 ダラダラと流れ落ちる体内の水分。水を飲む時間もなく、喉がカラカラ以上に警察官でさえも意識が朦朧としているが、確かに彼女の言う通り、今この瞬間にも人が死んでいるかもしれないのだ。なら、こんなところで休んでいるわけにもいかない。


「ありがとうございます。本官、飲まず食わずでみなさんのことを守り抜きます」


「当然のことだからね?」


 その後、警察官は駆け足で次の現場へ向かった。



 パトロール中の主婦は充分に水分を取っていたつもりだった。

 きちんと食事もしたし、万全とも言える状態で……――だけど、熱中症によって倒れてしまった。彼女の異変に気づき、駆け寄ってくれた中学生の集団が主婦を囲み、てんやわんやしながらも今ある知識で主婦を助けようとしてくれている。


「警察に連絡した方がよくない!?」

「ダメだ、警察も熱中症で倒れて人手が足りないみたい――隣町から応援がくるみたいだけどくるまで時間がかかるって!」


「ど、どうすんの!? このおばちゃん死にそうな顔してるけど……」

「どうって……、水でも頭からぶっかけた方がいいんじゃ……?」


 自販機で買った水を主婦の頭にかける。だが、やはり意識を覚醒させるまでの量はなく……倒れた主婦の意識がどんどん遠ざかっていく。


「――なんで警察まで熱中症で倒れてんだよ!!」


「いやなんかさ、休憩させてくれない厄介者がいるみたいだよ……こんなに暑い中で休憩させてくれないから、みんな体調を壊して出動できないみたい……。

 ッ、誰だよ休憩させなかったやつ!! バカじゃねえの!?」


 バカは中学生たちの足下にいた。

 警察も消防も、万全であるからこそ人を救える。

 ……助ける側が万全でないのに困っている人を助けられるわけがない。

 そして、その万全を作り出すために必要なのは、なによりも休息なのだ……。


 なのに、休息を奪い取ってしまえば肝心な時に動けないのは当然だ。


 大多数を巻き込んだ因果応報が、ひとりの主婦を追い詰めていた――――



「もういっそのこと川に落とすか? ……ちょうど近くにあるし」

「熱中症が治っても溺れるんじゃないか?」

「そりゃ当然、溺れないように誰かが支えて――」


 あーだこーだと騒いでいる中学生たちを見上げながら。

 主婦は遠ざかる意識の中で、「早く警察……」と助けを求めていた。


 だが、しばらくはこない――これない。


 警察が仮に体調不良で減っていなくとも、それ以上に熱中症で倒れた人は多く、どちらにせよ待つことは必至だったのだから……。


 どこも人手が足りていない。


 無茶ぶりをすれば人は減っていく……助けられるものも、助けられなくなる。


 貴重な人材を逃がすことは、巡り巡って自分を困らせることになるのは、もう逃げられない運命なのだ。




 …了

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NOパトロール・パトロール 渡貫とゐち @josho

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