第38話 ティラの樹
エルファリアさんを伴い、遺跡の外へ出る。
俺の【探査】にものすごい数の素材が重なっている場所が見えるのだけど、たぶんここにトーラがいるのだろう。
エルファリアさんもそこに向かって一直線なので間違ってはいないらしい。
というか、なにこの魔物の数?
俺の【探査】は、魔物を倒すと魔物名じゃなくて、素材名が表示される仕様っぽいので、この大量の反応は全部倒されたモノなのはわかるんだけど。
明らかに数が…やりすぎレベルである。
「……フィル?」
「ち、違うんです。あの魔石スロットが「大きくて強い魔石じゃないと受け付けません」とか言うから、頑張って倒しただけで……」
「それにしても数多くないか?」
「だ、だから……魔熊と戦っていたら、魔狼がいっぱい乱入してきて……」
「ラウンドタートルとか幻惑狐もいたのよ」
『【ラウンドタートル】
草食性で大人しい陸亀。大きな個体は小山サイズなので、怒らせ襲われた場合は
非常に危険。甲羅は非常に硬く、並みの刃では歯が立たない。砕くためには何度
も攻撃をする必要がある。傷が少ない鼈甲はほとんど市場に出回らないため、
非常に高く取引される。肝は長寿の秘訣とされ食される。
過去に30m級の個体が存在していた記録が残っている。討伐難易度:D~』
『【幻惑狐】
森の中で単体で棲息する狐型の魔物。強力な幻術と摩擦を消し去る特殊な液体を
使い、獲物を追い詰める。たえず周囲に溶け込み、姿を見せることは非常に稀。
毛皮は非常に高価。幻惑狐の潤滑油は様々な美容品に加工される。
討伐難易度:D』
先生が張り切った様子で解説してくれる。
それで分かった。うん。分かってしまった。
「エルファリアさん……亀の肝と狐の体液が欲しかったんだろ?」
「ななな、なんのことなの?
「それじゃ亀の肝と狐の体液は冒険者ギルドに売っぱらっていいんだな?」
「断固として拒否するの!」
そんな話をしていると、魔物の山が見えてくる。ずいぶん積み上げたもんだなぁ。
ってよく見ると、魔物の山に埋もれてバタバタしている脚が見えた。
「トーアさんが埋まってる!?」
「ヤバい! 早く救出を!!」
下着が丸見えになってるけど今はそれどころじゃない
俺達は慌てて駆け寄り、トーラを魔物の山から引っ張り出す。
「た、助かりましたぁ……倒された魔物を集めていたら、アーティさんのブーストが切れちゃって……」
集めた魔物を重ねてポイっとしようとしたタイミングで、ブースト効果が切れたらしい。
「そ、そうかそれは災難だったな……それにしても……多いな?」
「ええ、それはもう、フィルちゃんがたっくさん倒してたので……そのままにしておいたら腐って大変な事になりますし、他の魔物を集めちゃいますから」
まぁ、実際いっぱい集まってきてたんですけどねと、死んだ魚のような目になりかけて呟いている。
「ご、ごめんなさい……後先考えてなかったです……」
「いいんですよぉ。ただちょっと「魔熊の魔石があと3つ……」とかいい笑顔で呟いていたのが怖かっただけですから」
魔物に押しつぶされていたせいで、血塗れ泥だらけだったトーラが、エルファリアさんの生活魔法で綺麗になっていくのを横目で見つつ、一番上に積まれていた魔熊を見て考える。
魔熊はこの森で、一番警戒しなきゃいけない魔物のはずなんだよなぁ。
俺の【探知】でも、明らかに反応が大きいから、すぐにわかるんだ。
ゲーム的には強敵の象徴"F.O.E. "(Field On Enemy 敵上のフィールド)だな。
でもなぜだろう。血塗れのフィルに詰め寄られて、悲鳴を上げる魔熊が見えるんだ。
「「「「……………………」」」」
全員の視線がフィルに集まる。
「そんな目で見ないでくださぃ……」
俺達の生暖かい視線に耐え切れず、その場に蹲って頭を抱えるフィル。
可愛い仕草を堪能して満足したので、一旦休憩しようか?と提案する。
ベリト以外はブーストの効果が切れたみたいだしな。
「それなら食事にしましょうか? 着の身着のままだったので、調理道具はありませんけど。幸いお肉はいっぱいありますし。ええ、ホントいっぱい」
「魔熊と魔狼は、獣臭いし筋張ってて、美味しくないのよ」
「幸い魔鹿が混じっていましたから、それにしましょう。ベリトちゃん、薪集め手伝ってくれる?」
「お肉ー♪ あたしが火もつけるよー」
「それじゃ向こうの方に行くの。ここはちょっと惨劇すぎて食欲がわかないのよ」
「はう……」
解体場からちょっと離れた草原へ移動する。
エルファリアさんがその場で精霊魔法を使い、机と椅子を生やす。
その間に、手ごろな枯れ枝を集めて焚き木の準備をする。
ベリトとトーラが担いで運んできたのは、血抜きが済んだ魔鹿の雄だった。
それを精霊魔法で生やした柱に吊り下げ、手慣れたように肉のブロックにしていく。
「でも味付けは塩オンリーなんだよなぁ」
「まだしょうゆ?に未練なの?」
切り分けた肉を枝に刺し、塩を塗り込んでいたエルファリアさんが、呆れたような声を上げる。
「醤油はマジ美味しいんだぜ? みんなも絶対虜になるよ」
「まぁ、気にはなりますけど」
「美味しいのは気になるよねー」
「そんなことよりゼロコーラを所望するの!」
「エルファリアさんはぶれないなぁ」
「さすがの私もMPの使い過ぎで疲れてるの。さっきから生活魔法連打なの。ご褒美はあってしかるべきなのよ!」
エルファリアさんが串刺した肉を掲げて吠えている。
どっちにしろブーストの再付与のために一回コーラを飲んでもらわないといけないんだよなぁ……。
って、別にコーラじゃなくてもいいのか。
そういや二人はコーヒー飲んでないんだよな。……ちょっと試してみるか?
というわけで、コーラと見せかけてコーヒーを二人に与えてみる。
一応、今回は加糖にしてみた。
俺の形がコーラの時と違うのには気づいたみたいだけど、あまり気にもせずにコーラを飲むエルファリアさん。
「……苦いの」
そう言いながらも、全部飲み干してるのがちょっとすごいと思う。
「でもなんかすっきりするのよ。疲れが飛んでいくというか、覚醒するというか……これはこれでいい効果なの。苦いけど」
「それが今回作れるようになったコーヒーだ。疲労回復と覚醒効果が高いらしいぞ」
「ん~……甘いけど苦いの」
「牛乳とか入れるとマイルドになるぞ」
「それはちょっと美味しそうなの」
「あ、それなら私もこーひー?を頂けますか?」
トーラが俺を受け取り、ワクワクしたような笑みを浮かべる。
「おう、甘いのと甘くないの、どっちがいい?」
「そうですねぇ……一度甘くないほうをお願いします」
無糖を選んだトーラに、ベリトが驚いて声を上げる。
「エルお姉ちゃん、こーひーすっごく苦いんだよ!?」
「あ、私苦いのとか平気なので。お酒とか結構そういうの多いんですよねー」
飲んべえの感覚だった。
「うえー……あたし、苦いの苦手ー」
「だばーってしてたしな」
「う、し、してないよ?」
「ベリト、目が泳いでるわよ?」
そのだばーを拭いてあげた本人が笑ってツッコんでるぞ?
そんなやり取りを楽しそうに見ながら、トーラがコーヒーを飲む。
「ん……ホントにすっきりしますねぇ」
「苦いのは大丈夫か?」
「このくらいなら普通に。むしろ甘くないほうが、鍛冶仕事の時にちょうどいいかもしれません」
発言が職人のそれだなぁ。
その後、焼いた肉を肴に、ベリトはコーラを、フィルは甘い紅茶をそれぞれ所望して飲む。そして食後はみんなで解体作業の続きだ。魔熊は皮と肝、魔狼は皮、魔鹿は角がいいお金になるらしい。肉は半分ほど残っているな。
そして亀……フィルの双剣と、エルファリアさんの魔法で難なく解体されていく。
「サークルタートルのお肉は美味しいのよ。でもちょっと夜眠れなくなっちゃうの」
ああ、亀だから精力付いちゃうのか……うちの子達には食べさせられないなぁ。
「美味しいなら食べてみたいなぁ?」
「やめておくのよ。そういうのはもうちょっと大人になってからなの」
エルファリアさんの言葉の意味が分かったのか、フィルとトーラが頬を染める。
「エルファリアさんは大人だからなぁ……」
「ちょっと君? 不本意な意味合いを感じるのよ?」
「気のせいですね」
とにかくみんなで必要な素材をえり分け、いらない部分はエルファリアさんが魔法で穴を掘り、そこに投げ落としてベリトの魔法で焼いて、最後に埋め直して終了。
途中現れた魔物は、4人で代わる代わるぼっこぼこにしていた。
「重人さんのブーストは本当に規格外ですよね……」
「フィルちゃんのは絶対それだけじゃないの……その剣いろんな意味でやっばいの」
お、エルファリアさんにも、あの剣が鑑定できるようになったみたいだな。
トーラが所有者になったお陰か【隠ぺい】の効果が消えたんだよね。
お陰で鑑定結果がおもっくそ笑えないものになっちゃったんだけどな。ははは。
「お父ちゃんの渾身の作品ですからね!」
「そういうレベルを超えてるのよ……トーラちゃんのお父さんってもしかして……」
「普通の鍛冶職人でしたよ?」
「それは絶対違うの」
色々片付けながら、美容関係の素材だけはしっかり確保しているのがエルファリアさんらしい。大丈夫だよ、こっそり懐に入れようとしなくても。誰も取らないから。
「そういや、稲とか大豆はどこにあるんだろ?」
殆どの魔物の処理が終わったころ、俺の呟きを聞いたフィルが視線を向ける。
「それなら向こうの方に生えてますよ」
「ああ、あの少しだけ状態保存の術式が残ってるエリアね?」
「術式?」
「あの部屋と同じなの。生活魔法がかけられた土地、というか畑じゃないかって言われている草原があるのよ」
「そこに行けば稲と大豆があるのか。よしすぐ行こう今行こう」
【移動補助】を使って駆けだす俺を見て、トーラがくすっと笑う。
「アーティさんがソワソワしていますね」
「堅麦は本当に美味しくないの。なんであそこまで喜べるのか分からないのよ」
「まぁまぁ、重人さんがあんなに喜んでいるんですから」
「妻の佇まいなのよ」
「余裕がありますよね……」
「ち、ちょっと二人とも? なにを訳の分からないことを……」
俺がベリトに捕獲されて定位置に仕舞われている最中に、なにやら三人が話し込んでいた様子。なぜかフィルが耳まで真っ赤になっているんだが、なんの話をしてたんだろ?
「瓶さん行こっ、あたしも場所知ってるよー」
「おう? そうか、案内してくれ」
「こっちだよー」
ベリトが軽やかに駆ける。
ブルンブルン振るえる双丘がすんごいんだが。
挟まれてる俺が何というか、上下にこすられてるというか。
挟まれてるのがペットボトルじゃなければ、間違いなくR18禁である。
ペットボトルでもR18禁だろうという意見は……同意する所存。
後ろから追いかけてくる約二名が、それを絶望的な顔で見ているのは気づかないことにしておく。
少し歩いたところで到着したのは、言われてみれば畑に見えないこともない、だだっ広い草原だった。
ただよく見ると、ある一定の四角いエリアがたくさん並んでいるように見える。
『【状態保存】の生活魔法が施された、かつて畑だった場所の名残。長い年月をかけて【状態保存】の効果が失われつつある。 -女神ペディア-』
それを確認すると、先生が補足説明してくれる。
「エルファリアさんが言うとおり、昔は畑だったみたいだな」
【探査】と【鑑定】を飛ばし、周囲の状況を確認してみる。
「なんなのこれ? この辺りの地図なのかしら?」
エルファリアさんとトーラが、俺の前に出現したウィンドウの地図を興味深そうに見つめている。
「俺の【探査】で周囲を見えるようにして【探査】の結果を表示してるんだ」
「その地図、私たち契約者にしか見えないみたいなんですよ」
「周囲の状況が丸見えとか……さすがはアーティさんですね、素敵です」
「君のスキルはやっぱおかしいのよ……」
トーラがキラキラした顔で俺を見ているのに対して、エルファリアさんは納得のいかないような顔だな。
しかし今の俺にはそこにツッコむ余裕はない。
マップの端の方に映る赤い印。
それもかなりの大きさのものに気付いてしまったからだ。
それは、敵性の魔物がそこにいる証。
サイズで言えば、魔熊を優に超える危険な魔物が存在するという証に他ならない。
周囲を警戒しながら、マップのマークがあるであろう方向を見る。
はるか遠くまで続く草原の真ん中辺りだろうか。そこには大きな木が生えていた。
いや、木と言っていいのだろうか。
一部を除き、見た目と質感は完全に木だ。
しかしその姿は俺の知る世界の、とある映画に出てくるようなフォルムの……。
「なんでこんなところにティラの樹があるのよ!?」
エルファリアさんが信じられないものを見たように上ずった声を上げる。
トーラもフィルも、ベリトでさえ、その異様な容姿を見て息を呑む。
ティラの樹。それは。
俺の知る肉食恐竜……T-REX「ティラノサウルス」の頭を持つ、一本の巨木だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます