第3話 悲鳴

そんなことをぼーっと考えていたところ。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁぁ」


湧き水の近く、ちょっとした崖になってる部分から物音が聞こえたような気がした。


「動物が戻ってきたのかな?」


なんて思いつつ、視線を上に向けると。


「………あああああああああああああああああ~~~~~っ!!!!」


それはお尻だった。

スカートだから多分女の子のお尻。

それが崖のほうからヒューって感じで落ちてくる。


親方! 上からお尻が!


とか馬鹿のことを考えていたら、それがどんどん大きくなり、見事に俺の真上に落ちてきて……。


ぼいんっ!


という感じの擬音と共に、ペットボトルの身体が跳ね飛ばした。

おぉ……この身体って弾性がすごいんだなぁ……。

というか、これって説明にあった「衝撃を反射」したってことかもしれない。

不壊属性だからなのか、俺の身体はどこも凹んでもいないようだ。


「うにゃ! いったぁぁぁぁ……っ!?」


そして跳ね飛ばされた何者かが、近くの樹に顔から突っ込んで悶絶していた。


「突然足場が崩れて落っこちたのに、なんで無事なの!?

何が起こったのー!?」


俺に跳ね飛ばされたのは、予想通り女の子だった。

布素材ぽい短い丈のスカートに袖の短い上着、そして短めのマントを羽織っている。

鼻の頭を真っ赤にして涙目とか、昭和の漫画のようだと思ったが、その顔は

正直美少女と言えるほど整っている。

薄緑の綺麗なロングヘアーの、10代くらいの女の子。

近くに短めの杖っぽいものが落ちているので魔法使い? 魔女? なのかな。

あえて言うことでもないのだが、倒れ方がアレだったので白い下着が丸見えになっている。


「ん~~……ほんとに何があったの……って、痛っ……」


よく見ると、女の子の右足首が紫色に腫れている。

結構高い崖から落ちて、俺に跳ね飛ばされて衝撃は軽減したみたいだけど、全く無事というわけではなかったようだ。

あれは捻挫か? いや、折れてるかもしれない。


「おいおい、大丈夫か?」

「えっ!? だ、誰!?」


つい声をかけた俺にびくっと反応して、女の子は落ちていた杖を拾い握る。


「……誰も、いない……?」


足を庇いながらも、周りをキョロキョロと見まわしつつ警戒する女の子。


「やっぱりいない……って、そんなことよりお姉ちゃんを助けないと…

いた……っ!」


『状態:怪我 右足首の捻挫と骨折、歩くことは困難 -女神ペディア-』


あからさまにヤバそうなその足を見つめると、先生が自動的に鑑定してくれて、やはり聞くだけで痛そうな結果を述べる。


「おい、お嬢ちゃん」


もう一度声をかけると、やっぱりびくっと体を跳ね上げ、警戒しながら周囲を見る女の子。

その視線が俺に向いた。


「よう!」


しばしの沈黙。


「……なにこれ? 瓶?」


女の子がきょとんとした顔で、俺を杖でつつく。


「瓶じゃなくてペットボトルっていうんだよ」


つんつんされながら、俺はなるべき優しい声色で語りかけてみた。


「び、瓶が喋った!?」

「だから違うんだが……まぁ、いいや」


俺を警戒しまくって杖の先をこっち見向ける女の子に、もう一度優しい声で

自己紹介。


「俺の名前は有馬重人。信じられないかもしれないが、俺はこことは違う別の世界からやってきた。なんやかんやでこの姿になったんだと思う」

「お、思うって……あなたは誰なの?」

「誰と言われても困るが……元人間の、今は回復薬を色々生み出せる道具、みたいなものかな」

「人間だった……の?」

「ああ、今はアーティファクトってのになっちまったがな」

「『神具アーティファクト』!? なんでこんなところにあるの!?」


俺の言葉に信じられないものを見たように驚愕する。


「どうもここは小さな神域らしくてね。転生してきたらここに落ちてた」

「落ちてたって……でも、しゃべる瓶とか……『神具アーティファクト』ならあり得るかもだけど……」

「瓶じゃなくてペットボトルな」

「むーーーーーー……」


考え込んでしまった女の子。

そりゃこんな胡散臭いものが喋ったら、警戒の1つや10くらいするだろうけど、女の子の腫れ上がった足首が気になって茶化すこともできない。


「とりあえずちょうどいい。俺の中身を飲んでみてくれ。効果的にはポーションと同じだと思う」


さっき回復効果のあるらしいコーラを出したばかりだ。飲んでもらえれば効果もわかってちょうどいいので提案してみる。


「そ、そんなの信じられないよ!?」


当然、女の子は警戒したまま、ゆっくりと後ずさる。


「…ぃた……」


が、痛みに耐えかね、そのままへたり込んでしまった。


「捻挫だけじゃなくて骨折もしてるみたいだからな」

「骨折って……なんでわかるの?」

「【鑑定】できるからな」

「う、うそ、瓶がなんで鑑定なんか……」

「何でもと言われてもできるもんはできるからなぁ……例えば」


俺は涙目でへたり込む女の子を改めて鑑定する。


ベリト・ベイシュタイン(女/14)魔法使い(火)

Lv3

HP:17/22 MP:7/40

STR:3 VIT:7 DEX:10 INT:14 AGI:5 LUK:2


スキル:火魔法:Lv1

称号:爛漫巨乳

身長:147 体重:秘匿 B:92 W:48 H:79

状態:骨折・捻挫


「お前の名前はベリト?」

「え? う、うん」

「得意魔法は火?」

「うん、火の他に才能ないって言われたことがあるよ」

「Lv3ってことはまだまだ駆け出しってことか」

「レベルも見えるの!?」

「パラメータの詳細もわかるぞ?(見えちゃいけないものも見えるけど)」


体重が秘匿ってのは、女神ペディア先生の温情か何かだろうか。

ここを突っ込んだら多分ダメなので見なかったことにするけど。

というかでっかい。

なにがでっかいとは言わないが、見た目通りにでっかい。

まぁそれはともかく。


「デバフで捻挫と骨折って出てる」

「ふぇぇ、鑑定ってすごいんだねぇ……」


妙に感心されてしまったが、乙女の秘密を垣間見てしまった俺は非常にばつが悪い。

それをごまかすために、俺はえへんと咳ばらいをしてから言葉をつづける。


「まぁ、こんな程度じゃ信用できないかもしれないが……この黒い液体は

コーラと言って、回復(小)の効果がある。飲んでみろ」


俺がそう言うと、ベリトが恐る恐る俺を手にしてまじまじと見る。


「の、飲めって……こんな怪しい黒い液体が薬なんて……」

「信じなくてもいいけどな。でもその傷じゃ動けないだろ? 回復魔法があるなら別だろうけど、このままじゃじり貧だぞ?」

「う……」

「それに誰かを助けなきゃいけないとか言ってたよな? 急がなくていいのか?」


俺の言葉にベリトが息をのむ。


「そうだ、お姉ちゃんを助けないと!

このままじゃお姉ちゃんが死んじゃう!」

「ならイチかバチかこいつを飲んでみろ。今よりひどいことにはならないよ」

「で、でも……」


それでも困ったように俺と、自分の足を見る。


「こんな黒いものを……飲むなんて……」


ごくりと喉を鳴らす。


「ちなみに美味いぞ」

「お、おいしいの? こんな色してるのに?」

「俺は大好きだった」

「そ、そうなんだ……」


ベリトは逡巡してから、


「えっと……ど、どうやって飲むの?」


おずおずと聞く。


「赤いキャップを回して」


未開封のペットボトルのようにぱきっと音をさせ、赤色のキャップが地面に落ちる。

同時にペットボトルの中で炭酸がしゅわーっという音を立てた。


「わわっ、なんか泡が出たんだけど!?」

「それは炭酸っていうやつだ。慣れると癖になるぞ」

「う~~……でも匂いは……悪くないかも?」


ベリトが意を決して俺を掴む。


「……なんか冷たい」

「コーラはキンキンに冷やしたほうが美味いからな」

「そうじゃなくて、瓶さんこんなところにあったのに、なんで冷えてるの?」

「さぁ……そういう道具だから?」

「ふぅん……変なの」


ほんの少し微笑みながら、ベリトは意を決したように俺に口を付けた。

この身体に触覚や痛覚といったものがないとはいえ……何とも言えない背徳気分になる。


「ん……っ」


目を瞑りボトルを口にする。


おぉ、なんかエロい。

俺の視界的には良く見えないが、それなりの美少女が喉を鳴らしながら俺の

中身を飲み干していく。

口の端からコーラの液体がこぼれ、口元を伝って地面に落ちる。

高揚した頬が、吐息が、耳元で聞こえるように、ペットボトルの身体を通して伝わっていく。

これはヤバい。

元の身体だったら確実に前かがみになる自信がある。


「んく、んく、んく、ん~~……なんかしゅわしゅわするぅ……。

あ、でも甘……」


そんな俺の感情を知ってか知らずか。

最初の警戒はどこへやら、ベリトは満更でもない様子でペットボトルの中身を飲み干していく。

そして中身をすべて飲み干してから、妖艶に口元を伝っていたコーラの残りを

ペロリと舐めた。

仕草がいちいちエロイなこの子……。

そして中身が無くなったと同時に、ポンという感じで俺の姿が元に戻る。


「わ、なんか変わった!?」

「これが俺の通常フォームらしい」

「ふぅん……それにしても不思議な飲み物だねぇ、これ……」

「こっちの世界には似たようなものはないのか?」

「お酒でエールとかはこんな感じでしゅわしゅわしてるの見たことあるけど、

飲んだことないからわかんない」

「まだ14歳のお子様だもんな」

「お子様じゃないよぉ! あと1年で結婚もできるもん!」


俺の言葉にぷんすか怒り出す。

この世界の結婚は15歳からできるのか。


「まぁ、それはともかく……足はどうだ?」


話をしつつ、鑑定で骨折のデバフが消えているのを確認してから、ベリトに問いかける。


「え……足が……? 痛くない!? あれ、治ってる!? 折れたのに!?」


驚いたように立ち上がり、ベリトがその場でぴょんぴょん跳ねる。

ばるんばるんしている双丘に圧倒されながらも、俺は鑑定結果を見てベリトのパラメータを見て息を飲む。


STR:53(+50) VIT:57(+50) DEX:60(+50) INT:64(+50) AGI:55(+50) LUK:52(+50)


軒並みパラメータが爆上がりしてるんだが!?


慌てて自分のパラメータを見る。


STR:0(-50) VIT:0(-50) DEX:0(-50) INT:0(-50) AGI:0(-50) LUK:SPD:0(-50)0(-50)


おおう、軒並み0になってる。もしかしてこれがパラメータの貸与ってやつか?

さっきの説明だと細かく付与の設定もできるらしいし、この辺は後で確認しておこう。


「とりあえずよかった、効いたようだな」


正直飲んでもらえないことには効果の確認ができなかったのもあり、

無事治ってホッとする。。


「うん……あの、えっと……ありがとっ」


ベリトは痛みの引いた足を確認しながら、にっこり微笑んでお礼の言葉を口にする。


「いえいえ、こっちも効果を確認できてありがたかった」

「……え?」

「スキル的に回復なのは間違いないんだけど、俺のスキルって他人に対して効果があるようなものだからなぁ。自分じゃ確認できなくて困ってたんだ」

「ちょっと! それってあたしを実験台にしたってこと!?」

「結果的に助かったんだからいいじゃないか」

「うぐ、それはそうなんだけど……なんか納得いかないよ」

「だから気にすんなって」

「ぶぅ~」

「それよりお姉さんだっけか? 助けに行けないとまずいんじゃないのか?」


頬を膨らませて可愛く怒るベリトを宥めながら、そう口にすると、

ベリトははっとした顔を浮かべ崖の上を睨みつける。


「そうなの! お姉ちゃんが危ないの! 助けに行かないと!」


叫びながら明らかに焦り始めて、自分が落ちてきた崖を見上げる。


「瓶さんごめん、お姉ちゃんも怪我してるの。お願い、お姉ちゃんを助けるの手伝って!」


俺を顔の前に持ってきて、懇願するように頭を下げる。

目の端に浮かぶ涙が滴になって落ちて消えるのを見てしまった以上、

できる限りのことはしてあげたい。

ただ、今の俺はペットボトルで、自力で何ができるわけでもない。

唯一できるのは、コーラを産み出して飲んでもらって回復させるだけ。

お姉さんの居場所まで行くこともできない。

移動を含め、今後のことはすべてベリトにかかっている。


「今の俺は、見ての通り自力で動くことができない。移動はお前に頼ることになる。そして多分、コーラを出して飲んでもらうこと以外のことはできない。それでもいいなら、俺を持っていけ」


そう言うと、ベリトは嬉しそうに微笑んで、力強く頷いた。


「ありがとう瓶さん! それじゃ急ぐからここに入ってて!」


そう言うなり、ベリトは俺を掴んで胸の谷間に挟み込んだ。

ぽよんという擬音が聞こえたような気がした。多分気のせいだけど。

でもいいのこれ、全人類男性の夢そのものだと思うんだけど!


「行くよ、瓶さん! しっかり捕まっててね!」

「掴まっていいの!? つか掴まれないんだけど!?」


そんなことを叫んだ瞬間。

ベリトの一足が地面を蹴って……ものすごい勢いで走り出した。


「うきゃぁぁぁぁぁあぁ!?」


その自分の速度が信じられないようなベリトの悲鳴がドップラー効果となって森の中に響く……。


「び、瓶さん瓶さん、ナニコレナニコレ!? なんであたしこんな速さで走れちゃったの!? 絶対何かしたでしょ!?」

「よ、よくはわからないけど……今のベリトは能力にバフがかかってて……。

パラメータがえらいことになってる……」


悲鳴を上げながら爆走するベリト。

そりゃ元の数値が平均10くらいだったのに、今では5倍近い数値になっているんだ、そりゃ爆走もするだろう。

他の人間を鑑定したわけじゃないからわからないけど、数値的には相当なものになっているはずだ。


だって、ひとっ飛びで5mはある崖をぴょーんと飛び越したのだから。


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