校庭で

sui

校庭で


好きなアイドルの視線の先にいる誰か。

画面の中にいる可愛いあの子。

ドラマに出てくる色恋話に漫画やアニメの誰もが夢中になるヒロイン。


当然一度は憧れた。もしも私だったらと妄想もした。あんな風になってみたいと自分なりに努力もした。

それで、結局どれも自分には関係がない、遠いお話だと分かった。



そもそも誰とでも話せる性格じゃあない。自分と違う派手な服を着た相手や年上、言葉が乱暴な相手には緊張してしまう。知らない人間も苦手だ。

話しかけられても面白い事は言えないし、時には空回って首を傾げられるような事を言ってしまう。

顔も可愛いと言う程じゃない。お洒落も正直よく分からない。あれこれ調べて自分なりにやってみてもパッとしない。

頭もそんなに良くはない。勉強だって好きじゃないし、一生懸命やっても一番は取れない。

誰からも愛される、誰もに褒められるような人間にはどうしたってなれない。



階段の陰。転がる鞄にペットボトルと首にかけていたタオルを入れて立ち上がる。

ジャージの砂を払うと手が白く染まってジャリジャリした。

離れた所から楽器の音が疎らに聞こえてくる。


ホイッスルが響いた。

面倒臭い、そう思いながらグラウンドへ向かう。

太陽が眩しい。また日焼けしてしまう。

かと言ってマメに日焼け止めを塗りはしない。ただ色白なクラスメイトが褒められた時にモヤモヤした気持ちになるだけ。日焼けしてるの良いね、と自分が褒められたとしてもきっとそれはそれでモヤモヤするのだろう。


「塾でテストがあるって言われてさぁ」

「うちもー」

「すっごいダルい」


「今日の帰り、どうする?」

「薬局寄ってこうと思ってんだけど」

「えー、何?」

「コスメとか見たいなぁって」


「おおい、早くしろー」

「ハァイ」

「おおいってさぁ……すぐここに居んじゃん。どこまで呼ぶ気だよ」

「山彦か?」

「それはヤッホーとかじゃない?」

「ヤッホーって!」


笑う甲高い声が居心地悪い。靴を履きなおすフリをしてチームメイトから少し離れる。


「早く行こ?」

「あ、ゴメン」


友達に話しかけられて、立ち上がった。

クラスも登下校のルートも重ならない、部活中だけ一緒にいる友達。派手ではなくて少人数で集まっている所にいるような、自分に近いタイプの子。

するのは部活の話が殆どで、残りは授業の話。何が好きなのかもよく知らない。

この子をそもそも友達と呼んでいいんだろうか。


「あ、ウッちゃん」


もう一番最後になってしまったと思っていたのに、更に後ろから声をかけられた。


「トイレ行ってて。もう集合?」

「そうだよ」

「あ、先生見てるじゃん。アイ達も急ご?」

「うん」


ウッちゃん。

部活で一番足が早い、同じクラスの子。いつも周りに友達がいて、誰とでも楽しそうにしている。男子ともよく喋っているし、先生に声を掛けられている姿も見かける。

お洒落に熱心という訳ではないみたいけれど、制服でもジャージでも不思議な位にしっくり来ている。飾りのないゴムで作ったポニーテールもよく似合っている。

成績も上の方だし自習室に行って勉強している姿も見かける。


ウッちゃんは可愛い。多分その辺のインフルエンサーよりもずっと。

だってとてもキラキラしている。


「早く並べー」

「はぁい」

「しゃんとしろ、休憩時間は終わりだぞ」

「先生、タイマーは?」

「これで……」

「記録やりまーす」

「じゃあ順番に計測していくからな」

「ハイッ」


人数が多くないからあっという間に自分の番はやって来る。

隣はウッちゃんだ、そう思いながら位置についた。

緊張で少し気分が落ち込む。この瞬間が一番嫌いだ。


合図が出た。

走り出す。足が動く。手を動かす。リズムに乗る。ほんの少しだけ楽しくなる。

それから苦しくなっていく。


何故こんな事をやっているのかと聞かれても正直答えられない。

思ったより結果が出せたから、それで誘われたから続けているだけ。


隣にウッちゃんがいる。

同時に出て、少しの間はこっちの方が早かった。

なのにゴール前で追い抜かれた。

髪が揺れている。


ラインを過ぎて速度を落とすのは同時位。けれどやっぱり、ほんの少し先にウッちゃんはいる。


息を切らせる姿も綺麗に見えた。

自分の顔なんて思い浮かべたくもない。


先に終えたアイに手招きされて、レーンの内側に入った。

「ウッちゃんは速いね、ホントに」

「ね、大会行くでしょ?」

「今の所はありそう」

次のグループが走り出す。さっきまで笑っていた子が真剣な顔で走って来る。一緒に走っているのは仲良く喋っていた子だ。

あの子達は切り替えが上手い。

「私はもうダメかも」

「え、でも結構いい線行ってるのに」

「だってしんどいもん」

「そうかなぁ、先生もコーチも褒めてたよ?」

「無理無理、第一ウッちゃんには敵わないんだから」

ウッちゃんは人気者。パッとしない自分。

ウッちゃんは可愛い。今一つの自分。

ウッちゃんは速い。褒められてたって何も出来ない、結局前を取られる自分。


悪いのは誰でもない。良い悪いで言うなら多分自分が一番悪い。

でも、でもじゃあどうしたら良いんだろう。



笑って手を振っているとウッちゃんがじっとこちらを見ていた。

その目は何処か冷めていて、少し恐いと感じる。

その綺麗な唇が開いた。


「貴女が弱いのは私のせいではないから」


キラキラが胸に突き刺さる。

まるでナイフのような鋭さで。

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