第5話 聖女リズ視点、おっさんはたこ焼きの恩を返してくれるらしいです

「おお! これがたこ焼き!!」


 移動屋台の方は親切な方で、馬車を止めて売ってくれました。

 ですが……途中で私に気付いたようです。


 とたんにいつもの目に変わります。

 汚いものを見る目……


 お金を渡すと、無言でさっさと行ってしまいました。


「どうしたリズ? たこ焼きだぞ!」

「あ……はい。そうですね、ではそこにかけて食べましょう」


 私とバートスは倒木に腰をかけて、たこ焼きを口に運ぶ。


「熱いので気を付けてくださいね」


 そう言ってバートスに視線を向けると―――



 すでに一気にぱっくりいっちゃってました……。



 ああ……それは熱いでしょう。口中やけどコースですよ。


 両手で口をおさえて、完全に涙目になっているおじさん。



「―――むぅう!?」



 ほらぁ、熱いんですね?



「うまぁあああああ!!!」



 森中におじさんの大声が響きわたる。


 いやいや、ただのたこ焼きですよ。



「こ、これはなんだ! 柔らかくて、ハフハフで、中に何か入っているぞ!」

「タコをぶつ切りにしたものですよ」


「タコか! だからたこ焼きか! なるほど!」


 たこ焼きを次々と口に入れるバートス。


 本当に美味しそうに食べますね。


「ところで、熱くないんですか?」

「それは平気だ」


 どうやら熱くて泣いてるのではなく、おいしすぎて感激のあまり泣いているようです。

 火を使うのが得意なようですから、熱耐性も高いのでしょうか。


「リズは天使だな! ありがとう! ありがとう!」


 なんかめちゃくちゃ感謝されてます。


 お礼を言われるなんて……本当に久しぶりですね……


 まあ、とにかく食べましょう。実は私も久しぶりの温かい食事です。


 その後しばらく沈黙が続いた。


「いや~~うまい~~こんなものは初めて食べたぞ~」


 ご満足頂けたようです。良かった。



 あ……バートスの額が、擦り傷だらけです。


 グレートスネークとの戦いのあと、凄い勢いで走り抜けた時の傷ですね。


 私は懐から小瓶を出して、バートスの額にかけます。


「んん? なんだそれ?」

「ポーションですよ。これで綺麗になりましたね」


「おお! 顔ヒリヒリしてたのが無くなったぞ! リズは凄いな!」


 凄い?


 私は聖女なんですよ。


 普通に考えてポーション使うんなんて、おかしいじゃないですか。



「私、聖女なのに治癒魔法が使えないんです。笑えますよね」



「治癒魔法ってのは、さっきのポーションみたいなもんだよな?」

「そうですよ。傷ついた人の体を元通りに回復させる魔法です」


 そしていま使ったポーションが最後の一本でした。もうポーションを買うお金もありません。


 本当に……笑うしかないですね……



「私は―――出来損ないの聖女なんです」



 あれ? なんでこんなことを話しているんでしょう?


 でも、このおじさんには話したくなってきました。



「少し私のことを話してもよろしいですか? バートス」



「ああ、もちろんだ。リズ」


 バートスが真剣な眼差しで私を見てくれた。


「私は2年前に聖女として認定されました。私が15歳の時ですね」

「てことはリズはまだ17歳なのか?」


「はい、教会で女神様から天啓を受けました。私は聖女に選ばれたと」

「女神……ということは天界のやつらか。そう言えば、人間に特別な力を与える神がいると親父が言ってたな」


「バートスの言う方かはわかりませんが、直接私の頭に女神さまのお声がひびきました」

「しかし町の人が言ってたが、なんでリズがドラゴンを退治せにゃならんのだ?」


「私がレッドドラゴン討伐の任を王国から受けているからです」


「17歳の少女がドラゴン討伐なんて、無茶苦茶じゃないか」


「いえ、本来聖女とは国を守る者、そして悪しき魔物を討伐する者なのです。歴代の聖女様は治癒魔法はもちろんのこと、強大な魔力と強力な魔法を授かります」



 私は何も授かりませんでしたけど……



「そして聖女は王国の騎士たちを従えて、魔物を討伐する役目を果たすのです」


「なるほど、しかしリズは1人だぞ?」


「それは……私が婚約破棄されたことに関係しています……」



 そう、それが悪夢のはじまり……



 いえ……聖女に選ばれたことが間違いだったんでしょうね。



「私は聖女に選ばれる以前に、この国の王子と婚約していました。ですが聖女に選ばれて状況が一変してしまったんです」


「王子? 王の息子か……もしかして、リズはとんでもない人なのか?」


「これでも一応侯爵令嬢なんですよ。元ですけどね」


 いまやボロボロの法衣に、使い古された聖杖。

 これが元貴族令嬢だなんて、とてもそうには見えないでしょうね。


「聖女に選ばれる人はごくわずかです。ですから聖女には大きな期待が集まります。でも私は何の力も発揮できませんでした……初歩の治癒魔法さえできません」


 王子も私が聖女に選ばれてとても喜んでいました。


 でも、何も出来ない私を見て、日に日にその態度は変わっていき……



「1年前に一方的に婚約破棄を宣言されました……」



 それからは地獄の日々です。


 実家も私を守ってくれませんでした。家名に泥を塗ったと言われ、僅かなお金を渡されて追い出されてしまいました。


 それまで私に近づこうしていた人たちもみんな離れていきました。


 私の顔から笑顔なんてものは消えて、出来損ない聖女、氷の聖女、なんて言われるようになって。


 こんな私に絡んでもなにもいい事はありませんし、下手に関係すると王子の不興を買うかもしれませんからね。


 しかも婚約破棄された日に、王国からレッドドラゴン討伐の任を受けました。


 なんの支援もなく1人で討伐とか……明らかに王子が裏で動いたのでしょう。

 彼からしてみれば、私は消し去りたい汚点です。


 はじめはまだ発現していない力があるのでは? 


 と思って頑張りましたが……


 なにも変わりませんでした。


 そして気力もお金も尽きた今日、魔物に襲われている旅人と偶然遭遇して思ってしまいました。



 ―――ここで終わりでいいやと。



 どのみち逃げても、どこにも安住の地はありません。


 唯一使える氷魔法で魔物の注意を引いて、旅人はなんとか逃げられたようですが、私は魔物に弾き飛ばされてしまいます。


 相手はグレートスネーク。本来の聖女なら討伐できるでしょう。


 でも―――


 私は出来損ないの聖女。


 なんの力もない。



 これで最期と諦めていたら―――



 おじさんがクッションになって。



 しかも、グレートスネークを一瞬で灰にしてしまいました。



「あ……」



 少しとか言って、随分と話してしまいました。

 というか後半は完全に私の回想シーンをつらつらと。


 バートスがなにやらウンウン唸ってます。


 そうですよね。


 こんな欠陥聖女の暗い話を一方的に延々と聞かされたら、嫌になりますよね。



「―――よし! 俺も手伝ってやる」



 ―――え? 



 なに言ってるの、この人?



「1人よりは2人のほうが良いだろう。それに聖女は供を引き連れているものなんだろう?」


「私の話を聞いていましたか?」 

「ああ、だから手伝うと言ってるんだ」


 私に絡んでも何も得しませんよ?


 そんなの見ればわかりますよね。


 バートスになんのメリットもありません。

 というかリスクしかない。


「私の討伐対象はドラゴンですよ? 王国指定のS級魔物ですよ? それをわかっているのですか?」


「ああ、わかっている。俺はそのドラゴンとやらを見たことは無いが、とてつもなく恐ろしい魔物なのだということは町の人の話や、リズの話からわかる」


 ドラゴンは魔物のなかでも完全に上位個体。グレートスネークも強敵ですが、ドラゴンはそのはるか上をいく存在です。



「でしたら……」



「たこ焼きの恩は生涯忘れんのだ! だから俺も手伝う!」



 いやいや、恩と言うなら、私はあなたに命救われてますよ!!



 たこ焼きなんて、誰でも買えますよ!



 なんなんだろうこの人。


 変わっているけど……でも……なにか温かい感じがします。

 久しぶりに思い出したような。


「ところでリズ」

「なんでしょうか?」

「最後の1個、食べていい?」


「……フフ、もちろんです」


「なんだ、そんな顔もできるんじゃないか」

「……え?」


「俺は笑ったリズの方が好きだな」


 満足そうに最後の1個を食べ終えたバートスが、思いもかけない事を口にする。



 あれ? もしかして私は笑っていたのですか?


 絶望の笑いではなく、本当の笑み。



 そんな感情は随分前に無くなったと思っていましたが。


 そうですか……笑っていたんですね。


 女神様も最後に温かい思い出をくれたんですかね。


 この人なら……


 少しだけ元気が出てきました。



 もう一度だけ、希望を取りもどしてもいいのかも。



 私は汚れた法衣を整えて、背筋を正す。



「わかりました。

 ――――――私を手伝ってください、バートス」



「ああ、もちろんだ」



 ですが、やはり勝ち目の薄い戦いになるのは間違いありません。

 私の事情に巻き込んで、この人を死なせるわけにはいかない。


 私はスッとバートスに顔を近づける。



 この人だけは生き残れるように……



「どうした? もう顔の傷は治ったぞ?」

「静かに。バートス、少し目をつぶってください」


 私の唇にやわらかい感触が伝わり、ほのかに青い光が周囲を照らした。


 これは聖女の加護。


 良かった、これは私も使用できるみたいですね。そうそう試すことなんて出来ないですから。



「―――んあ? もう目を開けていいか?」


「はい、構いませんよ」


 自分の唇に手を当てて、「あっ!」と何かに気付いた様子のバートス。

 それはビックリしますよね……でも私だって初めてだったんだから。


「なんだ? リズも最後の一個が欲しかったのか?」


「ち、違いますよ! もう!」


「そうか、良く分からんが顔が真っ赤だぞ?」


「大丈夫ですから! さっきのは忘れてください。ただのおまじないですからっ!」


 これは、そういうのじゃないですから!


 加護を発動させる為に止む無くしたんです!


 本人は気付いてないかもですが、けっこういい顔のおじさんなんですよっ!



 あ、なに言ってんの私……



 と、とにかく加護はしっかり付与できました。



 私の薬指に指輪のように2本の線が浮き上がってきました、加護の印です。

 黒と赤の線。おそらくバートスにも浮き上がっているはず。


 黒い線は、バートスに万が一の事があれば、私の命と引き換えに彼を救うことが出来ます。


 赤い線は……強力な加護を発動したことによる私への制約ですね。



 10日以上この人と離れると……



 ―――私は永遠の眠りにつきます。






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