第2話 おっさん、職を探していたら森から美少女が飛んできた

「ふあぁ~。お、ついたか」


 転移ゲートの移動がやけに長くて思わず寝てしまった。最近仕事が立て込んでたからな。

 俺は目を擦りながら、周囲を見渡す。


 ここが地上(人間界)か。


 あたりは木々が生い茂っていた。どうやら森の中のようだ。


 人間界については、死んだ親父から色々教えてもらった。

 親父は魔王軍にいた頃、人間界行ったことがあるので当時の話をしてくれたのだ。


 捨てられていた赤ん坊の俺を拾ったのもその時だ。


 しかし……まさか俺が人間界に来ることになるとは……


 とにかくここにいても何も始まらないので、森の中を進みはじめる。



 ―――ガサガサ



 少し進むと、なにか聞こえてきた。


「ひぃいい! いやぁああ!」

「わぁ~~ん」


 んん? なんだ? 悲鳴?


 声の元へ行ってみると、人間がいた。母とその娘のようだ。

 2人してその場に座り込んで、おびえている。


 長いものが、2人の前にジワジワと近づいていた。



 ―――ああ、ミミズか。



 たしかに……うにょうにょしてて、見た目気持ち悪いんだ。チロチロ出し入れする舌も不気味だし。女性は苦手かもな。

 いずれにせよこのままでは、2人はミミズに襲われてしまう。



 ―――ボウッ!



 俺は【焼却】しょうきゃくを発動した。

 ボウッと燃えると同時にミミズは灰となって消えていく。


 人間界でも俺の固有能力は発動できるようだな。

 ミミズなので出来る限り出力を絞ったが。



「や、薬草を取りに来たら、急に襲われて。本当にありがとうございました!」

「おじちゃん~~ありがとう~~かっこいい~~」


 母親がなにかお礼をと言ってきたが。そんなもんは不要だ。

 俺の親父が生きていたら、「ミミズごときで何を言う?」と言ってただろう。


 2人は深く頭を下げると、去って行った。


 無事で良かったな。


 地上(人間界)にも魔物はいる。さっきのミミズも魔物だ。


 はるか昔は、魔界と人間界の境界があいまいだったらしい。

 なのでミミズのように、どちらの世界にもいるやつは多いと親父は言っていた。


 ちなみに魔物と魔族は違う。大きな違いは知性があるかどうかだ。

 魔物は基本的に知性のないやつが多い。魔族のように魔王軍や清掃局といった組織も存在しない。


 魔族にとっても魔物は害獣なので基本的に駆除対象となる。

 魔界は広いので、魔族が住んでいない地区は山ほどある。そんなところまで駆除しに行くことはないが、魔族の居住地域に近づく奴は討伐される。


 まあ一部魔物を使役する魔族もいるが。これは魔王軍の許可が必要だ。


 そして魔物は好んで他生物を攻撃する。捕食の為という場合もあるだろうが、どちらかというと殺意で動くことの方が多い。

 かつて、神がそういう存在として生み出したという事になっている。


 まあ、真実は俺も知らん。

 そして俺の腹の方は事実を知らせてくる。



「ぐぅ~~」



 さて……俺も町へ行くか。


 2人が去った方に行けばいいだろう。

 まあ第二の人生だ。ゆっくりいこう。




 ◇◇◇




 森を抜けると町にでた。

 当たり前だが、人がいっぱいいる。


 店もたくさんあるぞ。いい匂いにつられていくと、肉の串を焼いているではないか。


「おう、おっさん。どうだ一本? 焼きたてだぜ」

「おお……」


 なにこれ、めっちゃ美味そうだ。


 死んだ親父の話によれば、魔界と人間界の社会はそれほど変わらないらしい。

 なので親父に教えてもらった知識がある俺は、人間界でも最低限度の常識は備えているはずだ。


 つまりここは飲食店であり、金を払えば食べることが出来る。


 俺は手持ちの金を店員に渡して、肉串のひとつに手を伸ばす。

 が、俺の手は肉串に届く前に止められた。


「なんだぁ、この金は? あんた他国から来たのか? ここじゃ王国の金しか使えねぇよ」


 しまった、つい魔界のお金を出してしまった。

 俺は人間だから大丈夫だろうけど、あまりこの金は人に見せない方が良いな。魔族は人間に良いイメージはないだろうからな。


 しかし……これはピンチだ。


 たった今俺は無一文ということが確定したのだから。


 早急にこの国のお金を稼がねばならん。


 つまり職を見つけなければならない、ということだ。



 しかし俺……



 燃やすしかできんぞ。



 魔界でも転職経験があればなぁ。俺ずっと燃やすしかしてこなかったよ。


 いやいや、無いものはしょうがない。

 とりあえずこの町でなにかあるかもしれん。そう思ってあたりをキョロキョロしながら歩いていると、張り紙が俺の眼に入って来た。


 お、従業員募集だと!


 いきなりあった。


 俺は早速、張り紙のお店に入ってみる。


 飲食店のようだ。旨そうなにおいを漂わせた皿がたくさん。


 うわぁ~~食べたい……

 さっきの肉串も食べられなかったしな。


 よだれがたれそうになったのをこらえて、店員さんに声を掛けると奥のキッチンに案内された。


「おう、おめぇか雇って欲しいってのは?」

「はい、張り紙を見て」


 若干いかつい感じの男が俺をギロリと睨む。この男が店長らしい。


「おめぇ特技はなんだ?」

「燃やせます! 燃やす仕事ありますか?」

「ああ? なんだそりゃ? なめてんのかおまえ?」

「いえ、なめるんじゃなくて燃やします!」


 とにかく俺の出来ることをアピールするしかない。

 魔界ではずっとゴミ焼却しかしてこなかったからな。


「ケッ! なら奥の古窯に火を入れて見せろ」


 奥に行くと、古びた窯がある。これを燃やせばいいんだな。うまく調整してと―――


「いっとくがそいつは普通の火魔法じゃ火は入らねぇぜ。そいつは俺の先々代から続く……」



 ―――ボウっ!



 うおっ! 調整ミスった!


 窯がドロドロに溶けてしまった……



 ヤバイヤバイヤバイ……どうしよう。店長、固まってしまったぞ。



「……なんだぁ、あんた高位の火魔法使いだな?」

「はい?」


 なんのことだ? 俺は魔法なんか使えん! ていうかそんなことより、先々代から続く窯がドロドロなんだぞ! 気にするのはそっちだろ! 


「そんな奴はうちでは雇えないな、もっと別のとこにいきな。王都に行けば魔法師団や、魔法学校もある。あんたを必要とするやつらがいるだろう」


 まあそうだろう。窯を台無しにして雇ってくれるはずがない。

 魔法師団? 魔法学校? つまり基礎から学んで出直してこい、ということか。しかし俺には学校に行く金もなければ、今日の飯すらないんだ。王都になど行っていたら餓死してしまう。


 ただ、根はやさしい人なのか窯は弁償しなくてもいいらしい。随分前から使ってもいないとのことだ。


 しかしおかしいな。


 かなり出力は絞ったはずなんだけどなぁ。

 人間界だと少し勝手が違うのかもしれん。


 まあ、はじめから上手くはいかないさ。

 次だ、次。



 気を取り直して俺は就活に勤しんだのだが……



 ―――ヤバイ。



 まったくもって雇ってくれない。


 ゆいいつの取柄である【焼却】を見せると、同じような断りを入れられてしまう。

「魔法の学校へ行け」とかそんな感じだ。



 やはり燃やすだけとかは、そもそも需要がないのだろうか。


「聞いた~? 最近森にグレートスネークが出るそうよ~怖いわ~」


 俺が町中をトボトボ歩いていくと、買物帰りなのか、かごに食材をたくさん詰めたご婦人たちの会話が聞こえてきた。

 なるほど夕飯の食材か。なんか完成料理を想像しただけでよだれ出そう。


「なんでもレッドドラゴンが現れて、グレートスネークが奥地の住処から追われて出てきたかもしれないって」

「王国の騎士団は討伐に来てくれないのかしら」

「騎士さまが、こんなド田舎地方に来てくれるわけないじゃない」


 グレートスネークにレッドドラゴンだと?

 聞いたいこともない魔物だけど、会話を聞く限りだとヤバイ魔物のようだ。名前からして強そうだし。


「でも、騎士団は来てないけど、レッドドラゴン討伐に聖女様がこの町に来ているらしいわよ」

「ああ~~あたし知ってる。例の出来損ない聖女でしょ~~」

「そう言えば並みの氷魔法しか使えないんだっけ? 表情も死んでて氷の聖女とか言われているらしいわよ」

「そんなんでドラゴン討伐とか無理よね~~レッドドラゴンてS級魔物でしょ? その聖女、護衛も騎士団もついてないらしいし。死ねって言ってるようなものよね~」

「王都では新しい聖女様がアースドラゴンを討伐したらしいし。お古の聖女様は完全にやっかい払いよね~~」



 なんだか良く分からんが、単身でドラゴンに立ち向かう人がいるらしい。


 聖女か……たしかごく一部の選ばれた人間しかなれないと、親父が言ってたな。

 S級魔物って最上位のランクじゃなかったか? それに挑むとか、とんでもない人なんだろう。


 しかし今はそんなことより金がない。


 当然ながら金が無いと、宿にも泊まれない。




 結局俺は街の近くの森で野宿するしかなかった。


 明日こそは職に就かんと、グぅ~となるお腹をさすりながら草むらにゴロンと転がった。



「はよ寝よ……明日は朝一から職探しだ。おやすみなさ~~い。

 ―――――――――ブフォ!!」



 俺が目をつぶろうとした瞬間、森の奥からなにか飛んできた。


 強い衝撃と柔らかい感触、そしてなんかほんのりいい匂い。


 俺の上に落ちてきたのは若い女。

 衣服は汚れているが、どうみても美少女。


 その美少女が口を開いた。



「クッ……あ、あなたこんなところでなにをしているのですか! 早く逃げなさい!」



 どうやら少女はなにかと戦っているらしい。



 森の奥から長いものが、ニョロニョロと出てくる。



 ―――ああ、またミミズか。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る