第12話 4日目ー1


 歓迎を受けた翌朝、俺は取り敢えず2つの作業に取り掛かる事を決めた。


 1つは孤児たちの住み家を作る事。

 1つは歓迎してくれたスラム街の住人にお返しをする事。


 朝の挨拶をした後で、すぐにエド爺にベッドの製作を手配出来ないかを訊いた。

 もちろん、報酬は支払うよ。

 こっちのお金を持っていないから現物支給だ。

 報酬は変質魔法で造った小麦粉モドキと、短期とは言え常温保存が可能な絶品燻製肉モドキだ。


 絶品燻製肉モドキは日本で食べて美味しかった、牛肉を醤油ベースで味付けした逸品を参考にするので、この世界では初の味わいだろう。


 うん、俺も今すぐ食べたくなって来た。

 ダメだ、我慢出来ん。

 エド爺が朝食の用意を始める前に造ってしまおう。


 エド爺に一言断ってから台所を借りたところで、ちょうどリックとベスの兄妹が起きて来た。

 ベスがエド爺に、俺が造り出す料理は美味しいから期待しててなの、と一生懸命に訴えている。

 期待に応えねば。


 毎度お馴染みの皮魚を取り出して、スライスした牛肉モドキに造り替える。

 それとは別に醬油ベースの漬けダレを造るんだが、材料は昨日歩いていた時に集めておいた雑草だ。

 時短と除菌と殺菌の継続の為に様々な魔法は勿論、命力や神力まで使いまくって完成したのは30分後だった。

 一人暮らしの期間が長かったので、生きていた頃は流行っていたレンジを使った時短メニューをよく使っていたが、自由度と時短度は魔法の圧勝だな。

 


「これを報酬にするんですか? 商売が出来そうな完成度ですよ? 絶対に人気が出ます」


 エド爺の評価は、正に俺の狙い通りだった。

 まあ、悪性腫瘍が完治した事で食欲がカンストしていた事も一因だろうが。

 リックもベスも蕩ける様な笑顔を食べている。


 美味しいだろ? これだけでご飯3杯はイケる。


 多目に作ったので孤児たちと泊めてくれた家庭には夕食の時に食べて貰う為に配ろう。


「過分な評価を有難う。まあ、俺も予想以上に美味しく出来たと思うな」

「いえ、過分ではございません。一度味わえば忘れられなくなる味わいです」

「それと、長持ちさせる工夫はしたが、念の為に渡してから5日以内に食べた方が良いな」

「それだけあれば十分です。第一美味しくてすぐに食べ尽くしてしまいます。お酒の当てにもピッタリです」



 今夜あたり呑むな?

 当然、俺も飲むよ。

 まあ、それはともかく。


「この街の住人の生活を改善する為に、まずは新たな仕事を造り出す事から始めようと思っている。ベッドを造る為には材料を集めたり加工したりするのに人手が必要だろう? 8個の2段ベッドを造るから街に残っている内の何人かの仕事になるだろう」

「なるほど」


 この街が何とか回っているヒントは『出稼ぎ』と言う言葉だ。

 ドムスラルド領の元住民が就ける職業はどうしても限られていた。

 最大の就業人口だった農業は、王都近郊を勝手に耕作出来ないから収入を得る手段にならない。


 そこで、対魔獣戦線の最前線になってしまったドムスラルドの隣領のザクコムント領に出稼ぎに行く様になった訳だ。

 ザクコムント領が山勝ちで、川の源流も多い為に魔獣の動きが制限される事は幸運と言えた。

 阻止線を構築するのに最適な場所に予算を投下して魔獣を封じ込める努力がされているが、勿論、それは例の王族の利権を増やす為だ。

 日本でも利権が発生し易い分野だからな。


 それはともかく、土木業や林業の仕事が増えると人手が大量に要る。

 そこに仕事が有るなら難民化した避難民が吸収される訳だ。

 勿論、治安維持の観点からも、王都外スラム街の働き手が減る事は望ましいと思っている筈だ。


 一部王族の利権の為に工事が進められているが、公平な目で見ても工事自体は必須だろう。

 なんせ、ザクコムント領を抜かれると、王都まで防衛に適した山や川と言った要害となる地形が無いからな。

 その為に王都防衛は、これまでの歴史と同じ様に最初から籠城戦になると見込まれている。



「まあ、お金を持っていれば、それで支払えるんだがな。それはともかく、鍛冶屋もしくは元鍛冶屋の人間はこの街に居ないかな?」

「現役の鍛冶屋は居ないですね。何人か居たんですが、引退した1人を除いてザクコムント領に誘われて出て行きました」

「まあ、それはそれで領民の自立が出来たので良かったと思おう。引退した人間に伝手は有るかな?」

「ええ、それは大丈夫です。何かお考えですか?」 

「この街の中だけで鉄製品を調達出来る様にしたいのさ。街に残った人間で腕に覚えが有って、てっとり早く報酬が期待出来る魔獣駆除を仕事にしたいけれども、武器が無い為に断念している人材を活かす方法さ。使えなくなった包丁を鋳つぶして槍の穂先に打ち直せれば多少の数が揃うと思わないか?」

「ほとんどの家庭は避難する際にある程度の家財は持ち出せた筈です。包丁はまず持ち出しているでしょう」


 朗報だ。

 昨日の宴で出た料理はそれなりに真面まともな調理が施されていた。

 例えば、野菜や肉片(ほんのちょっとだけだったが)はサイズが揃う様に切られていた。

 窮余の策で石で包丁を造っていたら別だが、あの切り口はちゃんとした鉄で出来た包丁で切られていたと思う。


 それと、後で知ったが、エド爺がさらりと言った、領民が家財を持ち出せたと言うのはエド爺が手配と指揮をしたらしい。

 偉業と言って良い程の功績だ。

 出稼ぎで得た外貨と、持ち出せた家財を少しづつ売り繋ぐ事で、辛うじて今まで食い繋いで来たんだからな。


 どうりでエド爺が取り纏めとして信頼されている訳だ。


 それと、王都の近くにも大きな森は存在した。昨日会った分隊スクワッドが向かった先だ。

 王国の歴史上で何回か開墾の試みはされた様だが、ことごとく失敗に終わっている。

 失敗の原因は、開発が進むと必ず起こる魔獣氾濫だ。

 それにより王都は何度も危機を迎えて来た。その名残が籠城を可能とする立派な外壁だ。


 その経験から、森の端から大体100㍍奥に入ったラインが魔獣氾濫が起こるボーダーラインだと言われている。

 今は浅い領域を植林を取り入れた林業で活用している様で、王都の木材需要を賄っている。

 そういう訳で、魔獣の被害の根絶には程遠い有様だし、王都が立派な外壁を備えている理由だ。


 ただ、今の王府は現状を変える努力を何もしていない。

 現状維持で手一杯だ。

 無能と言うよりも害悪にしかなっていない。

 一族内の害虫の為に動くに動けない事情も有るんだが、それは言い訳だ。

 まあ、軍隊を維持する費用をけちる為とは言え、民間に魔獣駆除を任せて報奨金を出しているだけましか?

 おかげで魔獣駆除を生業とする層の成立と素材関連の産業が成り立っているんだからな。





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