13.
◇レイフ視点◇
「おい! 見つけたぞ!」
思案に耽っていると後ろから声を掛けられる。振り返れば、栗髪の特徴的な男がこちらへ走って来る。
「同志よ!」
ボリスだ。
琥珀色の差し色が優美な騎士装束を身に纏っているということは、遂に隼の騎士隊へ入隊できたということなのだろう。
「……誰?」
ライラは俺の耳元でコソコソと確認する。
「君の近衛兵だろ? ボリスだよ」
「ああ。じゃあ他人ね」
あまりの無関心に思わず苦笑する。人に媚びるということを知らない君はいつだって気高い。だが君は、あの日の元イケト村で変わりたいと言っていたはずだ。
「人付き合いも大切にするんじゃなかったの?」
「それでも選ぶ権利はあるわ」
「はは! そうだね」
人は簡単には変われないのだろう。それでも俺に心の奥底に渦巻く醜い独占欲が、それを肯定してしまう。君のためにはならないと理解した上で。
「イチャイチャしてる! や、やっぱり、あの噂は本当だったんだ」
すると栗色は青褪めた表情で両頬に手を当てる。
「いや、でも。ライラ様が幸せなら、それが……」
するとボリスは、今度は拳を握りしめ苦しそうに葛藤している。
「久しぶり。念願の隼に入隊できたんだな。おめでとう」
「まだ仮入隊なんだけどな。今回の作戦で戦果を挙げれば正採用されるんだ!」
自慢気に鼻息荒く、拳を当てて胸を反る。くるくると表情の変わる忙しない男だ。だがその裏表の無い人格はどこか憎めない人徳となっているのだろう。
「って! そんな事はどうでもいい!」
掌を力強く上に向け、顔を真っ赤に興奮している。
本当に落ち着きが無いな。そして栗色はコホンと咳払いし呼吸を整える。
「同志。……お前は、その……あの……ライラ様と、お、お付き合いをされているのでしょうか?」
何故か文末は敬語になっている。そういえばそんな振りをしていたな。最近挑んでくる者がいないからすっかり忘れていた。
「そうよ。レイフは私にメロメロなの。とても熱烈なアプローチだったわ」
さっきまで退屈そうに髪をクルクル弄っていたライラは、唐突に俺の腕を抱き、嬉しそうな声で会話に参加する。
「ライラ様が笑顔! ……初めて見た」
ただその笑顔だけで、ボリスの頬は桜色に染まってゆく。
分かるぞボリス。この笑顔は法の制限が必要な程、狂おしい破壊力だ。
「それで? お前も俺に決闘を挑むのか?」
「勝てるわけねーだろ! そんなつもりはない。噂の真相とライラ様が幸せかどうかを確認しに来ただけだ」
するとボリスは恥ずかしそうにライラに向き合う。
「……その、ライラ様は今、お幸せでしょうか?」
「うーん。そうね。レイフの浮気癖が治ったら幸せかな?」
君はいつもの意地悪な目で俺を見やる。
浮気なんてしてな……。
……浮気って、どこからなのだろうか。
そもそも恋人の振りなのだから言われる筋合いは無いのだが。しかしどこか謎の罪悪感でいっぱいになる。
いやいやいや。ソフィアとは何もなかった。
「……なんか心当たりが有るわけ?」
ライラは俺の苦悶の表情から何かを察したのか。柳眉を逆立て顔を引き攣らせる。
「貴様! ライラ様というものがありながら! やっぱり決闘だ! ……やっぱり無理!」
「何もねーよ!」
決闘の申し出は即座に取り下げられた。その言葉の価値はあまりに低い。それでも俺の口からどす黒い文字が零れはしなかったのだろう、女王様は落ち着きを取り戻す。
「しかし同志達は隼の中でも噂になっているぞ。なんでも団長が俺達の任務にヒヨッコをねじ込んだって。どういう絡繰りなんだ?」
「うーん」
なんと説明したら良いものか。騎士団長が俺に殺されるため、聖騎士へ昇進させようとしていると言ったら、果たして信じるのだろうか。
「私達はカノリア村での実績があるから白羽の矢が立ったのよ。隼が失敗した際の保険ね」
言い澱む俺を見て、ライラは助け船を出す。
「それなら体制として、ライラ様達は隼の参加に入るべきだろう? それは内規で要求されているはずだ」
ボリスは透かさず疑問を呈する。
……その通りだ。
この一見間抜けに見えるふにゃふにゃとしたボリスは、決して無能じゃ無い。祝福を持たずに、同期一万の内、上位三百に君臨する紛れも無いエリートだ。
「そんなの当然断ったわ。私達が派閥に属さず戦う覚悟を馬鹿にしてるわ」
「騎士団長の命令を断ったのか!? 流石ライラ様。凄まじい度胸だ」
「それほど必死だったのでしょうね。ここミコノレーゲン市は彼の故郷だから。何としても守りたかったのでしょう」
……真実を織り交ぜた嘘。
俺達とグスタフの本当の関係は隠し、しかし命令を断ったというインパクトの大きい話題へ聴者の焦点を当てる。
「……なるほど」
ボリスは何処か腑に落ちない顔をしているが、そこを突く材料を持ち合わせない。そのためには俺達が魔法を扱う、または俺がヨリス村の復讐者であることを知らなければならない。
「貴方達隼は、あの上代の
そして話題を転換。ボリスに思案する時間を与えない。やはりライラは弁が立つ。俺にはとてもそんな対応は出来ない。
「それなんだが、実に難航している」
「隼は
意外な回答に少し驚く。
「近年、上代の
〈ロベリア〉。
伝説の聖騎士アクセルの華々しいデビュー戦。結局魔女に無理だったものが、俺達人間にどうこうできるものではないという事か。
「伝説が行方不明な今、俺達人間だけで戦うしかない。今日の作戦でエリ参与の一撃を浴びせる事に成功したんだが、やはりヨニーの書の通り、それはバリアで防がれてしまった」
「ヨニーの書?」
聞き馴染みの無い言葉を聞き返す。
「同志よ……。ヨニーを知らないのか?」
「王国史の勉強をサボった弊害が出たわね」
エリート様達が哀れむような目で俺を見る。少し居場所が無く窮屈な圧力を感じる。この二人の感じを見ると恐らく有名人なのだろう。
「ヨニーというのはね、今から四百五十年前辺りを活躍した冒険家よ。
「しかもヨニーは、魔女に気に入られて授けられた、様々な
「そう。そしてそのたった一冊の伝記には、〈ブーゲンビリア〉の記述も描かれている」
「でもそれは国宝。国庫に保管されていて、王族と認定された考古学者しかその目を通す事は出来ないはずよ」
「騎士団長は知っているんだ。そしてそれは口頭でマルティナ隊長へ伝えられ、一昨日の鉄道内でのブリーディングで共有された。俺もこの目に通したわけでは無いから概要しか思い出せんが、内容はこうだ」
『魔女達が海の王と呼ぶ、この巨大な哺乳類をその頭上の花々から拝借し〈ブーゲンビリア〉と名付けよう。それは口から自身の分身とも言える幼体を吐き出し、その陸上の栄養を海へ、生み出された魔力を母へ還す。しかし絶海を臨む魔女の大切な社を食い尽くさんとしたそれは、遂に敵対した。魔女の圧勝かと思われたそれは、まさかの決着付かずという結果だった。魔女の様々な攻撃は、油に弾かれる水の如く次々と湾曲され、そして霧散した。厄災はただ悠々とその幼体を吐き出したまま。倒し切る事が出来ず、魔女達は苦肉の表情を浮かべたまま、封印に踏み切った。後の占星の魔女の見立てでは、頭に垂れる花々がその障壁の源泉だと言う』
あの小さいのは幼体と呼ばれているのか。そう言えば、あの鮮やかなピーコックブルーの身体に唯一、橙の花々がぷらぷらとぶら下がっていたな。
「つまり、あの花木をどうにかすればなんとかなるという事か?」
「そうなるな。今回はその伝承が正しいのか、そして魔法では無く祝福ならと考え、エリ参与の力を試したんだ。しかし結果は伝記の通り攻撃は防がれてしまった。今は隊の上層部があの花への寄り付きを作戦会議している」
「なるほどね。その次の作戦が上手くいくまではこの消耗線を耐え切るしか無いわけね」
ライラは顎に手を乗せ思案する。
「ああ。だが弾薬にも限りがある。王国の兵器の殆どは北部へ配備されているから長くは続かない。皆焦っている」
ボリスは浅く嘆息。
「……そんなこと俺らに教えて良いのか? 隼の手柄を俺達が奪ってしまうかもしれないぞ?」
「? 知らなければ同志が困るだろ?」
栗色の男はさも当然だろ、と言った表情。
「何より最優先事項はこの厄災を早く沈める事だ。俺達が下らない功績の奪い合いに興じる分だけ解決は遠のく。その被害者はいつだった力無き市民だ」
ボリスは力強く拳を握る。その瞳には決意が宿る。
「俺は富と名声のために騎士なったんじゃ無い。この恵まれた力を世に還元するためだ」
「……そうだな」
ああ、ボリス。お前は立派だよ。紛れも無い、お前は騎士だ。……眩しくて、見られないな。騎士が皆、お前みたいなら良かったのに。
「……とりあえず、貴方は隼の作戦会議で出された花木の破壊方法を探ってきて」
「あの……。その代わりと――」
「余計なことは喋らないで。貴方は情報を吐き出すマシンよ。私達はこの坂を上がって広間を右に曲がったとこの、太陽の休憩所ってホテルにいるから情報を得次第、報告しなさい」
「はい!!」
詰られて何故か嬉しそうなボリス。
……お前もマゾ豚野郎じゃなければ、格好が付くのにな。
「またな! 同志、ライラ様!」
そう言って栗色はブヒブヒと鳴き喚きながら、嵐のように去って行った。
「ボリスは今まで何不自由無く生きて来られたから、あんな事が言えるのよ。貴方は何も気にすることは無いわ。人は人よ」
そのボリスの眩しさに、後ろめたい気持ちとなっていた俺を察してくれたのだろうか。
「なんだ。慰めてくれるのか?」
「だって、この後キスをするんでしょう? 気分が乗らないなんて言わせないから」
「はっ!? 唐突に何の話だ!?」
「だってあの男の三次情報じゃ正しく伝達されてるかなんて分からないじゃない。情報の精査が必要よ。ルーナなら何か知ってるかもしれない」
「えっ! ……でも」
「へっ、変な事考えないで! これは任務のためよ」
その夜、長い逡巡を繰り返そうとも、瞳を見つめ合えば互いに勇気は萎んでしまい、終ぞそれら唇が重なる事は無かった。
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